20話 生存戦略
「提案?」
「そうだ、皆に協力して欲しいことがある」
ニヤケ面でそう言った日村に、盗賊プレイヤー達は皆少し訝しげな表情となる。
「それは少し都合が良すぎるんじゃない?」
そこで、盗賊プレイヤー唯一の女性が異議を挟んだ。
「何がだ?」
「だって、この会合はまだ2回目、私達に信頼関係なんて無い。私、盗賊協定はもっと頻繁に情報交換をするものだと思ってたんだけど?」
「まだ2日目じゃないか。1日1回やってるんだ、十分だろ?」
「どこが十分なの? この会合で得られた有用な情報なんてほとんど無かったじゃない。序盤にどこで狩りをすれば効率がいいとか、1日目の夜にでも話し合うべきだったでしょ?」
「はあ〜。情報が欲しかったんなら自分から動けばいい。連絡先は交換したんだ。自分で会合を主催出来ただろ」
「……それは、そうだけど」
「あのなあ、このイベントはゲームであっても遊びではないんだよ」
人にVRゲームへの夢と疑念を抱かせるきっかけとなった名作、それに出てきた名言をもじって、日村は呆れたように言った。
「そんな他力本願な気持ちじゃ、この先、生きのこれないぜ」
「……」
そんな日村の言葉に彼女は押し黙り、とりあえず話を聞く姿勢になった。
「じゃあ、本題に戻るぞ」
他の皆も異論は無くなったようだ。
「俺は今、とある場所へ盗みに入ろうと計画している」
「……とある場所?」
「ああ、そうだ」
日村はもったいぶったタメを作ってから、堂々と言い放つ。
「……俺は、貴族街区に盗みに入る」
「はっ!? 正気かよ!?」
「……あそこの、セキュリティは、飛び抜けて高いことを、分かっているのか?」
バカそうな男と元海兵隊員の外国人が反応したが、すぐさま日村は言い返す。
「当たり前だろ、それくらい分かっている。だが、今は危険を犯してでも何かをやらなきゃマズイ事態だろう?」
「……」
皆、沈痛な表情で押し黙った。
天馬騎士団の問題は、盗賊全員にとって頭の痛い問題である。
「まだ2日目だ。皆、そこまでレベルを上げられた訳じゃないだろ? そんな状態で、出来るだけ早く街を離れなきゃマズイときた」
あはは、実はもうレベル31なんすよね、とはとても言えない空気だ。
するとeゲームチャンプが口を挟む。
「待て、まだすぐに、この街を離れると、決めた訳じゃない。何もすぐバレる、という訳じゃあないだろ」
「いいや、そんな悠長なことは言ってられないね」
「船上での私達の様子が他プレイヤーの動画に映り込んでる問題ですか?」
「そうだ。それもあるし、ついさっき更なる問題が起きた」
真也が確認をすると日村はとても気になることを言った。
「公式掲示板に盗賊スレが立った。各自確認すれば状況が分かる」
皆でスマホを取り出し、該当スレを検索し始める。
【プレイ動画】クロスストーリーズオンライン 盗賊スレ1【うpマダー?】
420: 名無しの視聴者 : ID:dH4wr0pAm
何で誰もうpしないん?
421: 名無しの視聴者 : ID:haX31SzQa
ゼロからのスタートだからこそ、盗賊って職業は輝くんじゃないの?
めっちゃ期待してたのに誰も上げてなくてガッカリなんだが
422: 名無しの視聴者 : ID:4fkI95Md0
1人上げたじゃん
423: 名無しの視聴者 : ID:haX31SzQa
すぐに捕まって何もしてないだろアイツ
424: 名無しの視聴者 : ID:73wS9Pqkd
他のプレイヤー達はみんなアップしたのに、盗賊達だけアップしない
普通、初日からアップした方が多くのファンを囲い込める筈なのに、2日目夜になっても誰もアップしないのは不自然だろ
何かたくらんでるんじゃねーの?
425: 名無しの視聴者 : ID:dgB1SyYo2
あ、俺、会場の近くに住んでるんだけど、会場の向かいのラーメン屋に盗賊プレイヤーらしき奴らが集まってたの見たぞ
426: 名無しの視聴者 : ID:9akHSkdjw
もう何か企んでるのは確定だな
何してるのかスゲー気になる
427: 名無しの視聴者 : ID:73wS9Pqkd
視聴者の要望を聞いてくれる実況者に、盗賊の動向探らせないか?
428: 名無しの視聴者 : ID:dgB1SyYo2
流石にあの広いマップの中から探し出すのは時間かかるだろ
実況者も今は自分のことで手一杯だろうから、多分やってくれないと思うぞ
429: 名無しの視聴者 : ID: 73wS9Pqkd
でも何で秘密裏に動いてるんだ?
他のプレイヤーに何かするつもりなのか?
「……どうだ? 状況のマズさが分かっただろう? もうかなり疑われ始めてる。このままじゃあ気付かれるのは時間の問題。おそらく、一週間隠し通すのは無理だ」
「……」
「バラすんじゃなくバレる場合、そのタイミングは俺らに分からない。その状況になったら致命的だろう。だから、とにかく早く次の街行かなきゃならねえ」
皆、苦々しい顔で頷く。
「だから十分なレベル上げが出来ない分、装備や資金で賄おうって作戦だ」
「資金は分かるけど……装備?」
「そうだ。俺が狙ってるのは、貴族街区にある騎士団専属鍛冶職人の工房。そこならこの街の武器屋で売っている物より数段上の装備が置いてある筈だ。使って良し売って良しのシロモノだろう。その上、下手な貴族の屋敷に入るより、セキュリティはずっと甘い」
「……なるほど」
納得顔になった盗賊プレイヤー達。
中々理にかなった計画のようだ。
「……そして、今が最大のチャンスだという話ですね?」
恐らく、日村が勘定に入れているだろうことを指摘する真也。
「ご名答。今現在、貴族街区を警備する騎士は極端に少なく最低限しかいない。なぜならその多くが草原のモンスターを駆除する仕事に回されているからだ。それは、昼だろうが夜だろうが変わらないことを今日俺が確認した」
得意気に言い放つ日村。
真也にとってかなり興味深い話であった。
「計画の詳細を聞いても?」
「決行は明後日、いや、日付が変わった後動くから明々後日だな。時間は深夜0時過ぎ、見張り以外は寝静まっている時間帯。全員で〈気配〉スキルを使い身を隠しつつ、貴族街区を囲う塀、その工房近くを乗り越える。これは俺が〈縄術〉のスキルを使ってロープを掛けるから問題ない。その後は鍵を開けるスキルで工房に侵入。このスキルも俺が持っている。それも重点的に上げているからまず開けられないということは無いだろう。後はストレージ一杯に装備を詰め込んで引き返し、街を出るだけだ」
「工房に鍛冶師が寝ていたりはしないんですか?」
「それは大丈夫だ。騎士専属職人は工房こそ貴族街区にあるが、寝泊まりはそこじゃあ出来ない。夜は無人だ」
「用意周到な上、良く調べているんですね?」
「ああ、天馬騎士団が来る前から計画していたことだからな。それを少し前倒しで実行するだけだ」
少々行き当たりばったりな雰囲気はあるが、流石に警備の騎士の巡回ルートや時間を調べている余裕は無いので仕方がないだろう。
運が悪くなければ成功しそうな計画だ。
「良さそうなプランです。……ですが、一つ、気になる事が有るんですが」
「……なんだ?」
どこか聞かれたくなさそうな顔の日村。
真也はある程度予想は出来たが、直接確認をする。
「この計画、日村さん一人でも、実行出来るんじゃあないですか? 我々を誘った理由が、きっとある筈なんですが……まだ話して貰っていませんよ?」
「なんだ、そんなことか。街を出た後、〈白夢の森〉のモンスターが闊歩する深夜の街道を、一人で移動するのは厳しいからだ」
「成る程、でも、それだけじゃあないでしょう?」
「……」
真也の確信が込められた問い詰めに、苦い顔をした日村は溜め息を吐くと、しょうがないといった様子で話し出す。
「……まあ、話しておかなきゃフェアじゃねえよな。皆に期待することは、他の街まで逃走が成功した後の話だ」
日村は皆の顔を見回し、一息置いてから続きを口にした。
「この計画が成功したら、恐らく追手が来るだろう。事件は朝になれば必ずバレるんだから、犯人を捕まえようとするのは自然なことだ。それは機動力の高い、シャロット率いる天馬騎士団の可能性が一番高い」
「それじゃ、本末転倒だ!」
「わざわざ、自分から追われるようなことをして、天馬騎士団を、刺激するのか?」
ボンボンとギークが口を出した。
「ああそうだ。そういうことになる。だが結局は同じこと。遅かれ早かれ天馬騎士団には追われる雰囲気だ。少し早く逃げることになるが、逃げていない状態でバレるよりずっと良い。それに、何も持たず少し遅く逃げるか、資金と装備を持って少しだけ早く逃げるかの違いでしかない」
「……」
「だから、少しでも自分の生存率を高めるため、ターゲットは複数居た方が、皆にとって都合がいいだろう?」
「逃走後、皆が皆、お互いのことを囮とする、という意味ですね?」
「そうだ。そうすれば逃げ切れるヤツも出てくるだろう」
「……囮……か」
皆は考え込むように黙り込んでしまった。
「結論は急がない。参加者は時間までに集合さえしてくれればいい」
そんな日村言葉で、第二回盗賊会合は幕引きとなった。
とにかく今は情報が必要だな、と考えつつ、真也は今後の予定を組み立てるのだった。




