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最終章-銀髪の天使-

「今度の衣装…?…浅野さんのいつもの格好じゃないですか!」


北条きたじょう圭一が、タレント事務所『相澤プロダクション』の会議室で浅野俊介を見て言った。

次のイリュージョンショーの打ち合わせ中だ。


「この方が自分らしいかなって…」


浅野は黒の半そでTシャツに、黒のスリムジーパン、白のスニーカーといういでたちだ。

圭一の隣で一緒に打ち合わせをしていた、副社長の北条きたじょう明良あきらが「逆に洗練された感じに見えるよ。」と言った。


「言われてみれば…」


圭一もうなずいた。


「そう見てみたら、前の衣装がすごく…」


圭一が口を抑えた。


「ダサく見える…だろ?」


浅野が言った。明良が笑った。圭一は口を抑えて首を振った。


「次の構成は決まりましたか?」


明良が笑いながら浅野に尋ねた。


「まだ完全には…やりたいことはリストアップしているんですが…」

「楽しみにしていますよ。必要なものがあれば遠慮なくおっしゃってください。」

「はい。ありがとうございます。」


頭を下げる浅野に明良は微笑んで、会議室を出て行った。


……


(次のショーでどういう邪魔が入るかだな…)


浅野は客が1人もいないバーで思った。


(今度は有料だから…ある程度予測しながら構成を考えないと、前みたいに尻つぼみ的なことはできない…)


浅野はため息をついた。


『ショーなんかできなくしてやるよ…』


「!!」


浅野はぎくりとした。神取の声だ。


「お前!!…あきらめたんじゃなかったのか!?」

『誰があきらめるか…あれは、悪魔の登場で一時停戦しただけだ。…悪魔には悪魔を…だ。』

「…じゃぁ…今までの悪魔は…すべて…」

『いろいろ試させてもらったよ。…ただ次はあんな生易しいもんじゃないぞ。』

「…やっぱり…あの時、お前を海に放り込むんだったな。」


神取の低い笑い声が聞こえた。


『楽しみにしてろよ。絶対に召喚してみせるから…』

「……」


神取の気配が消えた。


(人の心を読めるんだ…ショーの日取りもばれてるだろうな…。)


浅野はカレンダーをめくった。翌月の満月の日に丸が付けられている。その日がショーの日だ。


(どうにかしないと…。)


浅野は唇を噛んだ。その時圭一が入ってきた。

浅野はカレンダーから離れた。


「ただいま!浅野さん!」

「お帰りなさーい…って、ここはメイドカフェじゃないぞ!」


圭一が笑った。


「どうしてメイドカフェって発想になるんですか…。家じゃないぞっていうならわかりますが。」

「いや、初めて入った時、感動してね。」


圭一がくすくすと笑い、奥にある厨房に入ると、スーパーの袋から野菜を取り出し冷蔵庫に入れた。

揚げ物などは食堂に頼むこともあるが、サラダやちょっとしたつまみはここで作る。


「トマト切っておきましょうか。」

「そうだな…助かるよ。」

「いえいえ。」


圭一が鼻歌を歌いだした。それを聞いて浅野は疑問が浮かんだ。


どうして自分は圭一の歌声を聞いても大丈夫なんだろう…と。

悪魔達は、圭一の歌を聞いて完全に動きを封じられていた。でも悪魔であるはずの自分には何もない。リュミエルもそうだ。キャトルは寝てしまうが、それはリュミエルと契約する前からだったそうだ。

元天使だから大丈夫なのか?…しかし、浅野は天使だったことはない。…もしかすると、悪魔じゃなくて天使かもしれない…なんて甘いことは考えない方がいいだろう。


…考え込んで動きが止まっている浅野に、圭一がトマトを切りながら「浅野さん?」と言った。


「ん?」


浅野は我に返って、厨房の圭一を見た。


「どうしました?何か考え事ですか?」

「ん…」


浅野は、カウンターの中にある休憩用のパイプ椅子に座りながら言った。


「圭一君の歌…家で毎日聞いてるんだ。」

「!?え?アルバム買ったんですか!?」

「うん。久しぶりにCD屋さんに行ったよ。」

「言ってくれれば、差し上げますのに。」

「いやいや。プロダクションにはお世話になってるから、貢献しなきゃね。」

「十分に貢献してもらってます。」


その圭一の言葉に浅野は首を振り、小さく笑って言った。


「…君の歌を聞いても…なんで俺は平気なんだろうと思ってね…」

「!?…どういう意味ですか?」


圭一は切ったトマトをラップで包み、冷蔵庫に入れながら言った。


「俺はたぶん悪魔だと思うんだ。」


浅野が呟くように言った。


「え?…浅野さんが?…どうして…」


圭一がそう言いながら、浅野の隣にあるパイプ椅子に座った。浅野は下を向いて自嘲気味に言った。


「俺は捨て子でね。産まれてすぐに乳児院の玄関に置かれていたそうだ。…それも背中には羽が生えていたんだそうだよ。」

「!!」

「たぶん、俺の親が気味悪がって捨てたんだろう。それからもずっと俺は気味悪がられながら、施設の中で成長してきた。」

「…浅野さん…」

「たぶん…なんだが…俺は天使と人間の間に産まれたんだと思う。天使と人間のハーフはイコール…悪魔だと聞いたことがある。」


圭一が目を見開いた。


「でも…浅野さんが悪魔だなんて…僕は思えない…。」

「…ありがとう。」


浅野が圭一に向いて微笑んだ。


「でも今は、圭一君という友人に出会えて…初めて生きる楽しさというかな…喜びを感じているんだ。…最近は悪魔であることが気にならなくなった…。」


圭一が微笑んだ。


「僕は浅野さんが悪魔でも構いません。リュミエルも…キャトルも…。皆、仲間ですから。」

「そうだな。」


浅野が微笑んで圭一を見た。

そんな浅野と圭一を、姿を隠したリュミエルが神妙な表情で見ていた。


……


浅野は、バーでの仕事を終え、家へ帰ってきた。


「あー…早くショーの構成考えないと…」


そう呟きながら、ベッドに体を投げ出すようにして浅野が寝ころぶと、リュミエルが姿を現した。


「!?珍しいな…リュミエル。どうした?」


浅野が体を起こして言った。


「お前に言っておきたい事があって…。知っておいた方がいいと思ってね。」

「?…なんのこと?」


リュミエルはため息をついてから言った。


「私にもわからないんだが、お前は本当に天使と人間の間に産まれたのか?」

「…羽が生えている時点でそうだろう。」

「…そうだな…」


リュミエルは浅野のベッドに腰掛けて言った。


「お前がもし本当に、天使と人間の子なら…死した後は、魔界に閉じ込められる。私のようにマスターに会いに来ることはできないし、名前をかえて蘇る事も無理だ。」


浅野は神妙な表情で黙っていた。


「産まれたお前には本当は罪はないんだが、人間と交わったお前の父の罪を、お前も一緒に受けなければならない。」


天使が人間界に来ると大抵は男性形になるという。そして女性と交わり子どもを作るのだ。


リュミエルの言葉に、浅野は小さくうなずいた。


「でないと、俺のような人間がまた人間と交わることになり、人間界が混乱するというわけだ。」

「そう…」

浅野はため息をついた。リュミエルが言った。


「神取がお前の命を狙うのは、そのためだ。」

「!…あいつは、神の命を受けているわけか?名前が神取だけに…」


リュミエルがため息をついた。


「…お前の、その深刻な時でも茶化す性格、どうにかしてくれ…」

「すいません」


浅野が謝ったのを見て、リュミエル苦笑して続けた。


「あいつは最初、純粋に「使命感」でやってたんだ。」

「使命感?」

「天使の子を人間界から一掃する使命感だよ。」


浅野はリュミエルの言葉を聞いて動揺した。


「…俺には見えなかった…。」

「もう何人も殺ってる。天使の子の場合、死ねば痕が残らないから警察沙汰にはならないがね。」

「…あいつ何者なんだ?」

「純粋な人間だが、魔界とコンタクトが取れる、本当の魔術師というところかな。」

「あの力は?」

「たぶん、悪魔に魂を売ったんだろう。今でも悪魔たちと交信しているようだ。お前と同じように、生贄なしで、悪魔を召喚できる。階級によるが…」

「少々厄介だな…」

「少々どころが、かなり厄介な奴だよ。あいつのしていることはある意味では正しいとは言えるが、やり方がひどい。…その上、今は天使の子を葬ることに快感を覚え始めている…。」

「それこそ…悪魔だな…。」

「今は人間の方が…悪魔より残酷だよ。」

「……」


浅野はしばらく黙り込んだ後、ため息交じりに言った。


「…今まで…死ぬことは恐れていなかったけど…圭一君に会ってから、生きることに幸せを感じるようになった…。そんな時になって、命を狙われるようになるなんてな…。皮肉な話だ。」


リュミエルは浅野を見た。浅野は続けた。


「女性との関わりには気をつけていたが…まさか、圭一君…人間との別れをこんなに辛く感じるなんて…。」

「…だから…死ぬな。」


リュミエルの言葉に、浅野は驚いて目を上げた。

リュミエルは赤くなった顔を背けて言った。


「勘違いするな。…マスターが悲しむのを見たくないだけだ。」


リュミエルは、浅野に背を向けて消えた。


「…ありがとう…」


浅野は1人呟いた。


……


翌日夜-


浅野は前に神取と闘った(というか、ほとんどやる気がなくてやられっぱなしだった)埠頭にいた。

神取に呼び出されたのだ。


「今日お前の葬式をしてやる」


そんな自信たっぷりの呼び出しだった。

かなり強い悪魔を召喚したのだろう。

浅野は一切の交信を断った。リュミエルとキャトルに気づかれないためだった。気を抜かない限りは気づかれないだろう。


(遺書書いてきたらよかった)


浅野はふと思った。


「お前のそういうところが嫌いだと言っただろう!」


その声と共に、神取と牡牛の姿をした悪魔が現れた。手には斧を持っている。


(あら、案外下級…)


浅野は思った。だが下級の悪魔の方が、たちが悪い。


「…ばかにしたな…?」


神取が言った。そして、牡牛の悪魔に言った。


「バビロン様、下級だってばかにしてますよ。」

「言うなー!」


浅野が思わず叫んだ。


(バビロンっていうのはユダヤ人を迫害した都市の名じゃないか。わかってつけたとしたら、ネーミングからして下級だ。)


またそう思ってしまい、浅野は「しまった」と言った。神取が再びバビロンに向いた。


「まだ馬鹿にしています。」


牡牛の悪魔「バビロン」は鼻息を荒くした。


「許さん…」

「お願いしましたよ。あっちで見てますので。」


神取がそう言って、離れて行った。


(卑怯な奴だなー)


浅野はあきれて、神取を見送った。だがすぐにバビロンに向いた。


(…くそ…ダメだ。こいつの攻撃方法も弱点も全くわからない!)


浅野は人差し指を額にかざし念じた。バビロンが炎に包まれた。斧で切ろうとして炎が熱を持ったが、そのまま振りきってしまった。


バビロンがうなり声と共に、斧を投げた。


浅野は避けた。が、斧が弧を描いて、浅野に戻ってきた。


「!?」


浅野はかろうじて、また避けたが、肩をかすった。


「!!」


自分の左腕が落とされたような衝撃を受けた。


(動かない…)


左腕の神経が切れたようになった。実際には落ちていないが、それと同等のダメージを与えることを今知った。


「あの斧を投げさせないようにしなければ…」


しかし、どうすればいいのかわからない。下級とはいえ、力は向こうの方がかなり上だ。封印することすらできない。


斧がまた飛ばされた。


浅野は地面に倒れ込んだ。ぎりぎりのところで、斧は浅野の体を掠め、通り過ぎた。だが戻ってきた。起き上がり、人差し指を額に当て、神取の傍に瞬間移動した。

だが、斧は移動したところまでついてきた。


「わっ!」


神取が俯せになって避けた。

浅野も地面を転がった。


斧はバビロンの手に戻った。


(オーラについてくるのか…!)


そうなると、なおのこと勝ち目はない。


(マジで死ぬかもしれない!)


浅野は覚悟した。


斧が振られた。


地面を転がる。斧が通り過ぎ、思わず体を起こした。

すると、背中に衝撃を感じ、浅野の体がのけぞった。


「やった!」


神取が叫んだ。


浅野は倒れた。体を真っ二つにされたような痛みが走った。


(圭一君…)


浅野は思った。やはり最期に思うのは、圭一のことだった。


その時、人が駆け寄ってくる足音が聞こえた。


「浅野さん!」


圭一がキャトルと一緒に駆け寄って来ていた。


「…ばか…来るな…」


そう呟くが、なんの力もない。

神取が役目を終えたかのように去るバビロンを引き止めた。


「あいつらもやってくださいよ!」

「契約してないだろう。」

「じゃぁ…今…」


圭一が浅野の体を抱き起こした。


「浅野さん、しっかりして…!」

「もう駄目だよ…」

「嫌だ…」


圭一が泣きながら、浅野の体を抱きしめて言った。


「死んじゃ嫌だ!!」


浅野はぐったりとしている。浅野が体を裂かれたと同じくらいの致命傷を負った事は、圭一にもわかった。

リュミエルも現れたが、もう手遅れとわかり圭一の横に立ちつくしている。


「…圭一君…もう会えなくなる…。」


浅野の言葉に、圭一は濡れた目を見開いた。


「!?どういうこと…?」

「俺は天使と人間の間に生まれた。…死ねば魔界に封印されて、生まれ変わることもできない。」


浅野が息を切らしながら言った。


「…嘘だ…」

「…だから…もうお別れだよ。」

「嫌だ!!」


圭一は泣きながら、浅野の体を強く抱きしめた。そうすれば、自分の「気」が浅野に伝わるはずだと思った。

だが、何故か「気」は浅野に流れなかった。

…浅野が圭一の「気」を吸わないように、セーブしていたのである。こんな致命傷で圭一の「気」を吸えば、圭一の方が死んでしまうからだ。


「僕も一緒に連れてって…」

「ばーか。君は天国行きが決まってんの。」


浅野がいつもの調子で言った。圭一は、強く首を振った。


「そうだ…あの歌…歌ってくれよ。」

「…え?」

「…ショパンの別れの曲…君と秋本さんが詞を乗せた…」

「!…嫌だ…」

「頼む…聞かせてくれ…お願いだ…」


圭一は泣きながらうなずいた。そして途切れ途切れに歌いだした。


……


去りゆく あなたへ 永遠えいえんの この愛を 伝えよう


どんなに この身が遠く 離れても


想いは 切なく 心に いつまでも 残るよ


このまま会えずに あなたが私を忘れてしまっても


あなたへ この想い 伝えよう…ずっと



「あ…」


圭一が歌を止めた。圭一が歌っている間、ずっと圭一の涙を払うように頬に滑らせていた浅野の指の感触が感じられなくなった。

消えていっているのだ。


「浅野さん!!嫌だ!消えないでよ!行かないで!!」

「圭一君…ありがとう…」

「浅野さん!!嫌だ!」


浅野は頬に涙を残したまま、光と共に消えて行った。圭一は何も抱いていない両腕を見て、やりきれないように地面に両手を叩きつけた。


「浅野さん!!戻ってきて!!リュミエルみたいに戻ってきて!!どうして、生まれ変われないの!?…どうしてだよ!!」


圭一が何度も地面に両手を叩きつけながら叫んだ。圭一の号泣する声が響き渡った。

リュミエルがしゃがんで、圭一の背に手を乗せた。キャトルが圭一の傍でうなだれていた。


……


圭一はいつの間にかキャトルを肩に乗せて、浅野の部屋のベッドに座っていた。

リュミエルが運んだのだ。


涙に濡れたままの目で、圭一は浅野の部屋を見渡した。

月明かりが部屋の中をぼんやり照らしている。


リュミエルが現れた。


「すいません。咄嗟にこちらへ…」


圭一は首を振った。


ベッドの傍にあるサイドテーブルを見ると、圭一のアルバムのCDケースがあった。


「セカンドアルバム…」


良く見ると、デビューアルバムも、3rdアルバムもある。


『圭一君の歌…家で毎日聞いてるんだ。』


浅野の言葉を思い出した。

圭一が初めて浅野に『アベマリア』を聞いてもらった時、浅野は圭一が恥ずかしくなるほど褒めてくれた。


『すごいよ!圭一君!』


浅野がそう言って拍手をする姿が、圭一の脳裏に蘇った。

圭一の目に涙が溢れた。


『…君の歌を聞いても…なんで俺は平気なんだろうと思ってね…』

『君の歌のお陰で、なんとか悪魔を封印できたよ。』


その浅野の言葉を思い出し、圭一の目が見開かれた。


(かたき討ちしなきゃ…)


圭一は覚悟を決めた表情で顔を上げた。


「リュミエル…」


リュミエルが圭一の前に立った。


「…はい」

「悪魔はまだ神取と埠頭にいるの?」

「はい。我々を殺す契約に手間取っているようです。」

「そこへ戻して。」

「!駄目です!」

「戻すんだ!」


そう言って立ち上がった圭一の目が、今までにない厳しさでリュミエルを睨みつけている。


「!!マスター…」

「僕だけでいい…今すぐ戻せ!」

「……」


キャトルが圭一の肩に乗った。


「リュミエル!」

「……」


リュミエルは涙を堪える表情をしたが「お伴します。」と答えた。


……


「気が進まん。」


バビロンが言った。


「なんであんな奴。」

「あいつについてる悪魔が強いんです。あの猫も悪魔です。まとめてやっちゃって下さい。」

「わかった」


バビロンが振り返ると、圭一が青い目をして立っていた。

キャトルも炎の獅子に姿を変えている。


「挨拶がわりだ。」


圭一の声がリュミエルの声になっている。

圭一は両手を交差させ、前にかざすと光を放った。

だが、斧に弾かれた。バビロンも神取も不敵な笑みを見せ向かってくる。


「ばかめ!お前ごときが勝てるはずがない!」


その時、圭一の歌声が響いた。アベマリアを歌っている。しかし青い目の圭一は口を結んで動かない。圭一は体をリュミエルに預け、姿の見えない魂となって歌っているのだ。

バビロンの動きが鈍くなった。咆哮したが、圭一の魂の声は消えない。

神取が驚いた。


「え!?…バビロン様まで!?」

「…あの歌を止めさせろ…。」

「…わかりました…!」


神取が圭一の体に光を放ったが、炎の獅子のキャトルが圭一の前に立ち、光をはじいた。

キャトルが神取に向かって走った。


「!!…来るな!!」


神取は何度も光を放ったが、キャトルの炎に弾かれて全く歯が立たない。

神取はとうとうキャトルに体をくわえられ、バビロンから離された。


「うぬ…」


バビロンが必死に体を動かそうともがいた。

その時、圭一が両手を構え、光を放った。

バビロンが少し揺らいだ。

圭一はアベマリアの歌の中、光を放ちながらバビロンに迫って行った。

バビロンは力を振り絞って、斧を振り投げようとしたが力が出ず座りこんだ。

魂の歌は止まない。

バビロンは最後の力を振り絞って、とうとう斧を投げた。

圭一は斧を避けたが、斧が弧を描いて戻り、圭一に向かった。

圭一が振り返って目を見張った時、光輝く矢が斧に刺さったのが見えた。次の瞬間には、斧が弾けるように消えた。


「!!」


歌が止んだ。圭一の目が元に戻り、リュミエルが圭一の体から離れた。

矢を放ったのは、大きな羽を持った天使だった。

宙に浮き、弓を引いている。銀色のストレートの長い髪に、眼光鋭い目と薄く引き締まった唇。男性形の天使だ。


「斧が!」


バビロンが叫んだ時、今度はバビロンの胸を矢が貫いた。


「!!」


バビロンは胸の矢を見た。

2投、3投と矢が貫く。そして光が強くなると同時にバビロンは悲鳴のような声を上げ、仰向けに倒れた。

バビロンの体はそのまま、弾けるように消えた。

獅子のキャトルが天使に気を取られて、押さえていた神取の体を離した。

神取が逃げだした。


圭一達は、弓を肩にかけ地面に降り立った銀髪の天使を見た。


「…圭一君…遅くなった。」


天使が聞き覚えのある声で言った。


「浅野さん…?」


圭一が目に涙を溜めて、天使に駆け寄り抱きついた。

天使が圭一の体を抱いた。


「浅野さん…浅野さん…」


圭一は泣きながら、何度も名を呼んだ。


「別れの曲まで歌ってもらって、戻ってくるのは恥ずかしかったんだけど…」


天使が言った。圭一は天使の胸の中で首を振った。


キャトルが駆け寄り天使の肩に飛び乗ると、天使にほお擦りした。

天使が微笑んだ。


「キャトル」


リュミエルがあきれたように言った。


「なんだ…天使だったんじゃないか…」

「すっかり、天使だったことも、命ぜられていた「使命」も忘れてしまっていてね。さっきまで、大天使様に怒られてた。」


その天使の言葉に、リュミエルも、泣いていた圭一も笑った。

天使は圭一から体を離し、圭一に言った。


「圭一君…私は今から君の守護天使になる。…だから私に名前をつけてくれるかい?」

「僕が!?」


天使がうなずいた。


「浅野さんじゃ駄目?」


その圭一の言葉に、天使は笑った。


「それはちょっと…。」

「天使の浅野さん」

「八百屋の吉田さん?」


天使の言葉に、圭一が笑った。リュミエルも思わず吹き出した。


「浅野さん…天使になっても変わらないんですね。」

「魂はそのままだからね。」


天使も笑いながら言った。


「じゃあ…」


圭一が少し考えてから言った。


「アルシェ(射手)」

「…つっこみどころがないな…」

「つっこまなくていいじゃないですか!」


圭一が笑った。天使も笑いながらうなずいた。


「アルシェか…いい名前をありがとう。」

「浅野さんにはなれないの?」

「なれるとも。」


天使は光輝き、浅野の姿になった。


「!!」


圭一は、今度は浅野の体に抱きついた。浅野も抱き返した。


「本当は同じ姿で人間界に戻ってはいけないんだけど…。君があんまり悲しむから、この姿で人間界に住むことを許されたんだ。」


圭一は照れ臭そうに浅野から離れた。浅野がリュミエルに向いた。


「それから、リュミエルとキャトルに…」

「?」

「リュミエルもキャトルも神様から恩赦をいただけることになった。」

「!?…」

「リュミエルは1度の過ちの後は、節度をちゃんと守っていたことで赦されることになった。ただ今後も「精神愛」を貫くことが条件だ。」


浅野の言葉にリュミエルはうなずいた。圭一が嬉しそうにリュミエルを見た。浅野は肩に乗っているキャトルに言った。


「そしてキャトルも圭一君を助けるためにリュミエルと契約しただけだから赦されるべき罪だと、大天使様が神様に頼んでくださった。」


キャトルが浅野に頬ずりした。浅野はそのキャトルの体をそっと抱いてリュミエルの肩に乗せた。


「神の恩赦をリュミエルとキャトルに。」


浅野がそう言い、手をリュミエルとキャトルに向けると、強い光が2人に注がれた。

圭一は思わず目を閉じてしまったが、ゆっくり目を開くと、リュミエルの背には大きな白い羽が備わっていた。

そして、キャトルにも可愛い羽が背中についている。


「なんだ。リュミエルは羽が白くなるだけか。」


浅野がぼそっと呟いた。


「…リュミエル!おめでとう!!キャトルも!」


圭一がリュミエルに抱きついた。リュミエルの肩にいたキャトルがそのまま圭一に移り圭一に頬ずりした。

リュミエルは涙を流しながら、圭一の体を抱きしめた。


「リュミエルも圭一君の守護天使だ。」


浅野がそう言って微笑んだ。


「ということで、これからもヨロシク!光ちゃん!」

「その呼び方やめろ。」


リュミエルが泣きながら言った。圭一が体を離して笑った。キャトルが浅野の手に飛び移った。浅野は笑って、キャトルを抱きしめた。


「キャトルは前の俺と同じ生体つきの天使だ。一緒に圭一君を守ろう。」


浅野がそう言いながらキャトルを撫でると、キャトルは「にゃあ」と返事をして浅野に頬ずりをした。


……


翌日夜‐


夜道を歩く、神取の前に浅野がいきなり現れた。

神取は亡霊を見るような目で浅野を見た。


「なんで…」


浅野が指を上へ向けた。ビルの上に来いという意味だ。


神取がビルの上に移動すると、もう浅野がいた。


「俊敏になったな。」


神取がそう言うと、浅野が微笑んだ。


「まあね。」

「何の用だ?」

「今後、私にも圭一君にも手を出さないよう、頼みに来た。」

「…それは無理だ…お前の力を奪うまでは…」

「それこそ無理だ。」

「なんだと?」


神取がそう言うと、浅野の体が光った。


神取が眩しさに慣れた時、浅野を見て驚いた。

銀髪の大きな羽を持った天使が目の前にいた。


「まさか!…あの時の天使!?」

「天使形はアルシェと言う名だ。覚えておくんだな。」

「天使!?…うそだ…お前が天使なんて…」


神取は後ずさりした。


「圭一君に今後手を出したら、私がどんなところでも現れる。バビロン以上の悪魔を召喚しても、やられることはないからな。」

「!!」

「…場合によっては、お前を矢で射ぬくぞ。」

「…天使が…人を殺してもいいのか?」

「お前のやり方は、大天使様も見るに見かねていてね。…お前を射ぬく許可は得ている。」

「!!…何だと!?…そんな…」

「これからの立ち振る舞いによっては、射ぬかなくてすむかもしれない。死んだ後の事をよく考えるんだな。」


そう言って、アルシェは姿を消した。…同時に、神取はその場に座り込んだ。


……


「浅野さーん!」


圭一がイリュージョンショーのリハーサルのため、ステージに立っている浅野に駆け寄ってきた。


「何?圭一君。」


浅野が振り返ると、圭一が息を切らして言った。


「施設の子達が今、着いたって。」

「!そうか!じゃぁ、客席へ案内して。」


施設というのは、浅野が子ども時代にお世話になった児童施設のことだった。浅野もたびたび慰問にマジックをしに行っていたのだが、相澤プロダクションに所属してからは忙しくてなかなか時間がとれなかった。それを知った圭一が明良に話をし、今日無料で招待することが決まった。


「今こっちに…あ!来た来た!」


圭一が、入ってきた子どもたちを指さした。浅野はステージを降り、子どもたちに駆け寄った。


「俊介兄ちゃん!!」


子どもたちが口々に浅野にそう呼びかけた。抱きついてくる子もいる。


「久しぶりだなー。皆、大きくなったね。」


子どもたちは嬉しそうに浅野を見上げている。


「そろそろ始めるから、ちゃんと席に座って見てるんだぞ。立ちあがったり、席から降りたりしたらだめだよ。」

「はーい!」

「はい。じゃ、席に座って。」


子どもたちを連れてきた院長が、浅野に近づき涙ぐみながら頭を下げた。

浅野が慌てた。


「よして下さい、院長先生…」

「…俊介君…本当にありがとう…。あなたには辛い思いばかりさせたのに…こんなことまでしてもらって…」


この院長は、羽を持つ浅野の事を知っている。だが院長自身は、そんな浅野を他の子と同じような目で見て育ててくれた。辛い思いをさせたというのは、その当時の従業員達の態度のことだった。確かに嫌な思いもしたが、施設に入れられた子ども達には罪はない。少しでも子ども達の心の成長の役に立てればと浅野は思っている。


「いえ。院長先生には本当に感謝しています。今日は先生も楽しんで下さい。」

「…ええ。本当にありがとう。」


プロダクション社長の相澤が傍に来た。振り返った院長に頭を下げて挨拶をし、名刺を渡している。


「資金援助をしたいんですが…」


その相澤の言葉に院長が驚いている。

浅野は、ショーの準備のために、その場を離れた。

圭一がマイクテストをしている。


「テステス…なんか、エコー強くない?」


浅野はそんな圭一や、ステージの最終チェックをしているスタッフ、それを見守っている明良の姿、そして観客席で騒いでいる施設の子どもたちと、それを怒っている院長や先生達を見て思った。

自分の居場所は魔界でも天国でもなく、ここなんだと。


(完)

<おまけ~その後の天使たち~>


浅野のマンションの寝室で、天使「アルシェ」が羽を広げてベッドに座っていた。

髪はロングストレートの銀色で、眼光が鋭く、唇は薄く引き締まっている、男性形の天使だ。圭一のアルバムを聞いている。手にはクラシックの雑誌を開いていた。


「…あー…まじ、はまった…。」


アルシェが呟いた。


呼び鈴がなった。アルシェは人差し指を額に当てようとしてやめた。


「もうしなくていいのか。…癖ってこわい…」


そう呟いて、また下を向いた。

いきなりキャトルを抱いた圭一が現れた。


「…何度されてもびっくりする…」


圭一が胸を抑えて言った。

アルシェが雑誌をめくりながら笑った。


「今日はアルシェなんですね。」

「うん。」

「どうして?」

「羽の虫干し」


圭一が笑った。


「虫干ししなきゃならないんですか!?」

「いや別にいいんだけど、気持ちいいからさ。」

「…なんか、生活感のある天使って…」

「嫌か?」

「いえ、好きですよ。」

「よろしい。」


アルシェは雑誌をまためくった。


「何か食べましたか?って食べなくていいのか…」


圭一が少し寂しそうに言った。


「うん?食べるよ。圭一君が作ってくれるなら。」

「ほんと!?」

「ん。」

「…でも、食べたものはどうなるんですか?」

「体の中で、蒸発するような感じかな。人間の食べる物というのは、動物しかり植物しかり何かの命を奪ったものだろう?」

「…そうですね…」

「天使の俺が食べると、その奪われた命が、迷わずに天へ召されるんだ。」

「ああ!それで蒸発するような感じ。」

「うん。」

「じゃ、作ります!」

「はーい。」


圭一は、アルシェになっても浅野のままでいてくれることが嬉しかった。


……


「はい、リュミエル…あーん。」


圭一に言われ、リュミエルが顔を赤くしながら、口をそっとあけた。


「もっと開けなきゃ、入らないよ。」


リュミエルはもう少しだけ大きく開けた。

圭一がスプーンに乗せた野菜をリュミエルの口の中へそっと入れた。

リュミエルが口を動かした。


「どう?…食べられる?」


圭一が心配そうに言った。リュミエルはうなずいた。

口で物を食べるということが、リュミエルには初めてだった。

食べたものが浄化されるため、喉に詰めることはないだろうが…。


「美味しい…」


リュミエルが言った。


「そう!?よかった!じゃ、これからできるだけリュミエルのご飯つくるからね!」


リュミエルは嬉しそうにうなずいた。


「…俺のはー?」


アルシェが独りで寂しそうに、圭一の作ったラタトゥイユを食べながら言った。


「もちろん、アルシェのも一緒に作りますよ。」

「どうせついででしょ。」

「もう~アルシェー…いじけないで下さいよ。」

「いじけたくなくても、いじけちゃうよ。こんな隣でラブラブされたら…。同じ守護天使なのに差別だっ!」


アルシェが怒りながら、スプーンに野菜を乗せて口に放り込んだ。


「あー…怒っててもうまい…」


アルシェが言った。圭一が笑った。


「はい。じゃ、アルシェもあーんして。」


アルシェは嬉しそうに口を開けた。圭一がアルシェの口の中に野菜を入れた。

アルシェが美味しそうに口を動かす。


「やっぱり、怒ってない方がうまい。」


圭一がまた笑った。


「キャトルも美味しいかい?」


テーブルで、ささみを食べているキャトルが「にゃあ」と鳴いた。


「キャトルは猫だから、ささみだけでごめんよ。たまねぎとか駄目だもんね。」


圭一はキャトルの口の周りやひげについた汁をティッシュで拭いながら言った。


「にゃあ」


キャトルは充分満足なようだ。

圭一は微笑んで、前に座って食べているリュミエルを見た。


「あっ!リュミエル!もっとゆっくり食べて!!」


リュミエルがこぼしながら食べているのを見て、圭一が言った。


「もう…リュミエルも口の周り拭いて…」


そう言って、リュミエルの口を拭いてやってから、圭一は急に涙をぽろぽろと流した。


「!?…どうした?圭一君…!?」


隣に座っているアルシェが驚いて、スプーンを置いた。

リュミエルもキャトルも驚いて圭一を見ている。


「…幸せすぎて…なんか…涙が出てきちゃった…」


圭一の言葉にアルシェが涙ぐんだ。


「そんなこと言われたら…俺まで…」


アルシェも泣き出した。リュミエルも下を向いた。キャトルが圭一の肩に乗って頬ずりした。


(めでたし、めでたし(^^))


……


最後までお読みいただきありがとうございました!

この後、ちょっと番外編があります。

また、別小説でも「アルシェ」を書きたいと思っています。

はじまりましたら、どうぞよろしくお願いいたします(^^)

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