22話 情報収集と浮上した可能性
冒頭部の天馬騎士の話は、後で前話の最後に移し替えるかも知れません
真也とシャロットが和やかに談笑していると、
「だ、だんちょ〜! いつまで立ち話してるんですか〜! 部隊が混乱しちゃってますよ〜!」
何やら情けない声を上げながらこちらに飛来する天馬騎士が一人。
ピンクベージュの髪をツインテールにした小柄な少女だ。
「……指揮は、貴方に、任せた筈なんですが」
呆れ顔になったシャロットが、うんざりしたようにそんなことを言った。
「そんなのムリですよ〜! ワタシに部隊の指揮なんて出来るワケないじゃないですか〜!」
「はぁ……。貴方はこの騎士団の副団長じゃない……」
「そんなのお飾りじゃないですか〜! ナナヒカリなんですからワタシに期待しないでくださいよ〜!」
「少しは努力する気になりなさい!」
「努力してもワタシじゃムリですよ〜!」
「……。私は貴方に少しでも経験を積んで欲しくて……」
「ムリです〜!」
「……」
シャロットは額に青筋を立て拳を震わせていたが、はぁ、と何かを諦めたかのように溜め息をつくと、悟りを開いたような顔になった。
「……シンヤさん、私は直ぐに部隊に戻らなければならないようです……」
「……何か、その、苦労が多そうですね」
「……いえ、いつものことですので」
疲れた様子でペガサスに騎乗し飛び去っていくシャロットに、真也は同情の視線を送るのだった。
「……これっぽっちか」
「そりゃそーだろ。ほとんどあの騎士に倒されちまったんだから」
天馬騎士団への接触を成功させた後、街へと戻った真也は、酒場で討伐依頼の精算をを終え、街を歩きつつ報酬の少なさに落胆していた。
討伐依頼の報酬は、倒したターゲットのドロップアイテムを渡すことで貰える。
ならば、〈白夢の森〉を焼き討ちしたときに得た大量のモンスタードロップを渡してしまえば、大量の報酬が貰える、と考えたが、そういう訳にはいかなかった。
ある程度実力がある商人の持つ〈鑑定〉スキルで素材アイテムを調べると、いつどこで誰が倒してドロップした物であるのかが分かってしまうらしい。
そうなると真也の持っていた大量の素材は、価格の暴落した不良在庫ということになる。
更に、今日の狩りで手に入れたドロップアイテムの半数以上は、シャロットが倒して放置していった素材を回収した物である。
真也自身が討伐した訳ではないので、依頼の報酬と交換できる物ではなかった。
よって、真也自身が今日倒したモンスターの分しか報酬を受け取れず、予想していた額よりもずっと少なかったのだ。
当てにしていた収入が入って来ないというのは、結構困る事態だ。
真也の所持金は、実はもう底を尽きかけていた。
今までの収入は初期資金31万と冒険者から盗んだ8千、後は森を焼く前に狩ったモンスタードロップの売却益が少々といったところだ。
初期装備の購入で半分以上使い、リーサの工房で高いアイテムを複数購入し、高級宿にも泊まったし、ボス戦の為に〈精神力〉特化防具も買った。
3日足らずで随分と使い込んだものである。
更に、これから絶対にやらなければならないことがあり、それも出費になる。
そして、そのやらなければならないことの為に、真也達は武器屋へと来ていた。
「おう、らっしゃい……お? なんだアンちゃん、また来たのか?」
「どうも、またお世話になりに来ました」
相変わらず厳つい顔の店主が真也達を迎えてくれる。
この店に来るのはこれで3回目だ。
3日で3回、1日1回来ているので、また来たのか、などと言われるのも当然である。
「今日は何しに来たんだ? 今度は〈防御力〉に特化させた装備でも買いに来たか?」
「いえ、今回はこれの研ぎをお願いしに来たんです」
真也はカウンター上に、タルジュ・シャムシールを置いた。
装備には耐久値があり、使うごとに消耗していくのだ。
「おお……良くもまあ、たった3日でここまで使い込んだもんだ」
店主はシャムシールを抜き放ち、刀身をじっくり観察すると、感心したようにそう言った。
〈白夢の森〉で煙に燻り出されたモンスターを大量処分した際、タルジュ・シャムシールの耐久値は恐ろしい速さで消耗していたのだ。
「明日の昼頃くらいまでに終わらせることは可能ですか?」
「……まあ、職人に多少心付けをすれば出来なくはないな」
「……分かりました、それでお願いします」
出費が更に増えてしまうようだが、背に腹は代えられないので了承した。
それに加え、〈投擲〉に使うと便利だったナイフを数本買い足しておく。
財布の中身が心許ないものとなっていくが、致し方ないことだろう。
「あと、少し聞きたいことがあるんですが……」
それはこの店来たもう一つ目的だ。
「騎士団専属の鍛冶師から装備を買うことは出来ませんか?」
騎士団専属鍛冶職人がどんな装備を作っているのかを探りに来たのだった。
「……あん? 騎士団専属職人? なんでまたそんなことを?」
「いえ、ただもう少し性能の高い防具を入手出来ないものかと……」
それは情報を引き出す為に言った言葉だが、真也の本心でもあった。
防具の性能が余り良くないことは、今後の不安要素である。
何しろ真也は、レベルアップ時に〈防御力〉をまだ1ポイントも上げてないのだ。
まだ攻撃を受けたことはないので実感は無かったが、聞いた話ではシープウルフの攻撃力はアングリーチキンの約5倍程もあるらしい。
アングリーチキンの攻撃でも10回程喰らえばやられる威力だったので、その5倍ともなるシープウルフの攻撃は、2回で落とされる可能性があった。
今後、次の街に向かう場合、確実にシープウルフより強い敵が出てくるだろう。
その場合、初見で一撃死になるような事態も起こり得る。
それを避けるため、出来ればこの街で、悪くとも次の街に到着した直後に、今より強い防具を入手したかった。
資金難と言える真也の現状では、次の街到着直後に装備を買い替えることも難しいのだが。
「はっ!無駄だ無駄だ! んなこと考えるだけ時間がもったいねぇぞ」
騎士団専属という言葉を出した途端、武器屋の主人の機嫌は急降下した。
「アイツらが庶民に装備を売ってくれる訳がねぇ。貴族どもにちょっと気に入られているからって、アイツら自身が貴族にでもなったように振る舞うバカどもで、俺ら庶民のことを心の底から見下してやがる胸糞悪い連中だぜ」
「……それは、また、何と言うか……勘違いしやすい愚か者というのは、どこにでも居るものなんですね」
専属鍛冶師の顔でも思い出してしまったのか、憎々しげな表情になる店主。
この店主は他人に不満をぶつけるのが悪い癖なのかも知れない、と感じたが、情報は信用出来そうなのでそのまま話を合わせる。
「それに、アイツらは新しいことに挑戦しようっつー気概がねぇ。だからアイツらは伝統的な騎士用の装備しか作らねぇんだ。それはほとんどが重量級のモンだから、アンちゃんが扱えるようなモンは多分ねぇぜ」
「……それは、本当ですか?」
聞き捨てならない情報だ。
「ああ、本当だぜ。武器は〈騎士剣〉〈大剣〉〈斧槍〉〈大槍〉〈メイス〉とか、そんなんばかりで、防具だって〈全身鎧〉〈重装鎧〉とかがほとんどだ。全部、自前の〈攻撃力〉ステータスが高くなけりゃ、マトモに扱えねぇシロモノばかりだな。」
「……そうなんですか」
このことを、日村は知っているのだろうか。
日村は初日からあの計画を構想していたように言っていた。
たった2日にしてはよく下調べをしていたので、それは本当なのだろう。
それならば、自分が少し聞いたくらいで手に入る情報を、日村が手に入れていないとは考えづらい。
日村は扱えない筈の装備を餌に、盗賊達を誘い込んだ可能性がある。
そこに、何か日村の思惑が隠れていそうだ。
そのように真也は当たりをつけるのだった。
武器屋での用事を済ませた真也とカティは、今度はリーサの工房まで来ていた。
「どうも。工房の経営状態はどうだい?」
「ふふふ、見れば分かるでしょう?」
そう言って得意げな笑みを浮かべるリーサは、何やら忙しそうに作業を続けている。
すり鉢やビーカーなど理科の実験室を思い起こさせる道具が並び、部屋の片隅では大きな釜で何かが煮込まれている工房内。
リーサはそこをアッチへ行ったりコッチに来たりと動き回って錬金術の作業に励んでいた。
「騎士団への売り込みは成功したのか?」
「もちろんよ! 私のアイテムが認められない訳ないじゃない」
「スゲー! やったじゃないかリーサ!」
「ふふふ、当然の結果ね!」
カティが成功した本人以上に喜んでいる様子を見せると、リーサも嬉しそうに笑い出す。
現在は森林火災特需で、とにかく儲かっているようだ。
それは一時的なものであろうが、別に問題は無い。
火災の影響が収まった後もリーサの工房の常連になる客に、真也は心当たりがあった。
それは真也以外のプレイヤー達である。
真也が動画をアップすれば、明らかにメインストーリーと関係のありそうなリーサの居場所を探し出すプレイヤーが後を絶たないのは当然だろう。
そして彼女と交友関係を結ぶため、必ずアイテムを買う筈だ、と簡単に予想が出来る。
真也からすれば、リーサの情報は秘匿した方が有利なのだが、そうもいかない事情がある。
このゲームイベントは、プレイ動画の視聴者を楽しませる為にあるのだ。
そんなゲームで、情報の秘匿など許す筈が無い。
プレイヤーの関わったイベントと言える事件について、プレイヤーの行動の動機となった出来事やその後の行動、その結果など、イベントの一連の流れが把握出来ない動画をアップすると、運営から是正勧告が届く。
もちろん例外もあり、謀略などを行う際に、公開すると成り立たなくなる事柄を隠すことは出来る。
だが、最終的に、その一連のイベントが一段落したと運営が判断したとき、公開の義務が生じるのだ。
よって、真也がリーサの存在を隠し通すことなど出来ないのだった。
「それで? 今日は何しに来たの? 見ての通り私は忙しいんだけど?」
自慢げにリーサが問いかける。
「どうせ私のアイテムを買いに来たんでしょ?」
自信満々で言ってきたが、真也の懐にそんな余裕は無い。
「いや、今回は別件だ」
「……そう。別にアナタが買ってくれなくても、今は他にいくらでも買い手がいるのよね」
「ははは、そうか。それはよかった」
少しだけ拗ねたような態度を取るリーサに、真也は思わず笑みをこぼしてしまった。
「今日はプレゼントがあって来たんだ」
「……プレゼント?」
怪訝な表情になったリーサの前に、真也はストレージから大量のアイテムを出していく。
「ウチはごみ捨て場じゃあないんだけど……」
真也は素材や完成品のアイテムがそこかしこに散らかった工房内を眺め、似たようなものじゃないか、と思ったが指摘はしない。
ストレージの中で腐っていた価値の暴落した不良在庫を、真也はここに投棄したのだった。
「材料に使えるんだから無いよりマシだろう?」
「まあそうね、せっかくだから貰っておいてあげるわ。ありがとね」
そんな憎まれ口を叩きながらも作業を止めないリーサ。
「ああそうだ、一つ、確認したいことがあるんだが……」
しばらく彼女の作業を眺めてから、真也はここに来た本題を切り出した。
「例えば、盗賊が大量の武器防具をどこかの店か工房に売りに来たとする。この国の店や工房はそれを買うと思うか?」
本当は武器屋で聞きたかった質問だが、際どいものだったので、一蓮托生で裏切られる心配の無いリーサに聞いたのだ。
「……へ? 何言ってるの? 買う訳ないじゃない、そんな明らかな盗品。商人じゃなくても分かる当たり前のことでしょ? 例え相手が盗賊かどうか判断出来なかったとしても、信用の無い人物から大量の装備を買い取るなんて真似はしないわ」
「じゃあ、露天で売り払うことは出来ると思うか?」
「盗賊が露天なんて開いてたら、直ぐ憲兵に商品を調べられると思うわよ」
「やっぱりそうか。ありがとう、参考になった」
「……アナタ、もしかして……」
「詮索は止めておいた方がいい」
「……そうするわ」
懸念していたことが当たっていた。
この世界では、普通のRPGと同じようにNPCへ好き勝手に物を売り払える、という訳にはいかないようだ。
つまり、盗賊に使いこなせないだろう装備は、売り払うことも難しいという話になった。
日村の計画は初めから破綻したものだったのだ。
それを日村は知らなかった、という可能性は薄いと感じた。
このリアルな世界観を直に体感すれば、十分に予想出来ることであるからだ。
だが、知っていたとすると、破綻した計画にも日村には利益がある筈だ。
この状況で日村だけが得をする展開はあり得るのだろうか?
真也は壁に寄りかかり、しばらく思考に浸る。
そして、ふと、ある一つの可能性に思い当たった。
その可能性は十分にあり得るが、確信は持てない。
確かめる手段はある。
しかし、それはゲームの為に使う手段としては、随分と大げさなものだ。
そこまでする必要があるのだろうか、と疑問感じてしまう。
『あのなあ、このイベントはゲームであっても遊びではないんだよ』
そのとき、昨夜の会合で、日村が名作の言葉を借りて語った言葉が頭をよぎった。
「……遊びじゃあない、か。いいだろう、そっちがそういう気構えなら、こちらも相応の手段を取ろう」
独り言を呟いた真也は、臨時ログアウトを実行する。
臨時ログアウトはトイレ休憩など短時間の休憩をする為のもので、アバターは自然な仕草で待機していてくれるものだ。
ログアウトした真也は、ポットから出てスマホを取り出し電話を掛ける。
「もしもし、わたくし、一之瀬真也という者ですが……。あ、はい、そうですね、今では、元、が付いてしまいますが。その件はお世話になりました。それで、今回もお願いしたいことあるのですが――」




