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第6章-悪魔の道化師-

(圭一君って…何?何でも出来過ぎ…)


浅野は今、一般のジャズコンサートの客席にいる。


ステージでは、圭一の恋人マリエがジャズを歌い、圭一がピアノ伴奏をしていた。


(オペラは歌えるし、ダンスも踊れるし、ピアノも弾けるし、大阪弁まで堪能…)


最後の大阪弁は余計だと思うが、それほど浅野は感動していた。


(でもやっぱり俺は、オペラを歌う圭一君がいいな。)


浅野はそれを再確認した。正直、今、圭一のオペラが聞きたかった。


曲が終わり、拍手の中マリエと圭一が頭を下げた。浅野の隣には「美しきバイオリニスト」秋本が一緒に拍手をしている。


「よかった…成功のようだな…」


秋本が呟いた。

基本的にマリエと圭一はアイドルなのだ。そのため「アイドル風情があちこち首をだすな。」というバッシングもあるという。


秋本は浅野に目配せをした。浅野がうなずいて、そっと席を立った。


楽屋に行くと、マリエが涙を拭い、圭一が椅子に座ってうなだれていた。


「!?どうした!」


秋本が驚いた。浅野も驚いて、圭一の傍にかけよった。


「…全力は尽くしたんですけど…」


マリエが涙を拭いながら言った。


「やっぱり…素人ですよね…」

「何か言われたのか?」


秋本がマリエに尋ねた。


「いえ…何も…。でも…会場の雰囲気でわかります。」


秋本と浅野は顔を見合わせた。


「…そうかな…俺にはそんな印象…なかったけど…」


浅野が呟くように言った。


「俺にもなかったよ。客席にいたけど…」


秋本も言った。

だが圭一達は、顔を上げることはなかった。


……


浅野はバーのカウンターの中でぼんやりしていた。


客がない。だが売上のノルマなどないので気にすることはないのだが。

圭一は今日は来ないと言う。

ジャズコンサートのショックが大きいのだ。


(そんなに、素人っぽかったかな??)


浅野は思った。


バーのドアが開いた。入ってきたのは秋本だった。


「常務…お疲れ様です!」


浅野がそう言うと、秋本が苦笑した。


「常務はよして下さい…。」


秋本も元気がない。


「何飲まれますか?」


おしぼりを渡しながら、浅野が言った。


「今日は強い酒が飲みたいな…」


秋本が言った。


「じゃあ…テキーラで?」

「うん。ショットで。」


浅野が頷き、ショットグラスにテキーラを入れた。秋本はくいっと飲み干した。


「おかわりを…」

「……」


浅野は空のショットグラスに、テキーラをついだ。


「秋本さんまでどうしたんですか…」


何かおかしい……と浅野は思った。


(このプロダクションで、こんな暗い雰囲気は…)


浅野は、はっとした。


(そうだ…いつもの清浄なプロダクションじゃない!)


浅野は辺りを見渡した。

そして、窓を見て目を見開いた。


小さなこうもりのような形をした悪魔が窓の外で群がっている。

浅野にもさっきまでは見えてなかった。


(俺まで惑わされていたのか!)


浅野は秋本に向いて言った。


「秋本さん…今日は飲むのはやめましょう…。バー閉めます。」

「え?どうして?」


悪魔が群がっているなんて説明できない。


「圭一君たちのあの落ち込みを見たら…何かやる気なくなっちゃって…」

「そうだな…」


秋本がテキーラを飲み干した。


「帰るか。」

「すいません。」

「いや。」

「タクシー呼びますね。」

「…ありがとう…」


秋本は力無く言った。


……


(インプの仕業だったか!)


浅野はプロダクションビルの屋上にいた。頭上には満月が煌々と照っている。

インプとは、下級悪魔で悪魔の子どもたちのことを言う。子どもだから悪意はあまりもたないものの、逆に悪意がないために残酷な結果をもたらすこともある。


(さすがにビルの中には入れないようだが…あれだけの数が集まると人の精神を惑わせるってわけだ…。それも誰かに、人間のやる気を失わせるよう命じられているな…)


ビルの上から、こうもり形のインプが群がる様子をみながら浅野は思った。

このままインプを放置すると、どんどん増殖を進め人間界がすべてやる気のない状態になってしまう。


(しかしこの数…俺の手に負えるか?)


浅野は「ん?待てよ?」と呟いた。


(…元々は、コンサートで圭一君とマリエちゃんが、楽屋で落ち込んでたところから始まったんだ…ということは…)


「やばいっ!!」


浅野は思わず叫んだ。


「圭一君がインプを連れて家に帰ってしまってる!!」


(それだけじゃない…マリエちゃんだって家に…。)


と思ってから、浅野は思わず両手で自分の頬を抑えた。


「ムンクが叫びたくなる気持ちがわかるーっ…って、そんなこと言ってる場合じゃない!!」


言ってから、浅野はその場に崩れるように、四つん這いになってしまった。


「…秋本さんをタクシーで帰してしまった…」


秋本のマンションにもインプがついて行っているだろう…またその上に…


「秋本さんが乗ったタクシーにもインプがついてる…。そのタクシーにお客がたくさん乗れば乗るほど、インプが増殖…」


浅野はよろよろと立ち上がり柵に両手をついてうなだれた。


「…駄目だ…収集がつかない…どうすればいいんだ…?」


一か所ならば、圭一の歌を聞かせて動きを封じ、封印すればいいが…これだけあちこちに散らばっていると…。


(一か所…?…一か所にまとめればいいのか…。じゃぁここに…)


浅野は屋上を見渡した。


(ここになんとかインプ達を集めることができたら…しかしどうやればいい?)


浅野はしばらく考えてから、ふと呟いた。


「…まずリュミエルに連絡を取ってみるか。」


浅野は人差し指を額にかざし「連絡!」と言った。

…何も起こらず「ん?」と浅野は眉間にしわを寄せた。


「!…連絡って、中学のホームルームかっ!!どれだけ俺は動揺してるんだよ!」


と頭を抱えて叫んでから「もといっ!」と気を取り直し、再び人差し指を額にかざした。


「交信!」


リュミエルの姿が見えた。そのとたん浅野は「あ、無理だ」と呟いた。

リュミエルと獅子の姿になったキャトルが、圭一のマンションの外に群がるインプ達と必死に戦っている最中だったのだ。


浅野は指を下ろし、交信を切った。


「…やりたくはないが…誰かを召喚しなくちゃならないな…!!そうだ!ニバス!!」


浅野は、六芒星を一筆書きで自分の前の空間に書くと、人差し指を額に当て「召喚!」と叫んだ。

道化師の姿をした男形の悪魔が現れた。目は見えないようにスカーフのようなもので覆っている。

悪魔の道化師ニバスは、浅野に抱きついてきた。


「俊介ー…久しぶりー…」

「ニバス…元気だった?」

「うん。」


ニバスが浅野から離れて、にっこりと笑った。姿は浅野と変わらないくらいの青年のようだが、言葉は幼児っぽい。


「どうしたの?また遊び方教えて欲しいの?」


ニバスは人を楽しませるのが上手な道化師である。悪魔の宮廷では道化師長を務めるほどの腕を持つ。だが、一方では大いなるペテン師で、自分でつく嘘をごまかすために自分の目を覆っているのだ。


「いや…実はインプ達が暴れていてね。ニバスの技でインプ達を楽しませてやって欲しいんだ。」

「ふーん?いったいどうしたの?」

「よくわからん。…誰かがインプ達に何かを命じたみたいなんだけど…」

「ちょっと待って…」


ニバスは浅野と同じように人差し指を額にかざした。


「…人間に呼び出されてるよ。」

「!?なんだって?…人間にできるのか!?」

「悪魔に魂を売った奴がいるね。そいつがやったんだ。…インプくらいなら人間でも呼べるから。」

「そいつが誰だかわかるか?」

「顔は浮かぶけどうまく口で言えない…」

「そうか…じゃぁまぁいいや…」

「インプ楽しませたら、何かくれる?」

「あ、そうだな…うーんと…あ!これ人間界でしか採れないものなんだけど…。」


浅野は首にかけていたシルバーのネックレスをはずした。


「銀っていう鉱物でできているんだけど…いる?」


ニバスが目を輝かせたかどうかスカーフで覆われてわからないが、手でそれを探るように掴むと嬉しそうにした。無機質なものは、やはり目で見ないとわからないのだが気に入ったようだ。


「これくれるの?」

「あげるよ。今、つけてやろう。」


浅野はニバスの首にネックレスをつけた。ニバスがにこにこと笑った。


「…似合う?」

「似合う似合う!赤いその衣装に映えて光ってるよ。」

「ほんとっ!?ありがとう!俊介ー!」

「いえいえ。…インプ達を楽しませてくれれば安いもんだ。」

「わかった。」

「インプ達を呼びよせることできる?」

「もちろん!」


ニバスはさっと掌を上に向けた。小さなラッパが現れた。

そしてそのラッパを高らかに吹いた。


すると人間に見えていたらぞっとするだろうほどの、こうもり形のインプの集団が集まってきた。


(ひーー…こんなに増えていたのか!!)


浅野は自分の失態を今さらながら反省した。


「はーい!ニバスのショーが始まるよー!!」


ニバスが両手を振りながら言った。インプ達はきゃっきゃっと声を上げながら、ニバスの周りに集まった。

浅野は柵にもたれ、その様子を離れて見ることにした。


(可愛さは全く違うけど…施設の子どもたちの目と同じだ…)


浅野はふと思った。

浅野は乳児院に捨てられていた子どもだった。その時点でもう羽が背中に生えていたという。大きくなるにつれ隠すことができるようになったが、羽が白いにも関わらず、当時の施設の従業員達に「悪魔の子が来た」と気味悪がられた。

ただ院長だけが、他の子どもと分け隔てなく浅野を見守ってくれたおかげで、浅野はぐれることなく成長した。施設を出て自立しても、時々施設に行っては、マジックをその施設の子どもたちに見せていた。


(…そういや…悪魔に追われるようになってからは行ってないなぁ…)


浅野はインプ達が楽しそうにしている姿を見ながら思った。


(…今度はいつ行けるんだろう…。悪魔に追われてる身では行けないし…でも…あの皆の笑顔をみたいなぁ…笑い声が聞きたい…)


浅野はふとこぼれた涙を拭いた。


「さぁ!ここでは終わりだけど、まだニバスのショーを見たい人っ!!」


ニバスがそう言うと、インプ達が皆立ち上がって声を上げ、手に持った小さな槍を上下に振った。


「よーし!じゃぁ魔界まで競争だ!」

「!?」


浅野は驚いてニバスを見た。そこまでやってくれるとは思わなかった。

ニバスは「これ…ありがと!」と言って、首元のネックレスを指でつついた。

浅野は微笑んでうなずいた。


「また…遊びに来いよ。ニバス。」

「うん!俊介大好き!」


ニバスはそう言って空を飛んだ。インプ達がそのニバスについて行く。ニバスとインプの集団は満月に消えて行った。


「…死ねば…ニバスにも会えるだろう。」


浅野は微笑みながらそう呟いて、しばらく満月を見ていた。


(終)

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