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第六話 仕事が恋人

 皆様、こんばんは。また、お会いしましたね。幸人です。幸福館に、助手の奈美ちゃんが来てから賑やかになりました。 皆様は、どうお過ごしですか? さぁ、今回は、どんなお客様がいらっしゃるのか?

おや、そう言ってる間にも、来たみたいですね。 お疲れさまです。奈美ちゃん。


「幸人お兄ちゃん、お客様連れて来たよぅ~」


はいはい、分かりました。今、行きますよ。

では、皆様私は、これで失礼致します。

皆様幸あらんことを。


 一人の女性が、幸福館の扉を開いた。彼女の名前は、黒瀬梨紅。二十七歳のカメラマンだ。

梨紅は、薄暗い部屋の中を歩いていると、女の子に出会った。女の子は

「ようこそ、幸福館へ。私は、幸人様の助手の奈美って言うの。よろしくね。これから、幸人様のところへ案内するね」

と、言って梨紅を幸人のいる部屋まで案内した。梨紅は部屋の扉を開け中に入る。一緒に入った奈美が

「幸人様~、お客様を連れてきましたぁ~」

と、言って幸人のところまで走って行った。梨紅も部屋の中を進んで行くと、黒のタキシードとシルクハットを着た男の人が目についた。男の人の横には、先程案内した奈美、そして、肩の上には、黒猫がいて黒猫は、顔を洗っていた。梨紅が、男の人の前まで行くと

「ようこそ、幸福館へ。私は、この幸福館で幸せ案内人をしています幸人と申します」

と、深々とお辞儀した。幸人の横にいた奈美も同じようにお辞儀をしていた。梨紅は

「あなたが、今噂の幸福館の幸人さんなんですか?」

と、聞いた。幸人は

「もしや、あなたが幸福館を調べようとかぎまわってた人なんですね。私共は、不幸の人にしか、関わらないようにしていますので、取材は一切お断りですよ」

と、幸人は答えた。

梨紅は

「取材したいのは、やまやまですが、私も不幸な事があって来ました」

「と言う事は、お客様として来られたのですね。では、奈美さん」

と、幸人に言われ奈美は梨紅の手を取り椅子へと案内した。梨紅が椅子に座ると幸人も向かい合って座った。幸人が水晶玉に手をかざし水晶玉が光出して、幸人が

「あなたの名前は、黒瀬梨紅様ですね」

「はい……」

「では、梨紅様がどんな不幸をされていたのか、聞きますので、この水晶玉を見つめてください」 と、幸人に言われ梨紅は光輝く水晶玉を見つめた。しばらくすると、梨紅は意識が遠退いて行くのを感じて、虚ろな瞳になった。幸人は

「では、あなたの不幸を聞かせてください」

「私は……」


 梨紅は、新聞社に勤める敏腕のカメラマンだ。 しかも、なかなかの美人で、会社の同僚からは

「わが社のアイドル」

と呼ばれていた。梨紅は、仕事一筋っていうか、梨紅としては、仕事が恋人という感じで、いつもカメラを手放さない。もちろん寝ている時も、カメラを抱いて寝ている。 毎日、仕事で楽しい思いをしていた梨紅に、突如として不幸が訪れた。 それは、ある日の出来事、梨紅がいつものように、大物代議士のスクープネタを撮って、一息しようと喫茶店に入った。梨紅は、コーヒーを注文して、コーヒーを飲みながら次のネタを考えている時、隣のテーブルに座っていた、女子高生達の話が、耳に入ってきた。

「ねぇ、知ってる? 今、噂になってる、幸せ案内人って言うサイト?」 「うん! 知ってる。何でも不幸な人にしか、入れないサイトでしょ。しかも、深夜零時にならないとそのサイトが出てこないらしいね」

「そうそう、でね、どんな不幸な人でも、タダで幸せにしてくれるんだって」

「幸せになれるのは、いいけど、何か不気味よねぇ~」

と、話をしていた。梨紅は、その噂話に興味をそそられ、女子高生達に

「ねぇ、その話詳しく教えてくれない」

と、女子高生達のテーブルに移った。そして、女子高生から詳しく話を聞いた梨紅は、会社に戻った。そして、上司に女子高生から聞いた噂話を話した。

「部長、是非、このネタをやらせて下さい」

と、梨紅は部長に懇願した。部長は困った顔をしたが

「そこまで言うならやってもいいが、絶対に物にしてこいよ」

と、承諾した。

「もちろんです。このカメラでばっちり写して来ます」

と、意気揚々に会社を飛び出した。

とりあえず梨紅は、聞き込みから始めた。手当たり次第聞き込みをしたが、ほとんどの人が

「あんた、バカじゃないのか? そんなところがあったら、皆真っ先に行って、苦労なんかしてないよ」

と、相手にもしてくれなかった。それでも、梨紅は取材を続けたが、この日は収穫がなかった。

それからと言うもの、収穫が一切ないまま一ヶ月が過ぎた。部長に呼び出された梨紅は、会社へ行くと、部長に

「黒瀬、あれから一ヶ月がたつが、収穫あったのか?」

と、聞かれ梨紅は正直に 「すみません、全く収穫ないままです」

「やっぱりそうか……お前は、収穫があったらすぐに持ってくるからな。一ヶ月たっても会社に顔を出さないと思ったら収穫ゼロのままなのか。今、お前が追ってるネタは、本当なのか? ワシは、ガセネタのように思うが……」

と、部長は見るからに不満な顔つきで言った。

「私は、ガセではないと思ってます。もう少し、もう少しだけ時間を下さい」

と、梨紅は頭を下げた。 「分かった。あと一週間だけ待ってやる。一週間過ぎても、収穫なかった場合はお前との契約は打ち切りだからな」

と、部長は告げて席を立った。梨紅は

「分かりました……」

と、部長に言い残し会社を後にした。

梨紅は、会社を出て一つ深呼吸をして、取材に出かけた。いつものように聞き込みを開始したが、 やはりこれといって収穫はなかった。

「どうして、こんなに取材しても、収穫がないのよ。やっぱりガセだったのかな」

と、梨紅はイライラを全面にだしていた。

ふと、部長の言葉が頭の中をよぎる。

「あ~もう、見てなさいよ。あのタヌキオヤジをギャフンと言わせてやるんだから」

と、梨紅は両手のひらで、頬をパシッと叩き気合いを入れ直してもう一度取材を開始したが、やはり、結果は同じ。

とうとう、部長に言われていた期限の一週間が過ぎた。梨紅は、会社に行き、部長に

「やはり、収穫なしか。お前もバカだな。さっさと見切りを付けて違うネタをすればよかったものを……お前には、うんざりしたよ。もう契約は今日限りで打ち切りだ」

と、言われてしまった。 梨紅は、一言

「どうもすみませんでした。ありがとうございました」

と、言って会社を後にした。梨紅は、仕事を失った。梨紅にとっては、恋人を失ったようなものだ。梨紅は、いつもの活気がなく、表情までもが沈んでいた。

梨紅は、何もする気が起きず、梨紅は、公園のブランコに座りただ、ぼんやりとするだけだった。 ただ、時間だけが過ぎてゆく、そして夕暮れ時になった。梨紅は、そろそろ家に帰ろうかとブランコから降りようとした時に、黒猫を抱えた少女が梨紅の前にやって来た。「あれれ、お姉さん、どうしちゃったの? 暗い顔になってるよ。何かあったの?」

と、梨紅に声をかけた。 「えっ、別に何もないのよ。ただ、考え事をして疲れてただけよ」

と、少女に説明した。

少女は、黒猫に向かって小声で喋りだした。

「ねぇ、ジルマ! この人はどうかな? 見るからに不幸って感じじゃないかな」

「確かに不幸そうだニャ。でも、この人カメラを持ってるニャ。もしかしたら、幸福館を調べてる奴かもしれないニャ」

「でも、不幸そうだし連れて行って幸人お兄ちゃんに見てもらおうよ」

「そうだニャ、分かった連れて行くニャ」

梨紅には、少女が黒猫に向かって独り言を言っているようにしか見えなかった。

少女は、梨紅に向き直り 「お姉さんって、何か不幸な事あったの? もし、不幸な事があるのならいいところへ連れて行ってあげるよ」

と、少女はニコッと笑って言った。

「えっ、いいところに……まぁ、お姉さんも今は暇だし連れて行ってくれる?」

「うん! じゃ、着いて来てね」

と、言って少女は歩きだした。

梨紅は、少女の後に着いてしばらく行くと、少女は、大きな館の前で足を止めた。

「ここだよ」

「ここが、いいところなの?」

「うん! そうだよ。さぁ、早く中に入って」

と、少女に言われ梨紅は、幸福館の扉を開いた。

 梨紅は、虚ろな瞳まま全てを語った。幸人が、指を鳴らす。すると、虚ろだった梨紅の瞳が戻り、梨紅が正気に戻った。 正気に戻った梨紅に幸人が

「梨紅様、あなたの不幸を聞かせて頂きました。あなたは、この幸福館を調べていたけど、収穫がなく、会社をクビになってしまった、と言うわけですね」

「その通りです……」

「私から、一つ忠告しておきますと、この幸福館を興味本意で、調べたりしますと、逆に不幸になるようにしています。だから、あなたは不幸になったのです」

と、幸人は梨紅に告げた。梨紅は

「だから、私は、今は不幸なんですよね。だったら、何とかして頂けるのですか?」

幸人は、

「確かに、あなたは不幸です。ですが、あなたの不幸を取り除いたとして、あなたは、幸福館での出来事を世間に発表する可能性がありますので、私としては……」

と、言葉を濁した。

「私は、このまま不幸でいたくない。ここでの出来事、幸福館の事は私だけの秘密にしますから、お願いします」

と、梨紅は、懇願した。 幸人は

「その言葉は、本当ですね?」

「はい、本当です」

「分かりました。では、不幸を取り除きます。ですが、幸せになるためにあなたの一番大切な物を対価として頂きますがよろしいですか?」

「大切な物ですか? 分かりました」

「では、対価を頂きます」

と、言って、幸人は梨紅の前に立ち、梨紅の目の前に手を伸ばす。すると幸人の手がゆっくりと光だした。しばらくすると光が消えた。

「これで、対価は頂きました。あなたは、幸せになれるでしょう。でも、あなたが、私に対価を払った事を誰かに言ってしまうと、たちまち不幸になってしまいますので、お気をつけください」

「分かりました。ありがとうございます」

幸人は、梨紅の額に人差し指を付けておまじないを書いた。

「これで、全て終わりました。最後にもう一度聞きますが、ここでの出来事をあなたはどうしますか?」

梨紅は、幸人を真っ直ぐ見つめて

「もちろん、私だけの秘密にしておきます」

「分かりました。では、幸あらんことを」

梨紅の目の前が、白くなっていく。しばらくすると梨紅は、気を失った。

 梨紅が、目を覚ました時には、幸福館が消えていた。梨紅は、不思議な気分なまま、家路についた。家に着いた梨紅は、おもむろに、カメラを構え、家に飾っている犬のぬいぐるみに向けてシャッターを切った。

すぐに現像して、写真を見たら、ちゃんと撮ったはずなのに、ピントがずれてボヤけて写っていた。梨紅は、何度か試して見たが全て同じようにボヤけていた。梨紅は、ふと、あの時に払った対価が、カメラの腕前だったと言う事に気付いた。

梨紅は、その後、カメラマンを辞めて、カメラマンのアシスタントとして働いている。仕事が恋人だった梨紅だが、梨紅に恋人が出来て、今は、幸せに暮らしている。


 おや、皆様いらしてたのですか? この度、幸福館の事が、世間に発表されなくて私達としては助かりました。幸福館は、悪までも、本当に不幸の人が訪れるところ。興味本意で来られたら、どうなるか……皆様、くれぐれも興味本意で、幸福館を探さないようにして下さいね。

さて、一服でもしましょうか。奈美ちゃんお茶を入れてください。


「はぁ~い、幸人お兄ちゃん。紅茶だよ」


奈美ちゃん、ありがとうございます。仕事の後の一服はおいしいですね。おやおや、もうこんな時間ですか?

では、皆様この辺で失礼致します。

皆様に幸あらんことを。

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