第2話 暗躍魅惑?☆忍び寄る影!ニンニン
第3話制作未定。
「折れろーーー!!」
公園に響き渡る声。女の子の声だ。
こんな時間に大声を上げているとはただ事では無い。
万が一、何かの事件が起きていたら?
そんな不安から、僕は声が響いて来た方を目指して駆け出した。
「あ、あれは!?
樹木の向こうに公園の広場が広がっている。
僕が木々の梢の間から眺めたそこには、少女と不思議な生き物がいた。
少女は――まるで、魔法少女のような格好をしている。
僕は吸い込まれるように、遠くに見えるその少女を見つめていた。
「やった! ブイ!」
「ブイじゃないペコ!? ステッキ! ステッキ折れてるペコ!」
少女と不思議な生き物が言い争っている。
だが僕には、そんな事はまるで気にならなかった。
「本……物の、魔法少女……?」
魔法少女。
それは、僕が子供の頃から夢見た存在だった。
ドクン、ドクンと高鳴る鼓動。
いつの間にか僕は、その少女から目が離せなくなっていた。
寂れた県道沿いにアパートがあった。
1階は喫茶店になっており、2階部分が借家となっている。
その2階の1室に、言い争う1人と1匹の姿があった。
「だからさ~、いいじゃん別に」
「良くないペコ! どうして夢の雫を売ったんだペコ!」
言い争う内の1人――皆口キョーコ(20才)は、出前の寿司を食べながら言った。
「どうしてって、お寿司が食べたいからだよ~もぐもぐ」
「みんなの夢をお寿司と等価交換!? それで良いのかペコ!?」
キョーコに説教しているのは、魔法の国の妖精ペコ丸だ。
先日、ダークサイダーと呼ばれる存在を倒し、彼らが奪った人々の夢を取り返した。
それが『夢の雫』である。奪われた夢は、結晶化して夢の雫となっていたのだ。
ちなみに鑑定価格は5万円。既にキョーコが質屋に売り飛ばしている。
「いいじゃん別に。ペコ丸も食べる?」
そう言って寿司をペコ丸に差し出すキョーコ。
そんなキョーコの態度に対し、ペコ丸は何かに耐えるように震えている。
次の瞬間、ペコ丸は猛然と泣き出した。
男泣きしながら、キョーコに熱く語りだす。
「キョーコ、ボク達の使命は皆の夢を守る事ペコ! それを分かって欲しいペコ!」
涙ながらにキョーコを説教するペコ丸。
ペコ丸はウザイな~と感じながらキョーコは言った。
「そこまで言うんならさ、他の人に頼んでよ。魔法少女やるの」
その言葉に、ぐぬぬと唸るペコ丸。
昨今の事情により、魔法少女の資格者が激減しているのだ。
キョーコを見つけられたのも奇跡に近い。他には、いないのだ。
「くぅ……! かくなる上は、ボクが腹を切って誠意を……!」
だらだらと汗を流しながらハラキリ宣言するペコ丸。
部屋が汚れるなぁ、と思ったキョーコは思案した。
そして解決策を思いつく。
ポンと手を打って、ペコ丸にその案を披露した。
「じゃあさあ、ペコ丸が買ってよ。夢の雫を」
「え!? ぼ、ボクが買うペコ!? お金持って無いペコ……」
「お金が無いならバイトしなよ」
「妖精がバイト!? 前代未聞ペコ! 無理ペコ!!」
絶叫するペコ丸に対し、キョーコは自信満々に問題ないと言った。
「大丈夫だよ。私のバイト先の猫カフェに捻じ込んであげるから」
「ね、猫カフェ!? ボクは猫じゃ無いペコよ!?」
「大丈夫だって。ちょっと経歴イジってあげるから」
えへらえへら笑いながらキョーコは言った。
そんなキョーコの有無を言わせぬ態度に、ペコ丸はダラダラと脂汗を流す。
その時、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴らされた。
「何だろ? 懸賞でも当たったかな?」
キョーコはいそいそと玄関へ向かった。
私が玄関を開けると、そこには高校生くらいの男の子が立っていた。
カッターシャツに、灰色のスラックス。
顔は中性的で、服を見なければ男女の見分けに迷うような感じだった。
とりあえず言えるのは、誰だこいつ? という事だ。
「あの……どなたですか?」
部屋を間違えているんじゃないかなぁ、と思いつつ私は言った。
しかしその学生くんは、立ち去る事も無くじっと立っている。
緊張した面持ちでこちらを見ながら、期待に満ちた声で言って来た。
「失礼ですが……その、あの」
何だろう。謎の学生くんは、キラキラした目でこっちを見ながらモジモジしている。
だんだんと気持ち悪くなって来た私は、そっと扉を閉じようとした。
その瞬間、学生くんは意を決したように叫んだ。
「ぼ、僕、あなたのファンなんです!」
「はぁ……?」
訳の分からない事を言う学生くんに、私は疑問符で返すのだった。
1階にある喫茶店に私達は移動した。
コーヒーと称した色水を出す酷い店だが、値段が安い事が取り柄だ。
学生くんが奢ってくれるというので、ちょっと高めのカフェオレを頼む。
学生くんは色水味のコーヒーを頼んでいた。
4人掛けのテーブル席。
私とペコ丸は隣同士に。学生くんは私の向かいに座る。
窓から見えるのは寂れた県道。
殺風景きわまり無いが、私は何となくこの景色が好きだった。
チラッと正面に座る学生くんを見る。
やはり、中性的な面立ちだ。
髪は女の子のショートカットみたいな感じ。
まつ毛がすんげー長い。男性ホルモンどうなってるんだろう?
「イケメンだペコ! これで勝てるペコ!」
学生くんを見て何故かはしゃぐペコ丸。
それを尻目に、私は学生くんに質問した。
「んで。私のファンってどーいう事?」
「その……公園でのこと、見てたんです、僕」
ふーん、と私は相槌を打つ。
ストローでカフェオレをかき混ぜながら考えた。
ペコ丸は学生くんをイケメン、イケメンと呼んで大喜びだ。
何でも、イケメンが近くに居ると愛の力が増幅しやすいらしい。
ふーむ、イケメンねえ……。
私は腕を組んで考えた。イケメン、イケメン。
何か連想する物があるけど、喉まで出掛かって出て来ない。
うむむ、と考えている内に、喉からすぽんと抜けるかの如く答えが出た。
「イケメンって味が薄いラーメンみたいなイメージだよ」
「そっちの麺!? いい加減食べ物から離れるペコ!!」
絶叫するペコ丸に、本当ウザイなあと思いながら私は言った。
「んで。ペコ丸はこの子をどーしたいの?」
私には学生くんなんてどーでもいい。
ただ、私が魔法少女になった所を見られている。
これが問題なら、ペコ丸が記憶の消去やら洗脳やらやってくれるはずだ。
憧れの目で私を見つめてくる学生くんを、私は無感動な目で見返した。
「協力してもらうペコ!」
グッと拳を握り締めて力説するペコ丸。
そんなペコ丸に、私はカフェオレを飲みながら聞いた。
「いいの? 目撃者は消去するんじゃないの?」
「発想が怖いペコ!? 何で消去するペコ!?」
理解出来ないという風に、愕然とした表情を向けてくるペコ丸。
ちぇー。なんだよ真面目に考えてあげたのに。
魔法は秘密にするとか、そういう決まりがあると思ったのにー。ちぇー。
ふて腐れながら、私は無言でカフェオレを飲んだ。
「あの……協力というと、何をすればいいんですか?」
相変わらずキラキラとした瞳を向けてくる学生くん。
私は無感動な視線を向けながら聞いた。
「とりあえず、君の名前は? 私は皆口キョーコ。20才」
「あっ、僕は保志ジュンです! 高2です!」
妙に張り切って返事する学生くん。
しっかし協力を頼むと言っても、特にやって欲しい事は無い。
いや、待てよ。そう言えば……。
私は、バイト先が男のアルバイト店員を募集していた事を思い出していた。
「さあ、はりきっていこー!」
「は、はい! 頑張ります」
「マジペコ!? マジでボクもバイトするペコ!?」
学生くんとペコ丸の言葉を聞き流しながら、私はバイトの作業を開始した。
猫カフェにおける私の仕事は、ソフトドリンクの容器の洗浄とその他だ。
学生くんは重い荷物の持ち運び。ペコ丸は猫という事にして存分に弄ばれてもらう。
何だか不満そうなペコ丸に、私はバイトの先輩として注意した。
「ペコ丸、せっかく店長が『日本語を話す変わった猫』って信じてくれたんだよ? ちゃんと頑張ってよね」
「マジペコ!? 店長ちょっと頭おかしいペコ!!」
「こらこら、ペコ丸。そんな事言っちゃダメだよ」
私は騒ぐペコ丸を押さえつけ、無理矢理ブラッシングしていく。
毛並みが良い方が受けがいいのだ。
あとはイイ感じに毛を立てたりして、猫っぽくしていく。
まあ何とかなるだろう。
「ぼ、ボクは妖精ペコ! 猫のフリなんて出来ないペコ!」
「いいからさっさと弄ばれてきなよー。お客さんには愛想良く接してね?」
渋るペコ丸を室内に放り出す。
変わった猫の飼い主として、店長から私にバイト代が上乗せされているのだ。
ペコ丸には頑張ってもらう必要がある。
ちなみに学生くんを紹介した事でも紹介料をもらっている。ラッキー。
それから私達は、黙々とバイトをこなした。
コップを洗う私。猫のケージや色んな機材を運ぶ学生くん。
お客さんに接客するペコ丸。三者三様だ。
「そ、そこはダメペコ! や、止めてペコ!」
ペコ丸の悲痛な声が聞こえてくる。
しかしそんなペコ丸の態度が、なおさらお客さんの心を高ぶらせているみたいだ。
私はペコ丸が人気のようで一安心した。
2人のバイトも3日目となった。
仕事が板に付いてきた学生くん。
反面、ペコ丸は日に日にやつれて行った。
まあ接客はちゃんとしてるし、このまま頑張ってくれるだろう。
学生くんは余裕が出来てきたのか、手が空いた時間に私に話しかけるようになった。
「でも、驚きました」
「何が?」
「初めて見た時、キョーコさんはてっきり年下だと思ってましたんで」
「なんだよー、舐めんなよ」
ふん、と顔を背ける私。
どうも童顔らしい私は、年よりも若く見られる事が多い。
だから年下の奴から先輩ヅラされる事があって、その度にイライラしてきたのだ。
私が不機嫌になったのを察したのか、学生くんは慌てて謝ってきた。
「あっ、怒らせちゃいましたか? すみません」
「別にー。怒ってないけど」
本当に私は怒ってはいない。ただイライラしているだけだ。
ちくしょー。舐めやがってー。年下のくせにー。
私が無言でコップを洗っていると、学生くんが慌てたように言ってきた。
「その、本当、悪い意味じゃないですよ! 若くて美人っていうか……!」
そんな事を言った後、学生くんは何故か赤面して黙ってしまう。
何なんだこいつは? と思った私だが、あんまり目くじらを立てるのも大人気無い。
色々手伝ってもらってる事もあり、大目に見る事にした。
ここは1つ、お姉さんらしい所でも見せてやるか。そう決意した私は学生くんに話しかけた。
「そう言えば、今日で3日目だね」
「え? ああ、僕とキョーコさんが初めて会った時からですか?」
「君がここでバイトを始めてから、だよ」
「す、すみません」
何故か謝る学生くん。
そんな学生くんに辟易しながらも、お姉さんらしい私は優しく言った。
「せっかくだから、今度例の喫茶店でお祝いでもしようよ」
安いだけが取り柄の喫茶店を思い浮かべながら、私は言った。
「汚されたペコ……。ボク、汚されたペコ……」
「なんだよー辛気臭いぞー? 折角のお祝いなんだし、もっと楽しもうよー」
「キョーコ! 君にボクの気持ちが分るかい!? あの変態共に体をまさぐられるボクの気持ちが!?」
学生くんの休日に合わせた日程で開かれた、2人のアルバイト開始のお祝いの会。
しかしその当事者の1人のペコ丸は、やさぐれていた。
連日お客さんに媚を売り、体を弄ばれる日々は彼の精神を蝕んでいたのだ。
そんなペコ丸とキョーコのやり取りを、ジュンは苦笑しながら見ていた。
「まあまあ、ペコ丸さん。これもキョーコさんのためですし……」
「そうだぞー? しっかり稼ぐんだペコ丸ー」
キョーコとジュンに丸め込まれた形のペコ丸は、ぐぬぬ! と拳を握る。
男泣きに泣き、喫茶店のマスターに向かって「酒ペコ! 酒持って来いペコ!」と管を巻いている。
テーブルの上に置かれた安っぽいパスタを突きながら、キョーコはジュンに話を振った。
「そんでさー。何だったっけ? ああそうそう、学生くんは私のファンなの?」
モチモチとしたパスタを食べながら私は聞いた。
妙に弾力性のあるパスタだ。
安い麺をグダグダに茹でた物なのだろう。
私はモチモチと口の中でパスタを噛みながら返事を待つ。
学生くんは、妙に赤い顔をして答えて来た。
顔が赤くなりやすい病気でも持っているんだろうか?
「その……僕、子供の頃から憧れてたんです。魔法少女に」
そう言って照れくさそうに笑うジュンを、私は無感動な目で見た。
痛いよね。正直。魔法少女に憧れるって。
そういう目で見られるのも、正直イヤだ。
なので私は、学生くんの夢を打ち砕く事にした。
「んでもさあ。私もう20才だしさ。少女って感じじゃ無いんだけど?」
パスタとカフェオレって合わないなー。
レモンティーにしとけば良かったカナ?
そんな事を思いつつ、私は学生くんに自分の年齢を指摘した。
魔法少女に憧れるというなら、その辺どーよ? と。
これで夢から覚めるカナ? と考えた私だったけど、学生くんの熱い眼差しは変わらなかった。
その暑苦しい目で私を見ながら、慌てたように反論してくる。
「そ、そんなの関係無いですよ! 僕はキョーコさん自身が、その……」
学生くんのセリフは後半が途絶えて、何を言いたいのかいまいち分らなかった。
しどろもどろになりながら、顔を俯かせる学生くん。
う~ん? 何だか、私とは話しが噛み合って無いのかな?
そう感じた私は、ペコ丸に話を振ってもらおうと思い立った。
そこでペコ丸の方を見ると、ペコ丸は一升瓶を持って一気飲みしていた。
「うおおお!! ゲソ! ゲソを持って来いペコ!」
すっかり出来上がったペコ丸が、涙を流しながらツマミを要求している。
酔っ払いと赤面する学生の2人を前にして、私は飯が不味くなるのを感じていた。
ただでさえマズイ料理なのである。気持ちまで不味くなってはたまらない。
何だこのグダグダのお祝い会?
どうしてこうなった、と私が考えていたその時。
喫茶店の正面ドアが勢いよく開かれ、1人の少女が飛び込んで来た。
「ジュン! その女は誰なのよ!!」
髪を振り乱し絶叫する少女。
その誰何の言葉は、明らかにこちらに向けられた物だ。
誰だこいつ? そんな事を思いつう、私は関係者であろう学生くんに目を向ける。
学生くんは驚いた表情を浮かべながら、ぽつりと漏らすように呻いた。
「ハルカ……? なんで、ここに?」
学生くんのセリフは、浮気の現場を発見されたというよりは、純粋に疑問だという声音だった。
私は学生くんと女の子を交互に見た。
飛び込んで来た女の子――ハルカちゃんが、学生くんを責めるように言葉を続ける。
「なんでって、ジュンが変な女の所に入り浸ってるって聞いたからよ! バイトまで始めたって!」
なんだよー変な女って。
なんで私が馬鹿にされなきゃいけないんだよー。
突然知らない女の子から罵倒された私は、ちょっとムクれた。
「キョーコさんは変な女じゃない! それに、ハルカにそんな事を言われる筋合いは無いよ!」
その中性的な顔を怒りに歪ませながら、強い口調で学生くんが言う。
そんな学生くんの態度に、女の子は傷付いたような表情になった。
あらら、どうなるんだろうなーと私が思っていると、女の子はキッと強い視線を学生くんに放った。
涙ぐんだ目で、搾り出すような声で宣言する。
「あるよ……! 私に言う権利はあるよ!」
「どんな権利だよ!?」
「だってあたしは、ずっとジュンの事が好きだったんだもん!」
突然の告白だった。
学生くんは唖然とし、言葉を失って呆然としている。
それとは対照的に、ペコ丸は急に息を吹き返したように「愛!? 愛の波動を感じるペコ!」と盛り上がっている。
私はその様子をピザを食べながら観戦していた。
もぐもぐ。この喫茶店にしてはまともな味だ。冷凍物かな?
ピザが冷凍物かどうかで悩む私の前で、ハルカちゃんは独白を続けていた。
今までの想いを吐露するかのように、潤んだ瞳を学生くんに向けて言葉を紡いでいる。
「あたし……中学の頃から、ずっとずっとジュンの事が好きだったの!!」
両手を胸の前で組みながら、息苦しそうな顔でハルカちゃんは言った。
イイ話だなー。青春だなー。
私は指に付いたピザのソースを舐めながら、そんな事を思った。
チラッと学生くんを見る。彼、これからどうする気なんだろう?
学生くんは、困惑と混乱のただ中と言わんばかりの表情で言った。
「でも、ハルカはバスケ部の西原くんと付き合ってるんでしょ? そう聞いてるけど……」
「ジュンが悪いんじゃない! 私を見てくれないから! だから、だから私……!!」
……あれ~? 何か良くない話になって来たなー。
私はレモンティーを追加で注文しながら、事の成り行きを見守った。
チラッとペコ丸の方を見る。ペコ丸は再び荒れていた。
「こんなんだから、魔法少女のなり手が居なくなるペコよ!! 酒! 酒を持ってくるペコ!!」
うおおおん、と泣きながら酒を煽るペコ丸。
その背中には哀愁が漂っていた。ちょっと笑える。
私が「まあまあ」とペコ丸を宥めていると、パシン、と頬を打つ音が店内に響いた。
「うおっ?」
驚いて視線を向けると、ハルカちゃんが学生くんを平手打ちした姿がそこにあった。
「ジュンの……ジュンのバカーーー!!」
ダッと駆け出すハルカちゃん。
学生くんは、頬を打たれた格好のまま呆然と突っ立っていた。
しばし沈黙の時が流れ……。
やがて学生くんは、打たれた頬をさすりながらぽつりと漏らした。
「僕が悪いんですか? これって……?」
私は苦悩する学生くんを「まあまあ」と宥めるのだった。
喫茶店を飛び出したあたしは、泣いていた。
「うっ……ひっく……」
どうして? どうして? どうして?
なんで、ジュンはあんな女の所に居るの?
次から次に、あたしの目から涙が溢れて止まらなかった。
初めてジュンと出会ったのは、中学校の時だった。
先輩からの告白を断ったあたしは、そのせいか酷い中傷を受ける事になった。
あること無い事が噂され、みんな面白半分にあたしを馬鹿にした。
「うっ……ぐすっ……」
放課後。
誰もいない校舎の裏で、あたしは1人泣いていた。
みんなが敵だった。味方はいない。
そんな孤独と絶望に浸るあたしの前に、ジュンは現れた。
「やあ」
「!? 何よ! 何の用なの!」
あたしは泣き顔を隠すようにして怒鳴った。
自分が情けなかった。
みんな敵、と言いつつあたしは怯えていた。
戦う事もできず、こうして誰も居ない所で震えている事しか出来なかった。
そんなあたしの隣に、ジュンは無言で座る。
あたしもジュンも何も言わなかった。遠くから、運動部の掛け声だけが聞こえてくる。
やがて、ジュンはぽつりと言った。
「噂、聞いたよ」
ビクッとあたしは震えた。
噂。みんながあたしを馬鹿にしている。
あたしが援交してるとか、先生に色目を使ってるとか酷い噂ばかりだ。
耳を閉じても、どこからもどこからも聞こえてくるその噂話が、あたしの身を刻むようだった。
「酷い話ばっかりだね……全部、デタラメなんだろ?」
優しい声でジュンが言った。
嬉しかった。誰もそんな事を言ってくれなかったから、本当に嬉しかった。
でもあたしは、そんなジュンに噛み付くように叫んだ。
裏切られるのが怖かったからだ。
「デタラメだって……そんなの関係無いわよ! みんながあたしを馬鹿にする!」
止めどなく溢れる涙。
あたしはボロボロと泣きながら、散々愚痴を言った。
そんなあたしの言葉を、ジュンはずっと黙って聞いていた。
そして最後にこう言ったのだ。
「僕が、何とかするよ」
「あなたに何が出来るのよ!!」
激昂するあたしに対し、ジュンはただ優しく微笑んでいた。
その次の日、あたしを中傷をしていた先輩がジュンに殴られたと聞いた。
先生達も大騒ぎとなり、何が騒動の問題か調べられる流れになった。
やがてあたしの噂が全部嘘である事、あたしが告白を断った先輩が全ての元凶である事が知れ渡った。
それからずっと、あたしはジュンの事が好きだった。
でも告白する勇気がもてなかった。
だから、ジュンの方から告白してくれるのを待っていた。
ずっと、ずっと。
ジュンの気を引くために、わざと他の男子とデートをしたりもした。
けど、ジュンは焼きもちすら焼いてくれなかった。
あたしが誰かとデートしても、ジュンはただ微笑んであたしを見ていた。
あたしにはそれが辛かった。
それでも、ジュンが誰とも付き合わない内は良かった。
わずかな希望に縋っている事が出来た。
きっと、あたしの事が好きだから助けてくれたのだと。
あたしの事を、特別に想ってくれているのだと信じる事が出来た。
でも……それももう終りだ。
あの女が現れた。ジュンの心を惑わす、あの変な女が……!
泣きながら拳を握り締める。憎い。あの女が、憎い。
突然背後から声をかけられたのは、そんな時だった。
「見事な闇のオーラだ……強い憎しみを感じる」
「!? 誰!?」
あたしは咄嗟に振り返った。
そこには、奇妙な面を被った黒衣の男が立っていた。
変質者だ。変質者に違いない。
全力で逃げようとするあたしに向かって、黒衣の男が名乗りを上げる。
「俺はダークサイダーの騎士、ミスター・ノワール! 貴様に力を与えてやる」
「け、警察……警察を呼ばなきゃ」
「奪い返したい物があるのだろう?」
黒衣の男の言葉に、あたしは動きを止めた。
奪い返したい物……ジュン……。
彼の微笑がフラッシュバックのように甦る。
誰にも渡さない。あたしの……大切な人!
「貴様の欲望を叶えてやろう。ただし、代償はいただくがな」
黒衣の男が、悪魔の取引を持ちかけるが如く手を差し伸べてくる。
ごくり、と唾を飲み込んで考える。
この手を取るべきか、取らないべきか。
脳裏に甦る、ジュンの微笑んだ顔。
あたしは何時の間にか、黒衣の男が差し出す手を握り返していた。
次回予告
イケメンとイケメンは引かれ合うものなのか?
キョーコの前に現れる次なるイケメン、結城。
それはかつてのキョーコの同級生だった。
そして現れる謎の敵、ダークネスガールとミスター・ノワール。
彼らの目的は一体!? 果たして、ダークサイダーは何を目論むのか!?
運命の鐘が鳴るとき、ペコ丸の絶叫が響く!! 第3話製作未定!!