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15話 計略

〈白夢の森〉、そこは睡眠攻撃を持つ獣型モンスターの巣窟。

草木の茂る森の中、多数の種類のモンスター達が蠢いているが、お互いの生態系が噛み合い、お互いが余り干渉し合わずそれぞれの生息圏を築き上げ、独自の規律が自然発生した閑静なフィールドである。


だが今、その静かな筈の森は様相を一変させていた。


森のそこかしこを、ブラッドシープが、ミストバクが、シープウルフが、そしてその他数種類のモンスター達が、己の生息圏など関係なく、我を失いパニックを起こして走り回っている。


大混乱だ。

そこに普段の規律など存在しなかった。


原因は明白と言える。

森の中をモヤが漂っているのだ。

灰色のモヤは明らかに霧ではない。


それは、煙であった。


〈白夢の森〉南方は強烈な熱気に満たされ、その上空は紅蓮に染め上がり大量の黒煙が吐き出され続けている。


風向きは南。

〈白夢の森〉は〈港湾都市イートゥス〉の東北に位置しているため、森から南方は草原を挟んで海岸線だ。

故に海陸風、海岸線から陸地に吹き付ける風の影響で、日中は常に南風である。


森林火災が起きている南方の森から、海陸風に乗った黒煙が〈白夢の森〉全体に運ばれて行き、森中を灰色に塗り潰している。


火煙に巻かれた獣達の地獄絵図が、そこにはあった。


もちろん、それは単なる偶然による自然現象などではない。


――計算された人災だ。








「ははははっ! 吹け! 東南の風よっ!!」


〈白夢の森〉の内部、薄く煙が漂う獣道で、真也が高笑いを上げていた。


「別に東からは吹いてねーよ。ただの南風だろ?」

「いいんだよ、こういうのは雰囲気なんだから」

「何の話してんだよ」


別に祈祷をして風を吹かせた訳ではないが、高名な軍師の気分を味わっている真也に、傍らにいたカティがツッコミを入れた。

カティに分かる筈もないネタなので、適当にはぐらかす。


この事態、〈白夢の森〉南方の森林火災を引き起こしたのは、他でもない真也達であった。


真也は森に火を放ったのだ。


理由は単純明快、敵の能力を制限するためである。

シープウルフの索敵能力は、〈気配〉のスキルによる恩恵ではなく、自身の鼻を使った臭いを嗅ぐことによる索敵だ。

森中に煙が蔓延すれば、当然ながら獣の鼻は利かなくなる。


これでシープウルフが連携するのは難しくなるだろう。

情報収集能力を奪ってしまえば、大抵の集団は機能しなくなる。

ましてや、今回のシープウルフ達のように、完全なトップダウン方式の烏合の衆には効果覿面だ。

司令塔に情報が入らないのであれば、指示など出しようがないからだ。

個々の判断で動けないヤツらに、そんな事態をどうにか出来よう筈もない。


そうなることは、前回来たときのシープウルフ達の動きを見ていて判断出来た。

シープウルフ達の司令塔は、末端のシープウルフから情報を集めているようであった。

それが出来なくなれば、不意討ちなども可能となり随分と楽にボスを倒すことが出来るだろう。


だが、その計画には1つ問題があった。

〈白夢の森〉は下草まで青々と茂る乾燥していない森で、海風は湿気を運んでしまう。

森林火災など中々起きない条件だ。


だから、無理矢理火災が起きやすい状況を作った。


今朝、リーサに依頼を出したのはその為に必要だったからだ。

リーサに頼み、大量のモンスターの肉から練金してもらったアイテムは、大量の〈油〉である。


〈油〉は練金術で作るアイテムの中間材的な素材であり、敵に投げ付けることで火属性攻撃の効果を高めることが出来るアイテムでもある。


それを午前中の内に、〈白夢の森〉の南部広域にばらまいておいたのだ。


この世界が現実であったとしたら、それは大変な労力となるため、カティに協力させても時間が掛かり過ぎただろう。

だがここはゲームの世界、アイテムストレージというとても便利な物がある。

ストレージにも上限があるため、森の手前まではリーサに借りた荷車を使って大量に運び、そこを補給地点としてストレージを活用した〈油〉散布作業を行った。


そんな苦労までした計略である。

もちろん、ただシープウルフのボスを倒す為だけの作戦ではない。



「あ、接敵コースだ」

「おっと、来たか」


カティの言葉で、真也はこの計画の第一段階が始まった事を察した。


二人が歩いていた獣道の奥から、ドタバタとした足音が聞こえて来る。

当然、〈気配〉のスキルでこちらに近付いていることは知っていた。

ただ、そんなモンスターの数がとにかく多いので、接敵した場合のみ対処するつもりだ。


真也達の立っている場所は、〈白夢の森〉の出口へ繋がる獣道。

火煙に驚きパニックとなった大量のモンスター達が、森の奥から一心不乱に逃げ出してくる、そんな道。


「ぐぇめぇ~!!」


そんな醜い悲鳴を上げながら、一匹のブラッドシープが駆けて来るが、何の問題もなく切り伏せる。

ブラッドシープは避けようともしなかった。

混乱状態になり、無我夢中で森から逃げることしか頭に無かったのだろう。

そんなモンスターがまともな脅威になる筈もない。


「次がもう来るぞ!」


カティの言葉に、真也はすぐさま獣道の奥を睨み付ける。

〈気配〉で敵が近付いていることは分かったが、その速度はブラッドシープよりも大分遅い。

そしてようやく姿を見せたモンスターは、ミストバクであった。


太い四本足をバタつかせて、重たそうに弛んだ体躯を必死に動かしている。

息を切らせてヨダレを振り撒き死に物狂いで走ってくるザマは、少々憐れみを感じるが、一切容赦はしない。

前に睡眠ガスを食らったときにされた、勝ち誇ったようなニヤケ面が脳裏にこびり付いていたからだ。


思い出すだけでムカムカしてくる。


「どうだ? おい? よく分からないガス攻撃を食らう気持ちは分かったか? じゃあ死ね!」


前に真也がガス攻撃を受けたのは別の個体であるので、ほとんど八つ当たりであるが、そんなことは気にしない。


再び睡眠ガスを食らいたくはないため、出来るだけ距離を取った状態から一歩踏み込みバクの眉間にシャムシールを突き刺した。


ミストバクは待ち伏せを旨とするモンスターである。

体が鈍重でかつ、睡眠ガスの射程が短く散布範囲が自身の周囲のみに限られる為だ。


そんなモンスターが、我を忘れて突っ込んで来るという悪手を取っているのだ。

真也の相手になる筈がなかった。


「おいっ! いっぱい来たぞ!」

「おっと、団体さんのご到着か」


今度は大量に雪崩れ込んで来るモンスター達の集団だ。

獣道を通らずとも森の外へは出られるが、やはり通った方が早いので、多くのモンスターがここに集まって来るのだろう。


そんな集団にも、真也は臆さずその場に踏み留まり、精一杯腕を伸ばす動作で最大範囲の剣撃を無数に繰り返す。

2極振りによって異様に高められた〈素早さ〉と〈技術〉のステータスが影響し、真也の振るったシャムシールの軌跡は無数に重なり、まるで刃の壁といった状態となった。


そんな刃の壁に、トレイン状態のモンスター群は、引き潰してやると言わんばかりに押し寄せる。


だが、真也持っているタルジュ・シャムシールの威力はこの段階では規格外。

モンスター達は呆気なく、刃の壁に触れた瞬間消えていく。


そしてその状況は後続のモンスター達に伝わることはなく、真也の刃の壁に次々と吸い込まれていく。

長い行列を作るモンスターの大群が一点に吸い込まれ死んでいく様子は、まるでヒステリーによる集団自殺のようだ。


それは戦いとも虐殺とも言えない何か。

言うなれば、作業、とでも言える光景であった。


怒濤の勢いで敵を倒し続ける真也には、驚くほど大量な経験値が入り続けている。

当然レベルもどんどん上がる。

システムメッセージのログには、暇が無くて処理しきれないレベルアップボーナスの選択要求が積み上がっていった。






長い時間、モンスターによる死の行列を処理していると、ある程度飛び込んでくる敵の数が落ち着いてきた。

レベルは既に30まで上がっていた。


そんなタイミングで聞こえて来た狼の遠吠え。


「そう言えば敵の中にシープウルフはいなかったよな?」

「ああ、多すぎてよく分かんなかったけど、見てた限りはいなかったんじゃねーか?」


ボスらしきヤツの遠吠えは、森の深奥部方向から聞こえた。

森林火災が起きているのに、狼全員で森の深奥部に引きこもる程バカではないだろう。

では、狼達は何をしているのか?


シープウルフの行動に思いを巡らせていると、ある一つの結論に達した。


「よし、狼狩りに行くぞ。向かう先は森の南方だ」

「南は燃えてんじゃねーの?」

「だからこそだ」


ちょうど雑魚モンスターを狩ってもほとんどレベルが上がらなくなってきたところだ。

シープウルフは〈白夢の森〉で最も強いモンスターであり、その分得られる経験値も高い。

真也は更なる効率のよいレベル上げを求め、燃え盛る南の森へと向かった。









〈白夢の森〉南方へ着くと、そこは燃え盛る炎の熱気に満ちており、肌が少しヒリヒリと感じる。

煙はより濃いものとなり、生木の焼けた臭いと獣油の焦げた臭いが混ざり合っている。


焼ける森の少し手前、森の少し奥側では、忙しなく働くシープウルフ達の姿があった。


「予想通りだな。ボスはなかなか頭いいヤツじゃないか」

「何してんだアイツら?」


シープウルフ達は集団で体当たりをして、木を倒して行っている。


「木を炎と逆側に倒して、延焼を防ぐ防火帯を作ってるみたいだ」

「ほ~頭いいなアイツら」

「お前は狼以下だがな」

「なっ!? ばっ!! 気付いてたよアタシもそれくらいっ!!」

「はいはい」


シープウルフ達の行動を一通り眺めた後、真也が走り出す。

防火作業をしている狼達の背後から近付き、背中から斬り掛かった。


1匹2匹3匹と切り捨てて行っても、シープウルフ達は何の反応も示さず、一心不乱に防火作業を続けていく。


「なんだよコイツら……ブキミなヤツらだな」

「やっぱりボスの指示があると融通が利かなくなるみたいだな」


そんなことを確認し、狩りを続ける。


「これはいい狩場だな」


無抵抗の狼達を、背後から容赦なく葬り去っていく。

長い時間そんなことを続け、狼の数を減らしていると、ようやく次の遠吠えが響き、狼達が襲い掛かって来るようになった。


狼達の視界に入らないように狩っていたことが、指示を遅らせた原因だろうか、と考察しながらも狼達を鎧袖一触で凪ぎ払う。

レベルが劇的に上がっている真也には、シープウルフなどでは全く相手にならなくなっていたのだ。


襲いかかって来た狼を一掃すると、再びの遠吠え。

今度はどうせ逃げるのだろうと予測出来たため、シープウルフ狩りはここで諦める。


レベルはまた1つ上がり、31まで上昇していた。

レベルの基準はNPC冒険者基準だと、20で一人前、40で中堅の実力者、60でトップ層、80で英雄クラスといったものである。

それを考えると、ゲーム開始二日目にしてレベル31は驚異的な効率であろう。


そろそろボスも問題なく倒せるだろうと判断出来た。


「さて、外堀の埋められた城でも攻め落としに行こうか」


不敵な笑みを浮かべつつ、真也は〈白夢の森〉最奥部へと歩きだす。

標的はシープウルフ達の司令塔、〈白夢の森〉フィールドボスだ。

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