39話 密談
「真也を庇うものや応援するレスも多いけど、仕方がない、自業自得、とかいうのが大半だなあ」
三澄らとのやり取りに対する掲示板の反応を見ていた秀介が言った。
「まあ、俺のやった行動を考えれば当然だろう。その音声を公開した目的は何も同情を引く為じゃあないから問題ないな」
それにいつもの余裕の表情で返す真也。
「さて、街を出るまでにやるべきことを片付けようか」
動画投稿を終え、食事と仮眠を取り夜の8時近くまで休憩をした真也は、現在ある人物を待っていた。
真也が待つ場所はホテルの一室の前、そのドア付近の壁に背を預けていた。
「おっと、どうしたんだい? わざわざ俺を待ってたの?」
そこに現れた瀧上が真也に気付き、驚きや意外そうな様子は一切見せずに疑問の声を発する。
真也は瀧上の部屋の前で分かりやすく待ち伏せをしていたのだから、声も掛けられるだろう。
瀧上の動画を見て彼がログアウトしている時間に大体の当たりをつけた真也は、就寝の為に一人になるだろうタイミングで接触を計ったのだった。
「これは瀧上さんじゃあないですか、こんなところで偶然ですね」
「あはは、そう。いやぁ、面白い偶然もあったもんだなあ」
真也の冗談に、瀧上は余裕の笑みで返す。
「昼のことは災難だったのでしょう? 心中お察しします」
「え? 俺がかい?」
「あの場に居たのは瀧上さんの本意じゃあ無かったのではないですか?」
「一之瀬君は冗談が好きなんだねえ。でも、馬鹿なことを言っちゃあいけない」
真也の突っ込んだ問い掛けを、瀧上は相変わらずな態度で躱す。
「君には酷い目に合わされかけたからねえ。俺の仲間も危ない目に合ったんだ、あの場に居ても不思議はないと思うけど?」
「貴方は上手く回避したでしょう? 仲間の方々は、その時まだ他人だった。そこまで恨まれているとは思えませんね。そんなことより、もっと大事な問題があるのではないですか?」
「……そんなことはない。俺は結構君に思うところがあるよ、うん。あの場に居たのは俺の本意だ」
それは瀧上の本心ではなさそうだが、真也に音声を公開される危険性を考えれば、そう言うしかないだろう。
瀧上が三澄のグループに不信感を持っていると現段階で知れ渡ることは、瀧上の立場を悪くするだけである為当然だ。
「そんなに警戒しないで下さいよ。今回は録音なんてしてません」
真也はそう言ってICレコーダーを取り出し、電源が入っていないことを瀧上に見せる。
「ははは、普通にもう一つ持ってそうで怖いなぁ」
今までの真也の行動を考えれば信用されないのは当たり前だ。
だが、それでも瀧上には真也の話を聞きたい事情があるだろう。
瀧上は今、岐路に立たされている。
三澄のグループに一度取り込まれ、その後離脱する道。
三澄に幾人かの仲間を引き抜かれることを甘受する道。
プレイヤーの仲間にある程度見切りをつけ、信用出来るNPCの仲間を探す道などがあるのだろう。
ウィザードでのソロプレイは厳しいため、瀧上は何らかの方法で仲間の確保をしなければならない。
その選択肢の幅を広げるため、情報は少しでも多く欲しい筈なのだ。
「実は瀧上さんに、提案したいことがあるのですが」
「……提案ねえ」
真也の言葉に、瀧上は乗り気なのかそうでないのかよく分からない曖昧な反応を示す。
「あー、ごめんね。今は動画の編集とかしなくちゃいけないから、時間がないんだ」
「私の話に興味はないですか?」
「いやいや、そういう訳じゃあないんだ。0時くらいにまたここに来てくれたら話を聞いてもいいけど?」
「……分かりました、いいでしょう」
他人のペースで話が進むことを嫌ったのか、一度仕切り直す提案をした瀧上。
真也はそれに了承し、夜中に出直す為に自分の部屋へと引き返すのだった。
深夜0時5分前、再び瀧上の部屋を訪れた真也が扉をノックすると、待っていたのだろう瀧上がすぐに出てきた。
「いやー、悪いねぇ。こんな夜中に呼び出しちゃって」
「いえいえ、そちらにも都合があるのでしょう?」
ここのホテルにはプレイヤーの他、イベントのスタッフなども宿泊しているのである程度人が多い。
だが流石にこの時間帯は静まり返り、館内をうろついても人目につかない。
そういう意図で深夜を指定したのだろう。
「話をする場所は瀧上さんの部屋でいいんですか?」
「あー……それなんだけどねえ、ちょっと場所を変えたいんだが、いいかい?」
「どうぞご自由に」
「実はね、風呂に入るのを忘れていたから今から行くつもりなんだ。たしかサウナがあったから、そこで話を聞きたいんだけど?」
「なるほど、そういうことですか。こちらとしては何も問題はないです」
「そりゃあ助かるね」
ロシアやフィンランドでは相手をもてなす意図で商談をサウナで行う文化があったりするが、今回の件はそんな好意的な目的ではないだろう。
瀧上が自分にとって都合のいい場所を選んだだけだ。
それは、彼がある程度腹を割った話をするつもりでいることの証。
何せサウナには物理的にICレコーダーを持ち込めないのだ。
更に、突然の申し出なら小細工をする隙もない。
だが元々、瀧上との会話を公開するつもりなど無かった真也は、その提案を快く了承した。
その後、すぐに浴場へと向かった。
ひとけの全く無いサウナで、真也は瀧上と隣り合って座る。
立ち込める熱気にむせ返るようなヒノキの匂い。
じわりじわりと汗が浮き出てくる。
余り長話は出来ないことが分かり切っているため、単刀直入に話を切り出す。
「瀧上さん、貴方は三澄のことを余り快く思っていない。三澄のグループに取り込まれるような事態は不本意だ。この認識で合っていますね?」
「まあ、そうだな」
録音が出来ない環境のためか、あっさりと認めた瀧上。
「貴方は今、今後の方針を決める大事な局面にいる。ではその選択肢を、私が一つ増やしましょう」
そこで一息間を空ける。
瀧上は少しだけ興味深そうに真也を見ている。
「瀧上さん、私と一緒に来ませんか?」
真也は瀧上の目を見て真剣な表情で言い放った。
「ぷ、ははははっ! 中々と面白い冗談だ。俺が乗らないことを分かってて言っているんだろう?」
真也の勧誘を笑い飛ばす瀧上。
それは断られることが分かり切っていた駄目で元々の勧誘、それだけ評価しているというリップサービスを含んだ発言だったので当然だろう。
「俺が君に付いて行くなんて、三澄と合流することと何も変わらないじゃあないか。俺は三澄に取り込まれる気はないし、君の一味になるつもりもない。キミの仲間になっても、俺の動画は余り伸びないだろうしねえ」
瀧上は乗鞍とはレベルや注目度、職業特性などの条件が全く違うため、真也に同行しても注目を集めるというメリットは薄い。
それに、瀧上は自分の能力に自信があり、自分が主導権を握った攻略をしたいと考え、誰かの下に付くことは良しとしない性格だろう、と真也には思えた。
「では、色々と便宜をはかりましょう」
「便宜をはかるから三澄のグループを分裂させる為に協力しろ、ってことかい? 残念だけど、現状でそれはないかなあ。あと少しすれば、あの大連合も再編されるだろうしな」
「三澄の影響力を残したまま、ですけどね」
三澄のグループはあくまで平原の騒動に対応する為に作られた集団だ。
今後、平原の騒動が収まった後もあの大人数で攻略をする訳にもいかないだろう。
ならばいくつかのパーティに分かれる筈だ。
ただ、分裂しても三澄の影響力は強いままである。
集団の纏め役としての地位を確立した後でなら、いつでも再び纏めることが出来るだろう。
「それは瀧上さんにとって好ましくない事態ではありませんか? 貴方はその再編時に仲間を引き連れ三澄のグループから離脱するつもりなんでしょう? 三澄の影響力なんて、邪魔なだけだ」
「……まあ、無いに越したことはないなあ」
少しだけ考える様子を見せた瀧上は立ち上がり、サウナの出口へと向かう。
「俺は、現状では、協力はないと言ったんだ。何か面白いことが起きれば、現状も変わるだろうねえ。その時はもしかしたら、結果的にだが、君の望む方向に俺が動く形にもなる、かも、しれないなあ」
瀧上は去り際にそう言った。
「そうですか。まあ、何か面白い事態は起きると思いますよ」
「ははは、期待しておこう」
笑いながら出ていった瀧上を、真也は笑顔で見送った。
今は、これだけでいい。
言うべきことは言ったし、瀧上の意向も確認出来た。
瀧上への対応はこれで十分だと確信した真也は、次の一手の為に考えを巡らせるのだった。




