23話 下調べと裏付け情報
ゲーム開始から3日目の午後、真也はカティを連れて街の中心部へと来ていた。
真也の目の前では、人の背丈の2倍くらいはある高い塀が存在感を放っている。
塀は街の一部を広範囲に渡って囲い、そこに住む特権階級の安全を保証するものだ。
ここはこの街の支配者、貴族達の生活空間、貴族街区の外縁である。
「案外低い塀だな」
「別に乗り越えようとするヤツなんていねーからな」
「金持ちが犯罪者に狙われないのか?」
「ここは憲兵じゃなくて騎士団が警備してるから、普段は中に騎士がウヨウヨしてんだ。よっぽどの馬鹿じゃない限り狙わねーよ」
「……ふーん」
カティの言葉を聞くに、警備の多くをモンスター駆除に回した理由は、今まで貴族街区が狙われなかったから油断した、ということなのかもしれない。
しばらく塀に沿いに歩き、貴族街区の外周を確認していると、金属を打ち合わせたような甲高い音が聞こえ始める。
目的の場所が近付いてきたようだ。
そこは、塀の直ぐ向こうが騎士団専属鍛冶師の工房、という場所である。
騒音を発する鍛冶工房は貴族街区の隅、塀際に存在し、他の建物からも大きく隔離されていることだろう。
盗賊達にとって、なんとも都合のいい状況だ。
ここの塀を乗り越えれば鍛冶工房の目の前で、夜は無人の上、他の建物にいる人間に見つかる可能性も低い。
盗みに入るにはお誂え向きな場所であり、警備の薄くなった適切なタイミングでもある。
日村の計画は思っていた以上によく下調べされたもののようだ。
成功の確率はかなり高いと言える。
そんな状況で、盗む品にだけ穴がある、というのは違和感しかないだろう。
そしそれは、真也が予想した日村の思惑、その可能性を高めるものだった。
工房近くの塀を確認した真也達は、更に塀沿いを歩き、貴族街区の出入り口となる門まで足を運んだ。
遠目から観察すると、そこは4台の馬車がすれ違えそうなくらい幅の広い門であった。
だが、そんな大きな門の側に控える騎士の門番は、たったの一人しか居ない。
「なあカティ、あそこはいつも一人で番をしてるのか?」
「んな訳ないだろ。今は騎士の人手が足りないんだろ?」
「だよなあ」
門ですらこの警備状況では、内部も手薄なのは明らかだろう。
それでも、一応確認はしようと門へと近寄る。
「なんだ貴様は? ……剣士か。ここは冒険者風情が来る場所ではないぞ!」
案の定、近付く真也を見咎めた門番が声を上げる。
冒険者と確定しているのは、真也の格好もあるが、恐らく門番の職業が斥候系統で、〈鑑定〉に似たスキルを使用しているのだろう。
それは、門番が真也の職業を剣士であると判断していることから分かった。
普通、〈鑑定〉系のスキルを使われたのなら盗賊だとバレるものだ。
だが、真也の場合、〈偽装lv1〉というスキルを使っている。
〈偽装〉は文字通り何かに偽装を施すスキルで、〈技術〉が高い程見破られ難い。
今回は真也自身のステータス表示上における職業を〈盗賊〉から〈剣士〉に偽装していた。
その為、門番は真也を剣士だと思い込んでいるようだ。
本当は他所の街の貴族の名前を騙って塀の内部に入り込みたいところであるが、予期せぬ高レベルキャラと遭遇し、その人物が〈鑑定〉系スキルを持っていた場合、とても拙い状況になるため、今回は自重した。
「ああ、いえ、先程街の近くで近衛天馬騎士団長、シャロット・シルフィス様に助けて頂きまして、出来ればそのお礼を申し上げたくて参った次第なのですが……」
「ふんっ。貴様のような路傍の石が、シャロット様の時間を頂戴出来る訳がないだろう! さっさとここから去れ!」
適当な理由を付けて門の奥へ入れないかと言ってみたが、予想通り無駄であった。
そして、騎士というのは皆、ここまで傲慢な態度を取るのだろうか、と少し不快になったが、会話をしている間に門の奥を見渡せたのでよしとする。
見れたのは貴族街区のほんの入り口だけであるが、歩哨の騎士はほとんど見当たらないのを確認して、真也は門から離れた。
貴族街区から帰る途中、少し離れた水路沿いの道で真也は立ち止まった。
「おい、どうしたんだよ?」
「……」
カティの問い掛けを聞いても無言で佇む真也。
その視線の先には、水路があった。
正確に言えば、水路が街の地下に潜る箇所を見つめていた。
おもむろにストレージからアイテムを取り出す。
それは一枚の地図である。
アイテム名は〈大地の神殿表層の地図〉。
カティから巻き上げたものだ。
リーサの持つ〈大地の神殿の地図〉から表層部分だけを写したものらしい。
表層部分だけといっても、この地図を見て罠を避けて行けば、街の至る所にあるダンジョン入り口に、地下道経由で行き来が出来る。
「……カティ、表層だけを通って、貴族街区に入れるルートはあるか?」
〈大地の神殿〉の存在は国の上層部により秘匿されているため、この街の住人程度では知る筈がない。
それならば、誰にも知られずに貴族街区に出入りすることが出来るのではないか、と考えたのだ。
「……まあ、あるにはあるけど……貴族街区になんてホンキで行く気なのか?」
「なに、ただ行けるのかどうか少し様子見をするだけだ」
真也は周囲を見渡して人目が無いことを確認し、水路に近付いて行く。
水路の地下へ潜る境界には鉄格子がはめ込んであり、一見入れないように思えるが、少し細工をすれば簡単に外れてしまうものだった。
鉄格子を潜り抜けた先に現れた空間は、水路の両脇にある細い通路が伸びているだけだ。
ただの地下水道に見えるが、ここからは既にダンジョンの内部である。
ダンジョンといっても、表層部に限ればモンスターは出てこない。
だが、ここはトラップダンジョン、罠が至る所に仕掛けられているのだ。
「……かろうじて探知は出来るな」
「まあ、ここは極表層だかんな」
真也は薄暗い通路を、〈眼力lv1〉という視力増強と暗視能力付加の便利スキルで見渡し、罠の位置を〈トラップlv1〉を使い調べる。
このゲームのスキルは得られる恩恵の範囲が広いので、〈トラップ〉スキルは罠を作るだけでなく、探知も出来るのだ。
真也の〈トラップ〉スキルはまだレベル1でしかないが、ステータスのお陰である程度の性能は発揮出来ていた。
時間をかけてじっくり探せば、〈大地の神殿〉の罠も表層に限れば見つけられないことはないようだ。
だが真也には詳細な地図がある。
わざわざ自分で探知しなくとも、罠の位置は全て分かるのだ。
地図で罠の位置を確認しつつ、真也達は悠々と地下水道を進んでいく。
時折現れる交差路なども、地図とコンパスを頼れば迷うことはない。
因みにコンパスは森で駆け出し冒険者から盗んだものである。
しばらく歩くと水路が地上に出る場所が見えてきた。
貴族街区内にあるダンジョン出口だ。
真也は〈気配〉を使って隠れながら出口に近寄った。
そこにも鉄格子がはめ込まれていたが、やはり簡単に外せてしまい安心する。
出口付近では僅かな金属音が断続的に聞き取れたので、まさかと思い、歩哨を警戒しながら周囲を覗うと、少し遠くに騎士団専属鍛冶工房が見えた。
工房は水場が遠いと不便なため、水路に近い位置にあるのだろう。
それは、真也にとって最高のロケーションだった。
「……なあカティ、ここから街の外に繋がる地下道もあったよな?」
「ああ、一つだけならあるよ」
これは使える。
そう確信した真也は黒い笑みを浮かべた。
「そのルートとトラップの位置を記憶しておきたい。これから何度かそこを往復しよう」
「おいおい……いったい、なに企んでんだよ?」
カティから投げ掛けられる猜疑の眼差しを涼しげな表情で受け流す真也。
「その後、少し仕込みも必要だろうから、時間は少ないな。さっさと行くぞ」
「無視すんな! アタシにも教えろよ!」
「何も企んでなんかいないさ」
「そんな分かりやすいウソつくんじゃねー!」
「心外だな、人を嘘つき呼ばわりしないでくれないか。訴えるぞ」
「誰にだよ!? ていうか前、アタシに嘘ついたことあんだから事実じゃねーか、この嘘つきヤロウ!」
「そんな記憶は無いな」
恐らくカティは、何か危険なことをしでかしそうな真也のことが心配で、企みを聞き出そうとしているのだろう。
だが、真也に話すつもりは無かった。
カティを危険な企みに巻き込みたくなかったからだ。
例え、それが彼女との別れを意味しているのだとしても。
ゲーム開始から3日目の夜。
ログアウトした真也は、スマホに不在着信が入っているのを確認して、電話を掛けた。
『お電話ありがとうございます。こちら黄波戸総合興信所の黄波戸です。一之瀬真也さんで宜しいですね?』
「はい、着信が入っていたので連絡させて貰いました。何か分かりましたか?」
『はい、ご依頼の件で、恐らく一之瀬さんが最も知りたいであろうことを、第一報にてお知らせする準備がございます』
「それは素晴らしい。相変わらず仕事が早くて助かります」
電話先は真也の馴染みの興信所だ。
興信所、つまり個人や企業の信用性を確かめる為の調査業者で、いわゆる探偵事務所と似たようなものだ。
今朝、真也はそこにとある調査依頼を出していた。
『では、経歴調査の第一報をご報告申し上げます――』
その結果は、真也の予想を完全に裏付けるものであった。




