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25話 撤退戦と追撃戦

遠くには逃げ去る日村の背。

上空には展開する天馬騎士団。


「チッ……」


思わず舌打ちをした真也は、すぐさま日村の背を追い駆ける。


「はあ!? 何で天馬騎士がいんだよ!!」

「クソッ! やっぱり謀られたのか!?」

「あの野郎っ!!」


真也に続いて工房から出て来た盗賊達の喚き声が背後から聞こえた。

日村を追えば逃げられると思い、真也と同じ方向に走っているのだろう。

だが、そんな者達に構っている暇は無いので無視して駆け続ける。


日村が裏切る可能性は考えていた。

それは日村の性格を考慮すれば容易に想像がつく事態だろう。

しかしそれでも、裏切らない可能性の方が高いと判断していた。


なぜなら、その方が確実に日村の利益が大きいからだ。


まず、追われるなら多人数の方が生存率は高まるだろう。

更に、盗賊がたった一人になってしまったら、プレイヤーのヘイトは全てその人物に向くかも知れない。

他のプレイヤーと余りレベル差をつけることが出来ていない状態で、そんな状況を作り出すのはリスクが高過ぎる。

そして、協力者の商人を活用し搾取の関係を築ければ、今回の計画の利益は何倍にも膨らむ筈なのだ。


相手が最も利益を得られる選択を必ずするという前提に基づいた最適行動選択理論、ゲーム理論を用いた思考が染み付いている真也には、日村が裏切るという、理に適わない選択をする可能性は低いと思い込んでしまったのだ。


真也が行き着いた予想が、最適解に近かったのも判断を誤らせら原因だろう。


人は目の前にそれらしい回答が転がっていれば、それで満足してしまうものだ。

そう初日の夜に考えたことを思い出し、自分の行動に活かせていなかった事を悔やむ。


だがしかし、判断ミスは誰にでもあるものだ。

こういう時はいつも思い出す言葉がある。


『どんなに優秀そうな人間でも必ずミスはする。そしてその人間が本当に優秀なのかを確かめる指標が、リスク管理とダメージコントロールの能力だ。ミスをする前の準備と、ミスをした後の行動が、その人間の真価を問う』


それは昔、真也が仕事で大きなミスをした時に上司に言われた事である。


そのように考えれば、今の状況はさほど厳しいものではないと思えた。


大した策はない。

だが、この事態を乗り切る下地は、今の真也にある筈だ。


後はこれからの行動次第。


真也はこの状況を打破するため、闇の中を必死に駆ける。

真也とって闇夜は味方だ。

〈眼力〉で暗闇を見通せ、〈気配〉の見つかりづらい効果を高めてくれる。


真也が今装備している物は、FANGと戦ったときの〈精神力〉特化のものである。

そのため、〈技術〉と〈精神力〉に依存する〈気配〉の性能が上がっており、更に発見が難しい状態である。


そして、高い〈素早さ〉によって、真也は後続の盗賊達を引き離して行く。

今は彼らをどれだけ引き離せるかが勝負の分かれ目だ。


「うわっ!?」

「ひっ!」


背後から聞こえる悲鳴と戦闘音。


少し振り返り後ろを確認すると、天馬騎士達に囲まれ、槍で蹂躙される盗賊達の姿が見えた。

貴族街区で犯罪を犯した者に、慈悲など無いのだろう。


無事、後続の盗賊達が囮になってくれたことに真也は安堵する。

ステータス差によって作られた囮との距離と、高い隠遁能力により、真也は一人、天馬騎士達に気付かれずに済んだようだ。


後は、高い〈素早さ〉を活かして日村を捕まえればいいだけ、とはいかなかった。


光が真也を照らし出す。

〈気配〉が背後から何かの急速接近を感知した。


即座に進路を変更、なり振り構わず真横に身を投げる。


直後、真也は星空と石畳を交互に何度も見るはめになった。

暴風に煽られ転げ回ったのだ。


ふらつきながらも立ち上がり、素早く状況を確認する。


先程まで真也の進行方向だった低空に、一騎の天馬騎士が滞空していた。


近衛天馬騎士団長、シャロット・シルフィスだ。


よりにもよってお前か、とげんなりしてしまう真也だが、恐らく彼女だからこそ気付かれたのだろう。


シャロットの周囲を漂う〈照明石〉が真也を照らし出し、彼女が声を掛けて来る。


「大人しく捕まって下さい。命だけは助けてあげられるかもしれません」


明らかに殺意のこもった攻撃をされた後、そんなことを言われても信用出来る訳がない。


そして、シャロットは真也の回答も待たず、再びの滞空突撃を仕掛けて来た。


真也はそれを迎え討つ為に、ストレージから〈ブロンズナイフ〉を取り出す。

シャムシールを出さなかったのは、顔を隠している真也の正体をシャロットに気付かせない為だ。

ナイフもカテゴリー的に〈剣術〉スキルで問題無く扱えるが、いつもよりかなんとも心許無い武器でしかない。


更に、真也とシャロットの間には、明確なレベル差があることは確実。


絶体絶命の危機的状況だ。


だが、ステータスは真也を裏切らなかった。


突撃と同時に突き出されたシャロットの槍の柄に、逆手で持ったナイフを添えて、その軌道から逃れるように回避した真也。

〈受け流し〉で凌ぐことに成功したのだ。


その後、通り過ぎるペガサスの羽ばたきによる暴風に煽られるが、姿勢を低くし何とかこらえる。

そんな真也の隙を利用し、突撃から折り返して再接近するシャロット。


突撃を回避した後、そのまま逃げるつもりだったのだが、風が邪魔でそうもいかないようだ。


急速接近したシャロットは、今度は通り過ぎることはなく、真也の側に張り付き、槍による連撃を繰り出して来た。


迫りくる高速の刺突、その連撃を冷静に見切り、回避に専念することで何とか凌いでいく。


大きなレベル差のあるシャロットの攻撃を、真也が凌げている理由は、2極振りで高められた〈技術〉と〈素早さ〉にある。


シャロットの攻撃を一度でも受ければ即死。

逆に真也の攻撃は、碌なダメージを与えられない。


だが、ことを回避にだけ限って言えば、格上とも渡り合うことが出来るのである。


格上との突発的な遭遇戦、それから逃げ延びる為に、真也は2極振りをしていたのだった。


もちろん、それには限界がある。


都合十数度目の攻撃を凌いだところで、甲高い音が手元から響いた。

ナイフが折れたのだ。


それは当然のことだろう。

安物の〈ブロンズナイフ〉の耐久値が、シャロットの猛攻に耐えられる筈がなかった。


その隙を突こうと目の色を変えたシャロットが槍を突き出す。

真也は真横に身を投げ出し、それを回避する。


その回避方法は悪手である。

身を投げ出すことでその場は凌げても、体勢を崩したところで追撃を受けるだろう。


真也にもそんなことは分かっている。

なので身を投げ出した後、懐からもう一本のナイフを取り出し、滞空中に投擲した。


しかし、それはシャロットに命中する軌道ではなかった。


回避する必要も無い攻撃を、シャロットは弾く事もなく無視をする。


だが、それは真也の狙い通りであった。


直後に響く、何かの破砕音。

そして、辺りは闇に包まれる。


投擲されたナイフは、シャロットの周囲を漂っていた光源、〈照明石〉を打ち砕いたのだった。


「っ!? コラ! ダメよ! 落ち着いて!」


突如視界を奪われたペガサスが混乱して暴れ出し、シャロットがそれを必死に宥める。


機動力の高い天馬騎士から普通に逃げるのは難しい。

ならばその機動力を発揮出来ない状況を作り出せばいいのだ。


戦闘どころではなくなっているシャロットの隙をついて、真也は急ぎ戦線を離脱したのだった。









シャロットを撒き、日村の逃げ去った方向へ、再び駆けて行く真也。

その方向には、水路がある。


自分がすることは相手もやるかも知れない。

そう考えれば、その可能性はあった。


日村も、水路沿いの地下通路を脱出経路に選んでいたのだ。


直ぐに真也も地下通路入り口に突入し、日村の後を追う。


後顧の憂いを残さないため、日村を逃がす訳にはいかない。

ここで逃してしまうと、真也の計画が破綻する可能性が高いのだ。


幸い、日村を捕まえられる条件は揃っている。

街の外へと続く経路とその罠の位置は、完璧に記憶しているので障害は無い。

そして、日村より確実に〈素早さ〉が高く移動速度が早い真也には、日村に追いつけない筈も無かった。


しばらく地下通路を走ると、日村の後ろ姿を視認した。


「は!? テメー! 何でここにいやがる!」


真也の足音に気付いた日村が振り返り、怒声を上げる。


「それはこっちのセリフだ! 裏切り者め!」


真也はそう言いながらシャムシールを引き抜く。


「おいっ! 何武器出してんだ!? 一緒に逃げれば済む話じゃねえか!! 仲間だろう!?」

「馬鹿なことを言うな、裏切り者の末路を教えてやる!」


日村の移動速度は予想以上に速かった。

恐らく効率的なレベル上げの方法でも見つけて、そこそこのレベルまで上げられたのだろう。


それでもやはり、真也の方が断然速い。

どんどん日村との距離は縮まってゆき、あと少しでその背中に剣を突き立てられる。

真也はシャムシールを振りかぶった。


「おい!! バカ!! 止めろ!!」


そんな負け犬の遠吠えを聞きながら、剣を振り下ろそうとし、異変が起こった。


「何だっ!?」


真也の右足が凍りついていたのだ。


それは恐らく何かのトラップだろう。

だが、真也の記憶では、そこにトラップなど無かった筈だ。


「ハハハッ! バカめ! 詰めが甘いんだよ!!」


日村の嘲りの声を聞きながら、真也はバランスを崩して床に転がった。


「そいつは〈氷結地雷〉、俺が仕掛けた高レベルトラップだ! 言っただろう? 俺は鍵を開けるスキルを重点的に上げているって! このマヌケめ!」


日村は立ち止まり、真也を見下しながら罵声を放った。


どういうことだ、と疑問に思ったが、直ぐに答えに行き着く。

もし、扉の鍵がこのゲームのシステム上、トラップに分類されるものだとしたら、それを解錠するスキルは間違いなく〈トラップ〉スキルだ。


そうであるなら、日村が地下通路を通れる理由にもなる。

日村は〈トラップ〉のスキルレベルを重点的に上げ、この地下通路の罠を自力で調べたのだろう。


「念のため仕掛けておいてよかったぜ!」


そう言って走り去る日村。


真也は立ち上がれることを確認し、それを追い駆ける。


だが、日村との距離は中々縮まらない。


氷属性ダメージの追加効果で、真也の〈素早さ〉が低下しているのだ。


もうすぐ地下通路の出口。

このままでは日村に逃げられる。

それでは今後の計画が狂ってしまうだろう。


「日村ぁ!!! 待ちやがれこの野郎!!!」


大声で叫ぶ真也。


それは苦し紛れの見苦しい叫び


――ではない。


その叫びは、真也の送った合図であった。


日村が出口に達したとき、その真横から突然刃が振り下ろされた。


「がっ!?」


吹き飛ばされ、地面に転がる日村。


「ナイスタイミングだっただろ?」

「ああ、最高の仕事をしてくれたな」


出口の陰から現れたのは、真也の協力者、秀介だった。


念のための準備をしているのは、何も日村だけではなかった。

万が一、他の盗賊プレイヤーが地下通路を使ったときの保険として、騎士団に通報を終えた秀介に、武器を持たせて待機して貰っていたのだ。


そして、転がった日村にすぐさま真也が近寄り、シャムシールを振り上げる。


「おい! ま、待て! 落ち着け!! 話し合おう!! 俺にはいいツテがあるんだ!! それを使わなきゃ、オマエは盗んだ装備を売ることは出来ないぞ!!」

「ほう?」


見苦しく命乞いを始めた日村に、真也は耳を傾ける振りをする。


「俺の仲間の商人に、装備を売らせる計画なんだ!! その計画の仲間にオマエも入れてやる!! 俺たちはいい協力関係を築ける筈だ!!」

「なるほどなるほど。それはいい計画だな」

「おお!! そうか!! じゃあ!!」

「でも、お前はその計画の中に居なくてもかまわないんだよな」

「はっ!?」

「詰めが甘いのはお前の方だったな」

「待て!! 止めろ!!」

「お前はここでゲームオーバーだ」


そして真也は剣を振り下ろした。

ここまで結構長引いてしまいましたが、後はエピローグ的な話、ネタばらしと動画公開と掲示板の反応で、合計2話程度を使って1章は終わりですね

掲示板のせいで話数が膨れる可能性もありますが

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