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32話 勧誘計画

乗鞍との商談を終えた真也は、次の街への同行者を確保する為にある場所へと向かう。


現在、同行が決まっている人物は二人。

一人は先程急遽付いて来ることになった乗鞍。

そしてもう一人は秀介である。

昨夜の協力の見返りに、次の街までパワーレベリングをするという約束があるため、秀介の同行は予め決まっていた。


戦力的にはそれでも十分である。

しかし、男三人旅の動画など華が無さ過ぎるだろう。

そう考えた真也は、泊まっていた宿へと引き返して来ていた。


洒落た宿の中を少し歩くと、二階の窓越しに、裏庭で洗濯物を干す少女の姿を見つけた。

すぐに宿を出て裏庭へ回ると、なんとも楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。

そこにはニコニコとご機嫌な様子で仕事に励む瑠璃羽がおり、真也は彼女の元へと近付いて行った。


「楽しそうだねルリハちゃん」

「はいっ! ……あれ? ……真也さんですか」


元気よく返事をした瑠璃羽だったが、声を掛けて来たのが真也だと気付くと、天真爛漫といった笑顔が陰ってしまう。


「真也さん……わたし、あまり人に迷惑をかけるのはよくないと思うんです」


真也の動画を見て、思うところでもあったのだろう。

わたし、ちょっと不満です、とでも言いたげな非難の視線を向けてくる瑠璃羽。


「盗賊さんですから、ちょっとは迷惑をかけるのは仕方がないんだってことは分かってます……でも、森に火をつけたのはやり過ぎだったんじゃあないですか? 街の人たち、みんな迷惑してますよ……」


そう言うと瑠璃羽は悲しそうに俯いてしまった。

傍から見ると真也が完全に悪役に見えてしまう。

事実そうであるが。


「ルリハちゃん、キミは少し勘違いしているみたいだ」

「……勘違い、ですか?」


だが、真也は罪悪感に苛まれて素直に謝る訳にはいかないのだ。

ここへ来た理由は瑠璃羽の勧誘。

真也のこれまでの行動を肯定的に見て貰った方が成功率は上がるだろう。


「もしかしたら、自分の見える範囲のことでしか、物事を考えられていないのかもしれないよ?」

「……そうなんでしょうか?」

「若い子にありがちなことかな。もう少し視野を広げた方がいいかもしれない。今からちょっと出かけられるかい?」

「はい、お仕事はこれで一段落ですから、だいじょうぶですけど……」

「じゃあ少し社会見学にでも行こうか」


真也がそう言って返事も待たずに歩き出すと、瑠璃羽は慌てたように付いて来た。

なんかこの子、誘拐とかすぐにされちゃいそうだな、と、瑠璃羽の将来が少し心配になりつつ真也は街を行く。


向かったのは商業区、大通りに面した一軒の店舗。

そこは錬金術師などが作ったアイテムを販売する店だ。


「……あっ」


溢れんばかりの客で賑わう店を見て、瑠璃羽は真也が言いたいことを理解したようだ。


「大盛況だなあ。さあ、もう一ヶ所も行ってみようか」

「はい……」


瑠璃羽は少しだけ頬を染め、自分の浅はかさを恥じる様な表情で大人しく真也に付いていく。


次に着いた場所は近くにあった酒場だ。

店の中を覗くと、依頼を精算をするカウンターには長蛇の列が出来ていた。

並んでいる冒険者達の表情は一様に明るく、景気の良さそうな笑い声などを上げている。


「儲かっていそうで何よりだな」

「……はい」


申し訳なさそうに反省した様子を見せる瑠璃羽。

既に納得してくれたようだが、真也は追い打ちをかけるように言い聞かせる。


「周辺の狩場には異変が起きていて、錬金術師達や実力の乏しい冒険者達は生計が立ち行かなくなるような人までいたそうだ。だが森林火災が起きてから、材料費の低減と需要の増大で錬金術師達は大繁盛、冒険者達は徒党を組んで高報酬の討伐依頼に挑み、景気はいいみたいだな。俺は何もリーサだけを助けた訳ではないだろう?」

「……はい、そうみたいです」

「ルリハちゃんは身近な人である宿のお客、商人達だけを見て、皆が困っていると思ったんだろう? でも、それは少し違うみたいだ。物事には表と裏がある。誰かが損をしているとき、逆に得をしている人もいる」

「……はい」

「それに、商人達は金がある。草原の騒動は直に収まるだろうから、致命的なことではないかもしれない。だが、錬金術師達や冒険者達は違う。狩場の騒動が長引けば、本当に苦しい事態になっただろう。金持ちに少し我慢して貰って、貧乏な人達にお金を回す、そういう感じになってないかい?」


もちろん全くもって詭弁である。

そもそも商人が皆金持ちである筈がないし、商人以外に損害を受けた人物だって当然多いのだ。

真也の行いで破産するような人もいただろう。


だが、そんなことは言わない。

こちらの都合のいいことしか伝えない。

そうやって意識を誘導した。


「……ごめんなさい。わたし、真也さんのこと、誤解していました」


落ち込んでしゅんとしてしまった瑠璃羽。

真也はそんな瑠璃羽の頭にポンポンと手を乗せ、優しい言葉を掛ける。


「誤解じゃあないよ、人に迷惑を掛けたのは事実だ。それに、ルリハちゃんが悲しそうにしていると、俺が振りまいた迷惑がどんどん増えてしまう。これ以上俺を悪者にしないでくれると助かるな。ルリハちゃんは笑っていた方が可愛いんだし」

「あっ!? ご、ごめんなさい! わ、わたし、気が利かなかったですね!」


顔を赤くしてワタワタと慌てた後、瑠璃羽は尊敬の視線を向けてくる。


「真也さんは義賊さんだったんですね。よかったぁ、安心しました」


そんなことを言う瑠璃羽のいたいけで純真な様子を見ると、そんな彼女を騙している真也に強烈な罪悪感が襲って来るが、気付かない振りをしてなんとかやり過ごす。


「でも、もう一つ、気になることがあります」


少し真剣な表情になった瑠璃羽が問う。


「リーサさんのことを人質にするなんて、かわいそうじゃないですか……。真也さんなら何か考えがあって言ったんですよね? 本当にそんなことをしたりしませんよね?」


もちろんリーサを見捨てるつもりなんて真也にはない。

だが、動画に映る場所でそんなことを言っては不味い。


「……どうだろうなあ」

「そんな……」


真也が曖昧な答えを返すと、瑠璃羽は泣きそうな顔になってしまい、慌ててフォローを入れる。


「エンターテイメントに悪役は必要なんだ。ルリハちゃんの好きなアニメにも悪役は出てくるだろう? 人気があるキャラもいるんじゃないかな?」

「はい……そうですね。わたしも悪役で好きなキャラクターはいます」

「それと同じで、俺も悪役を演じている。演じているだけなんだ。悪役を演じる声優は、別に悪い奴という訳じゃあないだろう? それと同じで、俺のことも嫌わないで貰えないかな?」

「……確かに、そうなのかも知れません」


少し納得いかなそうな瑠璃羽。


「リーサのことなら心配しなくて大丈夫だ」


なので真也は瑠璃羽が安心しそうな言葉を掛ける。


「どうしてですか?」

「俺がリーサを守るからさ」

「っ!? 本当ですか!!」


真也のクサイ台詞に、瑠璃羽は目を輝かせている。

彼女の好みそうな言葉を選んだ甲斐があったようだ。


「本当だとも。もし追われるようなことになっても、俺はリーサと一緒に逃げるだろう。もちろん、彼女を守る為にね。そうすればリーサが捕まることなどないだろう?」

「わあ! 追われる二人の逃避行ですか……とってもロマンチックな話ですね!」


原因を考えればロマンチックなことなど欠片もないが、真也のクサイ台詞に瑠璃羽は何か乙女チックな思考回路が起動してしまったのか、全く気付いていないようだ。

キラキラとした視線を受け、興が乗ってしまった真也は更に続ける。


「仮に、彼女に何か起きてしまったとしたら、俺が身命を賭してでも救い出して見せよう!」

「すごい! 真也さんって王子さまみたいですね! そんな言葉、わたしも言ってもらいたいです!」


言い放ってから気恥ずかしくなってしまった真也だが、瑠璃羽には憧れの視線を向けられるほど大好評だったので良しとした。


「やっぱり、真也さんはいい人でした! 一之瀬さんは少し悪い人だから関わらないようにしなさい、って恵子先生に言われてたんですが、そんなことありませんでしたね! あっ、恵子先生っていうのはわたしの主治医の先生です」


うん、恵子先生は正しいよ、と言いたくなったが、なんとか堪える。


「そう思って貰えると嬉しいね。ああ、そう言えば誘いたいことがあったんだけど……いつまでも立ち話はなんだから、どこかお店に行こうか」


ゲームの中では問題ないが、未成年の瑠璃羽と酒場に入るのは少し躊躇われたため、別の場所に誘う。


「あっ! じゃあ、わたしのおすすめのお店があるんです! そこに行ってもいいですか?」

「どうぞどうぞ、奢らせて貰うよ」

「そんな! 悪いですよ! さっきまで真也さんのことを疑っちゃったんですから、おわびの気持ちでわたしに出させて下さい!」

「いやいや、俺のメンツが立たないからそれは勘弁して欲しいな」

「あ……ご、ごめんなさい! わたし、気が利かなくて……」

「気持ちだけでも嬉しいから、そんなに気を使わなくて大丈夫だよ。ありがとね」

「そうですか! ありがとうございます!」


真也は嬉しそうに歩き出した瑠璃羽に並び、彼女のおすすめの店へと向かう。


「……えへへ、ちょっとデートみたい」


小さく呟かれた瑠璃羽の言葉。


「ははは……それだと俺が捕まるから困るな……」

「あっ!? いえっ!? た、ただ、それっぽいなーって思っただけなんです!! 特に深い意味はないですからっ!!」


慌てふためく瑠璃羽に苦笑しつつも、彼女のファンに刺されないかとかなり不安になる真也だった。

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