33話 喫茶店にて
瑠璃羽に案内されて来た店は、真也の泊まっている宿からほど近い場所にある喫茶店のような場所だった。
「実はここのお店、わたしの憧れてる人が働いてるんです!」
そう嬉しそうに話す瑠璃羽に続いて店に近付くと、ハープの音色に明るい歌声が聞こえてくる。
店に面した通りには洒落たテーブルやパラソルが並べられ、紅茶のいい香りが漂うオープンテラスとなっていた。
そしてその隅で、見覚えのある三人の女の子が聞き覚えのある歌を歌っている。
テレビ番組枠のアイドル達が、このゲームの主題歌を歌っていたのだ。
この世界では物珍しい曲調となる為か、かなり好評なようで彼女らの歌を聴く客は多い。
賑わう中から空席を探し出し、瑠璃羽と向かい合って席に着いた真也。
注文を済ませた後、キラキラとした視線をアイドル達に向ける瑠璃羽に倣い、真也も彼女らの歌を聞く。
一人が〈バード〉のようでハープを弾きつつ歌っているが、それ以外の楽器はなく、もちろんマイクやスピーカーすらないのでエコーもかけられない。
しかしそれでもしっかりと心に響く歌になっていて、彼女らの歌唱力の高さを教えてくれる。
事務所が売り出したい実力派の新人アイドルが集められたという噂は本当のようだ。
出された紅茶を飲みつつ歌を楽しむ真也。
しばらくすると歌が終わり、拍手喝采を巻き起こしてお捻りが空を舞う。
瑠璃羽も目を輝かせ、一生懸命な拍手を送っている。
「彼女達のファンだったの?」
「はい! と言っても、本当に最近の話なんですけどね」
真也の問いかけに、ニコニコと本当に楽しそうな笑顔で話し出す瑠璃羽。
「わたし、アイドルの人達ってどこか憧れちゃうんですよ」
「ルリハちゃんの将来の夢はアイドルだったの?」
「あっ! いえいえいえ、そうじゃないんです! わたしがアイドルなんて無理ですよ! 大勢のお客さんの前になんて出たら緊張して目が回っちゃいます……」
「現状既に大人気アイドルみたいになってる気がするけどね……」
「あははは、そんな訳ないじゃないですか、変な真也さんですね」
「……ん?」
あり得ない冗談でも言われたかの様な反応をする瑠璃羽に、真也は情報の食い違いを感じて戸惑ってしまう。
「……えっと、ルリハちゃん、プレイ動画のコメントって見てないのかな?」
「え? コメントってなんですか? ……あ! そう言えば、そういうものがあるって聞いたことがありました! 恵子先生が、ルリハちゃんの為にならないから見ちゃいけません、って言って表示しないように設定していたと思います」
「……な、なるほど」
どうやら、過保護な主治医によってネットの瘴気は遮断されているらしい。
動画コメントを読んだ瑠璃羽が真也に言い包められていることを疑う前に、ある程度の信頼関係を築かなくてはならない、といった心配は杞憂だったようだ。
瑠璃羽の純真さは、過保護な周囲の人間によって作り上げられてしまったのだろう。
「あの、やっぱり見ておいた方がよかったんでしょうか?」
「いやいやいや、ルリハちゃんには有害だから見ない方がいい」
「ゆ、有害なんですか!? 危ないところでした……恵子先生にナイショでこっそり見てみようかと思っちゃっていました……」
「見ない方が絶対いいから、見ちゃ駄目だよ?」
「はい、そうですね、やめておきます」
真也が念を押すと、素直に納得してしまった瑠璃羽。
真也にとっては都合がよかったが、結局、瑠璃羽は主治医に何か注意をされるだろう。
しかし、既にある程度の信頼関係は築けていそうなので問題はなさそうだと判断出来る。
「ああ、話は戻るけど、じゃあ何でアイドルに憧れてるの?」
「やっぱりちょっと恥ずかしい話なんですけど、その……それもアニメの影響なんです」
「ああ、アイドルを主題にしたアニメが夕方にやってるよね」
「え!? 知ってるんですか!? もしかして見てたりしますか!?」
「ああ、いや、ごめん。そこまで詳しい訳じゃないんだ」
「そ、そうですよね……ごめんなさい、突然声を大きくしてしまって……」
好きなものについて語り合える仲間を見つけたとでも思ったのか、いきなりテンションが上がった瑠璃羽だったが、早とちりだと分かって顔を真っ赤に染めてしまった。
ちょっとオタク気質なところがある子だな、などと思いつつ話の続きを聞く真也。
「アニメの影響なんですけど、みんなを勇気づけられるアイドルってステキな人達だなーって思ってたんです。ですがなんと! そんな憧れの存在に直接会えちゃったんですよ!」
「まあ、このイベントに参加してるからねえ」
「わたし、勇気を出して話しかけて見たんです! そしたら本当に優しい人で、わたしなんかとお友だちになってくれたんですよ!」
「おお、それはよかったね」
「はいっ! 本当にこのゲームをやってよかったですっ!」
太陽のように眩しい笑顔の瑠璃羽は、恐らくそこらのアイドルよりも多くの人を勇気付けているのだろう。
ロリコンであることに対する勇気と自信を与えてしまっている可能性もあるが。
「最近、宿の仕事はどう?」
「すっごく楽しいですよ!」
「……そう」
何か仕事に対する不満など勧誘の切欠がないか聞いてみたが、凄くいい笑顔でそう返されてしまった。
「この前なんて、お客さんから勧誘のお話までもらっちゃったんですよ! すごいと思いません?」
慎ましやかな胸を張り、自慢げにそう言った瑠璃羽。
「へえ、勧誘ねえ。どんな話だったの?」
「ウチの屋敷で私専属のメイドをやらないか? 君は可愛いから、高いお給料が出る特別なお仕事を用意するよ? 今日の夜にでもそのお仕事内容を教えてあげよう。って言われたんです」
「……」
「でも、どうしてか宿の女将さんがすっごく怒っちゃって、そのお客さんを追い出しちゃったんです。なんででしょうかね?」
「……な、なんでだろうねえ」
何か間違いが起きそうになったら必ず運営が対応するだろうから問題ない話なのだが、瑠璃羽が純粋培養されたことによる悪影響に戦慄してしまった。
「誰かに必要とされるって、本当にステキなことですよね」
「……」
無垢な笑顔を向けてくる瑠璃羽を見ると、何とも言えない気持ちになってしまう。
本当にこのままの教育方針でいいのか? と、保護者に問い詰めたくなってしまった。
しかし、勧誘の糸口は掴めた。
「ルリハちゃん、キミはもっと誰かに必要とされることをすべきなんじゃないかな?」
「えっ?」
「初めの目的を忘れているじゃないか。プリーストとして多くの人の役に立ちたい、そう初日に言ってたよね?」
「……はい、でも、わたし、戦いでレベル上げをするのはちょっと……」
「子供は大人を頼っていいんだよ。目の前にちょうどいい奴がいるんじゃないか?」
「へ?」
「俺がキミのレベル上げを手伝ってあげよう。すぐに一人前のプリーストになれる」
「そ、そんな、悪いですよ!」
「いや、ちょうど今、次の街へ向かう為に回復役が欲しいところだったんだ。キミは必ず役に立てる。もちろん危険からは必ず俺が守ろう」
「え! 本当ですか?」
「本当だとも」
役に立てる、俺が守る、といった言葉に嬉しそうな反応をした瑠璃羽に畳み掛ける言葉を放つ。
「俺には、キミがどうしても必要なんだ」
「っ!?」
もちろん回復役として、という意味だ。
だが、そんな真也の言葉を聞いて瑠璃羽は真っ赤になってしまった。
「……は、はい……じゃあ、その……よ、よろしく……おねがいします……」
もじもじとしながら辿々しく紡がれた瑠璃羽の言葉。
少女の純情を利用するのはかなり気が引けたが、思春期の恋心など熱しやすく冷めやすいものだ。
すぐに勘違いだと気付いて、ちょっとした思い出程度になるだろう。
勧誘に成功し、俯いて黙り込んでしまった瑠璃羽の調子が戻るのを待っていると、真也達のテーブルに一人の少女が近付いて来た。
「ルリハちゃん、来てくれてありがとう……って、あれ? 真っ赤になっちゃってどうしたの?」
「……」
先程までハープを弾きながら歌を歌っていた〈バード〉のアイドルだ。
ハーフアップに纏められたゆるふわお嬢様ヘアーは淡いオレンジ色に変わっているが、ゲーム開始前に見た隣のポットの少女であった。
「今は放っておいてやってくれ」
「ああ、一之瀬真也さんですね。ヤッホーニュースのトップ記事になっているのを見ましたよ、大活躍だったじゃないですか、尊敬しちゃいます。私、瀬川梨穂っていいます。宜しくお願いしますね」
ネットニュースで盗賊達の騒動は大々的取り上げられていた。
そのお陰か、真也の行動は既にほとんど全員に知れ渡っているようだ。
「はは、宜しくね。でも、瀬川さんは嫌な顔をしないんだね。嫌われるようなことをしたつもりなんだけど」
「ふふふ、これはゲームですよ。ルールに沿っているなら勝つ為に最大限の努力をするなんて当然じゃあないですか。私も負けませんからね」
「ははは、そうかもね」
控えめで大人しそうな顔をしてるが、意外にアグレッシブなことを言う子だ。
などと思いつつ真也は曖昧な同意を返した。
「でも、私以外の二人は余りやる気がないみたいなんですよ……あ、出来ればここだけの話にして下さいね。私も早くレベル上げをしたいんですが、一緒に行動すべき二人がまだ賛成してくれないんです」
「まあ、このゲームをやる目的が瀬川さんと違ったんだろうね」
「ゲームなんですから勝つ為に頑張るべきだと思うんですけどね」
何やらゲームをやる姿勢に対して強い拘りでもあるのかもしれない。
少々負けず嫌いの雰囲気を感じた。
「瀬川さんをパーティに誘いたいところなんだけど、事情的に無理そうだよね」
「ふふふ、ありがとうございます。本当に嬉しいです。でも、そうですね、番組的には3人で行動した方がいいんです。本当はご一緒したいんですけど……」
困り顔でそう言った彼女は、心底残念そうな雰囲気であった。
「じゃあ、私、まだお仕事があるので。ゆっくりしていって下さいね、一之瀬さん。ルリハちゃんもまたね」
「ああ、ありがとう」
「……」
控えめな微笑みを浮かべ去っていく彼女を見送りつつ、まだ熱っぽく呆けている瑠璃羽が再起動するのを待つ真也だった。
その日の正午の休憩時間。
「一之瀬さん、少し、いいですか?」
ログアウトした真也がポットの蓋を開けると、突然声を掛けられた。
「おっと、何やら穏やかではない雰囲気ですねえ。どうかしましたか?」
それに対して、真也は余裕の表情で返す。
真也の目の前には数十名のプレイヤー達。
彼らはそこで、まるで真也を待ち構えるかのように立っていたのだった。




