<番外編>優しき悪魔
「パパ!はいあーん!」
少女天使形のキャトルに言われて、北条圭一は口を開けた。
少女キャトルはスプーンを圭一の口に入れた。圭一はそのスプーンをくわえた。
「パパっ!離してっ!」
少女キャトルがキャッキャッと笑いながら、スプーンを必死に抜こうとした。圭一はふざけて離さない。
…しばらくして圭一はスプーンを離した。
そして、口の中のオムライスをもぐもぐと食べた。
「おいしいぃ?」
少女キャトルが首を傾げて言った。圭一はニコニコとしながら、うなずいた。
「…そりゃ、娘が作った物はなんでもうまいだろうよ。」
天使アルシェの人間形「浅野俊介」がリビングのソファーで、クラシック音楽の雑誌をめくりながら言った。
「なんで俺んちで、いちゃいちゃするかなぁ…」
浅野がぶつぶつと文句を言っている。
言いながら、少女キャトルをふと見た。
「!?…あれ?キャトル?」
いきなりの甲高い声に、少女キャトルは浅野の方を見た。
「何?浅野?」
浅野は「呼び捨てかよ」と苦笑しながら呟き、キャトルに言った。
「お前、耳なんてあったか?」
「あ、これ?」
キャトルが頭の上にある、猫の耳を両手でつまみながら言った。
「さっき大天使様のところへ、ムチのお礼を言いに行ったらね、私の顔を見て「忘れてるっ!!」っておっしゃって、この耳をつけてくれたの。」
浅野はまた苦笑した。大天使の趣味がはっきりとわかる。
「せっかく猫の生体を持っているんだから、天使形にも猫耳つけなきゃって。」
「かわいいよ。キャトル。」
「ありがとー、パパー!」
少女キャトルは、ほめる圭一の口にちゅっとキスをした。圭一も慣れたように受けている。
浅野が驚いた。
「!!?キャトル!天から落とされるぞ!」
「あら、大天使様はこれくらい大丈夫って言ってたよ???」
「え!?」
「親子愛の範囲なら大丈夫って。」
「…あっそ…」
もうどうでもよくなった浅野は、また雑誌に目を落とした。
だが、正直全く頭に入っていない。
(リュミエルが最近来てないなぁ…)
浅野は少し不安を感じていた。
……
「…そう言えば…」
バーで洗い物をしながら、圭一が浅野の言葉にはっとした表情をした。
「…リュミエル…最近来てなかったですね…」
「こっちの時間で3日は見てないよな…」
浅野が圭一が洗った物を拭きながら言った。
浅野はこれまでも何度か交信を試みたが、交信にひっかからなかった。交信にひっかからないのは、本人が拒否している場合がほとんどである。魔界の果てに閉じ込められている場合もあるが、それはないだろう。
「いつも1日に1回は俺んちに来てたんだけどな…。」
「……」
圭一の手が止まり、目が一点を見つめている。
浅野はそれに気づかずに、洗ったばかりのグラスを取りあげ、拭きながら言った。
「…もしかしてさぁ…キャトルに嫉妬してんじゃないかなぁ…」
「!!」
圭一が驚いた表情で、浅野を見た。浅野は後ろを振り返ってグラスを棚に入れた。
「…そんな…」
「圭一君、今度リュミエルが来たら、相手してやってよ。」
「…ごめんなさい…」
「いや、俺はいいんだけどさ。…あーっ!また泣くー!」
圭一が涙ぐんでいるのを見て、浅野は慌てて辺りを見渡した。
「って…あれ???…いつもなら怒りながら出てくるのにな…」
圭一が泣いた時は、リュミエルはいつも姿を現した。…しかし、今は現れる気配もない。
圭一は涙を手の甲で拭った。
「…そう言えば…キャトルにだけ構ってて…」
「それは仕方ないとは思うけど。…正直、そのことで本当にリュミエルが嫉妬してたら…おとなげないような気もするけど。」
「……」
圭一は洗い物の手を止めたまま、動かなくなった。
……
その夜-
圭一は、自室のベッドで膝を抱えて座り、窓から空を見上げていた。
何度もリュミエルに呼びかけるが、現れる気配がない。
(リュミエル…怒っちゃったのかな…)
圭一は下を向いてため息をついた。
ベッドで丸くなって寝ていたキャトルが顔を上げて「にゃあ」と鳴いた。
「ん?寝てていいよ。…リュミエル待ってるだけだから。」
キャトルは再び丸くなった。すると天使形のキャトルが姿を現し、ベッドの縁に座った。
「パパ…明日お仕事あるんでしょ?体壊しちゃうよ。」
「うん…」
「リュミエル怒ってないって。キャトルは、リュミエルがそんな人じゃないと思うけどな…」
「そう?」
少女キャトルはうなずいた。
「浅野が考えすぎなんだって。」
「でも…どうして交信を切ってるんだろう?」
「ん~…ちょっと私、天界へ行ってみる!」
少女キャトルがそう言って、ベッドから立ち上がった。圭一が慌ててそのキャトルの腕を取った。
「いいよ、キャトル!きっと何か理由があるんだろうし…」
「だって…」
「わかった。パパも寝るから…キャトルも寝よう。」
「…うん…」
圭一がブランケットの中に潜り込んだのを見て、少女キャトルは姿を消した。
子猫に戻ったキャトルはひとつあくびをして、再び丸くなった。
圭一はそれを見て微笑むと、キャトルを撫でながら眠りに落ちた。
「……」
キャトルは顔を上げた。
「にゃあ?」
そう鳴いてみたが、圭一は眠りこんでいる。キャトルがさり気なくかけた魔術が効いたようだ。
キャトルがまた丸くなると、天使形のキャトルが姿を現した。
「よし、リュミエル捜索にしゅっぱーつ!!」
独りそう意気込んで、少女キャトルの姿が消えた。
……
「やば…」
少女キャトルは、辺りを見渡した。
天界じゃない。魔界に降りてしまっている。リュミエルのことを思いながら瞬間移動したのに…と、キャトルは不思議に思った。
「…まさか…リュミエル…」
キャトルは最悪の事態を思い浮かべて、頭を振った。
「…違うよね…もう天使なんだから魔界に閉じ込められるなんて…。」
『君はばかか!』
「いきなりばかとは何よ!ばかとは…痛ーっ!!」
キャトルはいきなり声をかけられたと思ったとたん、腕を掴まれた。
……
キャトルは、人間界の埠頭に転送させられていた。
そして、自分の腕を掴んでいる男を見た。
「ピエロさん?」
キャトルが男の姿を見て言った。
道化師の格好をし、目はスカーフで覆われている。
「うん。道化師のニバスっていうんだ。」
「私はキャトル。よろしくね。」
「よろしく。」
「あなたも悪魔よね?…どうして私を助けてくれたの?」
「だってぇ…。なんか俊介の匂いがするんだもん。」
「俊介って浅野のこと!?浅野のこと知ってるの!?」
「知ってるよ。…でも俊介…生体なくなって、完全な天使になっちゃったんだってね。」
ニバスは唇を噛んで泣きだした。
「やだっ!どうしたの急にっ!男が泣いちゃだめよ!!」
「うんっうんっ」
ニバスが何度もうなずいた。
「僕、下級の悪魔だから…俊介に会えないんだ…。」
「会ったらどうなるの?」
「会ったら…僕…消滅しちゃう…」
「えっ!?そうなの!?」
「消滅するのは別にいいけど…俊介の顔見れないで消滅するのいやだ…」
「…そうよね…」
キャトルが少し顔をうつむかせ、考える風を見せた。
その時、ふとニバスの胸元に光るシルバーのネックレスに気づいた。
「…あ、綺麗なネックレス…」
キャトルが思わずそう言うと、ニバスがとたんに笑顔になった。
「綺麗でしょ!?…これね。俊介がくれたのー!」
「え!?そうなんだ!…あ、そう言えば、浅野、シルバー好きだったな。」
「僕の宝物なの。」
「そう…本当に浅野のこと好きなんだー。」
「うん!」
ニバスは嬉しそうに言った。が、ふと心配そうに言った。
「そういえば…君はどうして魔界にいたの?」
「あっ!そうそう!リュミエル探してたの!」
「リュミエル…って、神様の恩赦を受けて天使に戻った…」
「そうそう!…最近、姿が見えなくて…探してたら、魔界に落ちてたの。」
ニバスが人差し指を額に当て黙り込んだ。
「ニバス?」
「待って…」
「うん。」
キャトルはチュチュの裾を持って、回すような動きをした。…じっとしているのが性に合わないようだ。
ニバスが指を下ろして言った。
「気が散るからやめて。」
「目塞いでてもわかるの?」
「気配でわかる。」
「ふぁい。」
キャトルは気をつけをして、じっとした。
ニバスは苦笑しながら、再び人差し指を額に当てた。
しかし、しばらくしてニバスが急に指を下ろした。
「ニバス?わかったの?」
キャトルがニバスに言った。
「…大変だ…」
「!?…どうしたの?」
「やられてる。」
「!?…やられてるって!?」
「…かなり長い間いたぶられてるよ。…どうして今までほっといたの?」
「!!」
キャトルは下を向いた
「…私が悪いの…。」
そのキャトルの言葉にニバスがため息をついた。意味はわからないが、今、ゆっくり話を聞いている場合じゃない。
「…僕が助けに行ってくる。」
「ニバスだけで行くの!?私も行く!」
「だめだよ。天使の君が来たらややこしくなるから。」
キャトルがニバスにそう言われ、しゅんとした。
「わかった…」
「…ここで待ってて。こっちの時間で10分で戻ってくるから。」
キャトルが涙ぐみながらうなずくと、ニバスの姿が消えた。
……
キャトルはその場に膝を抱えて座り込み、ニバスが帰ってくるのを待っていた。10分はとっくに経過している。
「ニバス…手こずってるのかな…。大丈夫かなぁ…。」
キャトルはそう呟いて、膝に顔を伏せた。
その時、何かが飛んでくる気配を感じた。
「!!」
キャトルが立ち上がると、目の前に高いところから落ちたような状態で、ニバスとリュミエルが姿を現した。
ニバスの体はなんともないようだが、リュミエルの体が傷だらけになっている。羽までもボロボロになっていた。
「リュミエル!!」
キャトルが、倒れ込んだリュミエルにかぶさるようにして見た。いつもの美しい顔がかなり歪んでいる。
ニバスはその場に座り込み、息を切らして言った。
「誰にもわからなかったはずだよ。」
「どういうこと!?」
「悪魔の中でも侯爵級の悪魔に監禁されてたんだ。その上、逆さ吊りにされて斧で傷つけられて…。」
「じゃ…今までずっと!?」
「うん。よく今まで耐えられたもんだよ。」
その時、リュミエルが唸り声を上げた。
「大変!…ニバス、どうしよう…!私にはこの傷治してあげられない…」
「そうだね…。こいつ自身でも無理そうだ…。」
下級悪魔のニバスには、他人の怪我を治癒させる力は持っていない。
「このままじゃ、死んじゃう…」
キャトルが泣きだした。
その時、天使アルシェがリュミエルのオーラを察知し、血相を変えて姿を現した。
「リュミエル!!」
キャトルがアルシェに抱きついた。
「どうしよう…どうしよう…リュミエル死んじゃう!!」
「……」
アルシェもリュミエルの姿を見て、リュミエルが危ないことを悟った。人間でいうと「重症」を超えた「重体」だ。
「…すまんリュミエル…。まさかお前がやられるなんて思ってなかったから…」
リュミエルは体を起こされながら、アルシェの言葉に首を振って言った。
「マスター(圭一)には…言ってないだろうな。」
「もちろんだ。」
アルシェがそう言うと、リュミエルはほっとした表情をした。
ニバスは、いつの間にか姿を消していた。
……
天使アルシェの人間形「浅野」の自宅のベッドで、リュミエルは眠り続けていた。アルシェができる限りの気を送ったが、傷が治癒するまでにはいかなかった。
うわべに見える傷すら消えない。アルシェもベッドの下で体を横たえている。起き上がることもできなかった。
キャトルも気をあげたかった。だが、アルシェに「今、圭一君が襲われたら助ける者がいなくなるから」と言って、キャトルには何もさせなかった。
キャトルは目を指でこすりながら、リュミエルの傷ついた顔を見ていた。
突然、キャトルは驚いたように顔を上げた。
「パパ!」
それと同時に、インターホンが何度も鳴った。
キャトルはぎゅっと目を閉じた。
すると、圭一がベッドの傍に現れた。
「!!…リュミエル!」
圭一がリュミエルに伏せるようにして言った。
「リュミエル…リュミエル!…どうして…こんな…」
圭一が泣き出した声を聞いて、アルシェが目を覚ました。
「圭一君!どうして!?」
「…夢を…夢を見たんです。…リュミエルが…消えていく夢…」
圭一の震える声に、キャトルとアルシェは驚いた。
「リュミエル!!目を開けて…!お願い…」
圭一が泣きながら言った。
リュミエルが目を少し開いた。
「!リュミエル!」
「マスター…」
リュミエルが圭一に向いた。
「ごめん、リュミエル!気がつかなくてごめんよ…もっと早く気がついていたら…リュミエル…こんなことにならなかったのに…」
リュミエルは首を振っている。
「しっかりして…リュミエル…」
圭一が涙声でそう言った時、リュミエルの姿が消えかかっていることに気付いた。
「リュミエル!?…だめだ!消えないで!!」
圭一が声を上げた。アルシェが驚いて必死に体を上げた。
リュミエルの体が透けていた。
「!!くそ…!…このままじゃ本当に…」
アルシェがベッドにしがみつくようにして、立ち上がった。
「リュミエル!いいか…あきらめるな!」
「アルシェ!やっぱり私の気を…」
キャトルがそう言ったが、アルシェは首を振った。
「だめだ!天使になりたてのお前の気を使ったら、お前が死んでしまう!」
「!!」
キャトルは泣き出して、その場に座り込んだ。
「圭一君、どいてくれ。…俺がなんとかする。」
アルシェが言った。圭一は泣きながらリュミエルから離れた。
『僕に任せて!』
「!?」
急に甲高い男の声がした。
キャトルが驚いて顔を上げた。ニバスの声だ。
その時、強い光が部屋を満たした。
そして徐々に消えていった。圭一が目をゆっくり開くと、リュミエルの姿がはっきりしたものになっていた。体の傷も消えている。
「リュミエル…良かった…!」
圭一は、リュミエルの頭を抱いた。
キャトルは辺りを探すように見渡した。
「ニバス!?ニバスどこっ!?」
「ニバス!?」
アルシェが驚いた。
「…どうしてニバスが?」
「さっきね…私も助けてもらったの…リュミエルも助けてくれたの…」
キャトルが涙ぐんでいる。
「でもね…でも…浅野に会えないって泣いてたの…」
「!?…」
アルシェはやっと気付いた。自分は完全な天使になっている。まだ天使になりたてのキャトルやリュミエルくらいなら力は弱い。
だが上級とはいえなくともアルシェほどの力があると、下級悪魔でしかないニバスは消滅する可能性がある。
ニバスはそれを恐れているのだ。
「ニバス!!」
アルシェが天井を見渡して声を上げた。ニバスは魔界から交信してきているのだ。
「ニバス!ここまで来い!」
しんとしている。キャトルも天井を見た。
「ニバス!来て!」
『だって…怖いもん…。…俊介は…もう俊介じゃないんだもん…』
「ニバス…」
アルシェは浅野に姿を変えた。
「ニバス…今の力はどうやったんだ?」
『侯爵様からもらったの…』
「もらったって…ただじゃないだろう?」
『…俊介のネックレス…あげたの…』
「!?…」
「ニバスっ!うそっ!あれ宝物だって…」
キャトルが思わず泣きながら言った。
『…でも…リュミエルは俊介の仲間だもん…』
「ニバス…」
『僕も俊介の仲間になりたいけど…悪魔だもん…』
浅野の目にも涙が溢れた。
「…ごめんよ…ニバス…。」
「ねぇ…浅野…なんとかしてあげられないの?」
「…こればっかりは…」
「大天使様に頼めない?」
「いくら大天使様だって、堕天使だったリュミエルとは違って、悪魔には何もできないんだ。」
「…そんな…」
キャトルがうなだれた。黙って話を聞いていた圭一が口を開いた。
「でも、リュミエルの命を救ってくれた恩人です。…キャトル…」
キャトルが圭一に向いた。
「何?パパ」
「お前とニバスは会っても大丈夫なんだよね。」
「うん…」
「浅野さん…ネックレスの代わりになるもので…せめて何か、ニバスにあげられるものないですか?」
「!…そうだ、そう言えば…」
浅野が机の引き出しを開け、小さな赤いビロードの箱を取り出した。
「すっかり忘れてたよ。今度ニバスに会えたら、これをあげようと思ってたんだ。」
浅野は駆け寄ったキャトルに向けて、ビロードの箱を開いた。
小さな道化師の形をしたシルバーブローチだった。
「…前にニバスに助けてもらった後に、作ってもらっていたんだ。…その後、生体を失ったりいろいろあったから、すっかりしまいこんだままだった…」
「これニバスに渡しに行く!!」
「ん。頼む。」
浅野が微笑んだ。そして天井に向いた。
「ニバス!今からキャトルにお前へのプレゼント持って行ってもらうから!…受け取ってくれるかい?」
しばらくしんとしていたが…
『…ありがとう、俊介…!』
ニバスの涙声が返ってきた。
……
ニバスとキャトルは、浅野のマンションの屋上にいた。
キャトルはニバスの手に、開いたビロードの箱を乗せた。
「ねぇ…その目のスカーフ取ろうよ。…見えないでしょう?」
ニバスはためらっていた。
「…だって…僕の目…汚れてるもの…僕…嘘つきなんだもん…」
ニバスは人を楽しませるのが上手な道化師なのだが、生まれつきペテン師の性質を持ち、自分でつく嘘をごまかすために自分の目をスカーフで覆っているのだ。
「嘘つきでも、心は汚れてないじゃない。きっと目も綺麗だよ。ねっ。」
キャトルはそう言うと、ニバスの頭の後ろに手を回してスカーフの結び目をほどき始めた。
「あっだめだって…」
ニバスはそう言ってキャトルの手を抑えようとしたが、もう取り払われてしまった。
「!!ニバスってかっこいい!!」
キャトルが思わず言った。ニバスの目は大きく、そしてサファイアのように青く光っていた。
ニバスは思わず、空いた片手で目を塞いだ。
「目を隠してどうするのっ!浅野からのプレゼント見ないの?」
ニバスはそっと手を下ろした。そしてそのサファイア色の瞳で、開いたビロードの箱の中を見た。
「僕だっ!」
ニバスが嬉しそうにブローチを手に取って言った。
「僕が…キラキラ光ってる!!」
ニバスは、月の光にかざすようにしてブローチを上に上げた。
キャトルもそのブローチを一緒に見上げて言った。
「綺麗ねー…でも、ニバスの目の方が綺麗だよ!」
「ほんと?」
ニバスがキャトルに不安そうに言った。
「うん!とっても綺麗。」
ニバスは照れ臭そうにして、ブローチをもう1度見た。キャトルが言った。
「ブローチつけてあげようか?」
「ううん。箱の中に入れておく。」
「どうして?」
「僕だけが見られるようにするんだ。見せびらかすとネックレスのように取られちゃう…」
「そうか…そうね!」
ニバスはブローチを箱の中にそっと入れて蓋を閉じた。そして胸元に隠した。
「俊介にありがとう…って伝えて。」
「うん!」
「もう会えないのは寂しいけど…お話だけでもして欲しいって。」
「…うん…!」
キャトルは思わず溢れ出た涙を指で拭った。
「ありがと、キャトル。」
「お礼を言うのは私だよ。私とリュミエルを助けてくれてありがとう。」
「…うん…」
「ニバスも…浅野の仲間だからね。」
「!!」
ニバスは慌てるようにして、キャトルの手にあったスカーフを取りあげて目を覆い後ろで結んだ。
涙を見られたくないのだろう。
「じゃ、ばいばい…キャトル。」
「ばいばい!ニバス!」
月に向かって飛びあがったニバスに、キャトルが手を振った。ニバスもキャトルを見下ろして手を振ると、月に向かって飛んで行った。
ニバスが小さくなっていく。
キャトルは見えなくなるまで、ニバスに手を振り続けていた。
(終)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「道化師の悪魔」のニバスを再登場させていただきました。この「浅野俊介」の中で、唯一、実在(?)する悪魔です。私自身で少しデフォルメしてしまいましたが、とても好きな悪魔さんです。
現在、新しい「アルシェ」を制作中です。またはじまりましたら、よろしくお願いいたします(^^)