第4話 前進天真☆ペコ丸は空も飛べる!
タイトル考えるのって結構面倒くさ…ゲフンゲフン!
愛と希望の物語、第4話! テーマは愛って言っとけば大概何とかなると信じて、レディーゴー!
「ペコ丸は空も飛べるよね?」
「飛べないよ!? 急に何を言い出すペコ!?」
即答するペコ丸に、私は「ふむ」と考え込んだ。
私、皆口キョーコ(20才)は魔法少女として絶賛活躍中だ。
手当たり次第に影人間をぶちのめすだけの簡単なお仕事。
それが魔法少女だ。
そんな私をサポートするのがペコ丸。魔法の国の社蓄だ。
魔法の国のみならず、人間界でもアルバイトに励んでいる勤労生物。
好きな言葉は「腹を切る」。
はた迷惑なアニマルだ。
私は漠然と、ペコ丸は空を飛べるのだと思っていた。
だって魔法の国から来たんだし、空くらい飛べると思うじゃん?
何だかとっても残念だ。
盛大な溜息を吐きながら、私はペコ丸に言った。
「飛べないの? それじゃただの猫じゃん。ダメだなあ」
「ぐぬぬ……!」
猫と呼ばれたのが気に入らないのか、ペコ丸は歯を食い縛って悔しがっていた。
「キョーコ! ボクは猫じゃないペコ! そろそろ本気を見せてやるペコ!」
「本気? ふーん。見せてみなよ」
一体何をするつもりなのか。
私はちょっとワクワクしながら待った。
ジッとペコ丸を見つめる。
ペコ丸は、額から滝のような汗を流していた。
「…………」
「……どしたの? ペコ丸」
無言で立ちすくむペコ丸。
私は冷え冷えとした視線を向けながら言った。
「本気、見せてくれるんじゃなかったの?」
「ぐぬぬ……! キョーコは、キョーコは意地悪ペコ!」
「ええ!? それはどう考えても逆ギレだよ!?」
どうやら本気を示す事が出来なかった様子のペコ丸。
涙目で私を罵倒すると、ダッと外へ駆け出した。
一目散に走っていくペコ丸の背中を見ながら、私は呟いた。
「晩御飯までには帰ってくるかな……?」
全く、世話が焼けるペコ丸だ。
私は溜息を吐きながら部屋の掃除を始めた。
ボクは走っていた。
くそう、くそう! なんだよキョーコ!
ボクに空を飛べだなんて、無茶な事言って!
魔法の国にだって、出来る事と出来ない事があるんだ!
ボクは悔しさでいっぱいだった。
魔法の国から魔法少女を探すこと3年。
ようやく見つけた適格者、皆口キョーコはドSだった。
年齢は20才。少女とも呼べない年齢だ。
これは全部ボクのせいだ。
キョーコを見つけるのに3年もかけてしまった、ボクの責任だ。
だからボクは、必死に挽回しようとした。
1つでも多くの夢の雫を取り戻すために奮闘した。
少しでもキョーコの力になるために仲間を増やした。
だから、空を飛べなくったっていいんだ!
…………。
「本当はボクだって空を飛びたかったペコ!」
ボクは絶叫した。
魔法の国の生き物は、確かに空を飛べる事が多い。
でもボクには無理だった。
生まれつき、そういう体質だったのだ。
ボクはしくしく泣きながら公園のベンチにいた。
きっとキョーコはボクの心配なんかしていないだろう。
そう思うと、余計に悲しくなってきた。
しくしくと泣き続けるボク。そんな時、後ろから声を掛けられた。
「ペコ丸くん? どうしたんですか、こんな所で」
「保志くん……」
ボクの後ろに立っていたのは、キョーコの仲間の1人、保志ジュンくんだった。
「キョーコは全然ボクに優しくしてくれないペコ!」
公園のベンチに並んで座りながら。
ボクは保志くんに今までの事を愚痴っていた。
どうしてキョーコは優しくしてくれないのか。
愛が足りない。ああ愛が足りない。
ひたすら嘆くボクに、保志くんはどこか遠くを見つめながら言った。
「でも、優しくする事が本当に良い事なんでしょうか。僕は今、そう悩んでいるんです」
「優しい方が良いに決まってるペコ!」
変な事を言う保志くんだ。
Mなのか。打たれるのが好きなのか。
ああ。人間界は、いつからこうなってしまったのか?
ボクは冗談交じりに嘆いた。
そんなボクに、保志くんは苦く笑いながら言った。
「……ペコ丸さんも見てましたよね、僕が平手打ちされる所」
冗談では済まなかった。
もしかして、あの1件で目覚めてしまったのだろうか?
保志くんは遠い存在になってしまっていたのか?
ボクはガタガタ震えながら保志くんを見上げる。
そんなボクの視線に気付かないまま、保志くんは話を続けた。
「彼女との事は、何から話せばいいかな……」
両手を組み、保志くんは何かに耐えるように俯いている。
考えては止め……と言った感じで頭を振る。
そして、ついに決心したかのように口を開いた。
「そう、最初に僕は妹を見殺しにしたんです」
泣き出しそうな顔に笑顔を浮かべながら。
懺悔するかのように頭を垂れて、保志くんは語り出した。
「僕の妹は、生まれつき体が弱かったんです」
僕は淡々と語った。
妹が、生まれつき体が弱かった事。
何度も病院に入院していた事。
そして、そんな妹の見舞いに次第に行かなくなった事。
「僕は、妹がそんなに酷い病気だとは思っていませんでした」
いつかは治るだろう。そう思っていた。
いや、そう思い込もうとしていたのかもしれない。
病院は遠く、見舞いに行くには1日が潰れた。
友達と遊びたい。そんな考えが、僕に妹の病気を軽く見させたのかもしれない。
「僕が小学生の頃、妹は死にました。そして、遺品の中に日記があったんです」
妹の日記を読んだ僕は、愕然とした。
「お兄ちゃんが来てくれない」
「会いたい」
「いつか、お兄ちゃんと遊びたい」
そんな言葉がびっしりと書き連ねられていた。
「妹には、僕しかいませんでした。こんな僕しか……」
学校にもろくに通えなかった妹。
そんな妹にとって、きっと自分はただ1人の友達だったのだ。
その事に気付いた時には、すべてが遅すぎた。
いつか一緒に遊びたい。
妹のそんなちっぽけな願いにすら気付いてあげられなかった……。
「僕は、自分を恥じました。後悔して……そんな時、ハルカにあったんです」
妹が死んだ時から、ずっと後悔を引き摺っていた。
それは、中学に進学してからも変わる事は無かった。
そんな時に僕が出会ったのが、白石ハルカという少女だった。
彼女は孤独だった。
学校中が彼女に対する酷い噂でいっぱいだった。
孤独に苦しむ彼女。
その姿に、いつしか1人きりで死んでしまった妹の姿がオーバーラップするようになった。
「彼女は学校で酷い目にあってました」
今度こそ手を差し伸べよう。
孤独に苦しむ彼女に。
悲しみを誰にも気付いてもらえない彼女に。
かつて妹を救えなかった僕は、そう決意した。
「僕は、彼女を救った気でいました。でもそれは、違ったのかもしれません」
白石ハルカに対する根も葉もない噂。
それを止める事が出来た僕は、満足していた。
ずっと続いていた後悔。それが薄れたような気がした。
いつからだろう。
白石ハルカは、僕に好意らしき物を向けるようになった。
それに対し、僕は戸惑った。
いや正直に言うなら、重苦しく感じていた。
「僕は救ったじゃないか! これ以上、僕に何を求めるんだ!」
そう叫びそうになった時、僕は自分の本心に気がついた。
救われたかったのは、本当は僕の方だったのだ。
誰かを救って、罪が許された気になりたかったのだ。
そう。僕は、妹に対する後悔の念を塗り潰したかっただけだった。
優しいフリをして……自分は優しい人間だと思い込もうとしていた。
妹を救えなかった事を、無かった事にしようとしていた。
その事に自分で気が付いた時。
僕はハルカとまともに目も合わせられなくなっていた。
「優しいフリなら誰でも出来るんです。でも、それって本当に良い事なんでしょうか?」
僕は握っていた缶ジュースを握り潰す。
忸怩たる思いだった。
本当は優しく無いのに、優しいフリをする自分への軽蔑。
吐き気がしそうだった。
「保志くん……ボクは……」
ペコ丸さんが何か言いかけて、言葉を途切れさせた。
何も言えないまま、時間だけが過ぎて言った。
と、そんな時。何かが爆発するような音が鳴り響いた。
バッと音の方向を向くペコ丸さん。そして叫んだ。
「この気配は……邪悪なオーラを感じるペコ!」
ペコ丸さんの言葉に、僕は瞬時に気持ちを切り替えた。
「行きましょう、ペコ丸さん!」
走り出しながら思う。
本当に優しい人間になりたいと。
それが出来ないなら、本当に優しい人を支えていきたいと。
魔法少女。誰かを救うための存在。
本当の優しさを持てる強さ、そんな心を内に秘めた少女。
妹の日記の最後のページに描かれていたそれを。
僕は今でも追い求めている。
音の元へと向かった僕らが見たのは、痴女だった。
「あれは一体、何をやっているんですか……?」
「わ、分らないペコ。ただ1つ言えるのは、負のオーラに満ち満ちているペコ……!」
白昼の路上で。
キワドイ衣装を着た少女が、大蛇と絡み合っていた。
周りに群がる男達が、爆発するかのような勢いで拍手を送っている。
さっきの音はこの歓声の大音声だったのか……何だか、虚しい……。
「うおおおおおおお!! エロい!! 未成熟な少女の体と大蛇が絡んで……!!」
「なんてタイトルのビデオ撮影だ!? 買うよ、俺は買うよ!!」
「大蛇さま! もうちょっとスカートを捲って! うおおお!? 見えるか!?」
何かの祭りにも見えるその光景。
異様な雰囲気を感じながら、僕は蛇と絡まる少女を見た。
……知り合いの女の子だった。
ごくり、と息を飲むと、僕はその少女の下へすたすたと近付いていった。
「ハルカ……何やってるの?」
「見ないで! こんなあたしを見ないで!」
ヌメヌメと爬虫類に巻き着かれていた少女は、僕の同級生の白石ハルカだった。
仮面で顔を隠しているが、隠せているのは目元だけなので丸分かりだ。
かつて僕は、死んだ妹の姿を彼女に重ねて見ていた。
今は……何も言えない。
どうしてこうなってしまったのか?
どこでハルカは道を踏み外してしまったのか。
救った気でいた僕がバカだったのか……。
何だか得体の知れない悔しさに、僕は拳を握り締めた。
とにかく、こんな格好のままで居させるわけにはいかない。
必死に僕から顔を隠そうとするハルカの腕を掴む。
周りからのブーイングを無視しながら、僕は蛇を力ずくでどかした。
上着を脱いで、彼女の肌を隠すようにかける。
「もっと自分を大事にしなよ」
「……ありがとう、ジュン」
顔を伏せながらお礼を言ってくるハルカに、僕は自然と微笑んでいた。
喫茶店での喧嘩の後、ハルカとは気まずいままだった。
こんな異常な状況だからだろうか? その気まずさが、今は無い。
どこか暖かな雰囲気に包まれ、僕は懐かしさを感じた。
「ハルカ……何があったんだい?」
路上で大蛇と絡み合うという奇行に走ったハルカ。
よく考えてみれば、どう考えても普通では無い。
何か良くない人と関わり合いになっているのではないか?
それを心配して、僕は彼女に優しく語りかけた。
「……聞かないで」
しくしくと涙を流すハルカ。
「でも、こんな……その、いかがわしい事をするだなんて」
「聞かないで! お願い!」
「ハルカ……」
かけた上着の上から、そっとハルカの肩を抱く。
一瞬ビクッと震えたが彼女は抵抗しなかった。
やがてハルカはそっと手を伸ばして、僕の手に重ねてきた。
「ジュン……」
「ハルカ……」
押し黙るハルカ。
無言の内に寄せられる期待が、痛い。
僕はハルカの思うような人間では無い。
偽物の優しさ。それが僕を静かに責め立てていた。
そんな時だった。
どこからか投げられて来た缶が、軽い音を響かせて僕とハルカの近くを転がっていく。
驚いて周りを見渡すと、そこには怒り狂った男達がいた。
「ふざけんな兄ちゃん!」
「おい! エロエロ少女を1人占めしようってのか!!」
「どうしてそこで止めるんだよ! こっちはエロい事を待ってんだよ!」
群がる人々の、憎悪、憎悪、憎悪。
先ほどまでのお祭り騒ぎが一転、暴動寸前となっていた。
「ひっ!?」
ハルカが悲鳴を上げる。
この光景は……見覚えがある。
かつてハルカが学校の皆から向けられていた視線だ。
そんな無遠慮な悪意に晒され、ハルカの体が震えた。
「いやああああ!!」
「ハルカ!?」
僕を振り払い、逃げ出すハルカ。
「すみません、後の事は任せました!」
「え、ええっ!? ボクがこの連中を相手にするペコ!? 無理無理! 無理ペコ!!」
ペコ丸さんの返事も聞かず、僕はハルカを追った。
「な、なんという悪しき欲望の意志ペコ……! 人々の夢が、欲望に塗りつぶされてるペコ!!」
暴動状態の男達を前にして、ボクは怯えていた。
圧倒的な欲望の波動。それが男達を包んでいる。
「このままじゃ、皆の夢が壊れてしまうペコ……! 何とかしないと!!」
夢は、純粋な存在だ。
それを壊すのが欲望である。
欲望に染まった人は、いつしか夢を忘れ一時の快楽に身を任せるようになる。
安物の悦楽を求め、ついには夢を見失ってしまうのだ。
目の前のエロスに目が眩んだ人々は、愛も優しさも失って怒り狂っていた。
「クソがっ! ネーちゃんの代わりに変な動物置いていきやがって!」
「こんな畜生で俺達の気が収まるか!! どうしてくれんだ!」
どうしてくれんだって言われてもどうしようもない。
半裸の少女に欲望を刺激された人々は、叶わぬ欲望になおも怒りを増大させている。
ジリジリと近づいて来る暴徒達。
そんな人々を前にして、ボクは焦燥に駆られていた。
(ボクだけじゃ止められない――キョーコ!)
胸に浮かぶのは、ボクが見つけた魔法少女、キョーコの顔だった。
目にじんわりと涙が浮く。
あんなに愚痴ったのに、あんなに否定したのに。
ボクは心のどこかでキョーコを頼っていた。
でもキョーコは来てくれないだろう。
お金にならない事はきっと手伝ってくれない。
そんな風にボクが悲観している時だった。
遠くから、聞きなれた声が響いた。
「ペコ丸ー?」
驚いて辺りを見回すと、道の向こうからてってってと駆けて来るキョーコが見えた。
ワンピースにサンダルを履いた身軽な格好で、小走りに近付いて来る。
「きょ、キョーコ!? なんでここに?」
「迎えに来たよ」
「キョーコ!? えっ、何? キョーコがボクを迎えに? これは夢ペコ?」
あの傍若無人なキョーコがボクを迎えに?
飛べないボクを冷たく見下ろしていたキョーコが、ボクの心配をしていた?
ありえない事だった。
しかし、どこかで望んでいた事でもある。
「キョーコ……」
ボクは涙を溢れさせながら呟いた。
「よっしゃー! 新しいネーちゃんがキターーー!!」
「JK? 女子高生なの? 女子高生じゃなきゃ納得しねーぞ!!」
「大蛇さまー!! 新たな獲物ですよー!!」
私はムッとしながら周りに集まっていた人達の顔を眺めた。
なんだこいつらぁ? 気持ち悪い顔しやがって。
言ってる事も気持ち悪いし。
ジリジリと距離を詰めてくる気持ち悪いおっさん達。
その興奮に歪んだ顔を見ながら、私は言った。
「何だぁ? こいつら。ちゃっちゃと片付けるよペコ丸ー」
「ま、待つペコ! まだこの人達がダークサイダーと決まったわけじゃ!」
私を止めるペコ丸。
別に、ダークサイダーとか関係無しに片付ける気だったんだけどなー。
まあここはペコ丸に譲るか。
そう考えた私に、周りの連中からヤジが投げられてきた。
「脱ーげ! 脱ーげ!」
「早くそんな服を脱いでかかってこいよーーー!!」
「姫カットねーちゃんの半裸が見たい! イエイイエイ!」
イラッ。
何こいつら超キモイ。なんで生きてるの?
心の底から嫌悪感に駆られた私は、ペコ丸に提案した。
「いいから潰そうよこいつら」
「ひぃ!? キョーコが今まで見た事無い顔になってるペコ!?」
怯えるペコ丸を尻目に、手早く魔法少女に変身する。
右手に握るのは、魔法のステッキ。先端の石はミステリアスジュエルとか言うらしい。
感触を軽く確かめる。相変わらず、強度が足りない感じだなぁ。
私はちょっと不満に思いながらもステッキを構えた。
「おおっ! コスプレや! コスプレやでぇ!!」
「女神だ! 女神が降臨したぞ!」
「野外コスプレプレイで昇天しそうだぜ!!」
「ハイなニーソックス大好きぃ!! 略してハイニー……」
ボゴン!!
何か言いかけた変態の腹を、私はステッキで振り抜いた。
口から夥しい何かをキラキラと吐き出しながら倒れていく変態。
周りが一斉に静まり返った。
まずは1人。
ひーふーみー……うわあ、沢山いるなぁ……。
ゴミ共を数えながら、私は元気いっぱいに言った。
「悪は潰すよー?」
ごくりと息を飲み込む変態共を見渡しながら、私はステッキを握る腕に力を込めた。
逃げるハルカを追った僕だったが、予想以上にハルカの足は速かった。
見失ってしまい、途方にくれながら荒く息を吐く。
ハルカ、あんなに足速かったっけ?
疑問に思うも、状況は変わらなかった。
「よう」
突然横から声を掛けられ、僕は反射的に声の持ち主を見た。
僕の隣に顔に青アザを作った見知らぬ男が立っている。
引っかき傷や平手打ちの痕。
痴話喧嘩でもしていたのだろうか?
声をかけてきたんだから、恐らくは僕の知り合いなんだろう。
しかしアザのせいで顔の形がよく分らない。
とりあえず、僕は無難な返事を返した。
「ど、どうしたんですか? その傷」
「ああ、これかい?」
そう言って男は打たれた頬の痕を示した。
「彼女にさ、別れ話を切り出したんだ。そしたらこれ」
ははは、と苦笑いをする青年。
「それで、別れたんですか?」
「いんや。泣いて縋られてな……結局、保留」
たははー、と泣き笑いの表情になる男を見ながら、僕はハルカの事を考えた。
逃げ出したハルカ。
一体、今どこで何をやっているんだろう?
男達に罵られた時の傷付いた顔が脳裏に甦る。
ハルカ……。僕は君を救えるんだろうか?
ふいに思い出すのは、喫茶店での出来事だ。
僕を好きだと言ったハルカ。
僕に見て欲しいから好きでも無い男と付き合った、という彼女の想いを、僕は重苦しく感じていた。
第一……僕には他に好きな人がいる。
ハルカの想いに応える事は出来ない。
そんな風に僕が考えた時、ふとハルカの言葉が幻聴のように甦った。
「ジュンが悪いんじゃない! 私を見てくれないから! だから、だから私……!!」
1人きりのハルカ。誰にも見られないハルカ。
その姿が、病院のベッドで1人きりで死んでいった妹の姿と重なる。
僕はギリッと拳を握り締めた。
また僕は、見捨てるのか?
自分自身への得体の知れない苛立ちを噛み締める。
また自分の都合だけ考えて、苦しむ妹を見捨てようとしているのか?
フラッシュバックするように甦る、妹の日記に書かれた言葉。
妹の悲しみに気付かず、気付こうともしなかった、どうしようも無く愚かな僕の姿。
同時に思い浮かぶ物がある。
僕に笑いかけてくれる、キョーコさんの笑顔。
深い瞳は揺らぐことの無い強さと優しさに溢れ――そんな彼女に、僕は恋をしている。
恋を、している。
ハルカを救うには、彼女の想いに応えなくてはいけない。
だけど、僕は……。
2つの思いに板挟みになった僕は、ふらふらと前を見た。
そこには顔に青アザを作った男がいる。
何となく……本当に、何となくな気持ちで僕は男に問いかけた。
どうして別れ話をしたのかと。
「そりゃ、他に好きな女が出来たからだよ」
身も蓋も無い答えだった。
付き合ってる人がいるのに、他に好きな人が出来るものだろうか?
そのいい加減さに少しムッとする僕だったが、男の話の続きを聞いて、ハッと息を飲んだ。
「本当言うとな、ずっと好きだった人がいたんだ。でも俺は好きでも無い女と付き合ってたんだなぁ」
しみじみと語るその人に、僕は少なからず興味を引かれた。
その行いが、どこかハルカの行動と似ていると思えたからかもしれない。
「どうして、好きでも無い人と付き合ったんですか?」
尋ねる僕に、男は「う~ん……」と考え込んだ。
やや言い渋るような素振りを見せたけど、最後は苦笑しながら語り出した。
「臆病、だったんだろうな」
「臆病?」
「誰かを傷つけるのも、傷付くのも」
打たれた痕の残る頬を撫でながら、男は言った。
「今だってそうさ。泣いて縋られて、結局元の鞘。あーあ、嫌になっちゃうねぇ」
苦笑を続ける男だったが、その姿はまるで泣いているようだった。
そんな姿を見て。
僕は彼に心を開きかけていた。
誰かに話して楽になりたかったのもあるかもしれない。
僕は、泣き笑いの表情を浮かべる彼に向かって、とつとつとハルカの事を語り出した。
「実は……僕にも、泣きながら縋り付いてくる女の子がいるんです」
「おー、色男だねぇ」
茶化すように言うその人に、僕は言葉を続けた。
「でも僕は好きな人がいて……彼女の気持ちには応えられません」
「なら、話は決まりなんじゃないの?」
「……僕は、その子も助けたいと思ってるんです。絶対に……!」
ギュッと拳を握って俯く。
拭えない過去の後悔が、ハルカを見捨てる事を許さない。
そんな僕の隣で、青アザの人は黙って話を聞いてくれていた。
「僕は……どうすればいいんでしょうか?」
「好きな子を選んでも、別の子を選んでも……後悔すると思うぜ」
「そんな……」
「でもな、誰かを選ぶって事は、絶対に選ばれない子が居るってこった」
空を見上げながら青アザの人が言った。
この人も誰かを選ぼうとし、そして同じように苦しんでいる。
そう思うと、奇妙な仲間意識を感じる。
どこか僕と似た境遇にいる彼。
そんな彼に、僕は素直な気持ちを言った。
「なら僕には……選べません」
青アザの人は、空を見上げたまま僕の話を聞いていた。
しばらく沈黙の時が続く。
浮雲が風に乗り、緩やかに流れていく。
そんな景色を眺めながら――その人は、噛み締めるように言った。
「それなら俺から言える事は1つだけだ。……マヌケには、なるなよ」
溜息のような長い息を吐くと、彼は話の続きを語りだした。
「本音でぶつからないと、何時までも後悔だけ引き摺るぜ? マヌケな事にな」
黙って聞いている僕。蒼い空を眺めながら、青アザの人はどこか悲しそうな顔で言った。
「本当の事は皆を傷つける……。でも、きっとそれは仕方の無い事なんだよ」
何かを達観したかのような言葉。
でもその言葉に、僕はどこか勇気付けられたような気がした。
最初はチャラ男だと思っていたこの人の、意外な思慮深い言葉に僕は感動していた。
「何だか……意外とちゃんとした人だったんですね」
「おいおい、意外とは酷いな。でもま、俺はダメだよ。気付くのに2年もかかっちまった」
マヌケだろ、と言って笑うその人の姿は、僕には眩しく見えた。
ひゅううううぅぅぅ…………。
幾重にも重なった男達。
キョーコの「キモイ男は悪そのもの」という倫理により、もれなく焼きを入れられた男達がバタバタと倒れている。
そんな男達を見下ろしながら、キョーコは立っていた。
手に持つ魔法のステッキを見つめて、ポツリと呟く。
「やっぱりこれ強度足んないよ」
「また折ったペコ!? 女王様にも折られた事無いペコ!」
折れ曲がった魔法のステッキを見て絶叫するペコ丸。
んもう、助けて上げたのになんだよぉ。ちぇー。
唇を尖らしながら、私は言った。
「これに剛性が無いのがいけないんだよ。んもう!」
「魔法に剛性を求めないで欲しいペコ! それに、何で民間人を殴ったペコ!?」
なんでと言われても、あれは殴るだろう普通。
倒れ伏す変態達を一瞥してから私は言った。
「あんな暴徒に気を使ってどうするんだよぉ?」
私が当然のように言うと、ペコ丸は瞳を熱く燃やして言った。
「キョーコ! ボク達の使命は、ダークサイダーから皆を守る事ペコ! 倒すべきなのはダークサイダーなんだペコ!」
そうは言うけどさぁ、と私は反論した。
「あんな邪悪な存在放っておくのも問題だよ。大体、何であの変態達は暴れてたの?」
私の言葉に、ペコ丸は眉間に皺を寄せた。
そして何だか真剣な表情で語りだした。
「それこそダークサイダーの仕業ペコ! 奴らは善良な人々の欲望を刺激し、夢を奪っているんだペコ!」
「善良?」
「キョーコ! 今は些細な事を気にしている時では無いペコ!」
勢いで押し切ろうとするペコ丸。
些細な問題かなぁ? と疑問に思いつつも、私は素直にペコ丸の話を聞く事にする。
「人の夢は、欲望によって失われるペコ!」
グッと拳を握り締めて熱弁するペコ丸。
「ダークサイダーによって高められた欲望、それによって追い出された人々の夢は、哀れな惑う影になるペコ!」
ふわああ。何だか意味ワカンナイや。
眠そうにする私に気付きもせず、ペコ丸は瞳を燃やしていた。
「魔法の国の女王様は、人々の夢を守るため、ダークシャドーを無くすために日夜頑張ってるペコ!」
まるで聖人君子のように女王を語るペコ丸。
痛い変身ポーズやセリフを考える女王が、そんなまともな人かなぁ?
疑問は尽きないものの、大して興味も無い。
それよりも気になるのは、何でペコ丸がそんなに頑張っているのかと言う事だ。
何かもらえるんだろうか? そんな風に思った私は、率直に聞いた。
「それでさぁ。頑張った私やペコ丸はどうなるの?」
「ボクは皆の夢が守れるなら、それで良いペコ!」
社蓄だなぁ。
ジト目でペコ丸を見ていると、ペコ丸は慌てて言った。
「きょ、キョーコは何か1つ夢を叶えられるペコ!」
「ふーん。夢、ねぇ……」
「だから何とぞ! 何とぞ魔法少女を続けて欲しいペコ!!」
大地に頭をこすり付けるペコ丸を眺めながら、私は考えた。
夢。私の夢。
う~ん……何かあったかなぁ?
黙考する私は、ふと空を見上げた。
蒼い空がどこまでも広がっている。
思い浮かんだのは、色んなペコ丸の顔だった。
切腹すると言った時の悲壮な覚悟を決めた顔。
猫カフェでバイトするのを本気で嫌がる顔。
たまに私が優しくすると、照れくさそうにする顔。
そして。空が飛べないと言った時の、泣き顔。
しょうがないなぁ。
私は苦笑しながらペコ丸に言った。
「じゃあペコ丸。私がペコ丸を飛べるようにしてあげる!」
「へっ?」
突然のキョーコの言葉にボクは驚いた。
今一体、キョーコは何と言ったのだ?
「私の夢は、ペコ丸が空を飛べるようになること!」
「きょ、キョーコ……!」
ボクはキョーコの唐突な宣言に心臓が止まる思いだった。
今まで、キョーコはボクの事なんてどうでもいいんだと思っていたのだ。
でも……でも……心のどこかで、願っていた。
キョーコが、ボクと同じ夢を共有してくれると。
信頼し合う関係を作りたいと願っていた。
でもキョーコは、皆の夢には欠片も興味を持たなかった。
だから、皆の夢を守ろうとするボクにも関心が無いのだと感じていた。
でもそれは違った。
キョーコは、ボクの悲しみに気付いていてくれたのだ。
空を飛べないボク。
そんな、ボクの悲しみに。
じわり。
何だか涙が滲んでくる。
穏やかな笑顔を向けるキョーコ。
そんなキョーコが、優しげな口調で言った。
「飛べるようになったら、高値で売れそうだもんね」
「キョーーーコーーー!? 売る!? ボクを売る気ペコ!?」
愕然とするボク。
そんなボクを抱き上げながら、キョーコはくすくすと笑った。
「ジョーダンだよ、ジョーダン。何でも真に受けるなよなぁ」
「キョーコの場合、冗談に聞こえないペコ」
ふん、と顔を背けるボク。
しかしやっぱり気になって、ちらりとキョーコの顔を見上げた。
キョーコは空を見上げていた。
蒼い蒼い空。キョーコの琥珀色の瞳が、どこか透明な蒼さを湛えている。
「ま、私に任せておきたまえペコ丸くん」
言葉は尊大だったけれど、その瞳は無邪気な子供のように輝いていた。
強く、美しく、優しい……ボクが選んだ、魔法少女。
ふん、ようやく魔法少女らしい顔になってきたじゃないか。
ボクは赤面する顔を隠すようにしながら、キョーコの温もりを感じていた。
次回予告
悩める少年は、答えを探し求める。
大人になれない子供達の見る夢。
キョーコの願いは、彼らを救えるのだろうか?
すべてのアドベント・チルドレンに送る物語、魔法少女キョーコ(20才)。
人は誰かを傷つけても、前に進んでいける――。
次回「俺の兄貴がJKのパンツ見るために破滅した件」 乞うご期待!
予定ではそろそろ第一部完! って感じだったんですが。
コメディーなのにギャグが少なくなっちゃいましたね。
次回はギャグ大目にいきたいです。更新…未定!