序章
天にたゆたう水甕が壊れ
大いなる深淵の門が開かれた
猛り狂う嵐のもとに
走るものも 飛ぶものも
這うものも 祈るものも
すべてが貪婪な水の底に沈む
未曾有の洪水は
決して止まらぬ 止められぬ
天と地がおなじ色に染まるまで
碧き静寂に染まるまで
* * *
主は地上に人の悪が増し加わり、その心の図る想いがいつも悪いことのみであるのをご覧になって、地上に人をおつくりになったことを悔い、心に深く悲しまれた。
「私は、私が創造した人を、地の面から絶滅しよう。人のみならず、家畜も這うものも天の鳥もみな滅ぼしてしまおう。私はそれらのものを造ったことを悔いているのだ」
しかしノアは主の前に恵みを受ける者となった。
『創世記』第6章5~8節
* * *
コポコポコポコポ……
ある場所の地下深く。
鉄のパイプで殴りつけてもヒビひとつ入らない、強固な硝子で囲まれた空間。中に入らずとも隅々まで見渡せる部屋に、巨大な水槽が鎮座している。
水槽は水で満たされ、唸るようなモーターの音と水中で空気が震える音とが、不思議と心地よい調和を生み出していた。
水面には白い細かな泡が浮かび、それがただの水ではないことを物語っている。
――海水。
どこからかつながっている何本もの管は、水槽の中に新鮮な海水と空気を絶えず送り込んでいた。
そんな水槽の中に彼女はいた。
白い着物を身に纏い、ただそこにいた。
水の浮力に逆らって、水槽のちょうど直中に留まっている。まるでささやかな抵抗を見せるかのように。
金糸を思わせる長い髪がまるで生き物のように優雅に踊っている。
力の抜けた白い両手はぴくりとも動かず、わずかな水の流れに揺らめくばかり。
その双眸は見開かれ、生の欠片も見えない。
彼女はただ前をミテ、いた。
ゴポリ
水面に不自然な泡がはじけた。
抽象的すぎてスミマセン。。
ぼんやり覚えておいていただければ……