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【番外編】紳士は縛りプレイがお好き

「……悲しいよぅ! ウラジミール!」

 彼女は、悲しみをこらえて何かに耐えるように、涙を流しながら大声で泣き叫んだ。


 さて、この文章は、どのように変えればマシになるのでしょうか。ただし、「泣き叫んだ」という状況さえそのままなら、セリフなども自由に変えまくって良いこととします。


 まず、意味不明なところや、意味が重なっているところを削ります。


「ウラジミール!」

 彼女は泣き叫んだ。


 どうでしょうか? これが最低限の表現です。「号泣した」でも構いません。矛盾した表現(耐えながら叫ぶ)や、くどい表現(大声で叫ぶ)を、まず使わないようにしましょう。

 上級者を目指すなら、「悲しい」を使わないようにする、これだけでも違います。


 では、次にこれを盛っていきます。

・盛り方その1:結果から考えてみる。

→彼女は目が腫れるまで泣いた。

 悪くはないのですが、腫れた目に萌えないので却下します。

→彼女は涙がかれるまで泣いた。

→彼女は声が出なくなるまで泣いた。

→彼女は(のど)が痛くなるまで泣いた。

 どうでしょうか? 好みの問題もありますが、この中で、私が好きなのは「喉が痛くなる」です。痛むのは喉だけではありません。心もです。インパクトのある「痛」を使うことで、それを印象付けることができます。


・盛り方その2:「理性を失っている」状態を重視、行動を大げさにしてみる。

→彼女は冷たくなっていく恋人にすがりつき、名前をずっと呼び続けた。

 泣かせるシーンですね。けっして、救急車を呼べとつっこんではいけません。「冷たくなっていく」という表現で、失われる命と二人の絆を暗示しています。

→手が傷つくのも構わずに、彼女は壁を殴り続けた。

 だいぶ、アグレッシブな泣き方をしておりますが、タチアナさんの性格次第ではアリでしょう。「傷」ということばがポイントです。


 心情の描写のポイントは単純です。直接気持ちを表すことばを使わない、矛盾した描写をしない、何かで暗示、この三点です。暗示には、何かと重ねる(体の痛みと心の痛み)方法と、何かと対比させる(どこまでも続く青い空とみじめな死)といった正反対の方法があります。


 このような表現が圧倒的に巧いのは、重松清です。

 彼の作品を読むと、「字がぼやけて見えた」「鼻の奥がツンとした」といった表現があちこちにあります。「泣く」という悲しみを表す動作を描くにも、「涙」ということばすら使わないのは、さすがだとしか言い様がありません。


 もっとも、なろうをはじめとするオンラインの投稿小説では、この手の表現技法をあまり見ることはありません。わかりやすさを求める読み手の問題か、書き手の力量の問題かはわかりませんが……


 もちろん、例外はあります。


「背筋を伸ばし、しばし目を閉じて何かを堪えるような表情で上を向いた」


 『冒険者パーティーの経営を支援します!!』の、ある場面です(作者のダイスケ様には、引用の許可をいただいております)。

 これは、冒険者たちのための共同墓地が作られると聞かされた、冒険者たちのリーダーの行動です。

 冒険者は、この物語世界では、身分も生活も命も保障されない存在でした。モンスターと戦って傷つき死んでも、きちんとした形で(とむら)うことができなかったのです。

 「背筋を伸ばし」→「目を閉じて」→「上を向いた」という動作から、共同墓地の意味を真剣に受け止め、死んでいった仲間たちのことを思い返し、泣くのをこらえているという気持ちの流れが読み取れます。「上を向いた」というのもポイントです。「下」だと悲しみに負けたことになりますから。

 これだけの短い表現で、ていねいに気持ちを追う描写は、一般書籍でもなかなかありません。読むたびに鼻血……ではなく、涙が出そうになります。


 手もとに実物がないのでうろ覚えなのですが、『銀河英雄伝説』第9巻ラストにも、男の人が泣くシーンの、対照的な描写があります。


ミッターマイヤー、肩を落とす。

→ミッターマイヤー、すすり泣く。

→副官が自分に語りかける。

「あの、ミッターマイヤーが泣いてるよ(大意)」


 ……なんか、申し訳ない書き方で申し訳ありません。

 対照的なのは、視点の移り変わりです。『冒険者』が登場人物のひとりに視点を絞って描いているのに対して、『銀英伝』はミッターマイヤー→副官というように視点をずらして描写しています。

 どちらがより優れた方法というわけでは、ありません。ひとりの心の動きをていねいに描写したいなら前者ですし、苦しさや切なさを伝えたいなら後者になると思います。


 情景描写の技術をきたえるには、いろいろな方法があります。一流といわれる人の文章を読むのも、そのひとつでしょう。中でも、私がオススメしたいのは、俳句です。


 佐藤郁良という俳人がいます。とある学校の国語の先生でもあるのですが、彼の指導した生徒たちは俳句甲子園でも史上最多の優勝を誇っています。

 佐藤先生によると、俳句を教えるときには、「絵が鉛筆で風景を描写するのと同じように、俳句はことばで情景を描写する」ということを、まず話すのだそうです。

 これを聞いたとき、物語も同じだと思いました。


 ちなみに、初心者は季語や感情も説明(例:冷たい氷、○○でうれしいとか)しようとするのだとか。

 五七五の字数で、季語も入れて、感情も匂わせなければならないとは、ずいぶんな縛りプレイだと思うのですが、俳句甲子園で勝ち上がった句を見ると、気持ちを表すことばを使わない描写だとか、重ねや対比などの表現だとか、短いので(ココ大事!)、よくわかります。


 文章を書こうとすると、どうしても長く詳しく書こうとしてしまいがちですが、省略できる表現はないか、考えてみるのも良いかもしれません。

 感情を表すことばを使わないという縛りもまた、新たな表現の世界へあなたを導いてくれることでしょう。


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★引用箇所について

『冒険者パーティーの経営を支援します!!』

第十章 第142話「顛末」より。

→「小説家になろう」で連載されている、ダイスケ様の小説です。引用にあたって、許可をいただけましたことについて、この場を借りて、再度御礼申しあげます。


★上か下か

 アリソン・アトリー『時の旅人』(松野正子/訳)の後書き参照。主人公の少女が泣くシーンで、下を向くか上を向くかの動作の違いでキャラが変わってしまうので、訳に苦労したというようなことが書いてあった。


★涙を出さずに泣いてみよう

 うろ覚えだが、パール・バックの『大地』(小野寺健/訳)の第1巻には、こんな表現がある。「『泣く』には、三種類ある。声を出さずに涙を流す『泣』、声を出すが涙を出さない『号』、声も涙も出す『哭』である」

 使い分ければ、カッコいいかも。


★重松清

 文章技巧は多分、当代随一。

 あまりにもミエミエなので、ベッドに裸の美女を見つけたとき(ないけど)の気分がわかるような気がするときが、時々ある。見なかったことにするべきか、見るだけなのか、触っても良いのか悩ましい。ジュニア向けとアダルト向けがあるので、選択注意。

 泣きたい本が読みたければ、『きみの友だち』。


★芥川龍之介「半巾」

 息子の死について話している母親の悲しみについて、表情にはまったく出ていなかったが、半巾(ハンケチ)を引き裂かんばかりに握りしめているその手が、彼女の深い悲しみを表していたとか何とかの話。

 青空文庫で読める。


★佐藤郁良

『俳句のための文語文法入門』←未読。実際の指導でも、視覚的な表現を使わずに描写してみようなどの縛りプレイをすることがあるらしい。


★松山俳句甲子園

 19回の最優秀の句が好き。「豚」と「卒業式」の対比はお見事! ……なのだけれども、インパクトがあったのは、準決勝戦のサクランボの句。もう、サクランボを見るたびにアレを想像してしまうような気がする。

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