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2話 買い物をしよう、他人のカネで

イラッとしてやった。後悔も反省もしていない。


真也の懐には、何故か合計31万ゴールドの大金がいつの間にやら転がり込んでいた。

まあ、盗ったのだが。

スキルを発動させると、体が覚えているような熟練の動きで財布をスリ盗ることが出来た。

まるで体の動かし方を脳にインストールされたようで少し怖いが、この感覚は慣れていくしかないだろう。


技や魔法といったアクティブスキルを使うために消費するポイント、SPが底を尽きるまで〈ピックポケット〉を使い、全て成功させた。

30回しか使えなかったため全て野郎から失敬したが、ごく自然なことだろう。

男女平等パンチはリスクが大きすぎるのだ。

女の子に嫌われたくないのは男の心理であり真理なのかもしれない。

もっとも、真也の他にも怪しい歩き方をしていたプレイヤーがいたため、他の盗賊も動いていたのだろう。

彼女らの財布が無事かはどうかは疑問だ。


真也が船上でこそこそと気配を消してやり過ごしていると、大型帆船は無事に都市の港へと接舷した。

これで一安心。

もし船の上という密室空間で犯行が露見してしまったら、すぐに犯人探しの推理が始まっていただろう。

答えは盗賊のプレイヤーしかない。名探偵でなくとも分かる。

犯人はお前だ! と指を突き付けられ、じっちゃんの名に懸けて悪事を暴かれてしまう。

真也は一人、さっさと船を降りた。

バーローにも一ちゃんにも用はないのだ。


港湾都市イートゥスの港に降り立った真也は足早に歩みを進めていた。

掘り出し物のありそうな露店通りと信用力の高そうな商業区、どちらに行くか悩んだが、詐欺などが普通にあり得るゲームなので、取り敢えずは信用力を優先して商業区へ向かう。


もちろん装備を整えるためだ。他人のカネで。

罪悪感はあまりなかった。これはゲームなのだから。

被害者がマジギレするか、爆笑して許してくれるかは相手の器次第。

因みに冷静を装って注意してくる人は実はマジギレしているカテゴリーだから注意が必要だ。

もしバレて怒られたら、煽ってみようか笑ってやり過ごそうかと対応に迷う。


そんな気楽なことを考えてはいるが、同時にどこか嫌な予感も感じていた。

――出来すぎている。

そう思わずにはいられなかった。

思い過ごしならいいが、悪い予想は往々にして当たるものだ。


真也は当初、ペーパーゲーマーである自分がトッププレイヤーになることは難しいだろうと考えて、ある程度割り切ったプレイをしていくつもりだったが事情は全く変わってしまった。

今は一刻も早くゲームを有利にしていかなくては不味そうだ、と少し焦る。

なので真也は少し急ぎぎみで歩いていた。


ヨーロッパ風のレンガ造りの街並みが望める大通り、人通りは多くこの都市が発展していることが窺える。

道は分かっていた。

所々は見たことのある風景。

それもその筈、攻略wikiで情報を仕入れていたのだ。


何故新作ゲームに攻略wikiがあるかというと、このゲームは完全な新作ではないからだ。

クロスストーリーズという、久方ぶりに世界的大ヒットを記録したJRPGを元に作られていて、その20年後の世界を舞台としているオンラインゲーム。

だからクロスストーリーズオンライン。

俗称ではクロスト2などと呼ばれたりする。

どうして完全新作ではなくその様に作られたかというと、グラフィックの流用などで開発費を浮かせるためもあるが、MMORPGの実況動画を面白くするためだ。

MMORPGの実況は単調になりがちだが、それを打開するため前作の個性的で人気のあるキャラクター達を出してストーリー性を強めようという策らしい。


前作のクロストは和ゲーのキャラクター性と洋ゲーの自由度、その良いとこ取りを成功させた作品だったようで、仲間になるキャラクターは100を超えていてキャラもしっかり立っている、という点も都合がよかったのだろう。


だからプレイヤーの皆さんは彼ら彼女らと積極的に協力したり敵対したりして下さい、と開発責任者からクロスト2参加者の為に開かれた事前講演会で言われた。


とまあ、前作クロストのwikiやその事前講演会でそこそこ前情報を得ているのだ。

真也は前作をプレイこそしていないが、得られる情報は一通り調べ尽くしていた。

情報の大切さは身に染み付いており、それは現実だろうとゲームだろうと変わらない。

前情報なしでゲームをするのも楽しいが、他のプレイヤーというライバルがいる以上、出来るだけのことはしておきたかった。

流石にダンジョンなどの地形は変わっているし、街やフィールドの広さは格段に広くなっている。

システム周りも大幅に刷新されているためそこまで前作の情報を当てに出来るか分からないが、無いよりはずっといいだろう。


街の風景を楽しむのはそこそこに、しっかりとした店舗の並ぶ商業区を通り、目的の武器屋へたどり着いた。

堅牢そうな石組の外壁と刀剣の絵が描かれた小さな木の吊り看板、いかにもといった見た目な店舗の中へと入る。


「どうも、こんにちは」

「おう、よくきたな」


ゴツいオッサンの低い声で出迎えられた。

浅黒い肌に筋骨隆々の体、スキンヘッドに大きなキズ跡という厳つい外見は到底カタギには見えないが、武器屋らしくはある。

昔は冒険者だったが膝に矢を受けてしまって引退、そして商人になったとかそんな理由かも知れない。


店内のフロアには多くの防具が展示してあり、壁には数多の種類の武器が掛けられている。

その手のマニアなら数日は居座りそうな空間だ。

客はいない。

ということはプレイヤーでは真也が一番乗りのようだ。

おそらく同業者と思われるプレイヤーで、真也より早く走って街に入っていった連中が数人いたが、彼らは掘り出し物を求めて露店通りへといったのだろう。


軽く商品を見回していると、全ての商品にしっかりと値札が付いていることに気付く。

客の足元を見て掛け値で売るといったことはしていないようだ。

ある程度信用が置けそうなことを確認し、会話の取っ掛かりとして何気ないことを店主に聞く。

口調は一応営業用の丁寧なものにしておく。


「すいません、ここの武具はこの街で作られたものですか?」

「うん? そうだが? 何だアンちゃん、鍛冶屋から直接安く買おうってか? やめとけやめとけ、不良品掴まされるだけだ。この街の鍛冶屋は半端者のクズばっかりだからな。」

「いえ、そういうつもりではなかったのですが……この街の鍛冶屋はそんなに質が悪いのですか?」

「悪い何てもんじゃねえ、クズだ。良いものを作る腕もなければプライドも無い。見かけだけ良いナマクラを打っては悪どい露店に流したりしやがる。こんな広い街でまともに店を構えた武器屋がウチしかないのはそのせいだ」

「それは酷い話ですね……でもそれなら、他の街からもっと腕の良い鍛冶屋が進出して来てもおかしくないのでは?」


見かけによらずお喋りだった店主に話を合わせ、出任せを言ってないことを確認するため、そして少しでも情報を多く引き出せるように話を掘り下げる。


「それがそうもいかねぇんだ。この街の周囲には強い魔物が出る場所がねぇから腕の良い冒険者は寄り付きゃしねぇ。この街に来るのは冒険者に憧れて田舎から出てきたひよっこだけだ。アンちゃんもその口だろ? まあ、そんな街だから高けえ良い武器なんて買うヤツがいねぇ。だからこの街にゃ半端な鍛冶屋崩れが幅を利かせちまっててなぁ……」


まあ、筋の通った話である。

ゲームにおける始まりの街に強い武器が売っていない理屈を知れたようで面白い。

片方だけの言い分で確信は出来ないが、店主の疲れたような表情を見るに、嘘をついているようには思えないし、嘘をつくような人物にも見えなかった。

この話が商売敵である露店を貶める為の作り話だったのなら、このオヤジはとんだ食わせ者だが。


「そこでオヤジさんがモノを選別して、私のような駆け出しが安心して買い物が出来るようにしてくれているということですね。有り難い限りです」

「おお! 話の分かるアンちゃんだな! そうなんだよ、だから安心して買っていってくれよ! 最近の若いヤツはソコんとこが分からねぇのが増えてて困ってんだ!」

「やっぱりどこでも商人は、物を右から左に流すだけで儲けてるとか、値が高い原因のように扱われるとか、謂れの無い中傷を受けてその有り難みを理解されないものですかねぇ」

「そうだそうだ、皆俺の苦労なんざ分かっちゃくれねぇ。アンちゃんはホント分かってるなあ!」


軽くお世辞を言うと、分かりやすく上機嫌になる店主。

何か仲買人のような哀愁を感じる。元商社マンとしては少し共感できる感情だ。

最近は仲卸業を悪者のように扱う風潮があるが、彼らには彼らの苦労があり、そしてそれ相応の必要性があるのだ。

おっといけない、今はそんな話じゃあない、と脱線しかけた思考を修正して、店主の機嫌が良いうちに本題を切り出すことにした。


「それでは少し聞きたいのですが、この店に何か掘り出し物や目玉商品といったものはないですか? 実は今、ある程度纏まった収入がありまして、出来るだけ良い装備が欲しいんですが……」


本来ならこちらの懐事情を明かすなど下策も良いところだが、この店主は吹っ掛けてはこなそうだったし、最悪でも値札のある商品を買えばいいので言ってみた。

だが、店主は渋い顔をして唸り声を上げている。


「あ~、いや、それは、うーん……残念ながら並んでるヤツしかねぇんだ。この街の鍛冶屋じゃこれが限界でなぁ……」


ここでハイそうですか、と言うようではとても元商社マンだなどと名乗れない。

何か迷っている様子を見せたので、更に突っ込んだ話をする。


「この街は港もあって随分と中継貿易が盛んなようですね。海から来た商品を隣接する川を使った船で運搬する方法が主流に見えますが、陸路を使った馬車の商隊もいますよね。その護衛といった、ある程度腕の立つ方々はもっと良い武器を欲しがるんじゃあないですか? 例えば、そう、交易で運ばれて来た輸入物の武器とか」

「……ああ、そうだな。……確かに少しだが仕入れている。……ホントは常連にしか売らねぇんだがなぁ……。……よし! 分かった! アンちゃんはなかなか見込みのあるヤツだ! 気に入った! 売ってやる!」


そう豪快に言い放った店主はカウンターの奥へと入って行き、一振りの曲剣を持ってきた。

白銀の美しいしつらえで、華美にならない程度の上品な装飾が施されている。

剣を受け取り鞘から抜き放つと、まるで雪の花びらが舞う様に氷の破片が僅かに散った。

その大きく反った細身の刀身は青みがかった透き通るような輝きを放っていて、息を飲むほど美しかった。


「そいつはタルジュ・シャムシール。他の大陸からの輸入物で見ての通り氷の属性剣だ。武器のカテゴリーは大分類で〈剣〉、小分類で〈曲刀〉だ。アイテムランクは9、中堅の冒険者が使っていてもおかしくないランクだな。値は12万8千ゴールドだが、買えるかいアンちゃん?」

「もちろん。ぜひ買わせて頂きたい」


即答で答える。

もしぼったくられていたとしても、勉強料として十分納得出来るものだったし、払う金はどうせあぶく銭だ。


店内に展示された同種の武器のアイテムランク、アイテムの能力やレアリティの基準値は、最高でもランク5だ。

価格は8千ゴールドで攻撃力補正値は30。

それと比較すれば、タルジュ・シャムシールの攻撃力補正値は72で属性まで付いている。


初期ステータスの項目ごとの平均値が10だということを考えれば、破格の強さだと言えるだろう。

まあ、盗賊の初期攻撃力はたったの5だが。ゴミめ、と言われないよう頑張らなくては。


「防具はどうするんだ? アンちゃんは盗賊だろ? だったら素早さにマイナス補正が掛からない〈布防具〉か〈革鎧〉辺りがいいだろう。〈革鎧〉は防御力が少し高く、〈布防具〉は魔法防御力が少し高い。まあ、防御力重視なら〈軽装鎧〉〈全身鎧〉〈重装鎧〉もナシではないがな。ああ、防具に掘り出し物はねぇからな」


店主が真也を盗賊だと見抜いたのは、商人のスキルである〈鑑定〉を使ったからだろう。

これは、スキルレベルによってアイテムの識別や人のステータスを覗いたり出来る便利スキルらしい。

真也が盗賊だと分かっていながら、分け隔てもなく普通に対応してくれたようだ。


「オヤジさんのおすすめで、一番良いのを頼む」


もうかなり店主のことを信用していた真也は得意気にそう言い放ち、店主のおすすめ装備を購入していった。

一通り装備を整え、真也が店を出ようとすると、


「……アンちゃん、余り派手なことはすんなよ。この街は交易都市、商人達の街だ。大掛かりな盗賊行為にはかなり厳しい対応をするぞ。無茶はしないことだ。また来てくれよ」


オヤジさんは真剣な表情で忠告をくれた。

その声にはこちらを心配する思いが色濃く表れていた。


「ありがとうございます。また来させてもらいますよ」


やはりどこか不安な気持ちを抱きつつ、店を出た真也は街の外へと向かうのだった。

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