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4話 会合

レベルが7に上がっていた。

ステータスポイントをいつも通り〈技術〉と〈素早さ〉に振り分け、スキルはピックポケットのレベルを上げておく。

不本意ながらシステム的にはスリの少女から服を盗んだ判定となっていて、経験値が入りレベルアップしたようだ。


残された少女の服は未鑑定となっており、これは商人の〈鑑定〉を使わなければアイテムの素性が分からないということだ。

武器屋のオヤジ辺りに〈鑑定〉を依頼しに行こう、と考えていたら目の前にシステムメッセージが表示された。


『一斉ログアウトまで後5分です。ログアウトの準備をお願い致します』


正午には強制的なログアウトが全プレイヤーに行われる。

それはプレイヤー達にしっかりと昼食を取らせる為にある健康上の措置だ。

ゲームの中と現実世界の時間の流れがリンクしているので現実世界でも今は昼時であり、これから一時間は昼休憩になるのだ。

その間、ゲーム世界の時間は止まっていて、そのような休憩時間が昼食時と夕食時にある為ゲーム世界の一日は22時間に調整されている。


システムメッセージからは準備をしてくれと言われたが、この一斉ログアウトには特に準備が必要ない。精々気構え位だ。

と言っても何か行動している最中にログアウトさせられるのも嫌なため、街の通りの隅、煉瓦の壁に背を預けてログアウトを待った。






開いた薄目から飛び込んでくる光が鬱陶しい。

ログアウトは眠りから覚める感覚とそっくりだ。

青白い光に照らされた近未来的なポット内の空間は、大人一人がなんとか横になれる程度でとにかく狭い。


自分が閉所恐怖症でなくてよかった、と心から思いつつポットの蓋を開け外へ出て、「くあーっ」というおっさん臭い声を上げながら伸びをする。

少し体が凝ってしまった。

朝から半日中寝続けたようなものだから当然だろう。

それでも脳は休まっていないのだから、夜はしっかり睡眠を取らなければいけないという困った仕様だ。


これは絶対健康に悪いな、と運動不足が心配になる。

しばらく体操をして体をほぐしてから、せめて食事は低カロリーなもので済ませようと決意して、スマホを取り出し電話をかける。


「おーい秀介ー、メシ食い行こーぜー。どこら辺にいんの?」

『りょーかーい。たぶん真ん中辺りー』


電話の相手は、真也がクロスト2をやる切っ掛けとなった秀介だ。

彼もこのゲームイベントの参加権を得たプレイヤーだった。

同じ会場にいる筈なので気軽に昼食へ誘う。


『知り合いの実況者達と情報交換するから大人数になるけど、おけ?』


秀介は以前からゲーム実況動画を動画投稿サイトで配信していて、その筋ではそれなりに名が通っているらしい。

だからゲーム実況をしている顔見知りも多いようで、その中の数人がクロスト2に参加しているそうだ。

知り合い同士で協力していこう、という考えなのだろう。

真也も是非情報交換をしたい、といったところだが、中々そうもいかない状況だろう。


「……あー、俺が行くとちょっと空気悪くなるかも知れないけど、いいか?」

『え? 何で?』

「いやさ、俺、職業が盗賊なんだよね」

『ああうん、知ってるけど? 前に言ってたじゃん』

「いや、そういうことじゃなくて、今の状況的にさぁ」

『うん? え? 何の話?』

「……え、マジで分からない?」

『いや、分からんけど、マジで』


とぼけている様子ではなかった。


「……じゃあ、俺も行かせてもらうよ」

『おう、食堂があるらしいからそこ行こうぜ。会場ホールの入口辺りで待ってるわ』


おかしい。

最初にあれだけ盗賊が暴れたのに、恨み言一つ無いのはさすがに変だ。

まさか財布をスられたことに気付いてないのか? と通話の切れたスマホを不審げに見つめてしまったが、秀介達と合流すれば分かる話だろう。


スマホから目を離すと、いつの間にか若い男が近くまで来ていたことに気付いた。


「どーも、一之瀬真也さんですよね?」


胡散臭い奴だ。

それが第一印象だった。

茶色に染めた長髪はどこぞの男性アイドルグループにも居そうなくらいキマっていたが、顔は残念な芸人顔と言えるもので、はっきり言って似合っていない。

人を見下すような目付きをして薄気味悪く半笑いを浮かべる様子は、性格の悪さがにじみ出ているかのようだ。


だが真也はそんな評価をしていることなどおくびにも出さず、営業スマイルで対応する。


「そうですけど、そう言うあなたは日村拓未さんで合ってます?」

「ははっ、さっすがー。そりゃ同職者の情報くらい調べてますよねー」


日村拓未、略してヒムタクの情報は僅かだが知っている。

個人情報を知れた理由は、この男が実は芸能人とかそういう訳ではなく、単にクロスト2プレイヤー全員の簡単なプロフィールがネットに開示されているおかげだ。


真也も盗賊を職業に選んだ人物のプロフィール程度は目を通していたのだ。

確かこの男も以前から何かしらのゲーム実況動画をアップしていた筈だ。

真也がその情報を思い出していると、ヒムタクは更に話し続ける。


「やっぱりこのゲームのために仕事辞めた人は意気込みが違いますわ。あ、別にバカにしてる訳じゃないですよ。オレも同じですから」

「ああ、いえ、私はそういう理由で会社を辞めた訳ではないですよ?」

「またまた~、別に恥ずかしく思うことじゃないから嘘つかなくてもいいですよー」


退職した時期的にどうしてもそう思われてしまうのだろうが、オマエと一緒にするなと言いたい。

しかし必死になって訂正する意味もないため愛想笑いをして軽く流す。


「さっき別の盗賊の人にも声かけたんだけど、名前を呼ばれたくらいで驚いてましたからね。笑っちゃいますよね、そんなんでこの先ダイジョブなのかって」

「ははは、まあ、色々なプレイヤーがいますから」


もし日村の名前を真也が知らなかったとしたら、上から目線な人を小バカにしたアドバイスが飛んで来ることになったのだろう。

それが回避出来たことに心底安堵しつつ、日村の言葉には否定も肯定もしない曖昧な相槌を打っておく。


「でも、あなたも余りプレイヤー達の動向には詳しくないみたいですねえ」


日村は真也が手に持つスマホに視線を向け、得意気にそう言った。

電話の声を盗み聞きしていたようだ。

別に聞かれたくない話をしていた訳ではないが、少々不快だった。


日村が先程からやたらお喋りだったり、自分の能力を大きく見せようとする発言をしているのは、おそらく主導権を握りたいのだろう。

他の盗賊プレイヤーにも声をかけたらしいので、盗賊プレイヤー達の代表のような立場、謂わば盗賊ギルドのギルドマスターにでもなりたいのかもしれない。


「で、日村さんの主催で情報交換の場を設ける、とでも言うのですか?」

「察しがよくて助かるねえ。ま、その通りです。一緒に昼メシでも食いながら情報をやり取りして、ちょっとした取り決めを交わそうって話」

「取り決め?」

「そ、ちょっとしたことだけど今最も必要なルールを決めようってことです。……一之瀬さんならある程度気付いてるんじゃないですか?」

「まあ、思うところはありますね。現在の状況は私達盗賊にとって余りに危うい」

「それが分かってるんなら話が早い。もちろん来ますよね? 集合場所はここを出てすぐ向かいにあるラーメン屋です。あ、盗賊プレイヤーはみんな来るんで、来ないと不利になりますから」


そう一方的に言い残すと、急ぎ足で去っていった。

盗賊は皆来ると言い張っていたが、あの様子ではまだ全員に声をかけていないのだろう。

これでは本当に全員来るかは分からないが、それでもここは行くべきだ。


この会合はきっと重要なものとなる。

多くの盗賊プレイヤーと顔見知りとなれて、彼らの人柄や現在の情報、さらにはそのスタンスを知ることが出来る筈だ。

その情報は彼らと協力するにしても敵対するにしても絶対に必要。

そしてそれは自分の立ち位置やこれから取るべき行動を決める指針となるだろう。


「あーもしもし、悪いんだけどそっち行けなくなったわ」


真也は再び秀介に連絡して断りの旨を伝えると、コンベンションセンターの外へと向かって歩きだした。







ゲームイベント会場から道路を挟んで向かい側にあるラーメン屋、そこで盗賊プレイヤー達の会合はひっそりと行われていた。

店の一番奥にある襖で区切られた座敷席、おそらく夜は居酒屋のようになり飲み会で使われるのだろう広めの個室を8人で占拠している。

2つ繋げたテーブルを全員で囲むようにして座り、奥の上座には主催者である日村が陣取る。


そのメンツを見回すと、皆一癖も二癖もありそうな奴ばかりだ。

半分が外国人で、西洋系2人にアジア系が2人。

残りは日本人で、そのうち1人が女性だ。

皆、周囲の出方をうかがっているようで、無言のぎすぎすとした空気が流れている。


「皆さん揃ったようなんで、とりあえず簡単な自己紹介から始めましょっか」


日村がそう切り出して静寂を破るが、そこに待ったをかける。


「ああ、ちょっといいですか?」

「どうぞどうぞ」

「盗賊プレイヤーはあと一人いた筈ですけど、来ないのですか?」


100人のプレイヤーの内、9人の盗賊がいた筈だ。

職業は30種類程度あるので、それを考えると盗賊の人数は多い。

職業が偏らないように運営がプレイヤーを選別したという経緯があってもこの数だ。かなりの人気職だと言える。

そんなことを考えた記憶があるので、9人いたことは強く覚えていた。


「ぷっ! あははは! 彼のことですか、アイツは来れる訳がない」


愉快そうに笑いだした日村と、それに追従してにやけている数名。

笑っている数名は何か事情を知っているのだろう。

嘲りの色が濃い空気だが、その対象はどうやら自分ではないようだ。


「ああ、いや、わりぃわりぃ。理由を言わなきゃ分かんねえですよね。アイツはもうリタイアですよ」

「……え、まだゲームが始まって半日なんですが……」

「だからケッサクなんですよ。アイツ、いきなり露店商に〈ピックポケット〉かましやがってソッコーで捕まってやんの。レベル1の状態で格上の商人相手に成功するわけねーじゃねーか! マジウケる! まあ、アイツは船の上でのチャンスタイムとか、俺に財布をスられたことにすら気付けない馬鹿だったから当然か!」


日村の笑いにつられて大爆笑が起こる。

皆大ウケだったが、真也は余り面白味を感じられなかったので愛想笑いで乗り切る。

ただ、考えなしのバカがそれ相応のバカをやった普通の話だとしか思えなかった。

笑いより呆れが先に出てしまう。

笑いのツボが違うと同じ空間にいるのが少ししんどい。


「お待ちどうさま!」


少し居ずらさを感じていたとき、襖を開けて店員のおばちゃんがラーメンを持ってきた。

ちょうどいいタイミングだったので気分を変えられるか、とも思ったが、目の前に置かれたラーメンに絶句してしまう。

まさかの家系。

糖質、脂質、動物性たんぱく質のオンパレードだ。

これからカロリー消費が少ない生活になりそうだから、ヘルシーなものを食べたいと思った直後にこれである。


脂ぎったラーメンとゲラゲラと笑う周囲の人間を見比べながら、ひっそりとため息をつく。

少し、この場に来たことを後悔した。


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