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二十回の後

 ミドリムラジオの後は、ゲストと一緒に遊びに行くのだと、翠が言っていた。ユメさんが来たときには、そのことを思い出す余裕は無かったのだけれど、思い出したとき舞い上がらずにはいられなかった。

 あのユメさんと遊びに行けるのだ。翠という名の邪魔者はいるけれど、ユメさんとプライベートをともに出来るのであれば、何だって良かったのに、なぜか今、ドリムちゃんと翠と一緒にパソコンの前に座っている。


「何であたしはパソコンで動画サイトを見ているの?」


「ユメちゃんに言われたからでしょ?

 それとも、ユメちゃんのお願い反故にする?」


「しない。するくらいなら、首吊る」


「じゃあ、文句を言わずに動画見ましょうね」


「やだやだやだ。せっかくユメさんと一緒だったのに。

 何で離れなきゃ行けないの?」


「30分から1時間位したら、連絡くると思いますから、それまで待っていてもらえませんか?」


 翠に言ったつもりだったのだけれど、申し訳なさそうな顔をしてドリムちゃんが応えるので、これ以上わがままも言えまい。

 ドリムちゃんが申し訳なさそうな顔をしていると言うことは、ドリムちゃんは、仕掛け人側と言うことだろう。


「初代ドリムの歌を聴けばいいんだよね。でもどうして?」


「それは、わたしの口からは言えないです」


「まあ、そうだよね」


 ドリムちゃんに何とも言えない顔をさせたからか、翠がにらみつけてくる。

 でも、ちょっと口の端がにやけているのは、普段ドリムちゃんのこんな表情が見られないからか。

 この変態め。あたしも大して変わらないけど。現状、ユメさんとドリムちゃんが、あたしに何かをしたいといった感じだと思うのだけれど、サプライズで何かしてくれるのだろうか。でも初代ドリムの動画を見ないといけないとは一体どういうことなのか。

 せめて翠がどの立場のなのかは知っておきたい。


「翠はこの後何があるのか知ってる?」


「知らないよ。でも、舞ちゃんからの頼みだからね。喜んで何でもするよ」


「えっと、とりあえず聴いてもらっていいですか?」


 イマイチ翠の立ち位置は分からなかったけれど、とりあえずはユメちゃんの頼みをきこう。それに比べたら翠の立ち位置なんて、大したことじゃない。

 あたしが頷くと、パソコンのスピーカーから、ドリムの歌が流れてくる。女の子っぽい声で、伴奏もなしに上手いなと思わせる歌。何も知らなければ、男だとは思わないだろう。

 ただ聴いていていくつか気になるところもある。その疑問を口にしていいのかは、ちょっと今は分からない。


 何年か前の歌を聞いた後で、今度は最近ドリムちゃんと撮ったという方の歌を聴く。

 歌っている曲は、別に珍しい曲でも、特別難しい曲でもない。でも、あたしは「わ」っと声をあげずにはいられなかった。

 これが初代ドリムだって? いや、そんなはずはない。だって、あたしはこの子の歌を何度も聞いたことがあるから。みたいな感じ。

 でも、考えてみれば、可能性はある。


 あたしが声をあげたからか、曲の再生はとまり、ドリムちゃんと翠がこちらを見ている。

 ただ"二人"とも驚いた様子はない。むしろ、あたしの反応を予測していたかのようだ。

 視線が合ったドリムちゃんが、ゆっくりと口を開く。


「やっぱり、心当たりありましたか?」


「この子が初代ドリムで間違いないの?」


「はい。これ以上にそれを証明するものは、わたしにも彼にもありませんが、初代ドリムで間違いないです」


「この子、ななゆめの子だよね?」


「はい」


 頷いたドリムちゃんはこれ以上、何も話そうとはしない。

 これ以上に何も話すことはない、というのが正しいのか。でも、あたしはちょっと心の整理が出来ていない。

 大きく深呼吸をして、バックから水を取り出し一気に飲み干す。

 まだ自分が興奮しているのがわかるが、ちょっと落ち着いた。ななゆめと同年代で、ななゆめとして歌っていけるだけの男性ボーカル。それが初代ドリムだというのであれば、何ら不思議はない。

 むしろ、同世代にこれくらい歌える人が、そう何人もいないと思う。


 とりあえず整理してみると、初代ドリム=ななゆめボーカルってことだ。翠もさぞ驚いただろう。

 ……いや、驚いていないのだった。


「翠はこのこと知ってたの?」


「知ってはないけど、ととのんがプライベートできた時に、なんとなくそうかなって感じはしてたよ。

 前にも言ったけど、初代君に会ったことあるしね」


「でも、翠は彼がななゆめで歌っているのを、聴いたことはないんだよね?」


「無いよ」


 やっぱり、翠は結構深い話まで聞いているのだろう。

 翠がドリム問題を解決するのに一枚嚙んでいるのは知っていたが、当時はそれほどななゆめと関係ある問題だとは思っていなかったから、そこまで深入りしなかった。何か頼まれたら、手伝いくらいはしようかなって感じで。

 でも、初代ドリムとななゆめが繋がっているのであれば話は別で、翠はななゆめ……というかユメさんか彼について結構深い話を聞いたのだろう。

 たとえそれが成り行きとして仕方がない事だとしても。


「翠ずるい」


「私としてはととのんの方がずるいと思うけどなー」


「どういうこと?」


 ちょっとだけ文句を言うつもりだったのだけれど、予想外の言葉が返ってきて戸惑ってしまう。

 どう考えても、あたしの方がずるいということはないと思うのだけれど。

 翠は何かを確認するようにドリムちゃんの方を見る。「翠さんが認識している範囲は、話しても大丈夫ですよ」と返答を得た翠は、考えを整理するためか、少し時間をおいてから話し始めた。


「実は私、初代君と初めて会ったのって、はじめて舞ちゃんとラジオやった時なんだよね。

 でも、その時は舞ちゃんのマネージャーだって言われてね、この前ようやく初代ドリムだって教えてもらったんだよ。それとはまた別の話なんだけど、ユメちゃんってある意味正体不明だよね」


「正体不明って言い方が気にくわないし、どこの誰でもユメさんはユメさんだからいいの」


「そのユメちゃんが、この前来た時に話してくれそうだったんだよね。ユメちゃんの事。

 ドリム問題はユメちゃんも無関係じゃなかったから、思うところがあったからだと思うんだけど」


「ユメさんはなんて?」


「今は勇気が出ないけど、いつか話すって。そんなわけで、私って知っているようで、肝心なところは何にも知らないんだよね」


「えっと、それはユメちゃんも事情があって……」


「違うの、違うんだよ舞ちゃん。ユメちゃんにも、初代君にも、舞ちゃんにも事情があって、本当に話すのに勇気がいることだっていうのわかってるんだよ。だからね、責めたいんじゃなくてね」


 翠の言葉にドリムちゃんが申し訳なさそうな顔をすると、翠が精いっぱいそれを否定する。

 それから、あたしを恨めしそうに見た翠が、不満げに口をとがらせる。


「結局言いたかったのは、たぶんユメちゃんがそのあたりの事を話してくれると思うんだけど、ととのんって正式に会ったのって今日が初めてでしょ? それなのに教えてもらえるってことはずるいなってこと」


「ふむ。そういわれると、悪い気はしないね。

 それどころか、嬉しい。ユメさんの秘密が聞けるかもしれないのもそうだけど、何よりその場にあたしを呼んでくれたことが嬉しい。

 どうしよう。顔熱くなってきた。ちゃんと、冷静に話聞けるかな。緊張して話聞けなかったじゃだめだよね」


「あ、そうだ。ととのんはユメちゃんに抱き着いちゃダメだよ?

 私も舞ちゃんも抱き着くと思うけど」


「ユメさんにハグするには、ユメさんハグ券が必要なの?」


 ユメさんとハグなんてしてしまったら、幸せすぎて死にかねないから、したくてもできないけど。

 でも、あたしだけって言われると、思うところくらいある。

 冗談で返したつもりだったのに、意外にも翠は「そんな感じ……かなぁ?」とよくわからない反応を見せた。なんだか今日の翠ははっきりしないなと思っていたら、携帯を見ていたドリムちゃんが「そろそろ、移動したいんですけど、大丈夫ですか?」と尋ねてきた。

 もうそんなに時間が過ぎたのかと、驚きはしたが、移動自体は問題ではない。


 いや今からユメさんについて何か知れるのだと思うと、遠足前の小学生とか、ずっと発売を待ち望んでいたゲームの発売日とか、初めていく大ファンのアイドルの握手会くらいの緊張感があるので、気持ち的には全然大丈夫ではないかもしれない。

 つまり心臓の鼓動が隣にいる翠に聞かれるんじゃないかというくらいには、緊張していたら、ふとドリムちゃんが足を止める。


「行く前に1つお願いしたいんですけど、良いですか?」


「舞ちゃんの頼みなら何だって訊くよ。いくら払ったらいい?」


「お金はいらないんですけど、今からお二人を連れて行った先で、ある話を聞いてもらうことになるんですが、話す人は『この話をしたら相手を困らせてしまうのではないか。自分が楽になりたいから話すのではないか』と、考えていると思うんです。

 ですから、できればそうは思わないであげてください」


 翠はともかく、あたしが頷いたのは言うまでもなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ドリムちゃんに連れてこられたのは、少し離れたところにあるカラオケボックス。

 迷うことなく入っていったドリムちゃんは、カウンターで待ち合わせですと告げ、奥に入っていく。

 カラオケに来るのも久しぶりだなと、気を紛らわせていたのだけれど、どうにも気を静めることが出来ない。

 1枚の扉の前で足を止めたドリムちゃんは、一度あたしたちの方を見てから、開いた。

 パーティルームほどではないが、その次くらいに広いであろう部屋の中央には、大きいテーブルが置かれ、曲を入れる機会とマイク、マイクの充電器、フードメニューが乗っている。


 入って左手に大きなテレビがあり、右手側に壁に沿うようにして椅子がおかれていた。

 その奥の方に、一人の男の子が立っているのに気が付く。

 ユメさんだと思っていたのに残念だ、とはこれっぽっち思わなかった。


 だって、彼がいたのだから。ななゆめの男性ボーカルであり、初代ドリムだったのだと今日知った、三原遊馬君。ライブの時でも、あまり名前を言わなかったけれど、名前は間違えていないはず。

 彼を認識してから先は、ちょっと記憶があいまいになっている。

 安心のせいなのか、驚きなのか、目からは涙がこぼれていて、驚いている彼に抱き着き、「よかった」と何度も言っていたような気がする。




 それからしばらく経って、あたしが落ち着いたのを見計らって、翠があたしを彼から引き離す。なんてもったいないことを。


「えっと、改めまして。翠さんお久しぶりです」


「初代君、お久しぶり。えっと、今はもう遊馬君っていった方が良いかな」


「出来ればそうしてくれると嬉しいです。俺はもうドリムではないので」


「それに、ななゆめのメンバーだしね」


「さっき舞から連絡があったので知ってはいましたが、気が付かれたんですね」


「出来れば、知らないふりをしておこうかとも思ったんだけど、ごめんね」


「いえ、話が早くて助かります」


 翠と遊馬さんの2人で話が進んでいく。なんで、翠はそんなに遊馬さんと親しげなんだ。

 前に一回会ったんだったか。羨ましいな、この野郎。

 話に混ざりたくても、何を話していいかわからないこの状況。悔しいが流れに身を任せるしかない。


「それから、さっきはととのんがごめんね。さすがに私も急にあんなことしだすとは思わなかったよ」


「あれは……えっと……何というか、感情が抑えられなかったと言いますか、まさか遊馬さんに会えるとは思っていなかったので……」


「いえ、俺の事を覚えているだけでなくて、俺と会えただけでこんなに喜んでくれる人がいただけで十分ですよ。今後も歌うつもりはないので、心苦しくはありますが」


 知ってはいたけれど、もう歌わないというのを本人の口からきくと、身を引き裂かれるんじゃないかと思うほどのショックがあたしを襲う。

 口出ししてはいけないと、思うほどに言葉が出てこなくて、重たい雰囲気に包まれそうになったところで、翠が助け舟を出した。


「そういえば、ユメちゃんがいると思ったんだけど、あとからくるのかな?」


「今日はそのあたりの事を、お二人に聞いてほしいんです」


 翠の言葉を無視した、というわけではなさそうな遊馬さんの返答に、妙な違和感を覚える。

 ユメさんがいない事と、遊馬さんが話したい事というのが全くつながらない。

 というか、ユメさんの秘密を聞くという話ではなかっただろうか。


「正確には、俺とユメの話ですね」


「まだちゃんと信じられていなくて申し訳ないんだけど、ユメちゃんと遊馬君は感覚を共有しているんだよね?」


「はあ? 翠何言ってるの?」


 ユメさんと遊馬さんが感覚を共有? 何かの物語じゃあるまいし、何をいきなり言い出すんだろうと思ったら、遊馬さんが「気が付いていたんですね」と真面目に返す。

 つまり本当だったということだ。まさか、そんな物語な世界が、目の前に広がっているとは世の中なにがあるのかわからない。

 あたしが話を理解しようとするのに、精一杯なのに対して、翠と遊馬さんの話は続く。


「これもできれば黙っていようかと思ったんだけど、他に考えられなくって」


「いえ、なんというか説明が難しい部分ではあるので、なんとなくでも理解してもらえていると、助かります。十戸倉さんには」


「希」


「希さんには、分かりにくい話ばかりで申し訳なです」


「大丈夫です。希、遊馬さんの話なら、なんでも信じます」


 ほら、考えてもみてほしい。遊馬さんとユメさんの感覚が繋がっているということは、さっき遊馬さんに抱き着いたときに、ユメさんにも抱き着いたことになる。

 一粒で二度おいしい。一石二鳥。何ともお得感のある体験だったのだろう。

 冗談は置いておいて、半信半疑ではあるけれど、わざわざこんなことまでして、遊馬さんが嘘をついているとは思えない。

 遊馬さんは、一瞬顔をそらした後で、話しを続けた。


「半分は俺が歌わないようになった話にも繋がるのですが、えっと……ユメはもともと俺だったんです」


 意を決したように遊馬さんが言うのだけれど、それを理解するのに、あたしの頭が追い付かない。

 なんでも信じるといったばかりでとても申し訳ない。

 でも、ある程度事情を知っている翠もよくわからないような顔をしている。


「二重人格ってことかな?」


「そんな感じですね。少なくとも、今は俺とユメは別人です」


「それだと、確かに感覚が繋がっているっていうのは分かるんだけど、ユメちゃんと遊馬君はさすがに似ても似つかないと思うんだけど。」


「それは俺の時は男の体、ユメの時は女の体と変わるからです。

 もともとは、三原遊馬という1人の存在だったんですけど、あることがきっかけでユメが生まれた……と言ってもわからないですよね」


「言っていることは理解できるんだけど、それが現実にあるとは考えにくいかな。ごめんね」


「あたしは信じます」


 2人の会話、きっと翠の反応間違っていないのだとは思う。

 今の話を言葉のままに信じるのは、よほど何も考えていないか、彼を妄信している人だけだろう。

 遊馬さんも信じられないことは、承知しているに違いない。でも、信じてもらえないという事は、怖いのだ。だからこそ、翠に話すために時間がかかったのだから。

 だったら、あたしは翠がドリムちゃんの味方になるように、遊馬さんとユメさんの味方をしよう。なんだ、簡単な事じゃないか。それだけの価値がある子達だと、あたしは確信しているのだから。


 あたしが前のめりに口をはさんだせいか、遊馬さんが驚いた表情をしている。

 そして、あたしをまっすぐに見ている。ライブで目が合ったと勘違いしているのとは違う、確実に遊馬さんがあたしを視界に収めて、あたしを意識している。何たる幸福か。


「希さん。ありがとうございます。翠さんも、できれば目を離さずに見ていてください」


 今まで何回か遊馬さんを見てきたけど、今あたしの名前を呼んだ時ほどの、安らいだ表情を見たことはない。そこに、高校生ではありえないほどの大人びた印象と、年相応の感情の相反するものを見た。

 それから遊馬さんはゆっくりを息を吸う。まるで、今から歌い出すかのように。

 吸った空気を、歌声に乗せるのかと思ったタイミングで、遊馬さんの身長が低くなった。


 何というか、ヒーローや魔法少女あたりが変身するときの演出を予想していたのだけれど、遊馬さんとユメさんの入れ替わりは演出はなく、あっさりしたものだった。

 瞬きはしていないつもりなのだけれど、瞬きの間に二人が入れ替わったかのような感じ。

 その姿を見たあたしが、最初に思ったのは、「そういえば遊馬さん、今日、ユメさんが着ていた服を着ていたな」だった。

 突如として現れたユメさんは、不安げにあたしたちを見つめる。


「これで、理解してもらえましたか?」


「ユメさんって、だぼっとした服が好きなのかなって思っていたんですけど、別に服が入れ替わるとか、服の大きさが変わるとかいうわけじゃなかったからなんですね。

 遊馬さんでも、ユメさんでも、違和感がないような服装をしていたって、今考えると当たり前なのかもしれないですけど、ちょっと感動です」


「あ、はい。髪が伸びたりとか、遊馬の時よりも肌が綺麗になったりはしていますが、服とか靴とかは変わらないです」


「感覚を共有しているっていうことは、今遊馬さんもいるってことなんですか?」


「ちゃんと、今の話も聞いていますよ。先ほどのまでの話、わたしも聞いていました。

 他の感覚も全部共通していると思ってください」


「それで、今はユメちゃんってことでいいのかな?」


 この翠め。あたしがあえて聞かなかったことを。ユメさんでも遊馬さんでもいいじゃないか。


「間違いないです。遊馬の演技ではないと証明するのは難しいですが、たぶん心拍数を計れば分かると思います。だいぶ慣れたみたいですが、まだ女の人と手を繋いだりすると、心拍数跳ね上がりますから。

 例えその方法で確かめたからと言って、演技ではないと言い切れないんですけど」


「別に疑っているわけじゃないんだよ。ごめんね。

 でも、ちゃんと確かめておくべきところは、確かめないといけないから。

 ととのん役に立ちそうにないし」


「役に立たないとは何事だ」


「だって、ユメちゃんが困りそうな質問できないでしょ?

 でもここまでしてくれたってことは、私達もそれなりの覚悟をもたないといけないし。

 ユメちゃんに説明してもらうより、こっちから聞いた方が話しやすいだろうし」


「ぐぅ……」


 翠の言っていることは正しいけれど、なんだか釈然としないので、「ぐぅ」の音を出してやった。

 あたしの抵抗むなしく、翠は話を進める。


「話を戻すけど、仮に遊馬君の体だけが入れ替わっているなら、ハグとか気にしないと思うんだよね。

 プライベートでハグとかならまだしも、番組中に握手をするだけで気にするっていうのは、リスクが大きすぎるもん。それって、つまり相手の事を考えてやっているんだと思うんだけど、そこまで相手の事を考えている子が、わざわざこんな場面を用意してまで嘘をつくとも思えないしね。


 ここまでされて、全部演技でしたって言われたら、気が付けなかった本職の私達も立つ瀬ないしね。

 とりあえず、2つ聞かせてもらいたいんだけどいいかな。話したくないなら話さなくてもいいんだけど」


「入れ替わりの条件と、遊馬が歌わないのがどうしてなのか、ですよね」


 ユメさんの言葉に、翠がうなずく。

 実はなんとなくわかっているのだけれど、翠の顔が妙に真剣なのが気にかかる。

 あたしの考えだと、ユメさんから、遊馬さんへの入れ替わりが時間経過で、遊馬さんからユメさんへの入れ替わりが、声に関する事。

 遊馬さんが歌わないのは、ライブの時などに誤って、遊馬さんからユメさんになってしまったら大変だから、といった感じなのだけれど、これだとあの翠が真面目な顔をするとも思えない。


 ドリムちゃんはあたしや翠の様子をうかがっているらしく、ドリムちゃんから情報を得るのも難しい。


「まずわたしから、遊馬に入れ替わる条件ですが、わたしが歌わずに時間が経つことです。

 それから、遊馬からわたしへは、裏声を出そうとすれば入れ替わります。どうして遊馬が歌わないかですが、ステージ上で裏声を出してしまったら困るからですね。強制的に入れ替わるので、ちょっと驚いて出した場合でも駄目ですから」


 何だあたしの思った通りだったじゃないか、と安心しかけたところで、ユメさんが「ここまでが建前です」と言って、浅く息を吐いた。それから、悪事を告白する子供のような目をする。


「順番に行きますね。遊馬からわたしへの入れ替わりが、裏声である明確な理由は分かりません。

 ほかに例がないから、たまたまだったのかもしれません。

 ですが、考えられる最もしっくりくる理由は、遊馬が裏声で歌うことが何よりも好きだったからです。もともと裏声の方が上手かったですし」


「ドリムって名前で、インターネットに投稿するくらいだもんね」


「そもそも、わたしは、好きな声で好きに歌うことが出来なかった遊馬が、理想とした姿なんです。

 女であれば高い声で歌っても何も言われませんからね。

 遊馬の望みだったと言ってもいいのかもしれません。その望みがあるきっかけのせいで、叶えられてわたしが生まれました。


 遊馬が歌わないわけですが、これはわたしの口からは答えられません。

 きっと、遊馬からも教えられないと思います。ただ、裏声が使えなくなったから、ではないです。

 裏声を出さなくても歌えることは、バンドコンテストなどで証明していますしね。


 最後にわたしから、遊馬に戻る時間ですが、今は分かりません」


「分からないって言うのはどういう事?」


「入れ替わるための時間が、伸びているんです。

 昔は15分でしたが、今は1時間くらいかかります。

 時間はまだ伸びていて、どこで止まるかはわかりません。

 現状いえることは、半日の12時間が有力です」


「遊馬君は納得してるの?」


「……はい。とわたしが言うのは変な話ですが」


 この話を聞いて、あたしはどんな反応をすればいいのだろうか。

 ユメさんの味方も、遊馬さんの味方もしたいのだけれど、どちらかにつくことなんてできない。

 ユメさんの時間が伸びるという事は、遊馬さんの時間が短くなるという事だし、そもそもユメさんが生まれたことで、遊馬さんは一番好きだったものを失くしたのだ。


「ってことは、ユメちゃんをゲストに呼ぶときには、遊馬君と二人分のお金を払わないとだね」


「翠、なんで……」


 ユメさんの話を聞いておいて、なぜそんなことを言えるのか。思うところはないのか、と思って声を出したけれど、翠の表情はとても落ち着いていて、自分の反応が子供っぽく思えた。

 やっぱり曲がりなりにも、翠の方が大人なのだと思う。

 いや、たぶんこの中で、あたしが最も子供なのかもしれない。


「なんでって言われても、ユメちゃんと遊馬君の中で折り合いがついてしまっていることだと思うから、私たちが出る幕はないと思うんだよね。

 二人は自分たちがどうしたらいいのかを訊いているわけじゃないもんね。

 でも、遊馬君も大概だよね。舞ちゃんだけだと思ったのに、ユメちゃんにはもっとなんだ」


「それはわたしも思います」


「遊馬君が出てくるのって、時間がかかっるってことだよね」


「言いたいことがあったら、言ってくれていいですよ。聞こえていますから」


「駄目だよ遊馬君。たまにはわがまま言わないと」


「舞ちゃんとわたしとの約束があるのに、これ以上贅沢なことはないだろうって言ってます」


 翠の言葉に、ユメさんがしばらく間をおいて反応する。「って言ってます」とも言っているし、遊馬さんの言葉を待っていたのだろう。

 今の会話でもう少し話が分かった。初代ドリムの歌を聞いたとき、ユメさんにもドリムちゃんにも似ているなと思った理由。ドリムちゃんの、舞ちゃんの歌は遊馬さんの歌のトレースなのか。その二人が仲がいいという事は、そこでも何かがあったのだろう。翠に大概と言わせるだけのものが。


「じゃあ、ユメちゃん的には遊馬君どうなの?」


「何かとわたしを優先させようとするので、もっと自分の事を考えてほしいです」


「しかも遊馬君って、明らかにわたしのために動いているのに、あたかも自分のためだって態度取る時あるよね」


「我がままとか言いつつ、自分のためじゃないしね。

 大体、わたしとの兼用ばっかりで、遊馬の私服ってほとんどないんだよ?

 たぶん、遊馬よりわたしの方が服持ってるもん。最近だと、わたしのお金なんだからって、全然取り合ってくれないんだよ」


 どうしてだろう。遊馬君の事を愚痴っているはずなのに、あまり遊馬君の評価が下がらない。

 むしろ上がるさえある。献身も自己犠牲まで行くと、こちらも引いてしまう事もあるけれど、ユメさんも舞ちゃんも、嫌だというわけではないのだろう。

もしかしたら、それ以上の感情もあるのかもしれない。むしろ、慕うなという方が無理な話だ。

 話が一巡して、翠がお金の話に戻す。


「じゃあ、やっぱり遊馬君分のギャラは払わないといけないと思うんだけど。

 そしたら、遊馬君が自分のもの買うようになるよね」


「たぶん、受け取ってくれませんよ。っていうか、今受け取れないって言われました」


「じゃあ、あたしたちで遊馬さんの服を買えばいいんですよね」


「あ、それいいかも。たまにはととのんも役に立つね。

 まさか、わざわざ買ったプレゼントを受け取らないってことはないよね」


「希さんがわたしたちの事ともっと普通に接してくれたら、受け取ってもいいですよ。

 年上の人から、プライベートでも敬語ってなんだか変な感じがしていましたし」


「あたしが敬語なのは、何と言いますか、当然の義務と言いますか……」


「次敬語とかさん付けとかしたら、口きませんからね」


「ちょ、ちょっと待ってください」


 そんないきなり言われても、心の準備が出来ていない。

 それなのに、状況は一変していて、ユメさんがそっぽを向いている。とても不機嫌に見える。

 どうしたのだろうかと、内心びくびくしながら「ユメさん?」と声をかけたが、ユメさんは全く反応してくれない。

 嫌われた? どうしたらいいのか、翠に視線で助けを求める。


「呼び方が違うんだよ、ととのん」


「えっと、ゆ、ユメちゃん、怒ってま……怒ってる?」


「怒ってないですよ。なんだか遊馬がとても煩いですけど」


 コロッと表情を変えたユメさんは、とても楽しそうで、それにつられて沈んでいた気持ちが一気に高まる。

 でも、遊馬さんが煩いってどういうことなのだろうか。


「ねえ、ユメちゃん」


「どうしたの舞ちゃん」


「十戸倉さんの敬語の話って、別に遊馬君からの提案じゃないよね」


「こうでもしないと、遊馬遠慮するから。

 それとも遊馬は、翠さん達の厚意を受け取れないの?

 だったら、自分の服買ったらいいのに……まあ、一石二鳥かなとは思ったけど。

 あ、もしかして、遊馬さんって呼ばれるの気に入ってた?」


 舞ちゃんと話していたユメさんが、急に別の誰かと話し出す。

 ちょっとびっくりしたけれど、遊馬さんと話しているのか。


「あとはユメちゃんが何とかしてくれると思いますから、遊馬君をどこに連れていくか考えましょうか」


 先ほどまでユメさんと話していたはずのドリムちゃんは、慣れた様子でこちらにやってくると、そんなことを言いだす。

 そのあとは、ユメさんも混ざって、遊馬さんをどこに連れまわすかを話し合っていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ユメさんも舞ちゃんも帰った後、翠と適当なレストランで夕食を食べる。

 あわただしいでは収まりきらない今日という日を、何とか言葉にしたくて、無計画のままにテーブルの反対側にいる翠に話しかけた。


「ねえ、翠」


「ととのんどったの?」


「今日って、何時間あった?」


「たぶん48時間くらいじゃない?

 ラジオを撮っていたのが、30時間くらい前だと思うし」


「だよねえ……。翠はどう思う?」


 憧れの人も、女子高生のアイドルもいないので、存分にだらけることが出来る。

 とはいえ、公共の場で頬をテーブルに押し当てているのはよろしくないか。

 顔の支えを頬杖に切り替えて、翠を見る。翠は、あたしの様子に対して興味持たない様子で、フォークを置いてから話し始めた。


「どうって言われても、皆大変だなって感じかな。

 すでにこじれた話は終わっているんだと思うから、私達の出る幕はないんじゃない?」


「出来れば、こじれているときに頼ってほしかったなー」


「それは、ととのんがななゆめとの接触を避けてたのが悪いんでしょ」


「いいよなー、翠は。頼りにされてて」


「頼りって言っても、私も大して何もしてないからね。

 きっと私がいなくても、上手く事を進めていたと思うし、これからも変わらないよ。

 遊馬君の周りにすごい人が集まるのか、遊馬君がすごい人たちを呼び寄せているかはわからないけど、遊馬君があんな感じだから」


「あたしは、遊馬さんみたいな達観の仕方はできないなー」


「じゃあ、綿来翠を名乗ってみる?」


「それも無理。今回の件で、翠があたしよりも大人だって再確認できたし、あたしには荷が重いよ。

 なんか、今日一番子供だったのは、あたしだったって感じがする」


「そういった基準だと、私よりも遊馬君の方が大人だよね」


「遊馬さんすごいなー」


「これで二回目だけど、さん付けすると、約束無くなるよ?」


「それは嫌だなー」


 遊馬さんを連れて買い物に行く条件なのだけれど、何とも難しい。

 ただ、これを反故にすると、例え買い物途中でも容赦なく帰るだろうと、舞ちゃんや翠から忠告があった。今日のユメさんの態度を見るに、間違いもないだろう。


「まあ、私達があの子たちにできることは、あんまり大人だって言いすぎない事かな。

 みんな大人っぽいけど、年相応な部分もあるし、大人だって言いすぎるといざって時に、大人に頼れなくなっちゃうからね。私達はいざって時に、あの子たちに頼られるような大人にならないと。

 誰かさんは、甘やかしすぎたけど、あの子達なら大丈夫だと思うし、むしろ舞ちゃんは非常に甘やかしたいけど。好きなもの買ってあげたいし、綺麗なもの着せてあげたいし、いろいろなもの見せてあげたい」


「甘やかされて、わるうございましたね」


「遊馬君と足して2で割られてくれるといいんだけど」


「あたしも、ちゃんとお姉さんしないとなー。出来る機会も少ないとは思うんだけど」


「職業が違うからね。でも、ととのんはまず『遊馬君』って呼ぶところからかな」


「翠。呼ぶから、あんみつ食べたい」


「はいはい」


 呆れる翠をよそに、「すみません」とあたしが店員を呼ぶ声が響いた。

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