人で作られた幸福酒
「………」
近年、王都の上流階級で静かに広まりつつある華々しい響き、「幸福酒」。
幸福な記憶を持つ葡萄を使い、祝福を受けた樽で眠らせ、飲む者の舌の上に幼い日の夕暮れや、もう帰れない家の灯りや、誰かが自分の名前を優しく呼んでくれた時のあの胸のあたりの柔らかい熱を蘇らせると言われている、あの幸福酒である。
恋を失った女も、政敵を殺しすぎて眠れなくなった大臣も、金貨を数える音でしか安心できなくなった商人も、それを一口飲めば「ああ、まだ人生は美しかったのかもしれない」などと都合よく泣ける、そんな大人たちのための瓶詰めの楽園。
人間は自分の幸福を雑に扱うくせに、他人の幸福には高値をつける。
素晴らしい商売。神様も多分ニコニコしている。していなかったら怖いので、していることにしておこう。
灰羽酒舗の主人、バルド・グレイはそういう酒を造る男だった。
バルド・グレイは人相が悪い。
これは町中の共通認識であり、本人も否定しなかった。
背は高く、肩は広く、黒髪は短く刈られていて、眉間には誰かが小刀で「不機嫌」と刻んだような深い皺があり、目つきは朝から晩まで取り立て屋のそれで、黙っていると怒っているように見え、怒っている時はもう災害に近かった。
初めて店に来た客は大抵一度入口で足を止めるし、初めて彼に会った子どもは大抵泣く。
しかし不思議なもので、三日もすればその泣いた子どもが彼の膝の上でパンを食べ、一週間もすれば彼の大きな手を握って眠り、ひと月もすれば「父さん」と呼ぶのである。
世の中には、笑顔の上手い悪人もいれば、顔面が犯罪予告みたいな善人もいる。町の者たちはバルドのことを後者だと思っていた。
実際、バルドは世の中では珍しいほどの善人であった。
彼は祝福会に所属している。
祝福会とは、孤児に寝床を与え、貧民に粥を配り、虐げられた子どもを保護し、病人に薬を届け、死者の埋葬費まで面倒を見るというたいへん立派な慈善団体だ。
王都の貴族は免罪符のように寄付をし、商人は節税のように寄付をし、町人は本心から感謝した。
白い外套、胸元の銀の羽根、柔らかな物腰、よく磨かれた靴。
彼らは不幸を見つけるのがうまく、不幸を名簿に載せるのがもっとうまかった。
バルドはその祝福会から、身寄りのない子どもや虐待されていた子どもを引き取り、自分の家で育てていた。
酒屋の裏には彼の住居があり、その食堂には長い机があり、椅子が九脚あった。
最初は三脚だったらしいそれは、四脚になり、六脚になり、八脚になり、今は九脚。
子どもが増えるたびにバルドが黙って椅子を作るので、町の大工は「俺の仕事を取るな」と笑い、バルドは「椅子くらい作れる」と答えた。
愛想がない男だ。だがその椅子は丈夫で、角が丸く削られていて、小さな子どもの足がぶつかっても痛くないようになっていたので、大工は何も言えなくなった。
朝になると、灰羽酒舗の裏の台所は市場のように騒がしくなる。
「父さん、パン焦げた」
「焦げていない」
「焦げてるよ」
「これは大人用だ」
「大人ってかわいそう」
「そうだな」
一番年下のミリがそう言って、椅子の上で足をぷらぷら揺らした。
ミリは六歳で、薄茶の髪をした眠たげな子どもだ。
右頬に小さな火傷の跡があった。前の家で鍋を押しつけられた、と祝福会の報告書には書かれていたが、ミリ本人はそれを「前の家の忘れ物」と呼んでいる。
子どもは時々、大人より残酷な比喩を使うものだ。
バルドは黒くなったパンを自分の皿に置き、焼き色のきれいなパンを子どもたちの皿に配った。
ミリには蜂蜜を少し多めに、ノアには熱すぎないスープを、ロッカには肉を大きめに、サーシャには野菜を細かく、双子のネネとニノには量を同じにしないと喧嘩になるので匙できっちり測り、年長のエルマには最初から少し多めによそった。
エルマはすぐ下の子に自分の分を分けてしまうので、最初から増やしておく必要がある。
バルドは全部覚えていた。
彼は子どもをよく見ている。
誰が嘘をつく時に左手の親指を握るか。
誰が怖い夢を見た翌朝だけ妙に明るく振る舞うか。誰が本当は甘い菓子が好きなのに、弟妹へ譲ってしまうか。
誰が熱いスープを飲むと必ず舌を火傷するか。
誰が階段の三段目を飛ばして降りる癖があるか。
誰が叱られると黙ってしまうか。
誰が叱られる前に笑って誤魔化すか。
子どもは見ていなければ傷ついてしまう。
見すぎても萎れ、放っておくと痩せ、構いすぎると怯え、甘やかしすぎると根が浅くなり、厳しすぎると香りが濁る。
バルドはそれを知っていた。
彼は酒造りの匠であり、子どもを育てる父であり、その二つは彼の中でほとんど同じ行為だった。
昼になると店を開ける。
表の灰羽酒舗は静かだった。
棚には琥珀色、薔薇色、黄金色、ほとんど透明に近い白の瓶が並び、それぞれに小さな紙札が結ばれている。
紙札には「春眠」「帰り道」「ひなた」「泣き虫」「星を待つ午後」など妙な名が書かれていた。
初めて来た客は「詩人の店か」と笑うが、一口試飲すれば黙る。
バルドの酒には奇妙な性格があった。
甘い、辛い、芳醇、重い、軽い、そういう普通の言葉では片付かない。
舌の上に乗せた瞬間、誰かの家の台所に立っているような気がする。遠くで子どもが笑い、誰かが皿を洗い、窓の外で雨が降り、毛布の中で眠っている自分の頭を誰かが撫でてくれるような、そういう存在しない記憶が喉を通っていく。
「グレイ殿、予約していたものを」
その日やって来たのは、白い手袋をした男だった。
王都の商人で、貴族相手に宝石と酒を扱っている。靴音が静かで、香水が高く、目だけがずっと金勘定をしている種類の人間であった。
「まだ早い」
バルドは棚の埃を拭きながら言った。
「またですか。私は八ヶ月待った」
「八ヶ月で出せるものなら、最初から予約を受けない」
「相変わらず手厳しい。では今日飲めるものは?」
バルドは棚の奥から一本取った。淡い蜂蜜色の酒で、紙札には「春眠」とある。
「九年ものだ」
「銘は?」
「春眠」
「とても可愛らしい。どういう酒で?」
「よく眠る」
「酒が眠るんですか」
「眠る」
商人は笑ったが、杯に注がれたそれを口に含むと、笑いを忘れたように黙った。長く、長く黙り、それから恥ずかしげもなく目を潤ませた。
「これは……子どもの頃、母が昼寝の時に掛けてくれた薄い布の匂いがする」
「そうか」
「私は母の顔など覚えていないのに」
「酒が覚えていたんだろう」
「詩人のようですな」
「ただの酒屋だ」
商人は金貨を置き、瓶を抱えて帰っていった。
その背中を見送りながら、バルドは煙草に火をつけた。
灰羽酒舗では、店主の煙草の匂いと酒の甘い匂いがいつも混ざっている。
子どもたちは「父さんの匂い」と言う。客は「落ち着く」と言う。祝福会の者は「熟成香に似ている」と言う。どれも間違いではなかった。
夕方、祝福会のマリベルが来た。
白い外套、銀の羽根、柔らかい声、冷たい目。
彼女は不幸な子どもを見つけるのが上手かった。
犬が骨を嗅ぎ当てるように、彼女は家庭の中に隠れた悲鳴を嗅ぎ当てる。たいへん慈悲深く、たいへん有能で、たいへん恐ろしい女だった。
「新しい子がいます」
「年は」
「十歳。男の子です。名はルカ。母親が亡くなり、親戚をたらい回しにされて、今は市場裏の廃馬小屋で寝ています。盗みの癖がありますが、まだ目は死んでいません」
「怪我は」
「古い痣がいくつか。栄養状態は悪い。感染症はなし」
「連れて来い」
「即答ですね」
「椅子は作れる」
「あなたはいつもそれですね」
「椅子があれば座れる」
「真理です」
マリベルは笑い、バルドは笑わなかった。
笑わないまま、店の奥へ行って余っている木材を確認した。
椅子を作るには少し足りなかったが、壊れた棚板を削れば使える。
明日の朝までには間に合う。
子どもが家に来て、座る場所がないというのは良くない。
初めての食卓で立っている子どもは、自分がまた追い出されると思うからだ。
その夜、ルカが来た。
祝福会の馬車から降りた彼は、痩せていて、髪が汚れ、目だけがぎょろりと大きかった。
逃げ道、食べ物、刃物、殴りそうな大人、盗めそうな物、そういうものを同時に探している目。
バルドは玄関先で膝をついた。人相の悪い大男が膝をつくと、それはそれで圧がある。ルカは一歩退いた。
「ここでは食べ物を盗まなくていい」
「……あとで怒る?」
「怒らない」
「嘘だ」
「明日の朝試せ」
「殴る?」
「殴らない」
「閉じ込める?」
「悪いことをしたら叱る。閉じ込めない」
「売る?」
「売らない」
「なんで」
「私は酒屋だ。人売りではない」
「酒屋は子ども拾わないだろ」
「拾う酒屋もいるものだ」
ルカは困った顔をした。
殴る大人より、殴らない大人の方が怖い子どもはいる。
殴られる理由なら知っている。殴られない理由は分からない。
だから彼は、バルドを見ながら少し混乱していた。するとミリが廊下の奥から顔を出した。
「新しい子?」
「そうだ」
「パンいる?」
ルカの目が動いた。
バルドは台所へ行き、温めたスープとパンを持って戻った。
ルカは最初、皿に触らなかった。匂いを嗅ぎ、バルドを見て、ミリを見て、それから小さくパンをちぎって口に入れた。
毒が入っていても腹が減っていれば食べる、という顔だったが、毒は入っていなかった。ただ温かいだけだった。
温かいものに慣れていない子どもは、時々それだけで泣いてしまう。
ルカも泣いた。泣きながら食べ、食べながら泣き、途中で自分が泣いていることに腹を立てたような顔になった。
「泣いてない」
「そうか」
「泣いてないからな!」
「分かった」
「見るな」
「見ていない」
バルドは真正面から見ていたが、そう言った。
ルカは少しだけ笑った。良い兆候だ。
その日から椅子は十脚になった。
最初の一週間、ルカはパンを隠した。
袖の中、枕の下、靴の中。靴の中にパンを入れるのはどうかと思うが、本人が必死なので誰も笑わなかった。
バルドは隠されたパンを見つけるたび、新しいものと取り替えた。
腐ったパンで腹を壊されると困るからだ。
「父さん、ルカがまたパン隠してる」
ミリが小声で告げ口した。
「知っている」
「怒らないの?」
「腹が減るのが怖いんだろう」
「パンは毎日あるのに」
「それをまだ知らない」
「教えたら?」
「毎朝出せば、そのうち分かる」
ミリは感心したように頷いた。
「父さん、頭いいね!」
「どうも」
「顔は怖いけど」
「知っている」
ルカは一ヶ月でパンを隠さなくなった。
二ヶ月でミリと喧嘩した。三ヶ月でロッカと屋根に上って、バルドに本気で叱られた。四ヶ月で熱を出したノアの枕元に水差しを持って座っていた。半年で寝言に「父さん」と出た。
一年で市場裏の廃馬小屋のことを、他人の話のように語るようになった。
「俺、あそこで寝てたんだよな」
ある雨の日、ルカは窓の外を見ながら言った。
「寒くなかったのか」
サーシャが本から顔を上げる。
「寒かったと思う。けど、なんかもう、よく分からない」
「忘れたの?」
「覚えてる。でも遠い」
「遠いならいいね」
ミリが言った。
「怖いのは遠い方がいい!」
ルカは少し黙って、それから笑った。
「うん。遠い方がいい!」
バルドはそれを台所から聞いていた。
鍋をかき混ぜながら、良いことだと思った。
不幸は遠くなれば香りになる。近すぎる不幸は臭みになる。幸福は、過去の不幸を完全に消す必要はない。
少しだけ残っていた方が、甘みが立つ。
だから彼は、子どもたちの昔話を禁じなかった。
泣くなら泣かせたし、怒るなら怒らせた。忘れるなら忘れさせた。思い出すなら、隣で聞いた。
彼は本当に子どもたちを愛していた。
これは比喩ではない。
彼は子どもたちにひどいことをしなかった。
怒鳴らない。殴らない。飢えさせない。寒い部屋に閉じ込めない。夜泣きする子を叱らない。皿を割れば片付け方を教え、嘘をつけば嘘がなぜ悪いのかを説明し、熱が出れば一晩中起きて額を冷やし、誕生日にはケーキを焼き、寝る前には本を読んだ。
大きな手で髪を乾かし、小さな爪を切り、靴紐を結び、手紙の書き方を教え、買い物の釣り銭をごまかさないように教えた。
ただ彼には、怒りも悲しみもなかった。
子どもを愛することと、幸福を完成させることと、酒を造ることが、彼の中では一本のまっすぐな道だったからである。
祝福会の会合は月に一度、教会の地下で行われる。
地上では聖歌が歌われ、地下では帳簿が開かれる。とても分かりやすい構造だ。天国と会計は近いところにある。
「今年の祝福祭には、王都から大公がいらっしゃいます」
マリベルが言った。
長い机の周りには、白い外套を着た者たちが座っている。
医師、教師、孤児院長、墓守、商人、役人、それから酒屋。
皆、慈善家の顔をしている。慈善家の顔というのは便利で、慣れると大体のことを穏やかに聞けるようになるのだ。
「大公は幸福酒に強い関心をお持ちです。特に、グレイさんの酒に。最高等級を望まれています」
「出せる」
バルドは短く言った。
部屋の空気が少し変わった。
「どの子ですか」
孤児院長が尋ねる。
「ルカ」
マリベルのまつ毛が僅かに動いた。
「まだ一年です」
「満ちた」
「早熟ですね」
「よく食べ、よく眠り、よく笑う。恐怖も遠い。今がいい」
「本人は?」
「幸せだと言うだろう」
「では問題ありませんね」
彼らは悪魔ではない。少なくとも本人たちはそう思っている。
祝福会は不幸な子どもを実際に救っている。
泥の中から拾い上げ、清潔な服を着せ、温かい食事を与え、教育を施し、名前を呼び、誕生日を作ってやり、家族を与える。
その結果として生まれた幸福を、最も美しい形で保存する。
彼らにとって幸福酒とは、死体ではなく記念品であり、犯罪ではなく慈善の完成であり、消費ではなく永遠だった。
この理屈が気持ち悪いと思う者は正常である。
この理屈を美しいと思う者は祝福会に向いている。
ルカの誕生日が来た。
正確には、彼がバルドの家に来た日である。
本当の誕生日は分からなかった。
本人も覚えていないし、記録もない。
だからミリが「じゃあ家族になった日が誕生日」と言い、誰も反対しなかったので、その日がルカの誕生日になった。
朝から家は騒がしかった。
ロッカが飾りを落とし、ネネとニノがクリームを舐め、サーシャが祝いの詩を書いて途中で恥ずかしくなって破り、エルマがそれを拾って「結構良かったのに」と言い、ノアが泣き、ミリがルカの似顔絵を描いた。
似顔絵のルカはなぜか王冠をかぶっていた。
「なんで王冠?」
ルカが聞く。
「誕生日だから」
「誕生日って王さまになる日なの?」
「うん」
「マジか!」
「ミリ王国ではそう」
「じゃあ俺、今日王さま?」
「うん。パン二枚多く食べていい」
「最高の国じゃん」
バルドは台所でケーキを焼いていた。
白いクリーム、赤い果実、砂糖菓子の花。彼の手は大きく、傷があり、酒樽を転がすために固くなっているのに、菓子を飾る時だけ妙に繊細だった。
エルマはそれを見るたび、「父さんの手、顔と違って可愛いことする」と言う。バルドは「手に謝れ」と返す。
夕食は賑やかだった。
スープには肉が入り、パンは白く、焼き菓子には蜂蜜がかかっていた。
ルカは何度も笑った。
大きく口を開けて、喉を鳴らすように笑う。来たばかりの頃の彼は、笑う時も逃げる準備をしていた。
今は違う。
椅子に深く座り、足を投げ出し、ミリに肘で小突かれ、ロッカにからかわれ、エルマに髪を直されても、もう身構えない。
たいへん良い仕上がりだった。
夜更け、子どもたちが眠った後、ルカだけが台所に残った。
窓の外には雨が降っている。火の落ちた竈が赤く光り、店の方からは樽と瓶の匂いが微かに流れてきた。
「父さん」
「何だ」
「俺さ、ここに来てよかった」
「そうか」
「前のこと、たまに思い出すけど、前ほど怖くない。なんか遠い。市場裏とか、盗みとか、殴られたこととか、全部ほんとにあったんだけど、今はここがほんとって感じがする」
「良いことだ」
「父さんはそればっかだな」
「良いことだからな」
ルカは笑った。
「俺、今幸せだよ」
バルドは頷いた。
「知っている」
「知ってるの?」
「見れば分かる」
「父さん、何でも分かるみたいに言うよな」
「何でもは分からない」
「じゃあ今、俺が何考えてるか分かる?」
「ケーキの残りを食べたい」
「当たり!」
バルドは棚から皿を出し、残っていたケーキを少し切った。
ルカは嬉しそうに食べた。子どもが甘いものを食べる時の顔は、いつも少しだけ神聖だ。
本人たちは口の端にクリームをつけているので全く神聖ではないつもりだろうが、見ている大人の方が勝手にそう思う。
「父さん」
「何だ」
「蔵って、いつか見せてくれる?」
「今日ならいい」
ルカは目を丸くした。
「え、いいの?」
「誕生日だからな」
「マジで?」
「マジだ」
「父さんがマジって言うと変だな」
「そうか」
ルカは嬉しそうに立ち上がった。
店の奥の扉には鍵が三つある。
一つ、二つ、三つ。バルドが外すたびに、ルカの顔が明るくなる。
扉が開くと、冷たい空気と甘い匂いが流れた。酒、古い木、湿った石、蜂蜜、煙草、乾いた果実、それからどこか家のような匂い。
「すげえ」
ルカは小さく言った。
「父さんの上着みたいな匂いもする」
「そうか」
「うん。あと、朝の台所みたい」
「そうか」
バルドは灯りを点けた。橙色の光が樽の列を撫でる。
樽には紙札や木札が掛けられていた。「春眠」「ひなた」「泣き虫」「帰り道」「星を待つ午後」。ルカはひとつひとつ覗き込んだ。
「酒の名前?」
「そうだ」
「変なの」
「良い名前だ」
「父さんがつけたの?」
「そうだ」
「センスあるような、ないような」
「あるさ」
「自分で言うんだ」
バルドは奥へ進んだ。
蔵の一番奥に、新しい樽があった。まだ何も入っていない白い木肌の樽で、金属の輪は磨かれ、横には小さな椅子が置かれている。
「座れ」
「ここ?」
「そうだ」
「儀式みたい」
「儀式だ」
「え?」
「祝福だから」
ルカは納得したように頷いた。
祝福会の子どもたちは、何かにつけ祝福を受ける。
新しい服をもらう時、学校へ行く時、病気が治った時、誕生日を迎えた時。
大人たちは祝福という言葉が好きだった。だから彼は疑わなかった。
「怖いことじゃないよな」
「怖くない」
「痛い?」
「痛くしない」
「ほんと?」
「本当だ」
「じゃあ大丈夫だ」
ルカは笑った。
バルドは白い布を取って、ルカの肩にかけた。
それから彼の髪を撫でた。初めて来た夜、ルカの髪は汚れて固まっていた。今は洗われ、整えられ、灯りを受けると少し茶色く光る。
「ここに来て良かったか」
「うん」
「腹は満ちたか」
「うん」
「眠れるようになったか」
「うん」
「笑えるようになったか」
「……うん!」
ルカは照れたように笑った。
「幸せか」
「幸せだよ!」
バルドは頷いた。
「知っている」
そこに悲しみはなかった。
別れを惜しむ震えも、罪を恐れる汗も、祈りも、後悔もない。ただ職人が果実の熟れ具合を確かめる時のような、静かで正確な確認があった。
彼はルカを愛していた。
市場裏で飢えていた子どもも、パンを隠していた子どもも、初めて寝言で父と呼んだ夜も、屋根に上って叱られた午後も、ミリの絵を見て笑った顔も、全て覚えていた。
覚えているからこそ、今だと思った。
――灯りが一つ消えた。
翌朝、ルカの椅子には白い花が置かれていた。
「ルカは?」
ミリが聞いた。
「祝福を受けた」
バルドはスープをよそいながら答えた。
「どこ?」
「蔵だ」
「寝てるの?」
「眠っている」
「起こしちゃだめ?」
「まだ駄目だ」
「そっか」
ミリは納得した。
眠っている相手を起こしてはいけない。それはこの家の決まりだった。
数日後、王都の大公が来た。
黒い馬車、銀の杖、重い香水、幸福というものを金で買った経験しかなさそうな顔。
祝福会の者たちが並び、町長が頭を下げ、商人たちが息を潜める中、バルドは一本の瓶を出した。
酒は淡い金色で、朝食の蜂蜜のようでもあり、雨の日の窓明かりのようでもあり、誰かが笑った直後の空気のようでもあった。
紙札には、ただ一言。
「家族」
大公は杯を受け取り、一口飲んだ。そして黙った。
二口目を飲み、手を震わせた。
「これは……何だ。なぜ、私は今、名前を呼ばれたような気がする。なぜ、こんなに懐かしい。私はこんな家を知らない。こんな食卓も、こんな声も、知らないはずなのに」
彼は泣いた。
醜く、無防備に、子どものように泣いた。
「買おう。いくらでも出す。樽ごと買う」
「一本だけです」
「なぜ」
「同じものは二度と造れない」
大公は瓶を抱きしめるように持ち帰った。
その夜、バルドはいつも通り子どもたちと夕食を食べた。
ルカの話も出た。ミリが「ルカ、パンいっぱい食べたよね」と言い、ロッカが「屋根に上った時めちゃくちゃ怒られてた」と笑い、サーシャが「でも一番悪いのはロッカだった」と言い、皆が笑った。
バルドはそれを聞いていた。
ルカはそこにいた。
瓶の中に、蔵の奥に、子どもたちの記憶の中に、確かにいた。
食後、ミリが眠そうに目を擦った。
「父さん、抱っこ」
バルドはミリを抱き上げた。
まだ軽い。右頬の傷跡は薄くなっている。
よく食べるようになったが、まだ夜に時々うなされる。まだ甘え方が少し下手だ。まだ幸福が体の奥まで染みていない。
「ミリ」
「んー?」
「今日は楽しかったか」
「うん」
「幸せか」
「うん。父さんも?」
「私もだ」
「よかったね」
ミリは彼の首に腕を回した。柔らかい体温がある。
バルドはその小さな背を支えながら考えた。
この子は甘い酒になるだろう。
春の砂糖菓子、眠る前の蜂蜜ミルク、朝の毛布。
とても良い。だがまだ早い。まだ恐怖が少し近い。
もう少し食べさせ、もう少し眠らせ、もう少し笑わせ、もう少し「父さん」と呼ばせる必要がある。
バルド・グレイは子どもたちを愛していた。
本当に愛していた。
だから彼は明日もパンを焼き、スープをよそう。髪を撫でる。爪を切る。熱を測る。叱る。褒める。抱き上げる。眠るまで待つ。椅子を増やす。
そしていつか、その子が自分の口で「幸せだ」と言う日を待つ。
その時が来たら、彼はきっと頷くのだ。
知っている、と。
見れば分かる、と。
そうしてまた一本、世界で一番優しい酒を造る。
灰羽酒舗の蔵では、今夜も樽が静かに眠っている。
地上では子どもたちが眠り、地下では幸福が熟成する。店の看板は夜風に揺れ、祝福会の銀の羽根は月明かりを受けて白く光る。
町の者たちは明日も言うだろう。
あの人は顔こそ怖いが、本当に子どもを大事にする人だ、と。
バルド・グレイほど子どもを大事にする酒屋は、この町のどこにもいなかった。




