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第1章-魔術師誕生-

「社長!社長!聞いて下さい!」


北条きたじょう圭一けいいちが、元アイドルが経営するタレント事務所「相澤プロダクション」の社長室にノックもせずに飛び込んできた。

中で打ち合わせをしていた、社長の相澤あいざわれいと副社長の北条きたじょう明良あきらが驚いて圭一を見た。

こんなに興奮している圭一を見たのは初めてだった。


「あ…すいません。会議中…」

「いいよ、圭一。どうしたの?」


相澤が明良と顔を見合わせて、笑いながら言った。

圭一は、副社長北条明良の養子であり、弱冠20歳でオペラを歌うトップアイドルである。


「あの…今度、うちのバーのマスターになった浅野さん、マジシャンなんですよ!」


バーとは、プロダクションビルの7階にあるタレント・社員専用のバーのことである。


「マジシャン?」


相澤が驚いて言った。


「面接の時はそんなこと言ってなかったぞ。カクテル作るのが得意としか…」

「今、ちょっと見せてもらったんです。すごいんですよ!コップに水を入れて、そのままお湯にしちゃったんですよ!」


「は?」


2人はきょとんとした。そんなばかなことができるはずがない。


「…圭一…最近疲れ気味じゃ…」

「ほんとなんですって!!!」


明良の言葉を遮って、圭一が言った。これも珍しいことだ。


「バーに来て下さいよ!!目の前で見せてくれますから!」

「わかったわかった。…行くか?明良。」

「ええ。行ってみましょう。」


相澤と明良は立ち上がった。


……


圭一の言うことは本当だった。

目の前で水を入れたコップをカウンターに置き、黒の半そでTシャツに、黒のスリムジーパンを履いたマスターの浅野あさの俊介しゅんすけが、手を握ったり開いたりしながら、強く念を送るような仕草を見せると、1分程度で湯気が出てきた。


「…確かに水を入れたよな?」

「はい。水でした。」

「なんでお湯になるの?」

「????」


その相澤と明良の会話に、圭一が吹き出した。浅野も笑っている。


「…ねぇ浅野君。これって、ちゃんとタネがあるの?」

「もちろんありますよ。でも教えられません。」

「まぁそうだよなぁ…まるで超能力みたいだ…」


相澤が腕を組んで考え込んでいる。


「先輩…私達のような凡人が、タネあかしはできませんよ。」


明良は同い年の相澤を先輩と呼ぶ。アイドルだった時の癖が今だに直らないのだ。

相澤が首を振った。


「違うんだ。…浅野君、うちと自由契約結ばない?」

「は?」


浅野は目を見開いた。明良が「なるほど」と言った。圭一が嬉しそうにしている。


「浅野さん!プロのマジシャンになりましょうってことですよ!」

「えっ!?…いや…それは…」

「営業はこちらでやるから。君はマジックの腕さえ磨いてくれればいい。どうかな?」

「浅野さん!やりましょうよ!」

「…ちょっと…ちょっと考えさせて下さい。」

「構わないよ。じゃ、それまではバーのマスターの方お願いね。」

「はい!ありがとうございます。」


浅野はほっとしているが、圭一は今決まらなかったことに不満なようだ。がっかりしたように肩を落としている。それを見た明良が笑いながら、圭一の肩を叩いた。

……


「…えらいことしちゃったなぁ…」


浅野は何故かプロダクションビル裏手の非常階段の3階部分にいた。


「サービス精神旺盛なのが、俺の悪いところだよな…」


そうため息をついていると、キジ柄の子猫「キャトル」が駆け上がってきた。


「やっぱり来た。」


キャトルは浅野に向かって突進してきた。


「待て!子猫ちゃん待ってってば!!話を聞いてくれ!!」


キャトルはためらうことなく、うなり声を上げながら浅野の顔に飛びついた。


「…やっぱり、許してくれないのね…」


浅野はキャトルの体を持ったが、このまま引きはがせば顔に傷が残ってしまう。体を持ったまま浅野はしゃべりだした。


「あのね子猫ちゃん。あれは俺も反省してるんだ…でも、落ちるとは思わなかったんだよ!」


キャトルはまだうなっている。


「圭一君が危ない目にあったのを、後で聞いて反省したんだ。…気がついていたのに、知らんふりをしたのは悪かったってば…。」


キャトルのうなり声が止まった。そして力を抜いたのを感じ、浅野はそっとキャトルをはがした。そして胸に抱きしめた。


「…本当に悪かったよ。ごめんよ。」


キャトルが「にゃあ」と鳴いた。


「あれかい?あのスタジオの照明器具が緩んでいたのは、前にあった地震の時に緩んでいたんだ。もちろんその後、スタッフがチェックしたさ。でもあの器具だけ見落としてしまった。…それから1週間経って圭一君がその緩んだ照明の下で歌った訳だ。」


その時圭一は、落ちてきた照明器具が頭に直撃し、生死をさまよった。

圭一の飼い猫であるキャトルが怒っているのはそのためだ。

キャトルはまたうなり声をあげた。


「だからっ!!僕だって、危ないと思ったんだよ!でもさ。あの時僕はただ、バイトでラーメンを配達に行っただけなんだ。…ラーメン持ってきたバイトが「あそこの照明緩んでますよ。」って言ったところで、誰が信じてくれる?」


キャトルのうなり声が止まった。


「…たまたま、ここでバーのマスターを募集してて…圭一君の元気な姿を見に来るつもりで面接受けて、受かってしまってさ。自分でもびっくりなんだ。」


キャトルが「にゃあ」と鳴いた。


「うん…それで圭一君の顔見て、なんかお詫びがしたくてさ。マジックちょっとやってみたの。…そしたら、プロのマジシャンにならないかだって…」


またキャトルが「にゃあ」と鳴いた。


「なれば?って簡単に言うけどさ…。俺、師匠から危険なマジックをした罪で追放された身なんだ。…僕がここと契約してテレビに出たりしたら…今の師匠のお弟子さん達に何言われるかわからないし…ここにも迷惑をかけるじゃないか。」


キャトルが「にゃあ?」と語尾を上げて鳴いた。


「どんなマジックって…美女を一瞬で火だるまにして…一瞬で火を消すマジック…」


キャトルの目が大きくなった。


「火だるまに見せてるだけで、実際は火なんて使ってないんだけど…。超能力者だなんて言ったらバッシングすごいから、マジックだって言うしかないじゃない。本当はタネなんてないのに「どうやったらそんなことができるんだ」って、師匠に詰め寄られてさ…。「服に細工をして、本当に火だるまにしちゃいました」って言うしかなかったんだよ。そしたら危ないから追放だって…」


キャトルが自分の鼻を浅野の鼻につんとついた。


「あ、許してくれるんだ。良かったよ。」


浅野が笑った。キャトルがにこにこと(なわけはないがそんな感じの表情を)した。


……


翌日夜-


相澤と明良がバーに入ってきた。


「お疲れ様です!」


浅野が言った。プロダクション内のバーなので「いらっしゃいませ」ではない…と、マニュアルに書いてある。


「!…社長、副社長!お揃いで…」


浅野が言った。


「口説きに来たんだ。」


相澤がそう言ってカウンターに座ると、浅野が「女の子をですか?」とまじめに尋ねた。

相澤と明良が笑った。


「社長が、自社の女の子を口説く訳にはいかないだろう。」


浅野が「すいません。」と言って頭を掻いた。


3人はしばらくたわいもない話をした。

話が途切れた時、相澤が口を開いた。


「浅野君は25歳だったね。」


相澤が2杯目のビールを飲みながら言った。


「…はい。」

「…そろそろ口説きに入るけどさ。…浅野君は、そんな実力がありながら、どうしてプロのマジシャンにならないんだい?」

「…はあ…」


浅野は困ったようにうつむいた。


「実は…マジックの師匠から追放されたんですよ。」

「!?…どうして!?」

「アシスタントの命にかかわる…危険なマジックをしましてね。追放されました。」

「…人が死んじゃったの?」

「いえいえ。傷一つつけていません。でも見た目には確かに危険なんですよ。」

「…どういう?」

「美女の火だるまショー」

「!?」


相澤と明良が驚いた。


「火だるまにするのっ!?」

「…確かにあればやりすぎました。でも、アシスタントには火傷もさせないし、熱さも感じさせないんです。見た目が危険なだけなんですよ。」

「そんなことできるのか…」


相澤がまだ驚いている。明良が相澤に言った。


「…だけど困りましたね。…追放されたとなると…簡単にはテレビには出せないですよ。」

「でも師匠に追放されただけで、司法的にはなんの問題もないわけだろ?いいんじゃないの?」


相澤が浅野に向いて言った。


「それは…そうなんですが…。師匠の先輩弟子から、何か嫌がらせをされないか心配なんですよ。こちらにもご迷惑をかけるかもしれません。」

「それは構わないよ。」

「は?」

「構わないって。嫌がらせってどんなのかわからないけど…警察沙汰になるんなら、明良の知り合いの刑事さんに頼むし、弁護士もいるしさ。」

「…はあ…」

「よし、決まり!!君は今から、プロのマジシャンね!本名が嫌なら、何か考えてくれたらいいよ。」

「…いえ…やるなら…本名で…」


浅野が何かを決意したような表情をした。


「…いい顔してる。」


相澤にそう言われて、浅野は我に返って笑った。


……


翌日‐


(こりゃ、驚いたな…)


と浅野は思った。ずっとエレベーター直行で7階のバーへ行っていたので、ビルの中を歩いたのは初めてだった。

掃除が行き届いているだけでなく、空気も空間も清浄されている。


(でっかい教会にいるみたいだな…でもおふだとか、クロス(十字架)とか置いてないしな…)


食堂に行くと、圭一が窓際でコーヒーを飲んでいた。

浅野はほっとして、圭一に近づいた。


「浅野さん!」


圭一が気づいて立ち上がった。


「ゴメン。僕もコーヒー飲みたいんだけど、どうすればいいの?」


浅野がそう言うと、圭一はカウンターへ案内してくれた。




浅野は一口コーヒーを飲んで「おいしい!」と驚いた。

隣で圭一がニコニコと浅野を見ている。


「美味しいでしょ?特別なコーヒーメーカーで作ってますから。」

「おかわりOKだっていうから、美味しくないと思い込んでいたけど…。」


浅野が感心している。


「またランチとかも食べてみて下さい。うちのは味も栄養もばっちしですから。」

「さっき、食券の値段見たけど…あんなに安くて大丈夫なのか?」

「社員食堂ですから、半分はプロダクションが負担しているんです。研究生にも独り暮らしの子が多いから、栄養バランスを考えた食事を取らさなくちゃならないって、父さんがメニューや材料からレシピを考えたんですよ。」

「父さんって…副社長だね。」

「はい。…僕、養子ですけど…」

「それは知ってる…っとと…」


浅野が慌てて口を抑えた。圭一が不思議そうに浅野を見た。


「…副社長から聞いたんだよ。」

「そうでしたか。」


圭一が微笑んで浅野を見た。そして前の窓に向き直り、コーヒーを一口飲んだ。


(よく副社長と出会えたよなぁ…。出会えなかったら、こいつの人生最悪だったかも…。)


圭一の過去を見た浅野は、圭一の横顔をまじまじと見ている。すると、びくっと体を強張らせた。


「?浅野さん、どうしたんです?」

「えっ!?…いや…なんでもない…」


浅野はそう言って、慌ててコーヒーを一口飲んだ。


……


「まいったな…」


浅野はプロダクションビルの非常階段にいた。今日は2階部分だ。

子猫キャトルと会いたい時は、この非常階段に来ることにしている。キャトルも浅野がここにいると、ビルの中でも察知して来てくれるのだった。


(圭一君にはルシファー並の堕天使がついてる…。今まで何もなかったのかな…)


キャトルが駆け上がってきた。


「待ってたよ、キャトル。」


浅野がそう言うと、キャトルはひょいと浅野が寄りかかっている手摺りに飛び乗った。


「キャトル…器用だな。」


キャトルは非常階段の手摺りにふらつきもせず座っている。


「…お前のパパさ、悪魔つきって知ってた?」


人の過去を透視できる浅野は、キャトルが圭一の子どもとして産まれるはずだった魂だという事を知っている。

キャトルがうなった。


「わかってるって!悪魔っていっても、ちゃんと分別のある堕天使だよ。」


神に逆らって堕天使となったルシファーの名はださなかった。キャトルが唸り声を止めた。


「なんであんな素直でいいパパに悪魔がついてるのかな。」


キャトルは首を傾げた。(本当に傾げた。)


「お前…パパ守ってやらないとだめだぞ。悪魔に乗っ取られたらえらいことになる。」


キャトルが「うー」と言った。


「悪魔って言っても元天使だから、大丈夫だとは思うけど…。念には念をだ。」


キャトルがうなずいた…わけはなく「にゃあ」と鳴いた。


……


イリュージョンショーの構成がほぼ出来上がった。

今回は浅野の希望もあり、無料でショーをすることになった。

そして会場は、社長の相澤が衝動買いした閉鎖されたアトラクション跡地の中にある、観客席に囲まれた大きな池である。

池の中心にはステージがあり、以前はいろんなアトラクションがされていたところだ。


「あのアトラクション跡地買っててよかったよー!」


社長室で、相澤が嬉しそうに言った。

明良がうなずいた。


「最近、使っていませんでしたからね。」

「今回は、火と水のショーというわけだな。」

「ええ。いきなり大がかりなことをするようですが、大丈夫でしょうか…。」

「浅野君もちゃんと考えていると思うよ。彼に任せて我々は待つだけでいい。」


相澤の言葉に明良が「そうですね」とうなずいた。


……


「何も考えてないけどな…」


浅野は机にひじをつき、ぼそっと呟いた。

構成の書かれた紙を見ていた圭一が、その浅野の言葉に顔を上げた。


「え?」

「いやいや、こっちの話。」

「火は実際に使わないにせよ、すごいですね!映像だけでこんなことできるんだ…」

「まぁね。映像技術の発展のおかげで、いろんな仕掛けを作ることができるようになったよ。」


…これは大ウソだ。本当はすべて浅野の得意な術である。


「ただ1つだけ、圭一君。」

「?はい。」

「アシスタントをお願いする上で注意事項がある。」

「!…はい。」


圭一は構成表をテーブルに置いて、背筋を伸ばし浅野を見た。


「映像と言っても、その映像は君の体にまとわりつくものもある。本来は熱さを感じないんだが、映像の機械が暴走すると、映像も熱を持つんだ。」

「!!…そんなことがあるんですか!?」


浅野はもっともらしくうなずいた。


「技術は発展しても、なんらかの欠陥はあるんだ。完璧というのは難しい。」

「…なるほど…」


…圭一が納得してくれたが、これも浅野の嘘である。

浅野の術が生み出す炎は決して人には危害を加えない。…だが、浅野に敵対心を持つ者がこの術に手を加えると、炎のように物を焼くことはないが、熱を持つ。

その熱さは、術を持たない一般人には、1分も耐えられない。…浅野が心配する嫌がらせとはこのことなのだ。


浅野の師匠は凡人のマジシャンだが、弟子には何人か超能力者エスパーが混じっていた。浅野が恐れるのは、この能力を持っている先輩弟子が自分のショーを邪魔しに来ることである。


「もし圭一君が熱を感じたら、私にぶつかるなり抱きつくなりしてくれ。それで炎の映像は消える。それをしないと大火傷するかもしれないからね。」


浅野は大げさに圭一に言った。

圭一は「はい」と覚悟を決めたように言った。


(だけど、こいつ悪魔持ちだから、先に悪魔が助けるかもな。)


浅野はそう思った。その時、キャトルのうなり声が頭の中でした。


「あっ!ごめんなさい!」

「?」


浅野がいきなり謝るので、圭一が不思議そうな顔をした。


「浅野さん?」

「あっ!いやその…キャトルがほらっ!!」

「キャトル?」


浅野は足元にいるキャトルを抱き上げた。


「!?キャトル?いつの間に…」


実は浅野が慌ててキャトルを移動させたのである。


「…間違って蹴っちゃってね。…ごめんよ。キャトル。充分に気をつけるから大丈夫だよ!」


浅野がキャトルを抱いて頬ずりをした。キャトルは迷惑そうな表情をしている。


…その頃、相澤プロダクション専務の北条きたじょう菜々ななこがキャトルの専用かごを覗き込んで驚いていた。


「…キャトル…ここで寝てたわよね…?…どこに行ったのかしら???」


菜々子はそう言って、開いていないドアを見た。


……


翌日-


2人の消防署員は驚いて、炎に包まれている浅野を見ている。アトラクション等で火を使う時は、消防署の許可がいる。


「3分で消えますから、検証するなら急いで下さい!」


炎の中で、浅野が叫ぶように言った。

消防署員の1人が炎に触れてみた。確かに熱くない。映像を立体化したというのは本当らしい。しかし仕組みがまったくわからない。

そしてもう1人に「触れてみろ」と言った。もう1人の消防署員もこわごわ炎に触れる。


「全く熱くないな…。すごい…!」


消防署員たちは驚いた表情で顔を見合わせた。


「消していいですか?」


浅野の声に消防署員が「いいですよ!」と答えた。

浅野の手刀が炎を半分に切るように、上から下へと移動した。そして炎が真っ二つに割れ、浅野が両手を広げたと同時に炎が消えた。


「すごい!!浅野さん!」


圭一が拍手をしている。傍にいる相澤と明良はただ呆然としていた。


「許可はいらないですよね?」


浅野が消防署員に尋ねた。


「はい。映像だと確認できましたので構いません。…で、ショーはいつやるんですか?」


消防署員が尋ねた。


「え?今、許可はいらないって…」


我に返った相澤が言った。


「いえ…我々も行こうかと思いましてね。」


消防署員のその言葉に、相澤はうれしそうに笑って「是非いらしてください。」と頭を下げた。


……


イリュージョンショー当日-


浅野が会場に設けられた楽屋から姿を現した。

それを見た、相澤、明良、圭一が息をのんだ。

黒髪のロングヘアーを1つにまとめたかつらをかぶり、ヨーロッパの中世貴族風の衣装をまとった浅野の姿は、まさにマジシャンだった。

また浅野の中性的で整った顔立ちが、そのイメージを引き立たせていた。


「以前、マジシャンをしていた時の衣装なんですよ。」


浅野が照れくさそうに、こめかみを指で掻きながら言った。


「素敵ですよ。浅野さん。」


圭一が一番に褒めてくれた。


「ありがとう、圭一君。…君のおかげで、私はまたマジシャンになれた。あきらめていた夢が実現できたよ。」


浅野がそう言って圭一を軽く抱いた。圭一が照れくさそうに微笑んだ。


そして浅野が相澤に向いた。


「えっ!?」


相澤は逃げる間もなく浅野にそっと抱かれた。


「社長のおかげです。感謝します。」

「い、いやその…。こちらこそありがとう。」


浅野は離れたが、相澤は顔が真っ赤になっている。

明良がくすくすと横で笑っていた。

浅野は、そんな明良にも手を広げた。


「え?私は何も…」


それでも浅野は黙って明良を抱いた。

明良が照れくさそうに笑って言った。


「…期待しているよ。頑張って。」

「はい。ありがとうございます。」


浅野は体を離してから、相澤達に頭を下げた。


……


無料という事もあり、池を取り囲んだ観客席はいっぱいだった。

この観客に取り囲まれてマジックをするのは、正直無謀だというものだろう。

タネがあれば…の話だが。


開演を知らせるブザーがなった。

しばらくして、池の周囲を水柱が吹きあがり、取り囲んだ。

観客達の悲鳴に似た歓声が上がる。

激しい音楽と共に、水柱は吹きあがり続けた。

とたんに水柱がおさまり、池の中央にあるステージに、衣装を着た浅野俊介が立っているのを見て観客が拍手をした。


「浅野俊介イリュージョンショーにようこそ!」


オペラを歌う時の衣装を着た圭一が、中央ステージから離れた陸地からマイクで言った。

圭一を見た観客からどよめきが起こった。


「ショーをご案内します、北条圭一です!今日は歌いませんが、よろしくお願いします!」


圭一がそう言って頭を下げると、観客から笑いと拍手が起こった。


「最初は水のイリュージョンです。しぶきがかなりお客様にもかかると思いますので、前のほうの方は必ずお配りした、透明のカバーをお持ち下さい!浅野さん!お手柔らかに!」


圭一がそう言うと、浅野は苦笑するように笑って、右手を左から右へ大きく振った。

順番に水柱が現れ、消えていく。水のカーテンが池を覆うように揺らいだ。光の加減で、虹も現れた。

観客から拍手と歓声があがる。

…だが、ここまでは、池の周りに噴水が仕掛けられ、浅野の手の動きに合わせて噴水を作動しているものと皆見ている。

しかし次の水の動きには皆驚かされた。


池中の水が波打ちはじめ、ステージを中心に渦を巻くと、そのまま水が減って行くのである。そのうちに水がなくなってしまい、浅野が困ったように両手を広げ、肩をすくめた。


「…あらら…水がなくなってしまいましたね。…浅野さん、水のイリュージョンは終わりですか?」


圭一の声がそう言うと、浅野は人差し指を自分の顔の前で揺らして、その場にしゃがみ、床を強く打った。すると地響きとともに、水が吸い込まれていた場所から再び吹きあがってきた。水柱がランダムにステージの周りに吹きあがる。すると吹きあがった水の塊がイルカの形になり、浅野のいるステージの周囲を飛び跳ねるようにして回った。観客が拍手をしながらも唖然と口を開いているのが見える。

…相澤プロダクションもお金をかけたな…という風にも見えるが。

浅野が両手を下に向け振りおろすと、水のイルカたちが空中で弾けて池に落ち、水は再びステージの周りに湛えられた。


「水が戻ってよかったです!あのまま流れちゃったら、水道代ばかになりませんからね。」


圭一の声に観客が笑ったが、まだどよめきも起こっている。


「次は、火のイリュージョンです。皆さまには熱さは感じさせない程度の炎ですが、近寄らないようにお願いいたします。」


浅野がステージの上で念を送るように、額の前に人差し指を立てた。浅野の体に力が入ると同時に、今度は火柱が池を包んだ。

観客がどよめいている。

ごおっという炎の音とともに、火が池を包んでいる。


「浅野さん?…大丈夫ですか?火が浅野さんに向かってますよ!」


圭一の声に観客の悲鳴がした。


「浅野さん!!」


圭一の叫びとともに、浅野の姿が炎に吸い込まれていった。


「!?浅野さん!!」


驚いたように圭一が炎に入っていった。

これには、相澤と明良も驚いて、思わず観客席の下にあった控室から飛び出した。


「圭一!!」


明良が思わず呼びかけたが、炎の勢いがすごい。


「…熱いぞ。…映像じゃないのか?」


相澤が言った。明良が驚いて炎を見上げた。


「圭一!!」


明良が炎に飛び込もうとしたが、相澤があわてて抱きとめた。


炎は池の上にも広がっていた。一番高い場所から見ている観客からも、ステージが炎で見えなくなっていた。

観客が騒ぎ出した。圭一の声がしないので、本当なのか、仕掛けなのかわからない。


「皆さん、ここここ!」


圭一が手を振ると、前に座っていた観客が驚きの声を上げた。

圭一と浅野は東の観客席の最上部にいたのだ。

炎の中にいたはずの2人がいつの間にか観客の最上部に移動していた。


「どうなることかと思いましたが、浅野さんのおかげで助かりました!…お客様には何もなかったですか?」


圭一が階段を降りながらそう言うと、拍手が起こった。

浅野も圭一の後ろから降りてきている。


「よかったです。こっちは死にかけましたけど。」


その圭一の言葉に観客から笑いが起こった。


浅野が両手を広げると、炎は池の両端にカーテンが開くように移動した。そして浅野が両方の指を鳴らしたと同時に火は消えた。 浅野は今度は両手を振り上げた。すると池の周りに順番に水柱が噴き上った。

一番前の観客があわててカバーを広げ、観客から歓声が起こる。

水のイルカが、池の中央から3頭飛び上がり、それぞれ池の中心へ落ちていく。

池の周りを歩きながら、圭一が言った。


「今日は短いショーでしたが、お楽しみいただけましたでしょうか?」


拍手が起こった。


「さて、ここで皆さまに浅野さんからプレゼントです。今日、会場にお入りになる前にチケットのような紙をお渡ししていると思います。そのチケットを出してもらえますか?」


観客達はざわざわとしながら、かばんやポケットからチケットを取り出している。


チケットには、「浅野俊介イリュージョンショー入場券」としか印字されていない。


「そのチケットを今、ステージにいる浅野さんに向けて下さい。」


観客が驚いてステージを見ると、いつの間にか浅野がステージの中央に立っていた。

観客達は訳もわからず、チケットを浅野に向けてかざす。観客の中には、面倒なのかかざさない人もいるが…。


「東から順番に、浅野さんが投げキッスをします!そのキスを受けられたと感じたら、チケットを見て下さい。素敵な文字が入っていますよ!」


浅野が東の観客席から順番に両手で投げキッスをした。

受けた後の観客がチケットを見ると「LOVE」という文字が、赤い判を押したように浮き上がっている。


観客から悲鳴が上がり始めた。

チケットをかざさなかった観客達が慌ててチケットを取り出したが、その人にはない。


「浅野さんの愛を受けられましたでしょうか!!そのLOVEという文字が入った方は、そのチケットを次のショーまで大切に持っていて下さい!次回からは有料ですが、そのチケットを持った方のみ、次回も無料にさせていただきます!」


観客から悲鳴が上がった。チケットに「LOVE」の文字が入らなかった客が悔しそうにしている姿があった。


「…ではまた、次のショーでお会いしましょう!ありがとうございました!」


その声に拍手が起こった。浅野が観客を見渡しながら手を振っている。


観客達が浅野にそれぞれ手を振った。

そして拍手と歓声の中、ショーは終わった。


……


「どうなることかと思った…」


プロダクションの社長室に戻った相澤と明良が並んで疲れ切ったようにうなだれている。

前のソファーには、浅野と圭一が申し訳なさそうに並んで座っていた。


「あの炎が熱を持つ事があるなら、そう言ってくれよ。…本当にお前達が死んだかとおもったぞ。」

「すいません…。」


浅野が頭を下げて言った。

圭一が慌てて言った。


「僕にはちゃんと説明して下さっていたんです。」

「あれは演出だったのか?お前が飛び込むのは?」

「…はっはい。もちろんです。」


圭一が少し動揺したように見えたが、明良はほっとしたようにうなずいた。


「…ならいいんだが…。今後はシナリオも、社長と私に見せるようにしてくれ。」

「はい。」


浅野が再び頭を下げた。


……


「圭一君…。ありがとう。…君が飛び込んでくれなければ、私はだめだったかもしれない。」


普段着に戻った浅野が、食堂でコーヒーを飲む圭一に言った。


「いえ…。炎が熱を持っていたから…僕もとっさに入ってしまったんです。その後になって、足手まといになるかもしれないって気付いて…。」

「いや、君が来なかったら…あの映像の暴走は止められなかった。思いっきり構成が変わってしまったけど…。終わりよければすべてよしとしよう…」

「はい。」


圭一が微笑んで、コーヒーを一口飲んだ。


浅野が炎に入った途端、炎は熱を持った。そして、それを感じた圭一が飛び込んだのだった。

1分どころではない。浅野と同じように圭一の体にもずっと炎がからみついていた。

浅野は圭一の体に覆いかぶさり、瞬間移動を試みたが、炎の熱で体の自由が利かなかった。するとしばらくして圭一の目が青く光り、体が青い炎に包まれているのが見えた。


(悪魔が守ってる…!)


浅野がそう思ったとたん、青い炎が自分にも絡まりはじめた。すると瞬間移動できた…というわけである。

つまり浅野が圭一を守った訳でなく、圭一の力が浅野に手を貸したのだ。

その時「ちっ」という舌打ちの音が、浅野の頭の中でした。

浅野の頭に、マジックを一緒に学んでいた同僚の姿が浮かんだ。


(!…あいつか…!)


浅野はそう思い、同時に(やはり来たか)と思った。



「…浅野さん…」


浅野はその圭一の声に、我に返った。


「ん?なんだい?圭一君。」

「…浅野さん…マジシャンって言ってるけど…本当はちゃんとした力を持っていらっしゃるんですよね?」

「!!」


浅野は黙り込んだ。しかし、ごまかせるとは思っていない。


「…君を連れて瞬間移動をした時、まずいとは思ったけど…君を助けるにはああするしかなかったんだ。」

「どうして黙ってたんですか?…僕は、気にしないのに…」


浅野は首を振った。


「僕は物ごころついた頃から、この力のために周りから気味悪がられてね…。…それでこの力を隠す癖がついているんだ。」

「…僕も…持っているみたいだから…」

「うん。君には悪魔がついている。」

「悪魔!?」

「悪魔と言っても、堕天使といってね。元々は天使だったんだ。…何か神の怒りに触れたんだろう。」

「…そうですか…。マッドエンジェルっていう名前も間違っていなかったんだ。」

「マッドエンジェル(地獄の天使)?…うまいネーミングだな。」


圭一が苦笑するように笑った。


「いつの間にかそう呼ばれていました。僕にはわからないけど、マッドエンジェルが降臨すると、僕の目が青く光るんだそうです。そして思わぬ力が出てしまう…。」

「さっきも降臨してたよ。」

「!!」

「炎に包まれた時にね。その悪魔は君を守ろうとしたんだろう。そして私も守ってくれた。」

「…それなら良かった。」

「悪魔にしては、分別のある奴のようだから、心配することないんじゃないか?」

「ええ…。」

「僕の力の事は、これからも内緒にしてくれるかい?」

「…わかりました。」


圭一がうなずいた。


「それからもう1つ…いいことを教えてやろう。」

「?なんですか?」

「キャトル。」


浅野がそう言うと、キャトルが圭一の前に瞬間移動して現れた。


「わっ!」

「にゃぁ」

「だっだめですよ!食堂にキャトル入れちゃ!」

「あ、そうか。キャトル後でな。」

「にゃぁ」


キャトルが消えた。


「…キャトルが何か…?」


「…君の子どもだよ。」

「!?…え?」

「キャトルは、君の子どもとして産まれるはずだった魂なんだ。」

「…もしかして…」

「…そう…過去を勝手に覗いて悪いが、君は君の意思に反して、子どもを死なせてしまった事があるよね。」

「はい」

「キャトルは…その死んだ子だ。」

「!!」


圭一の目に涙が浮かんだ。


「君があんまり悲しむから、キャトルは猫として産まれてきた。猫の命は短いが、それでも君と一緒にいたかったんだよ。」

「…本当に…?」

「そうだ。…これから、できるだけ一緒にいてやってよ。」

「はい!」


圭一が立ち上がった。


「早速キャトルのところに行くのか?」

「はい!」

「今は外だ。非常階段のところにいる。」

「…ありがとう!浅野さん!」

「ん…また明日ね。」

「はい!また明日!」


圭一は浅野に頭を下げると、コーヒーカップをカウンターに戻し、走って食堂を出て行った。


……


「キャトル!!」


圭一が暗くなった非常階段を上がりながら叫んだ。


キャトルの声が聞こえ、上から、キャトルが圭一の胸に降ってきた。


「キャトル!!危ないよ!」


圭一が笑いながらキャトルを抱きしめた。


「…僕の…産まれるはずだった子なんだって?」

「…にゃあ…」

「女の子だったんだ…。女の子だったら「あすか」って名前つけるつもりだったのに…」

「んにゃにゃ…」

「うん。キャトルでいいよね。」


キャトルがうなずいた…わけはなく「にゃあ」と鳴いた。


「産まれてきてくれて…ありがとう…」

「にゃぁ…」


圭一はしばらくキャトルを抱きしめていた。キャトルは気持ちよさそうに目をとじている。


圭一は、キャトルを離して言った。


「さ、家へ帰ろう。ささみ買ってあげる。」

「にゃあ!」


キャトルが元気に鳴くので、圭一は笑いながら、非常階段を駆け降りた。


(終)

最後まで、お読みいただきありがとうございます(^^)

「アイプロ!」と並行する形ですすむファンタジーです。他のサイトに別物として載せておりましたが、こちらにもアップさせていただきました。「アイプロ!」と一緒に読んでいただけると嬉しいです(^^)

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