1話 最近、ゲームやってる?
『最近、ゲームやってる?』
こんなメッセージがSNSに届いていた。
普段、仕事関係以外からメッセージが届くことがない人種の一之瀬真也には、なんとも珍しいことだ。
送り主は懐かしい名前、小中学生時代よくつるんでいたゲーム仲間の秀介だった。
同窓会で会ってから数年ぶりという突然の連絡だというのに、とても簡素な文面だ。
その時間を感じさせない気安い接し方に、この友人は変わらず自分のことを親友だと思ってくれているのだろうなぁ、と少し暖かい気持ちになる。
そしてそれと同時に、メッセージの内容に対してどこか既視感を覚えた。
しばらくその原因を考えていると、これと同じ質問を同じ人間から、数年前の同窓会のときにされたことを思い出す。
確か、全くゲームをやっていないと答えてとても驚かれた筈だ。
学生時代の自分はクラスの皆からゲーマーと認識される程ゲーム好きだったから無理もない。
「最近のゲームはつまらないじゃん。グラフィックばかりにカネ掛けて、肝心のゲーム要素が楽しくない。綺麗な映像が見たかったら映画とかアニメ見るわ。それに、ゲームは時間が食われ過ぎる。所詮はバイナリデータの収集作業だし、何にもならない。何にも残らないお作業に、何でそんなに時間かけなきゃなんないんだ、って思えてきてやる気になれないんだよ」
当時、同窓会の飲みの席で酔っぱらって言った、真也がゲームをやらない理由だ。
その後、プレイもしていない大作JRPGシリーズ最新作の欠点をつつき回していたら、秀介は笑いながら口を開いた。
「ゲームがつまらなくなったんじゃない、自分がつまらなくなったんだ」
どや顔だった。
どうせネットの書き込みか何かをの受け売りだろうに、やたら格好つけた言い方で断言した秀介。
その様子がおかしくて、真也は大笑いしてしまった。
それは飲みの席での下らない言葉だったが、数年が過ぎても何故だか未だ鮮明に思い出せる。
今思えば、茶化したやり取りでも図星をつかれたものだったからだろう。
ゲームをやらなくなったのはいつ頃だろうか?
間違いなく、就職して生活にゆとりが無くなってからだろう。
激務の職業、商社マンとなった真也には、プライベートな時間なんてほとんどゼロに等しかったのだ。
ゲームなんて出来る筈が無い。
だから、きっと、自分の気持ちを偽っていたんだろう。
自分が出来ないゲームはつまらない。
そう考えることで時間を取れない悔しさをごまかしていた。酸っぱいブドウの心理だ。
それに、ゲームは何にもならないし、何にも残らないものなのか?
答えは否だ。
今でも鮮明に思い出せる青春時代の記憶は、友人達と一緒にゲームをして遊んだものが多い。
形に残らないものだが、確かに残っているものがある。
ゲームを通して出来た仲間達や、彼らと一緒に過ごした時間は、無くなることはない。
思い出は決して裏切らず、常に自分を支えてくれている。
数年前の自分はそんなことさえ否定していたのだ。
なるほどつまらない人間になったと言えよう。
当時はそんな風に思いもしなかったが、今考えるとそう思えてしまう。
だが、客観的に自分を見つめられるようになったのも、数年前と今では状況が全く違うせいだ。
がむしゃらに働いていた数年前と今現在とでは見えるものが違いすぎる。
一週間前、真也は会社を辞めていた。
理由はありふれたものだろう。残業が月に200時間を超えることもざらな過酷な職場、仕事と食事と睡眠しか無い生活に嫌気がさしたから。
正確には、自分の将来設計を根本的に見直すきっかけとなる事件が起きたせいだが、その事について今は置いておく。
ともかく、今は時間がある。
直近の生活に不安は無い。それなりの給与をもらっていたし、使う時間もなかった為に貯金は多い。更に失業保険で働かなくとも収入があるというなんとも贅沢な状況だ。
年齢こそもう29歳。若い子に言わせれば、おっさん目おっさん科の生物に分類されてしまうだろうが、心はまだ若者だ……と思いたい。
次の仕事を探す前に少しくらい遊んでもバチは当たらないだろう。
そんな軽い気持ちで、秀介からのメッセージに返信をする。
『やってない。だけど、今何か凄くゲームがしたい』
『マジで? ちょうど凄くおすすめなゲームがあるんだけど!』
そんなやり取りがあったのはもう一月も前のことだ。
「どうしてこうなったんだか……」
一之瀬真也はついつい独り言を呟いてしまった。
今居る場所は大規模コンベンションセンターの大型多目的ホール。普段は企業の展示会やコミケみたいなイベントが開かれる広大な空間だが、今はそのどれとも様子が異なる。
一昔前に流行ったらしい酸素カプセルのようなポットがちょうど100機、広い部屋に等間隔でずらりと並んでいる。SF映画で見たような光景だ。
「なんだ、今が未来だったのか」
そのポット1台の前に立ち、再び呟く。
秀介からおすすめされたゲームはクロスストーリーズオンラインという、世界初の完全没入型VRMMORPGだった。
要するに、このポットが五感の全てで仮想の世界を体感出来る最先端のゲーム機らしい。
いやはや、技術の進歩は早いものだ。
以前、技術屋に自慢された小さな改善点を軽見して、職場の先輩に本気で怒られたことを思い出し、苦笑を漏らす。
素人には無視される程のごくごく小さな進歩が積み重なって、大きなイノベーションに繋がるというのだから技術畑の人達には頭が下がる思いだ。
もっとも、完全没入型VR技術の普及はまだまだ難しいらしい。
現在はまだ、軍事や医療、トップアスリートの育成などのごく一部のことにしかVRは使われていない。
大まかに言って二つの問題点があるようだ。
第一に、コスト面の問題。
ポット本体の値段も高いが、更に深刻なのはその運用コストだ。
VRには規格外の情報処理力が必要で、現状では世界有数の性能を持つスパコンに頼らざるを得ないそうだ。当然、それには莫大な費用がかかるし、同時に大量のポットを運用するならば、現状のスパコンのキャパシティでは全く足りない。
第二に、消費者心理の問題。
安全性はほとんど保証されているが、なにせデータが圧倒的に足りていない。
今後何か問題が起きるかもしれない、という不安はなかなか拭えないものだ。
それが意識をコンピューターの中に入れるという、今まででは考えられない、生命の危機に直結しそうな技術だから尚更だ。
ではどうしてこの場にその問題の多いVRゲームがあるのか?
それは、それらの問題をすり抜ける方式でこのゲームが運用されるからだ。
まずこのゲームは、プレイヤーの数を100人というMMORPGにしては極めて少ない人数に限定している。
100人にしか売れなかったら利益など出せない。当然のことだ。
だからそもそも、このゲームは売られてなどいない。
このゲームは次世代ゲームのコンセプトモデルなのだ。
コンセプトモデル、つまりは製作会社の研究開発能力を向上させると同時にその高い技術力誇示をするための試作品。将来への投資という色合いが強いため、採算性はある程度度外視される。
ここで得られたデータや経験、それに知名度は、製作会社であるサニーエンターテイメントの大きな力となり、今後のVR産業においてゲーム部門のみならず多方面に渡る業種で先頭を走る助けとなるのだろう。
更に、このゲームイベントにはとある試みがなされている。
それはゲーム実況の導入だ。
ゲーム実況、それは動画配信サイトで成長した、ゲームのプレイ動画をプレイヤーの実況コメントなどと一緒に楽しむ文化。
これを100人全てのプレイヤーに義務づけて、このゲーム全体を一つの大きなショーにする、という試み。
その動画で得られる広告収入を、ゲームの運用資金に当てるそうだ。
プレイヤーにも視聴者数に応じた広告収入の1割が入り、ランキング化されその人気を競うことになる。
たった1割の広告収入かと思うかもしれないが、その金額を侮ることは出来ない。
このゲームイベントに対する世間の注目度は、恐ろしい程高い。
テレビ局4社がそれぞれ独立した特集バラエティーを組み、ゲームの進行を地上波で放送する程だ。
日曜ゴールデンタイムに芸能人3人のプレイを面白おかしく放送する番組が一つ、深夜に放送される大人数女性アイドルグループの3人が楽しそうにプレイする番組とその男性アイドル版が一つずつ、地味なおっさん芸人が一人でゲームに挑戦するという深夜番組が一つの計4番組と、各局で視聴者層をある程度住み分けて幅広いファンを作る編成の為、驚くほど多くの人を巻き込む一大ブームとなる可能性が高い。
更に、注目しているのは日本国内だけでなく、世界各国も熱い視線を送っている。
なんと完全翻訳機能が付いていて、大抵の国の人は言語の垣根なく遊べるという。
その為ゲーム文化が盛んな先進各国でも、それぞれの国の芸能人を使った似たようなバラエティー番組をやるらしい。
それこそオリンピックに次ぐレベルの注目度があるイベントだ、と言っても過言じゃあない。
当然、広告料は莫大な金額になるだろう。
広告を出すスポンサーを見ても、通常の動画サイトのものとは一線を隔す質がある。
そのどれもが大手企業、なおかつ世界で活躍するグローバルな所だ。視聴者一人につき支払われる広告料の客単価も跳ね上がっている。
つまり、このゲームのトッププレイヤーは、プロスポーツ選手のトップ層と同じぐらいの年収を得られる可能性があると言えよう。
上手いシステムだ、と感心してしまう。
プレイヤーはより多くの収入を得るために視聴者が楽しめるプレイ動画を作ってこのゲームショーを盛り上げるだろう。
そして、盛り上がれば盛り上がるほど、世論のVRシステムへの忌避感は薄れいく。
サニーエンターテイメントは、自社のPRとVRノウハウの取得、更にVR技術の普遍化といった一石三鳥の世界的大プロジェクトを実現させたのだ。
未来成長産業の育成という名目で日本政府から多額の補助金を受け取ったことを鑑みても、並大抵の企業努力ではなかっただろう。
もっと楽な逃げ道はあった筈だ。
例えば一昔前に流行ったロボットゲーム戦場のなんちゃらの様なゲームセンター用のアーケードゲームにする、という方法。
それではニッチなブームで終わる可能性があるし、今の世間の熱狂を見れば分かる通り、このイベント方式で正解だったのだろう。
もしかすると、本当に広告収入で採算が取れてしまうのではないかと思えるぐらいの勢いだ。まあ、実際には難しいのだろうが。
それでもサニーの英断には称賛の念を感じざるを得ない。
と、一人そんなことを考えていた真也は突然表情を苦いものにした。
何でもかんでも金銭的な事や損得計算で考えてしまっていることに嫌気がさしたのだ。
前の職場の影響で、そういったことありきで物事を考える癖がついてしまっていた。
それが仕事に関することであればいいが、これはゲームイベントである。
ゲームはもっと気楽に楽しむべきだ。
真也はそう考えて気を取り直そうとしたが、その考えが今の状況と強烈に矛盾していて少し笑ってしまう。
このゲームは定員100人。
テレビ放送用芸能人枠の国内10と海外20を除くと70人しか一般のプレイヤー枠が無い。
それも世界中から応募が殺到するなかでの話。
だからその選考の競争率は規格外に高かった。自分が選ばれたことが信じられないくらいだ。
その具体的な選考方法として履歴書とエントリーシートの書類審査と数回に渡る面接を受けた。
ゲームをするために、である。笑える状況だ。
その堅苦しいやり取りを思い出して、全く気楽なゲームじゃないな、と真也が笑いを堪えていると不意に、こちらを見ている視線があることに気付いた。
そちらを向くと、こちらを見つめ続けている黒目がちなまんまるな瞳と視線が合う。
小学生か中学生ぐらいの子供に見られていた。
色白な肌とダメージヘアとは無縁そうなつやつやの黒髪を肩の辺りで切り揃えた女の子。
将来は美人さんになるだろうかわいらしい子だが、その事より印象的な所があった。
彼女は車椅子に座っていた。
傍らでは医者と看護師らしき女性達が談笑している。
その子に外傷は見当たらないが、子供が車椅子に乗っているという違和感が痛々しく、命の儚さを突き付けてくる心苦しい光景だ。
その綺麗な肌や髪は不便な入院生活の代価なのかと思うと不憫でならない。
隣のポットの横に居るためプレイヤーなのだろう。
このゲームの選考応募条件は18歳以上だった筈だが、彼女なら例外的な扱いを受けていても納得出来る。
そういえばVRは医療にも活用されているんだったなぁ、と考えを巡らせていると、長い間少女と見つめ合っていたことに気づく。
まるで、街角で見つけた猫と長い間見つめ合ってしまう状況のようで少し面白い。
じ~、という効果音が出そうな女の子の大きな目を見ていると、ふとある言葉が頭をよぎる。
29歳男性、独り言を呟き百面相をした上、車椅子の少女を見つめ続ける事案が発生。
完全に不審者だった。
じろじろ見られても文句が言えない程怪しい人間だ。
犯人は女の子がこちらを見つめてきたから見つめ返しただけだ、などと意味不明な供述をしており……といった文章をニュースキャスターが読み上げている映像が脳裏に浮かぶ。
冷や汗が垂れる。
すぐさま仕事上慣れ親しんだ愛想笑いを浮かべると、車椅子の少女はにっこりと太陽の様に明るい笑顔になってこちらに小さく手を振ってくれた。
冷や汗を拭う。危ないところだった。
ここで怯えた表情などされようものなら立ち直れなくなっていたかもしれない。
独り言や百面相は新しいゲームを目の前にして年甲斐もなく浮き足立ってしまっていたせいだろう。
だが、新作ゲームを前にはしゃがずにいられる人類はいるのだろうか? いや、いない。
そんなバカなことを考えながら、真也は車椅子の少女から目をはなす。
気まずさを消すため会場を見回してみると、このイベントの盛り上がりを直に感じ取れた。
一定間隔にテレビカメラが設置されていて、プレイヤー達は皆少し緊張していることが分かる。
つい先ほどまでは会場の端に作られた大型ステージで、オープニングセレモニーをライブ撮影していた為に場はかなり騒がしかったが、今ではもう落ち着きを取り戻しつつある。
そんな中、カメラを引き連れこちらに近づいて来る人影を見つけた。
知った顔だ。
整ったかわいい顔立ちだがどこか親しみやすい、控え目で大人しそうな女の子といった外見の女子高生。
当然そんな知り合いが真也にいるはずはない。
ついさっきオープニングセレモニーで見たテレビ番組枠プレイヤーのアイドルだ。
人数が多すぎてよく分からない有名アイドルグループの、更に多すぎて訳が分からない派生グループの中の一つ、なんちゃら48に所属している新人アイドル。名前はもう覚えていない。
つまり、ほとんど何も分からないということだ。
ハーフアップに纏めたまるでお嬢様みたいなゆるふわヘアを揺らしながら、彼女は真也の隣、車椅子の少女と反対側のポットに近づいた。
真也が軽く会釈をすると、気付いた彼女が控え目な微笑みを浮かべて会釈を返す。
その上品でどこか気恥ずかしげな仕草は彼女の素なのかキャラ作りなのかは分からなかったが、純粋にかわいいな、と感じる。
だがそれもごく一般的な感性の範囲内での話だ。恋だの愛だのじゃあない。
アイドルに熱狂出来るほど若くないという事実に、真也は内心少しへこまされた。
現実逃避気味に会場を見回して、色んなプレイヤーがいるなあ、と感心していると、
『サービス開始時間が迫りました。プレイヤーの皆様はログインの準備をお願い致します』
そんなアナウンスが流れ、歓声が響く。
皆がポットの中へと入っていくのを眺めてから、真也も少し遅れてポットの中に寝転がった。
ゲームへのログインは一瞬だった。
緩やかな眠気が襲ってきて、意識が落ちたらここにいた。
強烈な磯の匂いと波の音、少しべたつく潮風と揺れる木の甲板。
海が見える。
いつの間にやら、真也は船の上の人となっていた。
「……おお!」
その圧倒的なリアルさについ感嘆の声が漏れる。
少し、鳥肌が立った。
懐かしい感覚だ。
少年時代、ドットの2Dゲームが普通だった頃に、初めてポリゴンの3Dゲームをやった時の感動。それに限りなく近い心動かされる何かがあった。
大作シリーズの7作目、赤い配管工64、オカリナを吹く緑の勇者、などの3D過渡期の名作ゲームのときと同様、記憶に残る超大作を目前にしたわくわく感が湧いてくる。
まあ、この感動が味わえるのは今だけで、VRも3Dと同様に、数年後には当たり前で陳腐な技術になってしまうのだろうなぁ、と少し感傷的な気持ちが心の片隅に芽生えたりもするが、そんなことは気にならない程テンションが上がる。
周囲を確認すると、時代がかった大型帆船の甲板にプレイヤー達が全員揃っているようだ。
皆、髪型が奇抜だったりカラフルだったりするが、顔立ちや体格は現実と同じ。
安全性に配慮してそこは変更できないからだ。
といっても少しデフォルメされたアニメ調の3Dグラフィックになっており、どんな人でもそれなりに見れる外見となっている。
まるでアニメの中に迷いこんでしまったみたいで、少し面白い。
『あなたは冒険者だ。新天地を求めてここ、港湾都市イートゥスにやって来た』
システムメッセージだ。
帆船の進行方向を見ると、大きな川の河口付近に作られた城塞都市が間近に迫っていた。
ファンタジーゲームの定番なヨーロッパ風の都市。ここがいわゆる始まりの街といったところだろう。
ありがちな見た目だがVRで見ると少し新鮮味がある。
現実で旅行に行くのとも違った不思議な感覚だ。
『初期スキルを選んで下さい』
このゲームでは1レベルごとに一つスキルを取る、または既に取得しているスキルのレベルを上げることが出来る。
初期レベルは当然1なので、今、何か一つスキルを取ることが出来るということだ。
取得出来るスキルの種類は職業によって様々で、レベルの上昇やスキルレベルの上昇などによって増えていく。
真也は職業の選択で盗賊を選んでいた。
社会人生活の反動で、何者にも縛られない本当の自由、というものに憧れたからだ。
その他にも、イベントなどでは盗賊のスキルが活躍しそうなことを考慮したり、実況動画で変わったことをして人気を集められそうだという打算が理由だ。
もっともらしい理由付けをしたが、身も蓋もない言い方をすれば、ただ好き勝手やりたかったというだけだ。
目の前に空間モニターがポップアップして、真也の現在取得出来るスキルの一覧を表示する。
〈ピックポケット lv.1〉
それだけだった。侘しい。
まさか選べと言われて一つしか選択肢がないとは驚きだ。
選ぶ楽しみがなくて少し残念だったが、まあ、まだレベル1だしそんなものか、と思い直す。
すると、近くから若い男の声が聞こえてきた。
「おお、スキルはかなり数が多いですー、やったー。剣術、槍術、鎚術などの武器スキルや防御や受け流しといった守備系のスキル、闘志や気功とかなんかよく分からないものもありますがー、やっぱりグラディエーターらしく戦闘スキルばっかりですねー。迷ってしまいますがー、とりあえず説明文を読んでいきましょう! うへへっ」
「……」
眉間に皺が寄るのを自覚した。
明らかな職業間格差に少々イラっとくる。
職業差別は日本国憲法に記載される法のもとの平等に反する行為であるため、是正を要求したい。
まあ、盗賊は職業じゃないと言われたらそれまでだが。
隣にいた大学生くらいの若者が一人で楽しそうに喋っている姿を見て何とも言えない気持ちになる。
彼はおそらくゲーム実況動画の経験者で、これまで通りの実況スタイルを貫いているのだろう。
この実況君の口調もまるでこちらを煽ってるように聞こえてしまいムカつく。
実況君も悪気がある訳じゃないだろうから、極力気にしないようにしてスキルの説明文を読む。
〈ピックポケット lv.1〉
技術と素早さのステータスに依存するスキル。
人やモンスターからアイテムを盗む。持ち物を盗む場合は直接スリ盗り、ストレージ内のアイテムやモンスターから盗む場合は体に直接手を触れてからスキルを発動させて盗む。
相手に気付かれた場合、犯罪者となる。
相手が盗まれることを警戒していなかったり、何かに気をとられている場合に特に有効。
なるほどなるほど、実に盗賊らしいスキルだ。
と納得した真也は、選択肢が無いのでさっさとそれを取得し、初期装備や持ち物を確かめる。
メニューウインドウを開いてアイテムストレージ内を見ると何も入っていなかった。
装備欄には布の服のみ。服を確認すると、村人のような簡素なものだ。
これだけかと困惑したが、腰ひもに財布がぶら下がっていた。
中には1万ゴールド、これで初期装備を自由に買えという話だろう。
初期装備から個性を出せるとは面白い仕組みだ。
と、そこまで考えて辺りを見回す。
周囲には約100人のプレイヤー。彼ら彼女らはまだ説明文を読んだりして、楽しそうに初期スキルを選んでいる。
それだけ初期スキルが多いということだろう。盗賊と違って。
真也はもう一度メニューを開いて取得したスキルの説明文を読んだ。
それから再びプレイヤー達を見る。
まだスキル選択で忙しいようだ。
真也は再度説明文を読み、プレイヤー達を見る。
まだまだ選択に集中していた。そう、集中して、気をとられていた。
真也は人混みに向かっておもむろに歩き出す。
――まるでVRの感覚を確かめているかのように振る舞いながら。