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第5話 騒乱 to RUN☆俺の兄貴がこんなに終わってるわけがない!

体が求める…新規タイトルを…!




「何か面白い記事があるかな~っと」


帰宅した俺は、早速ノートパソコンを立ち上げた。

インターネットで面白ニュースや笑える動画を見るためだ。

もはやネットサーフィンが日課となっている俺。

IT世代の申し子である。


「ふふふふーん。おっ? 何だこれ」


笑えそうなニュースを探す俺の目に、1つのタイトルが目に止まる。



『人生終了!? JKのパンツを必死に見ようとするキモオタ(動画有り)』



JKのパンツ、か。

ごくりと生唾を飲み込む。

じっくりとタイトルを読み返す俺。

そして、無言で記事本文へのリンクをクリックした。


決してJKのパンツが見たいわけでは無い。

純粋に、必死になるキモオタの姿を笑いたいだけだ。

誰にとも無く言い訳する俺。

しかし何故だろう? 無意識の内に鼻歌を歌っていた。


「JK~JK~♪ ジャイ子の略とかじゃないよな?」


JK。それは女子高生の略である。

決してジャイ子では無いはずだ。

俺はサイト運営者の良心を信じていた。


全く、女子高生のパンツを見ようとするとは不貞な輩だ。

そんな奴らは社会的に制裁を受けるべきである。

そう、俺が動画を見る事が制裁の1つなのだ。

俺は義憤に燃えながら、記事のコメント蘭を読んだ。


「マジキモイ。()ね」

「この豚どうにかしろよ」

「女の子が可哀想ww」

「まあ落ち着け。絶対にこいつらを特定するなよ!」


思ったよりも辛辣なコメントが多いな……。

俺はそんな毒舌コメントを無感動に見つめる。

そんなにキモイ奴らが映っているのか?

逆に興味を引かれた俺は、動画の再生ボタンを押した。


「ポチッとな」


マウスのクリックと共に、動画が再生を始める。

ノートパソコンの画面には、まずは薄暗いアーケード街が映し出された。

やがて顔をボカされた女子高生と、それに群がる男達が映る。

ガヤガヤとした喧騒と、男達のヤジが聞こえてきた。


だが男達はどうでも良い。

ええい、女子高生を映せ! 早く!


「おおっ? 可愛い娘か? 俺の眼力によると可愛い娘の確率80パーセント!」


数々の動画で鍛え抜かれた俺の目が鋭く光る。

男達に囲まれている制服姿の女子高生。

顔はモザイクがかかっていて見えない。

なので俺は、その肢体を舐めるように見た。


風になびくスカートから、白い太ももが見える。

ふひひ。風よ吹け! もっと吹けよ!

俺は画面越しに念力を送り続けた。


『ちょっと! 止めて!』


動画から聞こえてくる、女の子の悲痛な声。

本気で嫌がっている声だ。

その声で正気に戻った俺は、一気に罪悪感に襲われた。

くっ、パンツ見たいと思った自分が憎い……!


ついで群がる男達を見る。

まるで(さか)りの犬のように騒ぎ立てるキモオタ達。

鼻の下を伸ばながら「パンツ」の大合唱。

その表情には何の迷いも無かった。


「なんてダメな奴らなんだ……!」


路上集団痴漢という未だかつて無い犯罪を前に、俺の善なる心は燃え上がっていた。

クソッ、日本男児の風上にも置けないやつらだ!

そんなに女の子のパンツが見たいのか!

俺は違うぞ! 俺はちゃんと自制できたもん!


そんな事を考えつつ群がる男達の顔を見た。

ふひひ、もしも街で会ったらバカにしてやろう。

俺はキモオタの顔を1人1人眺めていった。


「年を考えろよおっさん! 子供が泣くぞ! なんだこのメガネ野郎は! 俺と同じくらいの年で……えっ?」


そのメガネの男の顔をみた瞬間。

ドクン、と俺の心臓が嫌な音を立てる。

群がる男達の中にいる、メガネをかけた1人の男。

その男の顔を、俺はよく知っている。


まさかと思い、何度も何度も見返した。

荒い画質の動画で、細部まではよく見えない。

だがしかし――だがしかし!

この特徴ある顔は! 俺に良く似たこの顔は!




「何やってんだよ兄貴ーーー!?」




俺は動画に映っている兄貴に向かって絶叫していた。







『第5話 副タイトル 前進する子供達アドベント・チルドレン







「キョーコ! ついにダークサイダーによる被害者が出たペコ!」


バンッ! とテーブルを両手で叩くペコ丸。

そんなペコ丸の姿を、私は頬杖を突いていて眺めていた。

現在、昼過ぎの午後2時である。

うつらうつらと船を漕ぎながら、私は聞いた。


「被害者ぁ?」


「そうペコ! 何の罪も無い高校生が犠牲になったペコ!」


ぐおおお! と意気込むペコ丸。

相変わらず瞳を熱く燃やし、明日への希望に満ち溢れている。

どこにそんな元気があるんだろう?

そんな事を考えながら、私はペコ丸に話の続きを促した。


「誰がどーなったの?」


「保志くんから聞いた話だと、ある男子生徒がイジメにあってるペコ!」


イジメねぇ。私はふむふむと考える。

最近は陰湿なイジメがニュースになるなー。

教育委員会とかPTAはやる気無いんじゃない?

困ったもんだよねー。


「イジメ問題は私達の仕事じゃないっしょー」


前髪をイジリながら言う私に、ペコ丸は燃える瞳のまま熱弁する。


「そのイジメの原因を作った存在こそ、ダークサイダーなんだペコ!」


何の根拠があるのか知らないが、ダークサイダーの仕業らしい。

俄然(がぜん)やる気なペコ丸とは対照的に、私はどんどん萎えていた。


正直、ダークサイダーとか興味ないしー。

イジメ問題も教育関係者に任せれば良いしー。

大体、なんでダークサイダーがイジメ問題とか起こしてるわけ?

その理由が分からない。


ペコ丸、何でもかんでもダークサイダーの仕業に決め付けてるんじゃないかな?

そんな考えが浮かんだ私は、ペコ丸に尋ねてみた。


「一体、ダークサイダーが何をやったのさ?」


「インターネットだペコ」


「インターネット?」


「ある男子高校生を誹謗中傷する動画が、奴らの手によってインターネットに投稿されているんだペコ!」


ぐっと眉間に皺を寄せ、拳を握り締めるペコ丸。

まるで巨悪に立ち向かう刑事のような顔だ。

私は眠たい目をこすりながら聞いた。


「どんなの?」


「まずは、実際に見てもらった方が早いペコ」


そう言うと、ペコ丸は両手を合掌した。

妙な気合を入れたかと思うと、両手が発光する。

ペコ丸がゆっくり両手を離すと、そこにはホログラムのように映像が浮かんでいた。


「おお!? ペコ丸、こんな便利機能を持ってたの!?」


「ふふ、これでもボクは魔法の国の妖精ペコ! これくらいの魔法は使えるペコ!」


鼻高々に自慢するペコ丸。

魔法の国の妖精? 

ははっ、何を言ってんのペコ丸ったら。


私はペコ丸の語る謎の肩書きに、くすくすと笑い声を上げた。

動物にも中二病とかあるんだろうか?

急に自分の事を「妖精だー!」なんて言ったりして。


私はそんな無邪気なペコ丸を微笑みながら見守った。

そして、お姉さんぶって優しく言ってあげる。


「そうだよね。ペコ丸は魔法の国の妖精だもんね~」


「? キョーコ、それがどうしたペコか?」


「くすくす。必殺技とかも考えてるの?」


「キョーコ!? 何だかボク、キョーコがボクの事で大切な何かを忘れているような気がするペコ!」


何故か騒ぎ出すペコ丸に、私はキョトンとしながら言った。


「急に何言い出すの? 変なペコ丸」


「キョーコ!? 改めて言うけど、ボクは猫じゃ無いペコよ!?」


「はいはい。ペコ丸は妖精、妖精~」


「言葉に心がこもって無いペコ!!」 


ギャアギャア騒ぐペコ丸を落ち着かせながら、私は映像に目を向けた。

そこには、1人の女の子とそれに群がるおっさん達の姿が映っていた。

目を血ばらせ、鼻の下を伸ばした無数の男達。

何だ? この気持ち悪い男がダークサイダーのメンバーか?


「あ、このメガネの男の子がイジメにあってる子ペコ」


そんな風に考えている私に、ペコ丸が問題の少年を指差した。

うげぇ。気持ち悪い男の1人じゃないか。

仕方なく、ペコ丸の爪の先に見えるその男の子に注目してみる。

その男の子は、目を血走らせながら「パンツ! パンツ!」と絶叫していた。



……うわぁ。うわぁ。



必死に地面に頭をこすりつけ、女の子のパンツを覗こうとしている。

キモイ。いや気持ち悪い。生理的に無理。

私は全身に鳥肌を立てていた。

この行為が原因でイジメにあってるのね。ふーん……。




「自業自得じゃない?」




あっさりと本音を言う私。

しかしそんな私に、ペコ丸はキッと強い視線を向けて来た。

拳を震わせ、正義の心に奮い立つかのように瞳を(たぎ)らせている。

理解の無い上司を説得する敏腕刑事のような表情で、ペコ丸は言った。


「善良な市民が犠牲になったペコよ!?」


「善良?」


「キョーコ! 今は小さな事にこだわっている場合じゃ無いペコ!!」


小さな事かなぁ?

私は疑問に思ったが、とりあえずペコ丸の話を聞く事にした。


この前約束したしね。空を飛べるようにしてあげるって。

大空を目指す猫、ペコ丸。

その次は海でも目指すんだろうか?

ふとした疑問を浮かべる私に、ペコ丸は拳を握りながら話を続けた。


「彼らはダークサイダーによって、無理矢理に欲望を刺激されたペコ!」


「無理矢理? 魔法か何かで洗脳でもされてるの?」


「この人達には……この女の子がエロい格好をしているように見えているペコ!」


ガガーン! とでも擬音が付きそうな勢いで叫ぶペコ丸。

私はそのままペコ丸の話の続きを待った。

しかし、ペコ丸はさっきのセリフを言ったままの姿で固まっている。

……あれ?


「それで?」


痺れを切らした私は、ペコ丸に話の続きを促した。

そんな私を、ペコ丸は不思議そうな顔で見返している。

……えーと、話の続きは無いのかなー?

まさか、この女の子がエッチな姿に見えただけって言うオチ?


それってマインドコントロールされてるわけじゃないよね?

女の子がエッチな姿に見えただけで、欲望にひた走ったって事だよね?

そんな連中、ダークサイダー以上に救えないし救いたくも無い。

嫌な予感を抱えつつ、私はペコ丸に改めて問いただした。


「だから、女の子がエッチな姿に見える事以外に何されたの?」


「え? それだけペコ」


あっさり答えるペコ丸。

どこが善良なんだ、どこが。

ただのスケベで、女の子をチカンする最悪の男達じゃないか。

私は暗澹(あんたん)たる気持ちになりながら天を仰いだ。


「……やっぱり自業自得じゃない?」







アパートの1階にある喫茶店。

安いだけが取り得のその店に、私達は集まっていた。

4人掛けのテーブルには私と保志くん、それに見知らぬ男の子が2人座っている。


私の隣には保志くんが座り、男の子2人は対面に座る形だ。

私の前には、メガネを掛けた男の子が座っている。

その男の子が例のビデオに撮影されていたパンツ(のぞ)き魔だ。


パンツくんはずっと俯いたまま、膝を握り締めている。

どんよりとした雰囲気が漂っている。


「んで? このパンツくんをどうすればいいの?」


私は紅茶を飲みながら言った。

そんな私に、隣に座る保志くんがやんわりと言ってくる。


「キョーコさん、もうちょっとオブラートに包んで……」


なんだよぉ。十分オブラートに包んでるじゃんか。

私はやる気の大部分を無くしながら(いきどお)った。


路上で女の子にチカンすれすれの事をしてんだよ?

チカンとか変態とかゴミムシとか呼ばないだけ感謝して欲しい。


怒りを紛らすように、私は眉間に皺を寄せて紅茶をがぶ飲みする。

私の膝の上に座っているペコ丸がさっきから「キョーコ! やる気出すペコ!」と言ってきてウザイ。

私はイライラとしながら、ジト目でパンツくんを睨んだ。


「それでキョーコさん、問題の彼は日比谷(ひびや)トオルさんです。トオルさんの隣に座ってるのが弟のムサシくんで、僕の同級生です」


保志くんがパンツくんの紹介を始めた。

パンツくんの隣に座ってるのは弟くんらしい。

私はペコ丸の肉球を(もてあそ)びながら、保志くんの司会進行に耳を傾ける。

司会の保志くんは弟くんに向かって言葉をかけた。


「それじゃムサシくん、詳しい話を聞いてもいいかな?」


「あっ、今日は俺のバカ兄貴のために集まってもらってすみません。もう、俺も兄貴もどうしたらいいのか……」


保志くんに話を振られた弟くんが、困り果てたような顔で言った。

例のビデオがインターネットで流された後、パンツくんはクラスで孤立状態だと言う。


「どうも調べてみると、最初は実名付きの動画だったみたいなんすよ」


弟くんが説明する。

実名付きの動画はすぐに削除されたけど、実名無しの動画が今も公開されているという。

実名からばれたのか、顔から判断されたのか。

パンツくんは直ぐに特定され、クラスで毛虫のように嫌われるハメになったという事だ。


「問題は、どうやって日比谷さんの名誉を挽回(ばんかい)するかって事です」


真剣な表情で言う保志くん。

私はキング・オブ・キモイなパンツくんをチラッと見た。


無理だと思うなぁ。

今でも鳥肌が立つもん。

多分、彼のクラスの女子も私と似たようなものだろう。


「日比谷さんに根付いてしまった、その……イメージを払拭(ふっしょく)しない事には、日比谷さんはクラスで孤立したままでしょう」


口ごもりながら保志くんは言った。

はっきり言えば、パンツ(のぞ)き魔のイメージを払拭(ふっしょく)しないといけないという事だ。

これが根も葉もない噂であれば話は簡単だっただろう。

しかし根も葉もある事実なんだから笑えない。


(うつむ)いてジッとテーブルを見つめ続けるパンツくん。

弟くんがそんなパンツくんに話しかけた。


「ほら、兄貴も何か言えよ」


ジッと下を見ながら、パンツくんはボソボソっと力無く呟いた。


「学校じゃ皆に無視されるし……もう夢も希望も無いっすよ」


それっきり押し黙るパンツくん。

保志くんも弟くんも沈痛な面持ちだ。

ペコ丸だけが元気いっぱいに言った。


「キョーコ、このままじゃ彼は夢を失ってしまうペコ! 何とか彼を助けるんだペコ!」


そんな事言われてもなぁ。

ぶっちゃけ詰んでるよね、これ。


既にやる気を無くしている私には、建設的な意見は全く無かった。

あるとすれば、この後に何の料理を注文するかだけだろう。

カレーは除外するとして……ピラフとかどうだろう?


「キョーコ! その顔はきっと食べ物の事だけ考えてるペコ! もっと真面目に考えるペコ!」


膝の上からヤジを飛ばしてくるペコ丸。

チェー、なんだよその態度。

お気楽に言ってくれるけど、パンツくんは既に修羅道に入っているのだ。

もはやパンツくんには、パンツに生きパンツに死ぬ血塗られたパンツ道しか残されていない。


私にはその確信があったけど、もしかしたら保志くんには別の意見があるかもしれない。

そう考えた私は、一応聞いてみる事にした。


「保志くん、パンツくんの名誉を回復できる方法とかある?」


私の問いかけに、保志くんは深く深く眉間に皺を寄せた。


「とにかく謝るしか無いと思います」


「誰にぃ?」


「それは、ビデオに映ってる女の子に……」


言葉尻が弱くなる保志くん。

そんな保志くんに、私はズビシと言った。


「そんな事して、どうにかなるのかなぁ?」


私の指摘に対し、考え込んでしまう保志くん。

そう、問題はそんな事では解決しないのだ。

何故なら、パンツくんが嫌われているのは彼の行動に()るものだからだ。

今さら謝ったところで、彼がゲスのようにパンツを覗こうとした過去は変わらない。


「でも、やらないよりは前に進めると思います」


真っ直ぐな瞳で保志くんが言った。

そんな保志くんを見ながら、私はさらに指摘した。


「その女の子が誰かって分かってるの?」


シーンと静まり返る店内。

さらに私は続けて指摘した。


「仮に調べるとして、逆に女の子に迷惑かけちゃうんじゃないかな?」


私だったら、自分のパンツを覗こうとした人にプライベートを調べられるのは嫌だ。

気付いた瞬間に警察に通報するだろう。


引くも地獄、進むも地獄。

だからこその修羅道なのである。

その道に踏み込んだパンツくんは、もはやパンツ道を歩むしかないのだ。




「で、パンツくんはこれからどうしたいの?」


私はジト目になりながら聞いた。


「……こんな事になるなら、パンツなんて(のぞ)かなかったっす!」


顔を伏せながら、涙声で叫ぶパンツくん。

その言葉には、どれほどの想いが込められているのだろう?

しかし全てが後の祭りである。

覆水盆に返らず。パンツくんの過去も変えられない。


パンツくんの悲痛な様子に、保志くんと弟くんも顔を伏せた。

手遅れ。そんな凄惨(せいさん)な空気が漂っている。


う~ん、重苦しいなぁ。

少し雰囲気を変えてみようかな。

そう考えた私は、ボソリと言ってみた。


「私のパンツ見せてあげよっか?」


「えっ!? マジっすか!?」


ガバッと身を起こすパンツくん。

そしてそのままの姿勢で固まった。


私は「ハァ……」と深い溜息を吐いた。

なに本気にしてるんだよぉ。

パンツなんか見せるわけないじゃん。

大体、今履いてるのスカートじゃなくてスラックスだし。


「……兄貴」


「日比谷さん……」


色んな意味で沈痛な面持ちの保志くん達。

そんな視線に(さら)されて、パンツくんは滝のように顔から汗を流していた。




「君はパンツ見たい人なんでしょう?」


私は眉間に皺を寄せながらパンツくんに言った。

パンツくんは何が不満なのか、猛然と抗議してくる。


「そ、そんな言い方無いじゃないですか!」


「もうそれを認めるしか無いじゃん。それが君の個性なんだから」


私は言い切った。それは君の個性だよ、と。

そんな私に、パンツくんはオドオドと聞いてくる。


「こ、個性? で、でもそれって気持ち悪く無いですか……?」


「気持ち悪いよ」


「ええー!? 何ですかそれ!? ぼ、僕にどうしろと!?」


困惑するパンツくん。

そんなパンツくんに向かって、私はズパッと言う。


「しょうが無いじゃん。それが在りのままの君なんだから」


「在りのままの僕って、気持ち悪いだけの存在って意味ですか!?」


「うん、まあそうだね」


一刀両断。

私の言葉を聞いたパンツくんは、口をパクパク開いて呆然としている。

しかし他に言い様が無い。

私は頭が真っ白になっているパンツくんを見つめ返した。







俺の目の前で、兄貴が凄い勢いでヘコまされていた。

兄貴の事で相談に乗ってくれた同級生の保志。

その紹介でキョーコさんという女性に話を聞いてもらう事になったのだが……。

話題のキョーコさんは、言葉で兄貴を斬り捨てていた。


彼女の言っている事は、確かに正しい。

兄貴はパンツを見たい人であり、そしてキモイ人である。

それは認めざるを得ない。


だけど、言葉が直球過ぎるだろ!?

ど真ん中というよりデッドボールだよこれ!!

人は傷付くと死ぬんだよ!?

そこら辺が分かってるのか、この人……?


兄貴が人生終了宣言するのではないかと危惧(きぐ)しながら。

俺はハラハラと事の成り行きを見守っていた。


意気消沈というより、息してないんじゃないの? って感じの兄貴。

そんな兄貴に向かって、キョーコさんは指を突きつけながら言った。




「君は、パンツ道を歩みたまえ!」


「ぱ、パンツ道!? なんすかそれ!?」


「修羅の道だよ。君は、数多(あまた)の人にキモイと思われながらパンツを求めて生きていくんだ」


兄貴に修羅道を歩めと言うキョーコさん。

そんな彼女の言葉に、兄貴が再起動を果たした。


「嫌っすよ! 僕の夢は、白い家に可愛い奥さんと暮らす事っす!!」


そんな夢を持ってたのかよ。

可愛い奥さんをもらおうなんて考えてる奴が、パンツ(のぞ)こうとかしてんじゃねえよ。

兄貴の語る夢に、俺はツッコミを入れたくてたまらなかった。

しかしキョーコさんの言葉は、俺の考えたツッコミのさらに上を行った。




「これからの君の夢は、白い家でパンツを眺めて暮らすことだよ」




思わず想像して笑いそうになる俺。

ダメだ! こらえろ! ここで笑ったら、兄貴はマジ泣きするかもしれない!


必死に笑いを(こら)えながら、俺は正面に座る保志を見た。

保志は顔を俯かせて体を小刻みに震わせている。

そして「ぷっ……くくく」と笑いを我慢するように呻いていた。


キョーコさんの手により、あまりにも兄貴に相応(ふさわ)しい未来図が示されてしまった。

少なくとも、可愛い奥さんをもらうよりは実現できそうだ。

的確に心をエグるキョーコさんのセリフ。兄貴は涙目で反論していた。


「何すかそのハイレベルな生活!? さすがの僕もパンツ眺めて暮らしたくないっす!!」


「ま、それは冗談だけどね」


紅茶のカップに添えられていたスプーンをくるりと回しながら、キョーコさんは言った。


「正直に生きなよ。正直になれば、何か良い事あるよ」


「なんすかそれぇ!? 良い事って具体的に何ですかぁ!? 僕、現時点で人生諦めそうな勢いなんすけどぉ!!」


兄貴は半泣きになりながらキョーコさんを問い詰めた。

そんな兄貴にスプーンを突きつけて。

キョーコさんは真剣な表情になりながら、滔々(とうとう)と語りだした。




「君は、女の子に酷い事しちゃったと思ってるんだよね?」


「う……もう2度と、あんな事はしないっす」


グスグス泣きながら兄貴は言った。

どうやら、本気で反省はしているようだ。

そんな兄貴に向かって、キョーコさんは話しを続ける。


「じゃあ正直に、その気持ちをクラスの皆に言ってみなよ?」


「それで何か変わるんすかぁ?」


涙を手で拭いながら、兄貴はキョーコさんを疑うように見ている。

そんな兄貴に向かって、キョーコさんは晴れ晴れとした笑顔を向けながら言う。


「ま、やってみれば分かるって。やらなきゃ、前には進めないからね」


そう言うと、キョーコさんは両手を上に伸ばして背伸びした。







あの謎の話し合いの後。

結局、兄貴は学校で開き直ったらしい。


「僕は……パンツが好きです! キモくてすみません! でも反省してます! あんな事は2度としません!」


涙ながらにそう宣言した兄貴。

だがやっぱり女子からは蛇蝎(だかつ)の如く嫌われたままらしい。

ただ、1つ変わった事もあるという。

クラスの男子達からの視線だ。


開き直っておパンツ宣言と反省を同時にした兄貴。

そんな兄貴に対して、おバカな男子達は優しかったという。


「お前、すげーカッコ悪いよ! でも逆にカッコ良いよ!」


「中々出来る事じゃねーな」


「ま、パンツを見たい気持ちは分らんでも無いしな」


「でもこれからはマジで自重しろよ?」


(あたた)かい言葉をかけられた兄貴は、涙ながらに頭を下げまくったという。

何とか学校での立場を回復させた兄貴。

女子の軽蔑は無くならなかったが、以前と同じように普通に学校に通っている。

そんな兄貴を思いながら、俺はポツリと呟いた。


「何とかなったなぁ……」


最初はとんでもない人だと思ったけど、案外凄い人なのかもしれない。

俺はキョーコさんの姿を思い浮かべながら、窓から空を眺めた。







闇。(よど)んだ空気が凝縮したそこに、2人の男女がいた。

仮面を素顔とする男、ミスター・ノワール。

そして仮面で素顔を隠す女、ダークネスガールである。

ダークサイダーの戦士たる2人は、今後の方策について話し合っていた。


「先日撮影したビデオは、無事にインターネットに投稿されている」


「ああ、あれね……」


ゲッソリしながらあたしは言った。

あたしがスカートを団扇(うちわ)で扇がれる様子が映された動画が、ダークサイダーの手によってインターネットに公開されているのだ。

その目的は、スカートを(のぞ)こうとしたおっさん達の社会的な死。

社会的な死により、男達の夢を奪うという恐ろしい姦計らしい。


「1度削除されてしまってな。やはり実名付きは不味(まず)かったらしい」


「あっそう」


反省するミスター・ノワールに対し、あたしは淡々と返事を返す。

正直あまり思い出したく無い。

あたしが顔出しだけはダメだと主張したら、ミスター・ノワールは案外簡単に(うなず)いた。

一応事前にチェックさせてもらったが、あたしの顔はモザイクでしっかり隠されていた。


しかし不思議な事もある。

動画に映っているあたしの姿の事だ。

あの時、あたしは妙にエロい衣装を着ていたはずだ。

それが何故か、普通の制服姿になっていた。


「ねえ、あたし変な服着てたじゃない? なんであの動画だと制服姿なの?」


「ああ、あれか」


わざわざCG処理でもしたのだろうかと(いぶか)しむあたし。

そんなあたしに対し、ミスター・ノワールは何でも無い事のように言った。


「あれは錯覚だ」


「錯覚?」


「魔法の国の連中とは違い、ダークサイダー(俺達)には物質を召還し固定するほどの力は無い」


闇の中、ミスター・ノワールの双眸(そうぼう)が妖しく揺らめく。

ごくりと息を飲むあたしの前で、ミスター・ノワールの演説は続いた。


「その代わり、幻覚を見せる事には()けている。つまり貴様が着ていたと思っている服は単なる幻覚だ。実際は制服姿のままだった、という訳さ」


幻覚。幻。そう聞いて、あたしはゾッとした。

あたしが着た衣装は、確かに肌触りもあったし、布地(ぬのじ)の感触だってしたのだ。

それが幻だった。全てが嘘だったのだ。


目の前に立つこの男、ミスター・ノワール。

彼の存在も幻なのでは無いか?

幽鬼のように茫洋(ぼうよう)(たたず)むミスター・ノワールを見て。

あたしは、足が震えるのを止められなかった。


「そうそう、ダークネスガール」


「な、なによ!?」


思い出したように告げてくるミスター・ノワール。

あたしは思わず、怯えた声を上げた。


「やろうと思えば、貴様を裸に見せる事も可能だ」


「もう止めたい! こんなの耐えられないわ!」


何なのこの変態!?

一体あたしに何をさせる気なのよ!!

次々とスケベな作戦を立てるダークサイダーに、あたしはもう限界だった。


腕を握り締めて抗議するあたし。

ミスター・ノワールは、そんなあたしを冷たく見つめている。

そして底冷えするような声で言った。


「勘違いするなよ。貴様の代わりはいくらでもいる」


その声の冷たさにあたしは震えた。

怯えるあたしを前にして、ミスター・ノワールは顔色1つ変えずに語り続ける。


「単に、顔が整った女の方が男達の欲望(ユメ)を叶えやすいというだけだ」


「……なんであたしが、男の欲望なんか叶えなくちゃいけないのよ」


悔しさからあたしは言い返した。

しかし、体は震えたままだ。

怖い。目の前に立つこの男が、どうしようも無く怖い。

それでも、あたしは勇気を振り絞って言った。


「あたしは、あたしを必要としてくれる人だけ居ればいい!」


あたしはジュンの顔を思い浮かべる。

独りぼっちのあたしを助けてくれた人。

あたしの大切な人。


ジュンへの思いを込めた言葉。

それを聞いたミスター・ノワールは、唐突に笑い出した。


「くっくっく」


「……何よ?」


まるで、あたしを嘲笑(あざわら)うかのように、哄笑(こうしょう)を続けるミスター・ノワール。

怒りのあまり、あたしは眉間に皺を寄せながら問いかけた。

ミスター・ノワールは急に笑うのを止めたかと思うと、心底理解できないと言った風に呟く。


「いやなに、貴様を本当に必要とする奴なんているのかな、と思ってな」


「うるさいわよ!!」


「貴様に出来るのは、そこらの男の欲望(ユメ)を叶える事だけだ」


まるでそれが答えだとでも言うように、ミスター・ノワールは冷たく言い放った。

闇の中、闇よりもなお黒く浮かび上がるミスター・ノワールの姿。

この世の全てを(あざけ)るかのような口調で、これが締め括りと言わんばかりに言葉を発っした。


「自分の欲望(ユメ)を叶えたければ、それ相応の代償が必要では無いかな? ダークネスガール」


この男が怖い。

あたしは、怖くてたまらなかった。

ミスター・ノワールが消え去った後。

あたしは、1人闇の中にうずくまっている。


ずっと前にもこうしていたような気がする。

あの時はジュンがあたしを助けてくれた。

ジュンが、深い闇の中から救い上げてくれたのだ。




――ジュン。




あたしは泣きながら待っている。

もう1度、ジュンがあたしを救い出してくれる事を。

1人では、前に進めないから……。

あたしはずっと、待ち続ける。







次回予告


割とマジでダークな男、ミスター・ノワール。

代償を求める彼は、一体ダークネスガール(ハルカ)から何を奪うつもりなのか!?


飛べない妖精、優しさの無い少年、臆病でマヌケな王子。

それぞれの願いを秘めた彼らは、魔法少女と共に歩む。

果たしてキョーコは、彼らの夢を叶える気があるのだろうか!?


いよいよクライマックスを迎えるのか!?

風雲急を告げろ、怒涛(どとう)のストーリー!

愛もいっぱいパワフルいっぱい! ついでにバトルもしちゃおうか!?


次回「もう世界なんて滅んじゃえ」 乞うご期待!





そろそろ伝説の剣を登場させたいですね。

ファンタジーと言えばやっぱり伝説の剣ですよ。


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