12話 純粋な凶器
夕飯時の賑わう食堂で、真也がカティを連れて空席に座ると、大きな皿を持った給仕の少女が戻って来た。
「お待たせしました! これ、ホントに美味しいんですよ! ごゆっくりどうぞ!」
そう言って真也達のテーブルに給仕をすると、忙しそうだがとても楽しいといった様子で次の仕事へ行ってしまった。
出されたものは、大皿で出された二人分と思われるサンドイッチの盛り合わせと、ジョッキに注がれた何かのジュースだ。
直ぐに出せるものを、と注文したせいで少々簡素なメニューとなってしまったが、強制ログアウト前に食べておかないと食欲が出ないので仕方がなかったのだ。
しかし簡素と言っても、この食堂の高級な雰囲気に違わず豪華な盛り付けでとても食欲をそそる。
カティはそんな誘惑に我慢が出来なかったのか、我先にと手をつけ、がっついて食べ始めた。
「……なんだよ?」
「……いや、なんでも」
行儀が悪いなあ、と呆れた視線で眺めていると、それが不服だったのか此方を睨んでくるカティ。
まあ、ストリートチルドレンにマナーなど求めても仕方がないだろう、と諦めて真也もサンドイッチに手を伸ばした。
だが、その指先は空を切る。
「……おい」
「ふふん、どうかしたか?」
真也が取ろうとしたサンドイッチを、カティが直前で掠め取っていったのだ。
「……いや、いい。食え食え、そんなに食いたきゃ食えばいいさ」
「ふふふ」
勝ち誇るように笑うカティ。
安い挑発だ。
少しだけ苛ついたが、こんなことで一々怒るほど自分は子供ではないのだ、と思い直し、落ち着く為にもジョッキのジュースを飲む。
そんな真也の様子をカティは満足げに眺め、奪ったサンドイッチを美味しそうにかじろうと口を開き――何もない空間を噛み締める。
「……へ?」
「旨いじゃないか、これ」
真也がそのサンドイッチを持っていて、半分ほどかじっていた。
〈ピックポケット〉を使ってスリ盗ったのだ。
「……はっ!? おいっ!?」
「どうかしたか?」
「どうかしたか、じゃねーよ!! さっき食っていいって言ったじゃねーか!!」
「ああ言ったな。ただし、食えるものならな!」
「くっ! このヤロッ!! 返しやがれっ!!」
カティも〈ピックポケット〉を使って食べ掛けのサンドイッチを盗もうと手を伸ばすが、その手は真也が掴んで阻止した。
「はっはっは、お前の〈ピックポケット〉なんて通用するか。レベルは俺の方が高いんだよ!」
人間としてのレベルは子供とどっこいじゃないのか?
という考えは余裕で無視した。
勝ち誇る大人と悔しがる子供、真也の完全勝利のようだが、そうはいかなかった。
「……あの、ごめんなさい、あまり騒がないでもらえると……」
「……誠に申し訳ございませんでした」
給仕の少女に申し訳なさそうに叱られてしまった。
いつの間にか声が大きくなってしまっていたようだ。
「サンドイッチはまだお皿にあるし……おかわりも出来るから、ケンカはダメですよ?」
「はい……ムキになり過ぎてしまいました」
「……あの、小さい子相手だから、もう少し優しく接してあげてもいいと思います。お兄さんは大人なんですから」
「……はい、ごめんなさい、大人げない大人でごめんなさい」
暦一回り以上は余裕で年下の少女に説教を受けてしまった。
軽く死にたい、という気持ちになったが、ニヤニヤとこちらを見ているカティを見ると、軽い苛つきに塗り替えられた。
「……もうっ! キミも悪いんだからねっ!」
「……うえっ!?」
「年上の人には敬意を払わなきゃいけないんだよ。分かった?」
「あ、ああ、うん」
説教の対象がカティに移り、ざまあ、と顔に出ないよう思う真也だったが、果たして自分は敬意を受けるべき人間なのか、ということは考えないようにした。
午後6時、定刻通りプレイヤー達全員に強制的なログアウトが行われた。
ポットから出た真也が伸びをしていると、医師と看護士の女性二人に支えられポットから車椅子に移動する少女と目が合う。
真也が軽く手を振ると、少女も遠慮がちに笑顔で手を振り返してくれた。
その後、軽く体を解す柔軟体操をしていると、少女が一人で車椅子を動かしやって来る。
「あの、こんばんは、お兄さん」
「どうも、こんばんは」
「……さっきはごめんなさい。年上の人に生意気なこと言っちゃって……」
「ああ、いやいや、こっちが悪かったんだから気にしないでいいよ。むしろこっちがお礼を言わなきゃならないくらいだ。わざわざ注意してくれてありがとね」
「ホントですか?」
「ホントホント」
「よかったぁ、わたし、嫌われちゃったかと思いました!」
少し不安げにしていた少女は以前見たときと同じ太陽のように明るい笑顔になった。
この子は明るく笑っていた方が似合っているな、と思えて真也もつられて微笑んでしまった。
「ああそうだ。俺の名前は一之瀬真也、好きに呼んでくれ」
「そう言えば自己紹介してなかったですね! わたしは小日向瑠璃羽っていいます。瑠璃色の羽って書いてルリハって読みます。気に入っている名前なのでルリハって呼んで貰えると嬉しいです! よろしくお願いしますね、真也さん?」
「ああ、だからゲームの中で髪と目の色を青くしてたのか」
「……え、えーと。そ、それもあるんですが……」
何やら言いにくそうに、モジモジとした様子になってしまった瑠璃羽に真也は戸惑ってしまう。
「あ、あれ? 違った?」
「……そ、その、少し、恥ずかしい話なんですけど……わたし、病院で年下の子達と一緒にアニメを見るのが好きなので……」
「夕方とか日曜日の朝とかにやってるやつ?」
「そうそう! そういうやつです! ……あっ、いえ、おかしいですよね、わたし、中学生にもなって」
「いやいや、中学生くらいなら全然普通普通。4、50代でまだ大好きな男とかも居るんだし」
「あはは、それは少しわたしのと違うような?」
瑠璃羽に明るい笑顔が戻り、少し安心する真也。
恥ずかしいなら別に言わなくてもいいのに、正直というか、律儀というか、真面目な子なのだろう。
「わたし、そんなアニメの中でイキイキと活躍する女の子に憧れてて、わたしもそんな風になれたらいいなって、あの髪と目にしたんです」
「……成る程ね」
少し重い話のようだった。
瑠璃羽の車椅子姿を見るとそう感じてしまう。
「ゲームは大変じゃない? お金が無かったからあの宿で働いてたんだよね?」
真也が直接、瑠璃羽から所持金を盗んだ訳ではないが、不自由な少女の邪魔をする遠因となっている可能性はあるので、少し心が痛む。
「いえいえ、とっても楽しいんです! わたし、あんなに活発に動けるだけで嬉しいのに、看板娘みたいなことが出来るなんて感激なんです!!」
「……そ、そう。うん、まあかなり似合ってたよ。好きでやってるんならいいんじゃないかな……」
「うん! ありがとう!」
瑠璃羽の純粋な喜び様を見ていると、自分がとてつもなく汚い人間に思えてしまう。
実際その通りなのだからどうしようもないが。
「そう言えばどうしてあの宿で働いてたの?」
「近くにあったお店に入って、働かせてください! ってお願いしたんです!」
「名前でも盗られそうな話だな」
「あはは、悪い魔女はいませんでしたよ。みんないい人達です」
飛び込み営業か、以外とガッツがあるな、と関心してしまう。
まあ、可愛いというのはどんな時でも武器になるし、この子の性格ならどこへ行っても歓迎されるのだろう。
「あ、そう言えば真也さんって職業何選びました?」
「……ああ、盗賊だけど……」
何故か言いづらい。
「ああ! アウトローってヤツですね? 憧れます! やっぱり儲かるんですか? だからウチのお店みたいな所に泊まれるんですよね?」
「……あ、ああ。ぼちぼちね」
純粋無垢を体現したかのような初めて合うタイプの人間に、真也は少し戸惑いを感じてしまう。
自分の話題は続けたくなかったのでさっさと流す。
「ルリハちゃんは何にしたの?」
「プリーストです! わたし、こんなんですから、いろんな人に迷惑かけてばかりなんです。ですけど、プリーストなら、ゲームの中でみんなの役にたてるって思ったんです!」
「……そうなんだ。でも、プリーストなら、街の教会で働くって選択肢もあったんじゃない? その方が稼げそうだし」
「……あはは、わたし、神様って信じてないんですよね」
「……」
少しだけ寂しげな、何かを諦めたような笑顔を見せた瑠璃羽に、真也は新手のスタンド攻撃を受けているような錯覚を感じてしまう。
良心の呵責に押し潰されてしまいそうだ。
自分がやってきたことを悔い改めたくなってきた。
「あっ、ごめんなさい。わたし、直ぐにご飯食べに行かなきゃいけないんでした」
「そっか。あ、最後に一ついい?」
「はい! なんですか?」
「俺らがあの宿に泊まっていることは秘密にしてほしいんだけど?」
「そうなんですか? 分かりました、だいじょうぶです! お客さまのプライバシーは守らなきゃですから! じゃあ、わたしたちだけのナイショですね!」
瑠璃羽から盗賊の羽振りの良さが漏れないようにお願いする。
この子ならバラす心配はないだろう。
「ありがとね。ああ、話込んじゃってごめんね」
「いえ! 楽しかったです! また話しかけてもいいですか?」
「どうぞどうぞ、じゃあまた」
「はいっ!」
そうは言いつつも、この子との会話は少し疲れるな、苦手意識を持ってしまう真也だった。




