24話 企み
興信所の黄波戸との電話で、吉報の存在を仄めかされた真也は、電話を続けながらもニヤリと笑う。
日村の思惑を確信したからだ。
思えば日村の計画には2つの疑問点があった。
まずは盗み出す物の問題。
使うことも出来ず売ることも難しい装備など、わざわざ狙う意味が無いことは明らかだ。
もう1つは時間の問題。
真也が調べた限り、盗みに入るターゲットは、盗む物を除くと恐らく最適に近かった。
そのターゲットを見つけるには、そこそこの労力が必要だっただろう。
しかし、日村が計画を持ち掛けたのはゲーム開始から2日目の夜だ。
ゲーム開始直後から、盗賊プレイヤーは出来るだけ早くレベルを上げることが目標だった筈である。
にも関わらず、果たして日村は盗みに入る場所を調べる時間など取れたのだろうか、と疑問に感じた。
その上、日村の思惑を突き止める為のヒントもあった。
それは、ゲーム開始初日の昼、盗賊プレイヤー達と情報交換した時に覚えた日村に対する違和感。
自信過剰の節のあった日村が、装備調達で露天には挑戦せず、堅実な行動を取っていたことだ。
更に、日村が盗賊プレイヤー達のまとめ役になりたがっていたこともヒントと言えよう。
そして、全ての疑問点を解消する答えが、真也には推測出来た。
自分がやることは相手もする可能性がある。
そう考えれば、自ずと答えは出た。
全ての疑問点を解消する答え、それは――日村にプレイヤーの協力者がいるということだ。
そしてその協力者の職業は商人。
そうだとすれば全ての話に辻褄が合う。
〈鑑定〉を初期スキルで取れる商人が仲間にいれば、露天で騙されることは無い。
情報収集もこの街では商人の方が容易に出来るだろう。
なので盗みに入るターゲットを調べることを協力者に任せれば、日村はレベル上げに専念出来る。
なぜ騎士用の装備を盗賊プレイヤー達に盗ませようとするのかは、商人であれば、例えそれが盗品であろうと幾らでも売りようはあるからだろう。
盗賊プレイヤー達は、使うことも出来ず売ることも難しい装備を手に入れても処分に困るだけだ。
そこに商人プレイヤーとの繋がりのある日村が声を掛けたとする。
すると、売る手段が日村を通すしかなく、装備の適正価格も知ることが出来ない盗賊プレイヤー達は、はした金で盗んだ装備を売るしかなくなる。
そこにあるのは明確な搾取の関係だ。
日村が盗賊達のまとめ役になりたがっていたのは、そんな搾取の関係の上に居座りたかったからだろう。
真也がそんなことを考えていると、電話先の黄波戸が調査結果の報告を始めた。
『日村拓未に、他の調査対象4人の内1人と接点が見つかりました』
「やはりそうでしたか」
『日村さんと交友関係があると思しき人物の名前は、乗鞍宗男。日村さんの小中学校の卒業名簿にその名前と同じものがありました。そして最近SNS上で、日村と乗鞍だと思われるアカウントが交流していることも確認出来ています』
真也は興信所に、日村と接点のあるプレイヤーを特定するため、日村と、職業が商人であるプレイヤー全員の経歴調査を依頼していた。
その結果、真也の予想を裏付ける情報が返って来たのだ。
「完璧な仕事ですね」
『いえ、まだ個別の経歴は調べられていないので』
「当日中にこれだけ分かれば十分ですよ。今後は調査を乗鞍一人に絞って下さい」
『分かりました』
通常、こういった調査を頼んでも、即日で情報が返って来ることはあり得ない。
だが、ある程度グレーな調査をしてくれる興信所とコネがあれば話は別だ。
いわゆる悪徳名簿業者から個人情報を買い取ったりしているのだろう。
学校や学年、クラス単位の名簿は、かなりメジャーに取引されるものであることも、情報が早かった要因かもしれない。
普通に違法なのでグレーと言うより黒だが、市役所から情報を騙し盗ったり、電話会社の社員を誑し込んで情報を得たりするような業者よりは大分クリーンなところだ。
もちろん料金は飛び抜けて高いが、真也がこれから稼ぐだろう動画の広告収入を考慮すれば、決して無駄な投資ではない筈だ。
そして、そのお陰で現状得られるだろう全ての情報は出揃った。
電話を切った真也は、明日の夜にやるべき計画を確認する。
「さて、盗賊連中には、ここらでご退場願おうか」
翌日、ゲーム開始から4日目を、真也は少しの準備と睡眠時間の確保で費やした。
深夜に活動する計画なので、昼に寝ておかなければドクターストップで強制ログアウトの危険性があるからだ。
ログインして宿のベッドから起き上がると、時刻はもう既に深夜0時を回ろうとしていた。
直ぐに宿を抜け出し、貴族街区の外縁へと向かう。
日村の計画に乗る為だ。
傍らにカティの姿は無い。
巻き込まない為に、今日はリーサのところに泊まらせていた。
ゲームの中ではほとんど一緒に居たカティが、今は居ないことを少し寂しく思う真也だが、別に今生の別れという訳ではないので感傷的になりはしない。
別れの言葉は言わなかった。
なぜなら、この計画の後、すぐさま街を逃げなくてはならない状況にはしないつもりだからだ。
カティとの別れは直に必ず来るだろう。
だがそれは極一時的なもので、いつでも会いに来れるような状況、そんな完璧な結末を、日村の計画に乗った上で作り上げることが出来る。
真也はそう確信していた。
貴族街区外縁、騎士団専属鍛冶工房から最も近い塀の側、物陰に隠れて集まる8人の人影。
皆、顔に布を巻いていて素顔は確認出来ないが、その正体は日村の計画に乗った盗賊プレイヤー達である。
「全員来たみたいだな。まあ、やらなきゃジリ貧になることは目に見えてるしな」
日村は人数を確認して満足げな仕草で頷く。
この場に全員が来たことには、実は真也の仕込みの影響もあった。
今日の昼、真也は日村を除く盗賊プレイヤー全員に、現実世界でSNSによるメッセージを個別に送り、一人一人とゲーム内で会っていたのだ。
その呼び出したメッセージは、『話したい有用な情報があります。ゲームの中で会えませんか?』といったものだった。
警戒しつつも皆がゲームの中で会ってくれたので、真也はタルジュ・シャムシールの出所を伏せた情報を提供し、強い武器の必要性を説いた。
つまり、シャムシールを自慢して物欲を煽ったのだ。
皆が皆、シャムシールの性能に驚き、それと同等の装備を欲しがった。
そこで、「日村の計画に乗ればきっと手に入りますよ」と、ささやいたのだった。
真也がなぜそこまでしたかと言うと、この計画に盗賊全員を参加させて、皆でまとめて退場して貰う為だ。
盗賊プレイヤーを消す為に、真也が直接手を下せれば早いのだが、そういう訳にもいかない事情がある。
このゲームイベントで、プレイヤーは人間のキャラクターを殺害することは出来ないのだ。
それは相手がNPCでもプレイヤーでも変わらない。
人間キャラとしっかり戦闘は出来るが、トドメをさすことは出来ない。
トドメをさそうとしても、必ずHPが1割残り、30分間〈昏倒〉状態になるだけだ。
状態異常である〈昏倒〉は、臨時ではない方のログアウトした時と全く同じ状態になる。
つまりプレイヤーにとっては30分の強制ログアウトでしかないのだ。
なお、〈昏倒〉を利用したプレイヤーキルは犯罪者の引き渡しなどの一部例外を除いて、ルール上認められていない。
倫理的に問題があるため、と公式では説明しているが、恐らく主要NPCを無闇やたらに殺されたり、PKが蔓延して、ゲームがつまらなくなることを防いでいるのだろう。
なので、プレイヤーを退場させたければ、モンスターやNPCに殺して貰うしかないのだ。
日村の計画は、その為にうってつけの場であった。
盗賊プレイヤーを全滅させる理由は、ライバルの削減と、日村の思惑を挫く為と、今後の利益の為である。
盗賊が減れば、当然それだけ生き残りは注目されるし、競合相手が居なくなるのは良い事だ。
更に、工房の装備を盗んだ盗賊の生き残りが、真也一人だけであるなら、日村の協力者に足元を見られずに取り引きが出来るだろう。
そして、今後の利益、完璧な結末を迎える為にも、それは絶対に必要なことだった。
「よし、じゃあ行くぞ」
日村の合図で、全員が物陰から塀の側へと走る。
そして先頭を駆けていた日村が腕を勢い良く振るうと、直線的な軌道でロープが空間を突き進んで行き、塀の上にある柵状の装飾に巻き付いてしっかりと固定された。
「続け」
日村がそれを伝い、塀の上へと登りながら言った。
皆でそれに続き、塀の上に登ると、貴族街区内の警備の位置が丸分かりであった。
それは歩哨の騎士が皆、〈照明石〉という、使用者の周囲の空間で浮遊して辺りを照らすアイテムを使用していたからだ。
高い視点から眺めると、移動する明かりが丸見えで、どこに歩哨が居るのかがよく分かったのだ。
人手が足りないせいか、優先順位の低い施設周辺には全くと言っていい程警備が居なかった。
騎士団専属工房も、その優先順位が低い施設の一つのようで大変都合が良い。
日村は素早く帰り用のロープを反対側にも垂らして、塀から飛び降り、音も無く着地した。
皆もそれに続き、貴族街区内を無音で駆け抜け、直ぐに工房入り口前まで到着する。
「開けられそうですか?」
「はっ、余裕だな」
真也の問いかけに即答して、日村は針金を取り出し鍵穴に差し込む。
鍵を開けるスキルのレベルを随分と上げていたようで、解錠は一瞬であった。
そして全員で工房内に雪崩込む。
「おい、あったぞ! こっちに完成品が大量にあるぞ!」
誰かが歓喜の声を上げ、皆が我先にと装備をストレージに収納していく。
真也は皆の様子を確認してから、少し遅れて装備の回収を始めた。
工房内に置いてあった装備は大量にあり、奪い合う事なく、直ぐに全員のストレージが限界となった。
そんなタイミングで、そろそろか、と真也は考えた。
盗賊プレイヤー達を一網打尽にする策、それが実行されるだろう時間が迫る。
真也は予め仲間の秀介に頼み、日村の計画をこの街の騎士団に通報をして貰う手筈になっていた。
恐らくもう既に通報は終わり、騎士団が貴族街区を封鎖している頃であろう。
後は工房まで来た道の真逆、塀とは正反対の方向にある水路へと向かい、地下水道を通って、真也一人だけが逃げ切ればいい。
企みの成功を確信し、真也はほくそ笑む。
しかし――
――状況は最悪へと向かっていたのだった。
「ん? 何だ、この音は」
それはまるで大型生物の羽音のようだった。
恐ろしく嫌な予感が頭をよぎり、急いで窓際まで駆け寄る。
窓越しに外を確認すると、そこには予想通り最悪の事態が展開していた。
貴族街区の上空、星の煌めく夜空には、より一層輝く白い光が大量に散りばめられていた。
――シャロット率いる近衛天馬騎士団だ。
「……おいおい、ふざけんなよ。お呼びじゃないぞ」
それはあり得ない事態だ。
秀介にはしっかりと天馬騎士団の耳には入れないように言っていた筈である。
わざわざこそドロ相手に街の騎士団が応援を呼んだとも考え辛い。
「……はあ」
ため息をついた真也は、直ぐに工房内を見回した。
居ない。
そこに、日村の姿は無かった。
急いで駆け出し、工房の外へ出る。
遠くに、塀から真逆の方向へと逃げ去る日村の後ろ姿が確認出来た。
「やっぱりお前か……」




