年賀状の年の瀬
そこは、とあるガード下に佇む屋台。
赤ちょうちんの「おでん」が、冬の空気に小さく揺れていた。
「オヤジ、熱燗といつもの」
「はいよ」
コトリと置かれた大根、こんにゃく、昆布。
湯気の向こうで、静かに熱燗が出される。
ひと口ふくむと、胸の奥がほんのり温まった。
「──もう……潮時かな」
こぼれた独り言は、夜風に溶けるように消えていく。
「オヤジ、二人いいか?」
ほろ酔いの二人組が暖簾をくぐる。
「すみません、生憎満席で」
「満席? 端の席が空いてるじゃ──」
客が指差した先には、昆布を口にしている“年賀状”がいた。
「うわっ……居たのか!」
「ふ……この存在感の薄さが、俺が消えかけてる理由かな」
皮肉めいた笑みに、自分でも苦くなる。
流れる演歌でさえ、「お前の時代は終わった」と囁くように聞こえた。
「オヤジ……文字に託す思いは、どこへ行ったんだろうな。
日本はずっと、言葉に心を乗せてきた民族だった。
古事記、万葉集、古今和歌集……
そんな文化が、LINEなんぞに取って代わられるなんてさ」
「はがき代、高いですからねぇ」
そう言って、オヤジが卵をひとつ皿に置いた。
「オヤジ……?」
「大丈夫ですよ。あなたは日本にとって、大切な文化ですから」
穏やかな声が、熱燗よりも深く染みた。
「今年も……俺を待って、ポストの前に立ってる子供の姿、見られるかな」
「見られますよ。だって、きみは大切な文化なんですから」
ふいに胸が温かくなり、年賀状はぬるくなった酒を飲み干した。
千円札を置き、立ち上がる。
背中に、優しい声が追いかけてくる。
「来年も……会いましょうね」
年賀状は、ひらりと片手だけ上げて応えた。
コートの襟を立て、年の瀬の寒気を受けながら歩き出す。
その背中に、木枯らしがそっと吹き抜けた。
やがて年賀状の姿は──
ひっそりと人混みにまぎれ、
風にさらわれるように消えていった。
お読み下さり、ありがとうございます。
以前から、忘れられつつある日本の伝統文化──
雛人形、五月人形、七夕、鯉のぼり、節分……
そんな行事や風習を、いつか物語にしたいと思っていました。
今回、ラジオ大賞の募集を目にして、
その中でもとくに影が薄くなりつつある“年賀状”に光を当ててみようと思い、このお話を書きました。
この作品を読んで、
「今年は久しぶりに年賀状を書いてみようかな」と
ふと思って頂けたら嬉しいです。
(……とはいえ、実は私自身はLINE派なんですけどね笑)




