【番外編】淑女はマウンティングがお好き
「タチアナをいじめるなんて、お前は何て、根性が曲がったやつなんだ!」
「いじめるなんて行為ではありませんよ、あれは」
「タチアナちゃん、泣いていたぜ」
「「だよね〜」」
「…………」
「みんな、やめてあげて」
これは、悪役令嬢ものによくある断罪のシーンです。ウラジミ子さん(仮)が、タチアナちゃん(ヒロイン)をいじめたと責められているところですね。セリフは、多分、上から順に、俺様王子、眼鏡宰相子息、チャラ男騎士、双子魔法使い、無口ワンコ、ヒロインちゃんです。カギカッコの使い方についてとか、ワンコも一言吠えろよとか、ワンコの「 」いらないじゃんとか、言いたいことはそれなりにありますが、とりあえず、置いておきましょう。
さて、世の中には、何を考えているのかわからない方がいるもので、そんな方たちが作ったわけのわからない学問の一つにエスノメソドロジー(以下エスノ)があります。できるだけわかりやすく説明をいたしますが、もしもわからないようでしたら、wikiをお読みください。あれ以上、わかりやすく説明する自信がありませんので。
エスノとは、主に社会(とか人の行為)を分析する方法に注目して分析する誰得な学問です。
たとえば、エスノの基本的な方法である会話分析。それによると、会話の内容ではなく、話す順番に注目しても人間関係をみることができるのだそうです。
前にふと思いたって、ゼミでの自分自身を対象に分析したことがあります。
落ちこみました。録音していたら、立ち直れなかったと思います。私の発言は、ことごとく、後輩の女の子の後でした。つまり、私は彼女に無意識にマウンティングしていたのです。
この方法は、物語に応用することもできます。誰が話し始めるのか、次に話すのは誰か、終わらせるのは誰かということから、それぞれの関係を考察できるのですね。
ということで、まずは、手元にあった本でやってみました。
まずは、レオ・レオニ『スイミー 小さなかしこいさかなのはなし』(谷川俊太郎・訳)。一匹だけ黒い魚であるスイミーが、ほかの魚たち(みんなで集まって、大きな魚のふりをしている)の「目」になって、自分たちを食べようとする大きな魚を追い払うという話です。
これは、わかりやすかったです。セリフが、スイミー→ほかの魚→スイミーなのですね。これ以上ない、主人公っぷりです。
次に、古谷三敏『BARレモン・ハート』。レモン・ハートというバーをめぐる、フリーライターの松っちゃんと謎の男メガネさんとマスターの、酒とウンチクの人情話。
ゲストのセリフから入ることもありますし、お酒の説明で終わったり、マスターのモノローグで終わったりすることもありますが、基本は松っちゃんで始まり松っちゃんで終わります。松っちゃんのセリフがなくても、ラストのコマに松っちゃんがいたりと、松っちゃんが重要な位置を占めていることは変わりません。
もっとも、これは、手元にあった物だけを適当に見た結果なので、一巻から順に見ていけば、キャラクターの位置の移り変わりがわかるかもしれません。
最後に、隆慶一郎『一夢庵風流記』。『花の慶次』の原作です。戦国時代末期に、傾奇者である前田慶次郎が天下無双の活躍をする話。
これがまた、おもしろかったです。慶次郎が主人公ですが、描写は必ずしも慶次郎中心ではないのです。
慶次郎とは関係のない会話や情景の描写から始まり、やがて慶次郎の行動の描写へと向かい、最後は慶次郎に向けた他者の視点で終わります。たとえるなら、映画などで画面を絞り込んでいく感じですね。あえて、慶次郎に語らせないことで、彼のすごさを印象づけているのです。
ここで、力つきた(飽きたともいう)ため、冒頭の会話に戻ります。
はじめに発言したのは、王子です。続いては、宰相ジュニア! しかも、王子の発言を否定する! おおっと、騎士や魔法使い、イヌも参戦! 次は、誰の番か!? ですが、次は王子じゃないのです。王子なのにもう発言がないのです。
アイドルグループのソロパートではないのだから、順番にスポットライトを当てる必要はありません。会議の議事録ではないのですから、すべての発言を記す必要はありません。ヒーローやヒロインは平等に愛を与えなければなりませんが(ただし、美形に限る)、作者様はヒイキして良いのです。
登場人物の関係をそれとなく伝えるには、描写の分量だけでなく、発言の順番にも気を使う必要があります。冒頭のヒロインちゃんのように、マウンティングさせてはなりません。これでは、作者自ら、王子たちはアイドルどころか、バックダンサーだと書いているようなものです。
とはいうものの、この順番というのは非常に難しいものです。
自分の書いた感想がいちばん上にある、ほかの方の作品の「感想一覧」を見るたびに、自分がマウンティングしているようで、複雑な気分になります。
世の中には、知らない方が幸せなことがたくさんあります。マウンティングをかましてくるヒロインの存在というのも、その一つです。
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エスノについて、適当なものが見当たらないので、とりあえず、チンパンジーの本を紹介します。
・ロビン ダンバー『ことばの起源 猿の毛づくろい、人のゴシップ』松浦俊輔・訳。チンパンジーなどのサルは毛づくろい(グルーミング)と人の言語はコミュニケーションを取るという意味で同じ(ただし、効果はことばの方が上)だよというお話。あとは、意味がないおしゃべり(ゴシップ)の役割について。
かの「ダンバー係数」の元ネタの人。