18話 依頼達成と招いたもの
「私を嵌めたんでしょう?」
端正な顔立ちを強張らせ、真也のことを緊張した面持ちで見つめるリーサ。
「キミは勘違いをしている」
真也は即座に否定する。
だが、客観的に見ると、真也がリーサを嵌め、脅しを掛けているということは事実だ。
今回の騒動は、街に相当な迷惑をかけた。
人為的なものだとバレたら、確実に何かしらの罪でしょっぴかれるだろう。
そして、リーサは、この騒動の黒幕として、もっとも納得を集めるだろう人物だ。
暴落する材料費。
草原に溢れたモンスターと戦う為に需要が増大し、高騰するアイテム価格。
騎士団に高級アイテムを納品出来るチャンス。
経営難の錬金工房、特に、腕が良いのにこんな街で燻っているリーサの工房に都合が良すぎる展開だ。
更に、燃え難い筈の〈白夢の森〉が燃えた理由を、錬金術のアイテムに求めることは自然なことだろう。
動機は十分。手段もある。
全ての状況証拠が、彼女を黒だと示している。
何より、リーサが黒幕なのは実質的に真実なのだ。
バラ撒かれた〈油〉はリーサが用意したものであるし、経営難を改善する為に依頼を真也に頼んだことは、紛れもない事実である。
ただ、彼女はこんな大事になることを、知らなかった可能性があるだけ。
そして、それを証明する手段など無い。
ただし、それはバレない可能性が高い。
以前より、狩場には異常が起きていた。
真也さえ情報を漏らさなければ、人為的なものではなく、全てモンスターの異変、その延長上の事件として処理される筈だ。
故に、これは脅しと受け取れるだろう。
もっとも、真也にはリーサを脅すつもりはほとんど無いのだが。
「……勘違い? じゃあ、どういうつもりなのよ?」
「前に言っただろう? 俺はキミ達に危害を加えるつもりなんて、全く無いと」
「……そうね」
「ただ、約束の報酬は欲しいんだが」
「……」
黙り込んでしまったリーサ。
父親の情報を話す気など無かったのか、と、真也は疑いの眼差しを向ける。
だが、この状況、脅されているような中で、情報を出さないという選択肢をリーサが選ぶとは考え辛かった。
なので彼女が話し出すのをゆっくりと待った。
「……アナタには、謝らなくちゃいけないことがあるわ」
冷や汗を垂らしながら、リーサはそんなことを言った。
「……実は私、知らないのよ。お父さんの情報」
「……」
「父は数年前、私に理由も告げずに出ていったわ」
「……そうか」
「……アナタに情報を話すって約束しといて、こんなことを言うのは気が引けるんだけど、私はお父さんが今、何処で何をしているのか、何も分からないの。ごめんなさい」
リーサは気丈に振る舞っているが、真也に対して怯えの感情を持っていることが簡単に読み取れる様子だ。
払えない対価を依頼の報酬に設定してしまった負い目。
更に、都合良く利用してやろうと思っていた人物が、自分の手には負えない人間だったことに対する焦り。
そして、その人物が怒り出すかもしれないという恐怖心。
そんな感情が混ざり合っているのだろうか、と真也は予想する。
「そんなに怖がらなくてもいい。それならそうと、さっさと言えばよかったんだ。キミは何も知らない、それを知ることが出来ただけで十分じゃないか。依頼は完了、報酬は約束通り受け取った」
それは真也の本心だ。
この状況で知らないと言えるのは、本当に知らないか、どんな手を使われても話せないかのどちらかだろう。
これ以上は追求するだけ時間の無駄だ。
ゲームはまだ始まったばかり。
そんな直ぐに有用な情報が入るとは思っていなかった。
ここまでイベントに関係がありそうな重要人物と知り合えただけでも行幸だろう。
「……ホントに、それだけでいいの?」
「知らないということも立派な情報だろ」
「そうね……。ありがとう。アナタに依頼を頼んで正解だったわ」
真也の言葉に心底安堵した様子を見せるリーサ。
関係を壊したくないと思うくらいには、真也はカティとリーサのことが気に入っている。
そして、元々、リーサをこの計画に巻き込んだのは、彼女を脅す為ではなく、他の目的の為なのだ。
なので、真也は出来るだけ波風を立てずに工房を出ることにした。
「待って」
去り際、真也が工房のドアノブを掴んだとき、リーサが声を掛けてきた。
「私の本名はリスティローサ・オースティン。偉大なる錬金術師、レイスコート・オースティン公爵の娘。父は4年前、私が12歳のとき失踪したわ。その時言い残したことが、父との関係を徹底的に隠すことだったの。そして、いざ何か起きたら、工房にも入り口がある地下迷宮〈大地の神殿〉に逃げ込みなさいと言ったわ。本名は大貴族の家系であることを隠すために昔から秘密にしているものだけど、特別に教えてあげたのよ……感謝してよね」
「そうか、込み入った事情がありそうだな。わざわざそこまで教えてくれてありがとう」
それは彼女なりの誠意だったのだろう。
情報を追加してくれたリーサに感謝しつつ、真也は工房を後にした。
その後、宿に帰る途中、〈気配〉に不審な反応を感じた。
「……何やってんだお前?」
後ろを振り向くと、建物の陰に中途半端に隠れ、ジト目でこちらを窺うカティの姿を発見した。
「……」
真也が声を掛けても、カティは返事もせず、ただじっと見つめてくるだけだ。
「かまってちゃんかよ……」
カティの方が〈気配〉スキルのレベルが高いため、本気で隠れられたら真也は気付けなかっただろう。
なので、カティはわざと真也に気付かせているということだ。
「分かった分かった、俺はお前を無理矢理風呂に入らせたりしないから、さっさと宿に帰るぞ」
真也の言葉にカティは表情を明るくさせ、トテトテと駆け寄って来る。
「今の言葉、しっかり聞いたかんな! 撤回はさせねーぞ!」
「はいはい」
“俺は”無理矢理風呂に入らせないと言ったので、他の誰かが入らせようとするかもしれないな、などと考えて笑いそうになるが、なんとか堪える。
真也は今回の計画で彼女達との仲が拗れなかったことに内心安堵しながら、昨日泊まった宿に再び向かうのだった。
カティとゲームの中で夕食を食べた後、午後6時の強制ログアウトを迎える。
盗賊達はあれから一切連絡が無く、秀介は他のプレイヤー達と集まるようなので、真也は夕食を一人で食べることにした。
ホテルの食堂を訪れると、バイキング形式で多くの料理が並んでいた。
見馴れた代わり映えの無い如何にもビジネスホテルの料理、といったものばかりだが、自分で好きなものを選ぶ形式というのは何故だか少し心が弾む。
出来るだけあっさりとした料理を選び取り、席に着いて食事を楽しみつつ、スマホで情報収集を始める。
余り時間があるとは言えないので、手っ取り早く注目情報が分かるイベント公式掲示板の最新スレを覗くことにした。
【まったり】クロスストーリーズオンライン本スレ347【異世界生活】
156: 名無しの視聴者 : ID:hbNjICfw0
NPCのAIヤバイな、マジで異世界みたい
でもやりたいのに出来ないゲームとかキツ過ぎ
157: 名無しの視聴者 : ID:6laGAk53S
ちょっとまったりし過ぎじゃね?
なんでゲームの中で働いてんだよ、戦闘しろよ
198: 名無しの視聴者 : ID:jaF7sl3AP
運営がNPCのAI自慢したいんじゃね?
一緒に働くとその凄さが分かる
243: 名無しの視聴者 : ID:hxA0aapSK
ちゃんと戦闘してるプレイヤーもいる
魔法系の職業の動画見てみ
武器無くても魔法は撃てるから、チキン相手に逃げ撃ち戦法でレベル上げてる
そういうヤツらはプレイヤー専門スレが一人ずつにあるから、そっち行け
297: 名無しの視聴者 : ID:67dkzALa3
そいつら今日半壊したぞ
なんか周辺で最高難度のフィールドが火事になるイベントが起きて、草原に強いモンスターが溢れてる
339: 名無しの視聴者 : ID:6pAGW176d
マジかwww
まだレベル上げに挑戦すら出来ないヤツらがほとんどなのに、もう鬼畜イベントとかw
運営どんだけレベル上げさせたくないんだよw
427: 名無しの視聴者 : ID:hbNjICfw0
じゃあ今、何人死んだ?
リタイア多ければその分二次募集のチャンスが広がるんだよな
みんな死ねばいいのに
492: 名無しの視聴者 : ID:bjIf4vQ71
色々合わせると10人近くリタイアしてんじゃね?
でも安心しろ、チャンスが増えてもお前だけは選ばれないから
525: 名無しの視聴者 : ID:bN94kp7W3
もう10人!? はえーよwww
まだ2日目なのにwww
何やら真也の行動がプレイヤー達に大きな被害を与えてしまったようだ。
だが、運営が作ったイベントだと思い込んでいるようなので、まあいいか、と思うことにする。
それにしてもスレッドの流れが早すぎる。
ページを再読み込みすると、最新スレは2つも進んでいた。
じきにスレッドが細分化して早さは緩和されるだろうが、現段階では全てのレスを追えるようなものではなく、少し不便だ。
そして、もう一度最新スレッド覗いてみると、とても気になる情報を見つけた。
37: 名無しの視聴者 : ID:5rAWw1ksc
おい! ついに前作キャラが出てきた!
あのシャロットちゃんが今や天馬騎士団長になってんぞ!
火事イベントに対応してモンスターの討伐に来たんじゃないかって噂だ!
「これは……ヤバイな……」
それは、真也にとって紛れもなく凶報であった。




