異世界転生社
「異世界転生者」と変換しようと思ったら「異世界転生社」になりました。
なんじゃこりゃどんな会社だよと考えているうちに短編になったので初投稿。
東京の、とあるマンションの一室に俺が住み込みで働く会社がある。
業種は異世界関係。
その中でもこの会社は異世界転生を本業としているため、異世界転生社とも呼ばれている。
実際は営利を目的にしているわけではないので「会社」なのか甚だ疑問であるが、そう呼ばれている。
「異世界転生社」という字面が気に入られているからに違いない。
実態は会社ごっこに近い。
「今日もよろしくお願いします」
俺が休憩室から出ると、同じ班で働くスタッフが挨拶をしてきた。
班の名前は伊藤班。
そして俺は伊藤だ。つまり俺が班長だ。
「そろそろ新しい転生者を補充しても良さそうですよ、班長」
「そか。じゃあそろそろ入れるかね」
現在、伊藤班では11名の転生者をサポートしている。
話しかけて来た彼、柴木は伊藤班の中では世界管理業務を任せている。
転生者を投入する通称・異世界の保守管理をすることが主な仕事だ。
「……秋山が、たまにはトラック以外がいいって愚痴ってましたよ?」
トラック。
それは異世界転生の代名詞のような単語である。
「でも定番だからな」
秋山というのも伊藤班のスタッフであり、転生者の選定・回収を主に任せている。
現状に不満を貯めこんでいて転生後にいろいろとはっちゃけてくれる人間の探索はもちろん、転生者候補が死亡した瞬間に意識だけをうまいこと刈り取ってくることが仕事である。
転生者の選定には規定があるため、あまり突飛な死因の人間を選ぶと場合によっては選定理由などを上層部に説明しなければならない。
はっきり言って上層部が納得するような選定理由を考えるのは面倒臭いし、そのための書類作りも考えると業務量が一気に増える。
そしてその説明をするのは班長である俺の仕事になってしまう。
よって、伊藤班では前例主義だ。
前例があればとやかく言われないので、トラック転生を推奨している。
まあ、たまにはトラック以外の転生者確保を経験させてやらないとキャリアアップに繋がらないので、今回は少し考えてあげようかとも思う。
「秋山にどんな死因の奴が欲しいか聞いてみることにするか」
「そうしてあげてください。最近あいつ、アメリカンな超巨大トラックに轢き殺される引きこもりを探してましたよ。トラック転生でもちょっとは変わった要素が欲しいってウンウン言ってました」
アメリカの荒野を爆走する超弩級トラックの絵が脳裏に浮かぶ。
あんなのに轢かれたら見事に即死するだろうが、果たして日本の引きこもりがどうやってあれに轢かれるのかがイメージできない。
柴木が異世界管理室に入っていくのを見送り、俺は転生者調査室に入った。
転生者調査室は他の班とも共同使用のため、秋山以外にも結構な数のスタッフが常駐している。
俺は秋山の席に近寄った。
「おう秋山。そろそろ新しい転生者入れるぞ」
「マジっすか!? 今ちょうどいいトラックがいたんですよ!!」
今回はトラックじゃなくていいよ、という前に秋山が興奮した様子で寄ってきた。
そうか、ちょうどいいトラックがいたのならしょうがない。
今回もトラックで確定である。
「どんな案件だ?」
「見てくださいよこれ! 引きこもりの家に大型ダンプが突っ込んで39歳のヒキニートが死んでるんスよ! あっ、他の班にとられる前に意識だけは確保しときました!」
にやりと笑った秋山が隣に座った男性を見る。
彼は宮本班のスタッフだったはずだ。
「いやー、私も狙ってたんですよ、秋山君の回収した男性。惜しかったなぁ。道端でトラックじゃなくて家に突っ込むなんて珍しかったのに」
ハハハと笑いながらそう言うと、彼はモニターに視線を戻した。
モニターには近い未来、何かしら事故で死ぬ予定の人間がリストアップされている。
その人物名の横に色付きのタグが設定されていて、転生者として有望な人間や、回収しやすい人間などがきっちりと分けられているようだった。
ちらりと秋山のモニターに視線を移す。
秋山の場合はタグは一つで有望そうな人物にだけチェックが入っており、あとは事故予定時刻でソートしていた。
これから事故にあう人間をひたすらすべて確認しつつ、有望な人間は取り逃がさないスタイルのようだ。
「班長、班長。これ資料っす」
複数ならんだモニターのうち一番手前のモニターに、秋山が回収した転生者候補の情報や事故の情報が表示された。
ざっと内容を確認する。
「……まあ、悪くないな。年齢も手頃だし」
「社会人経験ありってのもいいっすよねー。最近は一度も働いたことのない真性ニートばっか転生させてましたし」
年齢は30代前半。
資料によると、ブラック企業に新卒入社という見事な地雷を踏み抜いて社畜歴7年で精神崩壊し、実家に戻ってニートになったらしい。
元日本人で元社畜の俺としては同情心がじんわりとしみだしてきそうである。
彼には良いチートを与えてあげたい。
「意識は今のところ固めてますんで。説明会するときは言ってください」
転生者調査室では有望な転生者候補を見つけ、対象が死んだ直後に「死者の意識」を回収する。
これは日本で言うところの「魂」のようなもので、一部の班ではこれのことをそのまま「魂」とか「心」などと呼称している。
なお書類に記載するときは「意識」で統一されている。
昔の書式では「魂」で統一されていたため、昔から勤めてる人の班では魂呼びが多かったりする。
伊藤班は書式に合わせることを推奨しているため「意識」と呼んでいる。
そんな「意識」だが、回収してすぐに使うことはまずない。
回収した時点で時間を凍結、固めてしまうのだ。
冷凍庫に入れておいて必要なときに使うようなイメージが近いと思う。
「ちょっと管理室に行ってくる。行けそうならすぐ転生やるぞ」
「ういーっす! 準備しときます!」
調子の良い秋山に軽く手を振り、俺は転生者調査室を出た。
第39号異世界管理室。
これが伊藤班に割り当てられた異世界管理室だ。
転生者調査室と違い、こちらは専用部屋である。
扉には「伊藤班」と書かれたプレートが張り付いている。
「入るぞー」
軽くノックをして扉を開ける。
コンビニほどの広さの室内には、多種多様な機材が整然と並んでいる。
中でも目立つのはバウムクーヘンのような形で直径は2メートルほどもある通称「世界機」だ。
色合いも黄色っぽいので、遠くから見ると巨大なバウムクーヘンが転がっているように見える。
そして機器の中心から1メートルほど上に、スイカほどの黒い球がふよふよと浮いている。
この黒い球が「異世界」だ。異世界球体とも呼ばれる。
黒い球の中には宇宙のような空間が広がっており、そこに地球のような存在が用意されている。
設定によっては球体の地球ではなく平面の地球も作ることができるが、伊藤班では基本的に球体世界を構築している。
そしてそんな地球(仮)には異世界人が生きているのだ。
転生者の意識を放り込むための舞台である。
世界機は異世界球体をマウントさせるための土台であり、世界の設定を決めたり、稼働のためのリソースを提供するための機器だ。
異世界で魔法を始めとした不思議な力が使えるのは世界機にそういう設定を入れているからである。
室内に設置された世界機14機すべてに黒い球、異世界球体が浮いていた。
「どうだ?安定してるか?」
「はい。8番もだいぶ安定しました。それと、転生者たちは全員良好です」
小さい液晶画面に「伊藤班8号機」と表示された世界機を覗きながら柴木が言う。
14機すべてで異世界球体は稼働中であるが、実際に転生者が投入されているのはそのうちの11機だけ。
誰も入っていない世界機は3機だ。
「新しい転生者を入れられる世界はあるか?」
「8番以外なら全部いけますよ」
世界機「伊藤班8号機」は世界創造したときに使用したテンプレートにバグがあったようで、しばらく稼働が安定しなかったのだ。
ちなみにそれに気がついたのは転生者を送り出す直前のことだったので事なきを得た。
転生者を投入した後だとおいそれと世界機を停止することもできないので、バグ修正は非情に困難になる。
柴木は世界管理専門スタッフとしては実力が高いため、8号機をなんとか稼働できるまでには修復できたようだが、やはり新しい転生者を入れるのにはまだ不安があるのだろう。
転生者という存在が異世界球体に及ぼす影響は大きく、せっかく安定した8番世界がまた不安定になる恐れがあるためだ。
しばらくは稼働テストと微修正を行い、問題ないと判断できてから投入したいところである。
「空いてるのは何番だ?」
「ああ、班長は一転主義者でしたっけ」
「そうだ」
1つの異世界に転生者は1人まで。
それが俺のポリシーだ。
俺のような考えを持つ人間は一転主義者とも呼ばれている。
班によってはスペックの高い世界機にたった1つだけ巨大な異世界球体を構築し、そこに何十人も転生者を投入したりするところもある。
管理の面では異世界が1つで済むのでとても楽ちんなのだ。
「主人公以外の転生者って要素が、俺は死ぬほど嫌いなんだよ」
かつては俺も日本人だったが、当時読んでいた転生モノでそういう要素が大嫌いだったのだ。
せっかく異世界に来たんだから元の世界の奴とか出てくんなよって思ってしまう。
なので俺はやらない。
「世界計算を加速して今の転生者がいる時代の数百年後に投入するのもいいんじゃないかと思いますよ。6番は今入ってる転生者がいい感じに面白可笑しく伝説化しそうなので、次回投入する転生者が待ち遠しいところです」
「ほーう。それは良いな」
柴木の案は結構好きな要素である。
だが転生者未投入の世界機を遊ばせておくほうがもったいないので先にそちらに投入したいのだ。
今回の転生者の情報を柴木に口頭で説明し、現在フリーの異世界の情報を聞いていく。
「班長の話から考えると、今回の転生者は12番がちょうどいい思いますよ」
「そうか。じゃあそれで行こう。準備ができ次第、投入する予定で」
12番の世界機の設定を確認する。
典型的な剣と魔法の世界で、ステータスやスキルが確認できる世界だ。
今回の転生者はもともとそういうレベル上げが好きな性格だと資料にあった。
クリア済みのゲームでもレベルは必ずカンストさせるような気質らしい。きっとこの世界はぴったりのはずだ。
「説明会はされますよね? 部屋はいつもので大丈夫ですか?」
「おう。白い部屋で頼む。説明は桜庭にでもやらせるか」
柴木が12番世界機をいじり、説明会用の部屋を用意し始めたので、俺も俺の準備を始めることにした。
秋山に意識転移の用意をするよう伝え、桜庭を異世界管理室に来るよう伝える。
……。
白い部屋。
どこまでも続いているようにも見える、不思議な空間。
そこに彼はいた。
「な、なんだここ? 俺はさっきまで自分の部屋にいたはずなのに……?」
どうやら意識の固定はうまくいっていたようだ。
意識の継続性に問題はなかった。
「それは、お主が死んだからじゃ」
ふんわりとした光とともに、一人の老人が現れる。
桜庭だ。
転生者への状況説明、白い部屋での説明会もこなれたものだ。
桜庭は本来は老人ではないのだが、ビジュアルを調整して老人にしている。
12番世界は設定では「老神」と呼ばれる神が世界を創造したことになっているので、それに合わせたのだ。
「し、死んだ!? 俺、普通に部屋で冷凍ピザ食ってただけなんだけど!? あれか!? 冷凍食品に毒でも入ってたのか?」
資料を見る。
どうやらトラックが突っ込んできた壁のすぐ近くにいて、突き破った壁が鋭い刃のようになって見事に体を貫き即死だったようだ。
死亡原因を覚えていないのも仕方がないだろう。
桜庭がこっそりと資料を見つつ、彼に死因の説明と異世界への転生ができることを説明する。
「地球以外の世界に転生か。へぇ。でもなんで俺を?」
「特に深い理由はないのじゃ。たまたまじゃな」
班によっては「世界の危機を救ってもらう」とか「困ってることがあるのでやってほしい」とかそういう使命を与えたように装うところもあるし、そもそも何の説明もなく転生させてしまう班もある。
ものぐさな班の場合、権限を持たせたキャラクターを作成し、それを神として配置し転生者とのやりとりを丸投げするパターンもあるという。
転生させる理由だが「班の業績評価向上に都合の良さそうな人間だったから」が本当の理由だ。
だが馬鹿正直に教える必要はないので、伊藤班の場合は特に目的意識の低そうな転生者でもない限り「なんとなく転生させるのでどうぞ好き勝手に生きてください」といった感じで説明している。
今回の彼も上昇志向はあるようだったので、次の人生を楽しめよ、と放任主義で行くことにした。
説明を受けているうちにぐんぐんとやる気が満ちているようなので、この選択は間違いではなかったと思う。
「では新しい人生を歩む其方にワシから何か贈ろう。チート能力じゃ。何か要望はあるかの?」
「え、いきなりそう言われても……。でも魔法がある世界なら、魔法の力が人より使いやすいとか、なんかそういうのありませんかね? あと、ステータス確認も簡単にできたらレベル上げのやる気出るんですけど」
想定の範囲内の要望である。
俺は桜庭に2つとも了承の意味を込めてピースサインを送った。
「あいわかった。では其方には魔法適正のユニークスキルをいくつかつけておこう。ついでに現地住人よりも詳細な情報がわかる鑑定能力もじゃ。ではそろそろ時間じゃ。良い転生を」
「サンキュー! 神さま!」
彼の返事を待ち、俺は彼の意識を12番世界へと転送するよう柴木に指示を出す。
「……オッケーです。彼の意識は現地の胎児に定着しました」
ちらりと柴木の見ているモニターを確認する。
死産予定だった胎児に彼の意識が定着したようだ。
意識が定着した時点で柴木による情報操作が行われ、健康体として生まれるよう調整がされている。
演算シミュレーターで見ても問題なく出産までたどり着く未来予知結果が出ていた。
転生者の投入による干渉の影響も確認してみたがシステム全体への致命的なエラーは無い。問題なしだ。
「おし。おーい、桜庭。もう戻っていいぞ」
「はい。戻りまーす」
今回の転生者もうまく転送できた。
良い仕事をした後は気分が良い。
さっきの彼も12番世界で頑張って生きてもらいたいものだ。
……。
「先輩ー!助けてくださいー!」
コーヒーで一服していると、間の抜けた声が聞こえてきた。
ぱたぱたと擬音がつきそうな音で走ってきたのは1人の女性スタッフだ。
見た目は20代前半に見える。
「コーヒーブレイクしているので助けません」
「そんなこと言わないでくださいよ! 私の世界が大変なんですよぉ! もー、どうしたらいいのかわかんないんです! せんぱぁーい!? 聞いてます!?」
彼女は倉田という。
この仕事を始める前、日本人として生きていた頃は同じ大学に通う先輩後輩の関係だった。
学部は違うが、うどん愛好サークルの仲間だ。
「きしめんはうどん」説を支持する俺と、愛知県民のせいか「きしめんはきしめん」説の原理主義者であった倉田とは激論を交わしたこともある。
俺がこの仕事を始めてからしばらくしてから倉田もこの職場に来たのだが、数少ない知り合いということで懐かれてしまった。
「だってお前、伊藤班じゃないし」
「そんなことないですよ! 心は伊藤班ですから! 先輩お願いしますぅ、もう何したらいいのかわかんないんですよぉ」
倉田は倉田班だ。
班員は倉田のみ。
この会社の方針なのか業界全体の方針なのかは知らないが、基礎研修を受けたあとは一人班になる。
そこで一人だけで異世界の準備・管理をして、転生者の調査・確保を行い、自分で転生者に説明会を開き、転生者を異世界に転送し、その転生者の人生を監視する、それら一連の流れを実際に経験して学ぶのだ。
何度か案件をこなしているうちに業務の全体フローを身につけ、一定の評価をもらえると異動となる。
評価と本人の適正と希望によって、別の班の専門スタッフになったり、班長候補生として別の班の補佐に入ったりする。
ちなみに柴木は世界管理、秋山は転生者調査・確保の専門スタッフだ。
桜庭は班長候補生なのでいろいろと便利にこき使っている。
昔は俺も一人班だったわけで、当時は大変な苦労をしたものだ。
テンプレートとして用意された世界機設定を変にいじったせいで異世界球体を破壊したり。
そういう未熟な一人班の下では、熟練者の多い班では見られない奇想天外な物語が紡がれることも多いのでトラブルが発生しても程度によっては優しく見守られることが多い。
倉田はちょっと前に一人班として独立したので少しのトラブルでも大慌てなのだろうが、多少のミスは上層部も黙認する許容範囲。焦りすぎだ。
「はぁ。そんでどうした? 設定ミスって球を壊したか? まあ俺も2回くらいクラッシュさせたし、10も20も壊さなきゃそうそう怒られんぞ。 あとはあれか? 転生者の意識を回収しようとして手元が狂って潰しちゃったとか?」
よくやるトラブル事例をいくつか挙げていき、その程度なら何の問題もないと説明する。
だがそれを聞く倉田の顔はどんどん青くなっていった。
どうやらこの程度では済まないようなトラブルのようだ。
正直、関わりたくはない。
一人班の事故なんてそこまで怒られないのだから、伊藤班まで巻き込まないでほしいものである。
「えっと、その、そういう、普段からよくやってるようなトラブルじゃないんですよ」
「普段からよくやってるのか……」
倉田はすでに異世界球体を6回も破壊しているらしい。
壊しすぎである。
不幸中の幸いなのはテスト運転中であったため、転生者を送り込んでいなかったことくらい。
さすがに転生者投入済みの異世界球体を崩壊させたら一人班とはいえ評価が大幅にマイナスになる。
「それでどうした。7個目の世界も壊れたか?」
「ちがいますっ! 今回は壊れてませんっ!」
ぷんぷんする倉田であるが、すぐにその表情は暗くなる。
「壊れてないんですけど、その、ちょっと周りが大変なことになって、いろいろと問題が」
たまにだが、異世界球体の中のエネルギーが球体外に飛び出すことがある。
神を超える!とかなんとか言ってエネルギーをぶっぱなしてくるようなトチ狂った転生者がごく稀に出てくるのだ。
そういう転生者は世界設定のバグの隙間を見つけて攻撃を仕掛けてくるため、異世界管理室内にエネルギーが飛び出してしまう。
致命的なバグと重なった場合などは管理室の中に台風が来たかのように荒れることもあるらしい。
「エネルギー調整のミスか?」
「そうかもです」
ふうんと俺が過去のトラブル事例を思い出そうとしていると、倉田に袖を引っ張られる。
「先輩、ちょっと私の管理室まで見に来てください。ほんと、すごい大変なんですって。私、泣いちゃいますよぉ」
冗談っぽく言っているが、目が潤んでいるのがよくわかる。
仕方がないので俺は了承した。
「わかったよ。見に行くよ。それで、どんなトラブルが起きたんだよ」
俺は倉田班の異世界管理室の場所を知らない。
倉田を先に歩かせながら、背中に向かって問いかけた。
「……隣の部屋、人、いるじゃないですか?」
異世界転生社は東京のとあるマンションの一室、370号室にある。
そのマンションは全室が1DKなのだが、異世界転生社のある部屋は空間が歪んでいて下手な野球場よりも広い空間を勝手に確保している。
現実と非現実が同居するマンションなのだ。
「隣の部屋? ここ角部屋だったはずだったから隣は1つしかいないよな。確か30代くらいの男性が住んでたような気がする」
「そうです、その人です」
たまにコンビニにお菓子を買いに行くときに顔を合わせたりする。
1DKの部屋から何十人、何百人もの異世界転生社スタッフが出てくるのだが、そのあたりは謎の調整が働くようで周辺住民は誰も疑問には思わない。
不思議パワーすごい。
倉田の足がピタリと止まり、扉に手を伸ばした。
どうやらここが倉田班に割り当てられている異世界管理室のようだ。
「その人がどうしたんだ?」
ドアを開けながら倉田はこちらに振り返ると、もじもじと、言いにくそうに顔を伏せた。
俺はとりあえず黙って答えを促す。
「私の作った異世界に転移しちゃいました」
は?
「は?」
きっと俺はすごい間抜けな顔をしているのだろう。
倉田がくすくすと笑い始めた。
「先輩、面白い顔」
「面白くねえよ! このバカ!」
半分開いたドアを開け、俺は倉田を部屋に引き入れた。
きゃん、とか可愛い声を出している暇があるならとっとと詳細を説明しろ、と詰め寄る。
「あの、なんかエネルギーが増えちゃって、干渉が外部にまで飛んで行っちゃったみたいなんです。そうしたら、隣に住んでる男性がこの中に転移しちゃいました」
この中と言いつつ倉田が異世界球体を指差してつんつんした。
「シールドは?」
通常、異世界管理室には外部への影響を防ぐ障壁を展開している。
俺たちの働くこの異世界転生社は日本にあるため、なんらかの影響が出ないようにする必要があるのだ。
そのことを確認しようとすると、倉田の視線が俺から逃げた。
これはシールドの展開を忘れる事故事例の典型的なパターンに違いない。
ため息をついた。
外部への影響が出るようなトラブルはほとんど発生することがない。
そのため管理室内へのシールド展開をつい忘れてしまい、そのまま作業を続けて事故った時に大騒ぎになるのだ。
「シールド、忘れたんだな?」
「はい。うっかりと」
うっかりとじゃないよ、と倉田のおでこにチョップをしつつ、念のために確認する。
「んで、一応、念のために聞くけど、今はシールド展開してるよな? まさかまだスイッチ切ってるわけないよな? な?」
トラブルが発生したらまずするべきことは、二次被害の発生防止だ。
最初のトラブルで焦ってしまい、シールドがオフのまま修復作業に取り掛かってしまうことがある。
事故発生時はまず一度立ち止まって、状況確認をし、シールドを展開しなければならないのだ。
それくらいはいくらなんでもやってるだろうという祈りにも似た気持ちで聞いてみたが、倉田は平然と答える。
「展開できませんよ。シールド忘れましたから」
一瞬、倉田が何を言っているのかが理解できなかった。
俺と認識に齟齬があることに気がついたのか、倉田がぽんと手を叩いた。
「シールド機を導入すること自体を忘れてたんです。さっき機器を発注したところで、届くまでもう少し時間がかかりそうなのでシールド展開はその後ですね」
まさかそんなレベルで忘れているとは思わなかった。
呆れるのを通り越して思わず笑いそうになってしまったが、さすがに笑うわけにもいかない。
こいつまで一緒に笑い始めかねない。
「シールド機が届くまではつきっきりで監視しますよっ! 大丈夫です!」
倉田が自信満々に宣言するが、不具合によって外部影響が出始めた異世界球体の監視なんてベテランでも取りこぼしなくできるかと聞かれれば答えに困る。
だがシールド機の余りなんて伊藤班はおろか他の班にもあるわけがない。
シールド機の故障しやすいパーツについては予備が何個か倉庫にしまってあるが、さすがに本体部分の予備は無かったはずだ。
つまり注文したシールド機が届くまでは人力で監視しつつ都度対応するしかないのだ。
俺はそんなトラブル対応まで面倒見る気はさらさら無いため、もうシールドについては無視することにした。
「まあ、シールドの件はあとで吊るし上げ確定だな。それで、中に入った隣人男性はどうしてる?」
「とりあえず適当にチートをいくつか与えて放置してます。ただ、元の世界……日本ですけど、すーっごい未練があるみたいで、私がコンタクトするたびにブチ切れてるんです。怖いですよ! 先輩、ガツンと言ってやっちゃってくださいっ!」
「まずお前にガツンと言いたいんだが?」
「あ、すみません。ほんとすみません」
へこへこと頭をさげる倉田を無視し、世界機の設定とマウントされている異世界球体の状態を確認することにした。
「なあ倉田、お前これ、何をベースに作ったんだ?」
「あ、定番をいじったんです! 頑張ったんですよ!」
閲覧者モードで見える部分の設定だけをさらっと確認してみたところ、テンプレート・KTM991がベースになっているようだった。
剣と魔法の世界といえば定番中の定番の世界設定だ。
伊藤班で稼働している世界機でもKTM991をちょこちょこといじったものが5機ほど稼働している。
「KTMの900番台は安定モデルなのになんで壊すかね? 倉田、管理者権限」
「はーい」
倉田が世界機に手をかざすと、管理者権限の確認が行われ、閲覧者モードから管理者モードへと切り替わった。
早速、詳細な設定部分を確認していく。
「どうですか? いろいろな設定を作ったんです。頑張ったんですよ? 地球時間でいうと10万年くらいかけてテンプレを改造したんです!」
褒めて褒めてという声色だったが、俺は頭が痛く、もう帰りたくなってきた。
「……倉田、ちょっと柴木を呼び出してくれ。俺の班の柴木な」
「え? あ、はい。柴木さんですね」
倉田が部屋を出て行き、柴木を連れて戻ってくるまで5分もかからなかった。
その5分の間にこの部屋から逃げ出さなかった自分自身を褒めてあげたい気持ちだ。
何が起こったんだろう、と怪訝な表情の柴木に設定を見せた。
柴木の顔が歪んだ。
「帰っていいですか?」
「ダメだ」
「ダメです!」
柴木が帰りたくなるのもわかる。
倉田の作った世界設定はかなりひどかった。
安定モデルのテンプレート・KTM991は倉田の魔の手により、もはやなぜ稼働できているのかがわからないほど見るも無残な設定に魔改造されていた。
「なんというかKTM991の作成者が泣きそうですね、これ。物理設定とか完全に無視した改造してますし。こことか」
柴木が設定一覧の一部を指差したのでそこを読んでみたが、もう設定破綻としか言いようがないものだった。
「倉田、何か弁明は?」
「私、文系学部だったので物理は苦手なんです。先輩は理系学部だったじゃないですか」
物理というより理科レベルの設定破綻もあるのだがもう気にしないことにした。
俺は柴木にトラブルの内容を説明した。
「なあ柴木。隣人男性だけでもパパっと救出できないか? それができればこんななんで稼働できてるのかわからん世界は完全削除してしまおう」
「うーん、ダメですね」
柴木が手をひらひらとさせながら言う。
俺もできないとは思ったがやはり柴木もお手上げのようだ。
「そうですよ。ダメです。せっかく作ったんですから。6回も世界崩壊させた苦労の果てにようやく運用開始した世界なんですよ?」
「そういう意味のダメじゃねえよアホ。つーか、こんなん運用できてるって言わねえよ。さっさと削除しろ。そうすれば隣人男性も救い出せるだろ」
「班長の言う通り、異世界球体ごと削除すれば救出はできそうです」
完全削除さえしてしまえば隣人男性は元の世界、日本に戻すことはできそうだ。
ただし問題はある。
「うちは転移業務はやってないから、記憶改竄機とか記憶消去機とか置いてないからな。倉田、ちゃんと謝罪しろよ」
あくまでもここは異世界転生社なので、記憶関係を操作する機器は置いてない。
なぜなら不要だからだ。
異世界転移の場合、転移であるため場合によっては元の世界に戻ることがあるため、人間の記憶を改竄したり消去するための機器が必要になることもある。
だが異世界転生の場合、転生なので元の世界に戻ることはありえないのだ。つまり記憶をいじる必要がない。
まあ、異世界での記憶をそのままに元の世界に戻しても問題はない。
「俺は異世界に転移したんだ」などと日本で主張しても誰も信じないし、主張したら完全にアレな人だと思われるだけである。
どちらにしろ必要のない機器は導入を許可されないので、隣人男性の記憶に関してはどうしようもないのだ。
日本に戻す際に誠心誠意謝るしかない。
柴木が設定の数々を指で指しながら確認してから、倉田のほうに振り返った。
「完全削除すれば隣人男性の記憶の中でも転移中の記憶だけは消えると思いますよ。設定的に。謝罪したくないのであれば完全削除がオススメです。何もかも破棄するといいですよ。完全削除を強く薦めます」
にっこりといい笑顔で柴木が言った。
異世界管理の専門スタッフである柴木にとって、あの魔改造世界はゴミ箱にダンクシュートしたくなるようなものに感じられるのだろう。
異世界管理は基本に忠実かつ安定させることが第一、というポリシーで仕事をしている俺としても、倉田ワールドは削除したい。
ただ、隣人男性に土下座して謝罪する、通称・土下座神となる倉田の姿は少しだけ見てみたい気もしないでもない。
「ふ、ふふん。隣人男性に各種チートをあげるときにすでに土下座済みですから、もう謝罪なんて怖くないんですよっ。私は頑張って世界の修正を頑張るのです! 私は私の世界を守るのです!」
「そうか、じゃあ頑張れ。あともうこれ以上外界に影響が出ないようにちゃんと監視して、シールド機が届いたらすぐに展開しろよ」
倉田の起こしたトラブルは本来異世界転生社が扱わない「転移」を巻き起こしてしまった。
隣人男性には申し訳ないが、1人や2人の転移であれば神かくしとして許容される範囲だ。
さすがにそれ以上となると異世界転移社に話をしにいって人数調整やら転移者委託などを色々と話し合う必要があり、会社単位の問題になってきて面倒なことになる。
くれぐれもシールド展開を忘れないよう、俺は何度も注意をしておいた。
「……それと早めにトラブル報告を上にあげとけ。俺に泣きついてきたってことはどうせまだ言ってないんだろ? 報告が遅れるほど管理評価下がるぞ。まあこれ以上管理評価は下がらないかもしれんが」
「頑張ってくださいね、倉田さん」
最後に、俺と柴木はどうしようもなく破綻した設定の対処方法について倉田に説明をした。
はっきりいって世界機稼働中では修正できないものばかりなので、新たな設定を追加してその破綻をカバーしていく方針になるだろう。
なんというか船底に開いた穴がふさがらないのでバケツで必死に水を外に出す光景が脳裏に浮かんだが、その作業をするのは俺ではないのでどうでも良い話である。
だがその説明にもめげずに必死にメモを取っている倉田を見ると、少しだけ微笑ましい気持ちになった。
倉田班の異世界管理室を出ると、柴木が声をかけてきた。
「倉田さんの世界設定、すごかったですね」
「ああ、俺も昔はテンプレいじりをよくやったが、あいつほどいじりまくったことはないな」
普通はいじらないような部分まで書き換えまくっていた。
そのせいで今回の問題が起きたわけだが、ある意味でそれはとても良いことだと思う。
「あそこまで世界設定にこだわろうとする熱意だけは見習いたいですね」
「……そうだな」
消せ消せと迫る俺たちをのらりくらりと逃げていた。
普通は1回か2回くらい世界崩壊を引き起こしたら軽いテンプレ編集で満足するようになるものだが、倉田は6回も世界崩壊させておいてそれでもなお自分のこだわりの世界を実現しようとしていた。
きっと倉田の脳内には倉田の実現したい世界が明確に定まっているのだろう。
まだ技術力がないからトラブルが起きているが、このまま熱意が続くようであればいずれは異世界テンプレート編集や作成で頭角を現わすことになるかもしれない。
先は長そうだが。
柴木と並んで廊下を歩いていると、少し太めのおっさんに声をかけられた。
「お、伊藤君。ちょうどよかった」
「湯島班長、なんでしょう」
反対の廊下から現れたのは、大ベテランの湯島班長だった。
異世界転生社では班が基本単位であり、それ以上の上役はいない。
いや、実際にはいるのだが直接話をしたりすることがなく、メールで報告、連絡、相談するだけなのだ。
俺は上層部の顔どころか名前すら知らない。
俺は昔、湯島班で班長候補として雑用を務めていた。
つまり湯島班長は元上司である。
「上層部から指示が来てね。これ、割と早めに対応したほうがいい内容だったから班長会議の前に配っておこうと思ってね」
「わざわざありがとうございます」
湯島班長は班長会議でも取りまとめをしたり、上層部からの指示を受ける立場でもあるため、班長の中の班長、班長長といったポジションである。
俺は資料を受け取りつつ、倉田がトラブルを起こした話をしておいた。これで湯島班長も巻き込まれ仲間だ。
「……それは、大変なトラブルを起こしたもんだ。倉田くんは熱心なんだが、ちょっと抜けているところがあるからねえ」
「ネジが抜けてますね。一応、日本人時代の後輩でもあるので話す機会があるときには小言を言って釘を打っているつもりなんですけど」
「ネジ穴に釘を打ってもすぐ抜けますよ」
なるほど、道理で手応えがないわけだ。
「倉田くんの件はわかった。彼女は一人班だから、あとで私からもフォローしておくことにしよう。どちらにしても上層部に報告は必要だろうし」
「すみませんがよろしくお願いします。何かあれば私も呼んで頂いて構いませんので」
ああ、と湯浅班長が頷き、俺の持つ資料を指差した。
「次回の班長会議までに目を通しておいてくれ」
……。
伊藤班が第39号異世界管理室に集合していた。
「柴木。どうする?」
「新しく作りましょうか。既存の改造は面倒ですし」
湯島班長から渡された資料は上層部からの要望書であった。
要約すると、ステータスやスキルに特化した異世界が少ないのでもっと作れ、というものだ。
ステータスやスキルに特化した世界とは、住民の筋力や生命力、魔法の力などが数値としてデジタルに表示でき、技術を身につけるにはスキルを取得する必要がある世界だ。ものによっては称号などの要素も追加できる。
ゲームライクな世界とも言える。
ついさっき転生者を送り込んだ12番世界がまさにそれである。
努力した結果がすぐに数値として確認できるので、ゲームのレベル上げが好きな転生者などは積極的にそちらに放り込むと顧客満足度が高くなる傾向にある。
これ系の世界に転生者を送り込むときは、スキル強奪チートやステータス鑑定チートなどを提供することが多い。
ステータス・スキル特化の世界は数値計算が非常に煩雑になり処理が重くなることがあるため、きちんとそれ用の準備をしてから世界構築を行う必要がある。
わざわざ機器を調整する必要があることと、スキルや称号などの設定項目がむやみやたらと多く煩雑であることから、導入に積極的な班は多くない。
ちなみに、通常の世界でもステータス数値自体は存在している。
あくまでも管理者向けの機能なので、中に入った転生者が見ることはまず無いが。
よく使う機能としては、転生者の体力数値に閾値を設定してそれを下回るとアラートメールを飛ばすよう設定したりする。そうすれば転生者が死にかけるとメールが飛んでくるのですぐに対処できる。
他には「名前の数値が変更になったら場合にアラートメールを飛ばす」といった条件処理をつけておくと、転生者が貴族になって苗字が増えたりするとメールが飛んでくる。成り上がり系の世界に放り込んだときなどは地味に使える技だ。
役職や職業のステータス値はステータス系世界ならば標準で備わっているが、通常の異世界テンプレには存在しないことがほとんどなので、名前の値をうまく利用しているわけだ。
「3番と12番がステータス系の世界でしたよね。うちの場合14機中2機しかステータス系の世界がないわけですね」
桜庭が世界機の上に浮かんだ異世界球体を指差しながら言う。
「ああ。ちなみに資料によると全体の9%がステータス系の世界らしいな。だからうちの班は平均よりは少し多い」
俺は資料を見ながら言う。
目標値は全体で12パーセント以上。
伊藤班だけで考えるならすでに目標値は達成している。
「上から通達された目標値は12パー以上だ。全体でな。ただ一応、ステータス系を盛り上げるってポーズを見せとこうと思うから世界機を1機、新規で導入する。15機のうち3機がステータス系世界、ちょうど20パーだ。わかりやすくていい」
「2機追加して16機中4機で25パーでもいいんじゃないっすか? 俺、ステータス系世界好きなんスよ。設定作業頑張りますよ?」
秋山が手を挙げる。
だがそれに首を横に振ったのは柴木だった。
「15機が維持の限界だと思います。4人班だとそれでも多いくらいですし」
「だよな」
俺、桜庭、柴木、秋山の4人ではこれ以上世界機を増やすと管理ができない。
世界機だけだったら1人で10機前後は管理できるのだが、転生者を投入すると手間が一気に増えてしまうのでおいそれと世界機を増やすわけにもいかない。
転生者を投入していない、いわゆるカラ稼働をしている世界機が多いと上からの査定が悪くなる。
そのため、ステータス系世界を増やす必要があるのであれば既存の世界機を初期化して再構築する必要がある。
だが現在稼働している14機は世界稼働も安定しているので初期化するのがもったいない。
以上の理由から、世界機の1機追加導入が妥当な結論になる。
「今期の評価は結構高めですし、このまま行けば来期の順位もあがるでしょう。良い班員確保できたら秋山さんのいう通り更にもう1機導入してステ系25%稼働を実現するということにしませんか」
桜庭がまとめたところで、1機追加ということで方針が確定した。
秋山がやる気に満ちているようだったので初期構築は柴木と秋山に任せることにする。
「来期は20位以内にはすべり込めそうかな」
上層部は班の評価を行い、順位をつける。
順位が上がる利点としては、班員確保の際の優先権が高くなることがある。
倉田で例えるとわかりやすい。
倉田は一人班で実績を積んでいるのだが、同じように一人班で動いている者は何人もいる。
ある程度の経験を終えると、既存の班への配属が始まる。
その配属は班からの指名制なのだ。
順位1位の班から、あの子をうちの班にくれ、と指名していく。
当然、一人班で優秀な評価を得ている者ほど先に指名される。
だから班順位が低いと評価の悪い人間、残り物を引き取るはめになる。
つまり倉田が押し付けられるのだ。
「目標値への貢献がありますから、管理評価も高くなるでしょうね」
評価には、管理評価と業績評価の2種類がある。
管理評価は管理の力を評価される。
安定した運用ができているか、トラブルを発生させていないか、人材育成に努めているか、など、異世界転生社の社員として動けているかが評価される。
上層部からの依頼に応えていることは大きな評価になる。
今回のステータス系世界を増やせという指示は伊藤班からすると渡りに船、ラッキーな指示なのだ。
対して、業績評価は転移者に関するものになる。
まず、転生者が満足したかが数値として計上される。
特にアンケートを取るわけでなく、世界機が随時自動で満足度を数値として計算し、上層部へ結果を送信している。
また、その転生者がどういう生き方をしたか、どういった物語になったか、なども大きな評価ポイントらしい。
元の世界で活躍できなかった人間ほど満足度は高くなる傾向があるので、転生者選びから気をつける必要がある。
満足度を高めるには転生者確保の段階が重要であり、良い物語のためにはきめ細やかな世界管理が重要となってくる。
秋山はぐちぐち言う割に毎回良い感じの転生者を拾ってくるので選定力は高い。
柴木は世界機管理がうまく、新しい設定の投入にも意欲的で、先進的な設定に関する社内の勉強会にも顔を出しているので知識面でも頼りになる。
スタッフに恵まれたこともあり、今期は管理評価も業務評価も良いはずだ。
それを考えると倉田班はかなり絶望的である。
管理評価は言い訳の余地なく最低点だろうし、事故で転移してしまった隣人男性はブチ切れだったらしいのできっと満足度はゼロどころかマイナスだろう。
事故で転移をしてしまったとしても顧客として自動認識され、満足度計算されてしまうのだ。きっとマイナス評価が上層部に送信されていることだろう。
悪い意味で注目を集めているので、もしかしたら注目度ボーナスによる加点があるかもしれないが、それも微々たるものだろう。
一人班の班順位は班員指名に大きく関わってくるため、最下位になると一番最後まで指名されないことになる。
班員指名は全スタッフが集まった中で行われるので最後まで指名されないのはかなり恥ずかしいのだ。
……。
休憩室でくつろいでいると、秋山がやってきた。
秋山も俺と同じくタバコは吸わないので、禁煙の休憩室で会うことが多い。
「あれ、班長も休憩すか」
「おう」
他愛もない世間話をしていると、秋山が思い出したように言った。
「あー、そういえばさっき、新人が来てましたよ」
研修室に3人の新人君がいたらしい。
気が付くと新人が増えているので、特に変わったことでもない。
「そういえば、班長って何で異世界転生社に来たんですか?」
「む……」
秋山の聞き方からすると、どういう経緯でここに来たのかを聞いているのだろう。
正直あまり言いたくない。特に秋山には。
答えを渋っていると、先にお前が言え、と言っていると勘違いしたのか秋山が自身の経緯を説明し始めた。
それを聞いてしまったので、仕方なく俺も話すことにした。
「……トラックだよ。轢かれそうな子供がいて、思わず助けて俺が轢かれた。そうしたら異世界転生社に招かれた」
「トラックすか。テンプレっすね。まさに適任じゃないですか」
入社の経緯を説明するたびに秋山の言ったようなことを言われるので、正直あまり言いたくないのだ。
「どうせなら俺たちのやってる転生みたいに、イケメンに転生させてくれりゃいいのにな。生前の若い頃の姿で働くって、思ったより嬉しくないもんだよな」
休憩室に備え付けられた小さな鏡を見ると、俺の姿が映っていた。
俺が死んだのは66歳。
年金生活で悠々自適とまでは言わずとも、それなりに平穏に包まれた老後を始めた矢先の事故だった。
そうして異世界転生社に入ったのは良いのだが、俺の体は20代前半のものになっていたのだ。
せっかくだからもう少しいい男になりたかった。
「いいじゃないすか。俺なんて死んだの10歳っすよ?」
小児ガンで死んだ秋山は、一度でいいから大人になって働きたいなあと思っていたらしい。
異世界転生社に入ってからは楽しく仕事ができて幸せだとか。
生前は10歳までしか成長できなかったがここでは20代の体になれたのも嬉しいのだという。
「倉田ちゃんみたいな綺麗なお姉さんと仲良くなりたかったんすよ。生前は」
「……あいつ死んだの104歳だぞ。104歳。お前の10倍」
新人としてやってきた当初の倉田は、外見は大学時代のままなのに言動が完全に老婆で面白かった。
最近では体に精神が馴染んだのかキャピキャピしてて他のスタッフには人気らしいが、中身は104歳だ。
はぁ、と秋山が息を吐き、天井を見上げた。
「班長、マトリョーシカって知ってます?」
マト、猟師か。
それは猟友会の猟師が仲間の猟師をイノシシだと見間違えて友達の猟師をマトにしてしまうことである。
「知らん」
そんなボケを秋山は期待していなそうだったので、素直に知らないと答えた。
「ロシアのお土産ですよ。人形の中に人形が入ってるやつ」
人形の中に、小さな人形が入っていて、さらにその小さな人形の中にはそれよりもまた小さな人形が入っている。
入れ子構造の人形。
言われてみればイメージはすぐにできた。
あれはマトリョーシカというらしい。
「ああ、アレか。名前は知らなかったけど、どういう人形かはわかる」
すると秋山はなんとも言えない表情で俺の方を向いた。
「俺たちって、マトリョーシカみたいなもんすよね。たまーにですけど、なんでここで働いてるのかなって思ったりしますよ」
確かに、俺たちの存在はマトリョーシカようなものだ。
俺たちは地球で死んだ人の意識を集め、異世界に放り込む仕事をしている。
そしてその俺たちもまた誰かに意識を集められ、この異世界転生社に放り込まれた。
入れ子構造のようなシステムだ。
そしてそれならば、俺たちが働く理由もわかる。
「マトリョーシカなら、理由も同じだろう。俺たちが仕事してるときに転生者に対して期待することはなんだ?」
「伊藤班の評価をアップするような働きをしてくれってことですかね?」
その通りだ、と、俺は頷いた。
「きっと、俺たちを異世界転生社に放り込んだ誰かもきっと、いろいろな評価を気にしながら俺たちのことを見守っているんだろう」
放り込んだ誰かがどういう評価を期待しているのかわからない。
俺たちは管理評価や業績評価、加点ボーナスなどを合算して班の評価がされる。
もしかしたら同じ内容で評価されているかもしれないし、全く別の評価システムが存在するのかもしれない。
少なくとも、俺たちから見たら上の次元の話だ。
きっとわからないだろう。
すると秋山が笑った。
「そうですか、それならできる限り俺たちは面白おかしくドラマにならないといけませんね。評価が低いと仕事する気がなくなりますし」
秋山がおどけるように言うので、俺もにやりと笑った。
「せいぜい評価が高くなるよう祈ろうか。俺たちを見ている誰かさんに向かって」