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私から全てを奪った妹と元婚約者に壮絶な復讐をする事にしました。  作者: 逆立ちハムスター


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1/1

奈落の契約

シャンデリアの眩い光が、まるで無数の針のように私の肌を刺していた。

王城の最も奥に位置する、絢爛豪華な『太陽の間』。建国記念を祝う豪奢な夜会の最中、場にそぐわない冷ややかな沈黙が降り下りている。集まった数百人の貴族たちの視線は、広間の中央に立つ一人の女――すなわち、私へと釘付けになっていた。

彼らの目に浮かんでいるのは、好奇心、嘲笑、そして明らかな嫌悪。


「セレニア・ヴァンガード! 貴様のような底意地の悪い毒婦とは、今日、この瞬間を以て婚約を破棄させてもらう!」


大理石の床に反響する声。それは、私が十年間、ただ一途に愛し、身命を賭して支え続けてきた相手――このルミナス王国の第一王子であり、私の婚約者であったユリウス殿下のものだった。

金糸を紡いだような美しい髪と、サファイアのように澄んだ青い瞳。かつて私に優しい微笑みを向けてくれたその顔は、今は親の仇でも見るかのように険しく歪んでいる。

そして、彼の太い腕の中にすっぽりと収まり、小鳥のように震えているのは、私の実の妹であるリアナだった。

月光のように輝く銀髪に、庇護欲を唆る華奢な体躯。涙を浮かべたアメジストの瞳は、誰が見ても愛らしく、可憐で、無害な存在そのものだ。


「お姉様……どうして、どうしてあんな恐ろしいことを……っ。私、お姉様をずっと信じていたのに……」


リアナはユリウスの胸に顔を埋め、しゃくり上げながらそう呟いた。そのか細い声は、静まり返った広間によく響いた。


「泣かないでくれ、私の愛しいリアナ。君は何も悪くない。悪いのは、実の妹の類稀なる『光の魔力』に嫉妬し、君を暗殺しようと企てたこの浅ましい女だ」


ユリウスはリアナの頭を優しく撫でながら、私を氷のように冷たい目で射抜いた。

暗殺? 嫉妬?

あまりにも荒唐無稽な言葉の羅列に、私の頭は一瞬、真っ白になった。


「殿下、お待ちください。私は決してそのようなことは……」

「黙れ! 言い逃れができると思うな! リアナの茶に『腐敗の毒』を盛ったことも、階段から彼女を突き落としたことも、さらには彼女の魔力を奪うための禁呪に手を出したことも、全て証拠は挙がっているのだ!」


ユリウスが合図をすると、数人の騎士が足元に書類や黒い呪具のようなものを投げ捨てた。見たこともない代物だ。

周囲の貴族たちから、ヒソヒソと非難の声が上がり始める。


「やはり、ヴァンガード公爵家の『出来損ない』は恐ろしいな」

「妹君はあんなにも清らかで、国を救う『光の聖女』だというのに。姉は醜い闇の魔力しか使えない忌み子だからな」

「ええ、あのような陰気な女が王太子妃にならなくて本当に良かったわ」


投げかけられる言葉の刃が、私の心を滅多刺しにしていく。

――出来損ない。忌み子。闇の魔力。

彼らの言う通り、私はヴァンガード公爵家の長女として生まれながら、一族の代名詞である『光の魔力』を一切持っていなかった。代わりに私に宿っていたのは、光を呑み込むような漆黒の魔力、『影と死の魔術』だった。

光を信仰するこの国において、私の力は不吉の象徴でしかなかった。両親は私を忌み嫌い、屋敷の離れに幽閉した。公の場に出ることは許されず、ただ『ヴァンガード家の恥』としてひっそりと生きることだけを強要された。


しかし、王国に魔物が溢れ、未知の病が蔓延し始めた時、事態は一変した。

魔物を狩り、病の元凶である瘴気を祓うためには、私の『影の魔術』が持つ「吸収と浄化」の力が必要不可欠だったのだ。

両親は私を地下牢から引きずり出し、首に『隷属の刻印』を刻み込んだ。そして、私を都合の良い道具としてこき使い始めた。

私が夜の闇に紛れて魔物の巣窟を単身で殲滅し、瘴気に冒された土地を自身の命を削って浄化する。しかし、その功績は全て、後からやってきて少しばかりの光の魔法を放つ妹、リアナのものとされた。

リアナは『奇跡の聖女』として国中から称賛され、私は彼女の影で血反吐を吐きながら戦い続けた。


それでもよかった。

私がどんなに傷ついても、どれだけ理不尽な扱いを受けても耐えられたのは、幼い頃に一度だけ、ユリウスが私に言ってくれた言葉があったからだ。

『君の魔法は、決して恐ろしいものではない。君は強くて優しい、僕の誇りだ。大人になったら、必ず君を迎えに行くから』

あの日の約束。あの日の彼の温かい手。

それだけが、私の冷たい世界における唯一の光だった。彼に相応しい女性になるために、私はどんな過酷な任務もこなし、国を守り、リアナの盾となって生きてきたのだ。


なのに。


「……殿下。これまで私が、誰のために血を流してきたとお思いですか。魔の森の氾濫を食い止めたのも、東の村を襲った疫病を鎮めたのも……」

「まだそのような戯言を! あれは全て、リアナの奇跡の力によるものだろう! 貴様はただ屋敷の奥で、その禍々しい闇の力を使って妹を呪っていただけではないか!」


絶望が、冷たい泥のように胃の底へ落ちていく。

ああ、そうか。彼は何も知らなかったのだ。いや、知ろうともしなかった。

私が泥に塗れ、魔物の爪で全身を切り裂かれながら戦っていた時、彼は安全な王都でリアナと優雅なお茶会を楽しんでいたのだから。

ふと、ユリウスの腕の中にいるリアナと目が合った。

怯えて泣いているはずの彼女の口角が、ほんのわずかに、しかしはっきりと吊り上がった。

アメジストの瞳が、私を嘲笑っている。

『お馬鹿なお姉様。あなたのものは、全部私のものよ』

言葉はなくとも、その目が雄弁に語っていた。

私を陥れたのは、間違いなくリアナだ。彼女は私の力だけを搾取し尽くし、私が不要になったから、邪魔な姉を完全に排除するためにこの舞台を用意したのだ。


「国王陛下より勅命を預かっている!」

ユリウスが声高に宣言する。

「ヴァンガード公爵家長女、セレニア! 貴様の数々の悪逆非道な振る舞いは、到底許されるものではない。よって、貴様の貴族としての身分を剥奪し、王都の北の果てにある『絶望の奈落タルタロス』への投棄刑に処す!」


広間がどよめいた。

絶望の奈落。そこは、凶悪な魔物や悪霊が蠢き、致死量の瘴気が吹き荒れる底なしの谷だ。過去にそこに落とされた者で、生きて帰ってきた者は一人もいない。事実上の死刑宣告だった。

私の実の親であるヴァンガード公爵夫妻は、列席者の中にいながら、私を助けようとするどころか、安堵の溜息を吐いていた。「ようやくあの化け物を処分できる」とでも言いたげな顔で。


「連れて行け!」


ユリウスの冷酷な命令により、騎士たちが私を取り押さえる。抵抗する気力すら、もう残っていなかった。

引きずられていく私の耳に、最後に届いたのは、愛した人の冷たい声と、妹の甘ったるい笑い声だった。

「これでようやく、私たちは幸せになれますね、ユリウス様」

「ああ。君のような純真な天使こそ、私の隣に相応しい」


……純真な天使、だと?

腹の底から、黒い感情がドロドロと湧き上がってくるのを感じた。


────


轟々と吹き荒れる風の音。鼻を突くのは、腐敗した肉と硫黄の混ざったような強烈な悪臭。

ここは王都から遠く離れた、大陸の最北端。目の前には、大地が大きく口を開けたような巨大な亀裂、『絶望の奈落』が広がっていた。

底は全く見えない。ただ、濃密な紫色の瘴気が渦を巻き、底の底から名状しがたい魔物たちの叫び声が絶え間なく響いてくる。


「さっさと歩け、罪人め」


護送してきた騎士の一人が、私の背中を乱暴に蹴り飛ばした。手足を重い鉄の鎖で縛られた私は、抵抗できずに岩肌に倒れ込んだ。擦りむいた頬から血が流れる。


「殿下も甘いお方だ。こんな女、その場で首を刎ねてしまえばよかったものを」

「おいおい、そんなことを言ったら聖女リアナ様が悲しまれるだろう。あの方は『どうかお姉様の命だけは奪わないで』と涙を流されていたんだぞ。本当に慈悲深いお方だ」


騎士たちの会話が聞こえる。

慈悲深い? 命は奪わない?

笑わせる。この奈落に落とすことこそが、最も残酷な処刑法だと知っているくせに。彼女は、私が瘴気に身を焼かれ、魔物に生きたまま肉を齧られながら絶望の中で死んでいくことを望んだのだ。


「ほら、立て。ここが貴様の終着点だ」


崖のギリギリの端に立たされる。

一歩踏み出せば、そこは死の世界。

私はゆっくりと振り返り、騎士たちを見た。彼らの目には、微塵の同情もない。ただ、汚いゴミを捨てるような目だ。


ああ……私の人生は、一体何だったのだろう。

家族に愛されたかった。婚約者の笑顔が見たかった。誰かの役に立ちたかった。

だから、血を吐くような訓練にも耐えたし、人を殺める業も背負った。痛みに耐え、闇に潜み、自分の全てを犠牲にしてきた。

その結果が、これだ。

全てを奪われ、濡れ衣を着せられ、化け物として断崖から突き落とされる。


「落ちろッ!」


背中を強くドンッと突かれた。

足場がなくなり、私の体は宙に浮いた。

そして、重力に従って真っ逆さまに暗黒の底へと落ちていく。


――ヒュオォォォォォォォォッ!!


耳を劈くような風切り音。

紫色の瘴気が、私の肌をジリジリと焼いていく。肺に吸い込んだ空気が劇薬のように粘膜を爛れさせ、喉の奥から悲鳴にもならない血の塊が飛び出した。

落ちていく最中、岩肌に肩をぶつけ、嫌な音を立てて骨が砕ける。激痛に意識が飛びそうになるが、不思議と気絶することはできなかった。

痛い。熱い。苦しい。

しかし、肉体の苦痛を遥かに凌駕するほどの激しい感情が、私の魂を焼き尽くそうとしていた。


ふざけるな。

ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなッ!!


どうして私がこんな目に遭わなければならない?

私を虐げた両親は、今頃豪奢な肉を食らっているだろう。

私から手柄を奪い続けた妹は、私の元婚約者に抱かれ、聖女として崇められているだろう。

私を信じなかったあの男は、次期国王として栄華を極めるのだろう。

許さない。絶対に許さない。

あいつらだけが幸せになるなんて、絶対に許してなるものか。

リアナの被った聖女の化けの皮を剥ぎ取ってやりたい。ユリウスのその傲慢な顔を絶望で歪ませてやりたい。ヴァンガード家など根絶やしにしてやる。私を嘲笑った奴ら全てに、この身を焼く以上の地獄を味わわせてやる。


憎い。殺してやる。全てを奪って、踏みにじって、完膚なきまでに破壊してやりたい……!!


ドンッッッ!!!


凄まじい衝撃とともに、私の体は硬い何かに激突した。

全身の骨が粉々に砕け散る感覚。視界が真紅に染まり、大量の血が口から溢れ出す。内臓が破裂し、手足はあらぬ方向へ曲がっていた。

奈落の底。ごつごつとした岩場の上に、私は無残な肉塊となって転がっていた。

致命傷だ。助かる見込みは万に一つもない。私の命の灯火は、あと数秒で消えようとしていた。


……死にたくない。

こんな惨めなまま、終わってたまるか。

復讐を。あいつらに復讐を。

薄れゆく意識の中で、私はただひたすらに呪詛を吐き続けた。神よ、いるのなら私に力を与えろ。いや、神などいない。私を救わなかった光の女神などクソ食らえだ。

悪魔でも、邪神でも、なんだっていい。私の魂をくれてやる。だから、あいつらを殺す力を……!!


『――ほぅ。なんとも美しい、極上の怨嗟だ』


不意に。

死の淵にいた私の鼓膜を、低く、深く、地の底から響くような声が震わせた。

血の海の中で、わずかに動く眼球だけを動かして声のした方を見る。


漆黒。

暗闇すらも色褪せるほどの、絶対的な『黒』がそこにあった。

瘴気の海がパクリと割れ、その奥から現れたのは、人の形を模した巨大な影だった。背中には六対の漆黒の翼。頭部には禍々しくねじれた角。そして、顔に位置する場所には、血のように赤く輝く三つの瞳がこちらを見下ろしていた。

その存在が放つ威圧感は、これまで私が戦ってきたどんな魔物とも次元が違った。息をするだけで空間が歪み、世界そのものが彼に跪いているかのような錯覚さえ覚える。


『我はノクティス。遥か古の時代、光によってこの奈落に封じられた「深淵の王」なり』


深淵の王……。

神話の中でしか聞いたことがない存在。この国における絶対悪であり、破滅の象徴。

そんなものが、なぜ私の目の前に?


『久方ぶりに美味そうな魂の匂いがして目覚めてみれば……よもや、人間の娘とはな。しかも、光の女神を呪い、我ら闇の眷属以上のドス黒い殺意を抱いている』


ノクティスはゆっくりと私の傍らに跪き、その鋭い爪の生えた指先で、血に濡れた私の頬を撫でた。氷のような冷たさが、心地よかった。


『命の火が消えかけているな。娘よ、お前はどうしたい? このまま無様に死に絶え、魂まで瘴気に喰われるか? それとも……』


「……たす、け……」


砕けた喉から、血の泡とともに言葉を絞り出す。


「助け、ろ……。私、に……力を……」

『力を得て、どうする?』


「殺す……。私から、全てを奪った……奴らを……一人残らず、地獄に、引きずり落とす……!!」


その言葉を聞いた瞬間、深淵の王は心底愉快そうに、喉の奥を鳴らして笑った。


『ククッ……アハハハハッ!! 素晴らしい! その目だ、その憎悪だ! 光を妄信する者どもに裏切られ、どん底に落とされたからこそ放つ、その黒く輝く絶望の魂! 我が千年の渇きを潤すに相応しい!』


ノクティスの赤い瞳が、三日月のように細められる。


『契約を結ぼう、人間の娘。我はお前に『深淵の権能』を与え、その砕けた肉体を最強の魔神として造り替えてやろう。お前が望む、どんな残酷な復讐も成し遂げられるだけの圧倒的な力を。その代わり――』

「私の、魂も……肉体も……未来も、すべて……お前にくれてやる……」

『交渉成立だ。お前の復讐、我が特等席で見物させてもらおう。そして共に、あの忌まわしい光の世界を蹂躙しようではないか』


ノクティスの巨大な手が、私の胸の中心――心臓のある場所を貫いた。

痛みはなかった。代わりに、おびただしい量の真っ黒な魔力が、私の体内に濁流のように流れ込んでくる。

砕けた骨が繋がり、爛れた内臓が再生し、皮膚が生まれ変わっていく。

それまで私が持っていた『影の魔術』などとは比べ物にならない、純粋で暴力的な闇の力。

ああ……なんて温かくて、満たされる感覚だろう。


光なんていらない。希望なんていらない。

私を癒やし、私を救い上げてくれたのは、光の神でも、愛した男でもなく、地獄の底の悪魔だったのだから。


全身の再生が終わった時、私はゆっくりと立ち上がった。

足元に転がっていた鉄の鎖は、私の魔力が触れただけで砂のように崩れ去った。

握りしめた拳には、世界を滅ぼせるほどの力が漲っている。

隣に立つ深淵の王ノクティスが、私を見て恭しく一礼した。


『さあ、行こうか。我が愛しき反逆のマスターよ。まずは誰の首から捻り潰してやろうか?』


「そうね〜」


私は、遥か頭上にあるであろう、あの光に満ちた偽りの世界を見上げた。

唇の端が、自然と吊り上がる。

リアナ。ユリウス。お父様、お母様。

あなたたちが私を殺したのだ。だから、私があなたたちを殺しても、文句はないわよね?


「準備はいい? ――極上の絶望を始めましょう」


奈落の底で、私は悪魔とともに嗤った。

ここから、私から全てを奪った者たちへの、壮絶で、残酷で、甘美な復讐の幕が上がるのだ。

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