第五話 一人ぼっち
皆様、またお会いしましたね。こんばんは、幸人です。皆様は、どうお過ごしですか? 私は、ここ最近、幸福館を訪れる人が絶えず忙しいばかりですよ。ですが、その分皆様が幸せになっておられるので、私としては嬉しい限りです。
それはそうと、ご覧になっている皆様の中に、幸福館の事を言いふらしている人はいませんよね? 使い魔から聞いたのですが、ここ何日か前から幸福館をかぎまわっている人がいるそうなのです。不幸の人を幸せに案内するのが、私の役目。
もし、不幸でない人が来られた場合……
おや、お客様が来られましたね。では、皆様、私はこれで失礼致します。 皆様に幸あらんことを。
一人の女の子が、幸福館の扉を開いた。彼女の名前は、草賀奈美。五歳の幼稚園児だ。奈美は、薄暗い幸福館の中を恐る恐る歩いて、幸人のいる部屋まで辿り着いた。
奈美は、部屋の扉を開け中に入ると、幸人が
「おやおや、これはまた、小さなお客様ですね。こんばんは、私はこの幸福館で幸せ案内人をしています幸人と申します」 と、奈美に向かってニッコリと笑みを浮かべて深々とお辞儀をした。奈美も、幸人と同じようにお辞儀をした。
「これは、また礼儀の出来たお子様ですね。では、こちらの椅子に座ってください」
と、幸人は、奈美を椅子まで案内した。奈美が、案内された椅子に座ると 幸人も、向かい合って座った。幸人は、水晶玉に手を当て、目を瞑る。しばらくすると、水晶玉がゆっくりと光だして
「あなたのお名前は、草賀奈美様ですね」
「うん。草賀奈美だよ。すごいね。よく分かったね」
と、満面な笑顔を浮かべて幸人を見た。
「私は、水晶玉で何でも見れるのですよ」
と、奈美に笑顔で言ってから、一つ咳払いをして 「では、奈美様、あなたの不幸を聞かせて頂きますので、水晶玉を見つめて下さい」
と、無邪気な笑顔で、部屋を見渡してる奈美に言った。奈美は
「あのね、水晶玉が見えないの。机が高くて」
「あっ、それは気が付きませんでした。すみません」
と、幸人は水晶玉を持ち奈美の目の前に持ってきた。水晶玉を見た奈美は 「うわぁ~、綺麗なガラス玉だね。これ、おじさんのなの? 奈美も欲しいなぁ~」
と、足をバタつかせながら言った。幸人は、少し困った顔をして
「奈美様、私としては、おじさんではなくせめてお兄さんと呼んで頂けたら嬉しいのですが……」 奈美は、
「はぁ~い、幸人お兄ちゃん、でね、その綺麗なガラス玉奈美にもちょうだい」
と、奈美は、満面の笑顔を浮かべて言った。
幸人は、溜め息を一つ吐いてから
「奈美様、これは、ガラス玉ではなく、水晶玉と言うのですよ。まぁ、仕方ありません。この大きい水晶玉は差し上げれませんが、小さな水晶玉で良ければ差し上げます」 と、幸人は観念して、小さな水晶玉を机の引き出しから取り出し、奈美に手渡した。奈美は、幸人から貰った水晶玉を見ながら
「わぁ~い! やったぁ~、ありがとう、幸人お兄ちゃん」
と、幸人に向かってお辞儀した。
「大事に使って下さいね。小さくても、なかなかいい品の物ですから」
「うん。分かった」
と、奈美が、貰った水晶玉に、幸人がしていたように手をかざしたその時、水晶玉が光だした。奈美は、光だした水晶玉を見て、興奮しながら、水晶玉に浮かび上がった文字を読んだ。
「夢嶋幸平……」
と、奈美が口にした時、幸人が、驚きの表情を浮かべ奈美を見つめた。
「夢嶋幸平って幸人お兄ちゃんの名前なの?」
「えっ、いや、私は幸人ですよ」
と、慌てて答えた。
「奈美様、本題へ戻ってもよろしいですか? 今度は、私の持っている水晶玉をご覧ください」
と、幸人に言われ奈美は、幸人の水晶玉を見つめた。すると、水晶玉がゆっくりと光だし、奈美は次第に意識が遠退いて行くのを感じた。しばらくすると、奈美は虚ろな瞳になった。幸人は、安堵の溜め息をついて
「まさか、こんな小さな子にこれほどの霊力があるとは……もしかすると……」
と、呟いた後
「さぁ、奈美様あなたの不幸を教えて下さい」
「あのね、奈美は……」
奈美は、産まれてすぐに、教会の入口のところに捨てられいた。奈美はすぐに教会の牧師に拾われ、奈美は、児童施設に預けられた。奈美は、施設で大事に育てられたが、三歳の頃から妙な事を言うようになっていた。 奈美は、施設の子供達とは遊ばず、いつも一人でいた。奈美は
「ねぇ~、どうして一人で泣いてるの? 何かあったの?」
と、施設の隅っこで独り言を言っていた。施設の職員は、不思議に思い
「奈美ちゃん、誰と話をしてるの? 先生が見たところ誰もいないみたいなんだけど……」
「え~、今も一緒にいるよ。何かね、困ってるみたいなの?」
と、奈美は言った。
そんな事が続く為、施設の職員達は、話し合って、奈美を幼稚園に通わす事にした。幼稚園に行けば、皆と仲良く遊ぶだろうと考えて。しかし、奈美は、幼稚園でも、一人で、遊ぶ事が多かった。 幼稚園の先生が
「奈美ちゃん、誰とお話ししてるの?」
と、聞くと奈美は
「お友達だよ。ほら、ここにいるでしょ」
と、指を指した。先生は、指を指した先を見ても誰もいない。幼稚園でも、こんな事が続きしまいには、幼稚園の子供達や、先生までもが奈美の事を避けるようになっていた。奈美は、施設にいても気味悪がられて、奈美が、五歳になった誕生日の日に、先生達がいる部屋を通りかかった際に
「奈美ちゃんは、うちでは、もう無理なんじゃないですかねぇ~、幼稚園でも、ダメみたいだし、うちでも、他の子供達は奈美ちゃんに近づこうともしないですから。何とか、違う施設を探してそちらに引き取ってもらいましょう」
と、施設の責任者が言った。それを聞いた奈美は 五歳といえどもいい気分ではなかったが、大人しく言う事を聞いて、違う施設に移った。
違う施設に移っても、同様に気味悪がられ、また、違う施設へと奈美は転々とたらい回しにされた。さすがに、何度もこんな事をされると、奈美も嫌な気分になり、心を閉ざしてしまった。そして、また違う施設へ転所する前日に、施設を飛び出した。
施設を飛び出した奈美は、延々と歩き続け、人気のないさびれた公園に着いて、疲れたのかベンチに横になったと同時に眠りについた。
一方、その頃、奈美が居なくなった施設はと言うと、一人の小さな女の子が居なくなったと言うのにも関わらず、捜す事なく、初めからそんな女の子は居なかったと何事もなかったと言うように、していた。
奈美は、一日公園で過ごしたが、さすがにお腹も空いたのか、ボーッと空を眺めていると、奈美の足元へ、黒猫がやって来た。黒猫は、奈美にむかって
「ニャー、ニャー」
と鳴いた。しかし、奈美には、はっきりと
「どうしたの? 何か困った事があるのかにゃ」と、聞こえたのだ。奈美は、黒猫の方をむいて
「あなた、喋れるんだ。すごいね。私は、いつも、一人ぼっちなの。だから、いつも大人の人に嫌われちゃって、また違う施設へ連れて行かれそうになったから、出てきちゃった」
と、黒猫に言った。
猫は、自分の言葉を理解した、奈美にビックリしたが
「そっか、じゃ、僕に着いてくるにゃ、いいところへ連れて行ってあげるにゃ」
と、言って歩きだした。 奈美は、小首を傾げながら
「いいところ?」
「まぁ、とにかく着いてくるにゃ」
と、黒猫に誘導されながらしばらく着いて行くと 黒猫は、大きな館の前で止まった。奈美は
「ねぇ~、ここがいいところなの? おっきなお家だね」
「そうだニャ、ここの主が、僕のご主人様なんだニャ。入ってみるといいニャ」
と、言われ奈美は、幸福館の扉を開けた。
奈美は、虚ろな瞳のまま全てを語った。幸人は 指を鳴らすと、奈美が正気に戻った。
「奈美様の不幸の話聞かせて頂きました。なるほど、そういう事だったのですか。私の使い魔の黒猫ジルマの言葉も分かる訳ですね」
「あのネコちゃん、ジルマって名前なんだ」
「そうなんですよ。奈美様は、霊力が非常に大きいですね。普通の人には見えない物が見えたりするのもそのせいです」
「ふ~ん。それはそうと幸人お兄ちゃん、後ろにあるのって何? 足や、綺麗なお姉さんや、赤ちゃんがいるんだけど」
「これはですね、ここに来た人が、幸せになる為に、私に一番大切な物をくれた証なのです」
「へぇ~」
「奈美様も、幸せになりたくて訪れたのでしょう?」
「私ね、よく分かんないの? ネコちゃんにいいところに連れて行ってあげるよって言われたから着いて来ただけなの」
と、奈美が言うと、近くにいた、黒猫のジルマが幸人の元に駆け寄り、何かを告げた。幸人は
「そうですか? 奈美様は、ここを出ても行くところがないのですか?」 「うん、私一人ぼっちだから……」
幸人は、少し考えて
「では、こうしましょう。奈美様は、霊力が強いみたいですし、私の助手として私のお手伝いをして頂ければ、ずっとここにいても構いませんよ」「うん。私、幸人お兄ちゃんのお手伝いする。私頑張るよ」
と、奈美は、満面笑みを浮かべ喜んだ。
「では、そういう事で、奈美様ちょっと、こちらに来てください」
と、幸人は、奈美を魔法陣らしき円の中心に立たせた。
「幸人お兄ちゃん、何かするの?」
「ええ、ちょっとした儀式ですよ。すぐ終わりますから」
と、告げると小声で呪文を唱え始めた。
すると、魔法陣らしき円は、光始め奈美を包んだ。しばらくすると、奈美の身体から、青白い炎が出てきた。幸人は、青白い炎を透明なケースに入れた。ゆっくりと奈美を包んでいた光が消えてゆく。光が、完全に消えてから奈美は、瞳を開けると、横たわっている自分が見えた。「幸人お兄ちゃん、何したの? 私が二人になってる?」
「儀式ですよ。奈美様の肉体から、魂を抜いたのです。横たわっているのは、生身の身体で、今、こうして私と話をしている奈美様は、所謂霊魂と言うわけですよ。これで、奈美様は、私と同じになった訳です。私が、持っている、青白い炎は、奈美様の魂です。この炎が消えてしまうと、霊魂である奈美様が完全に消えてしまうと言うわけでなのですよ。奈美様の魂は、私が、大切に保管しておきますね」
「はぁ~い。じゃ、これが、さっきお兄ちゃんが言ってた対価ってやつなのかな?」
「まぁ、そういう事になりますかね。では、これからは、私の助手としてよろしくお願いしますね奈美ちゃん」と、幸人がニッコリ笑った。奈美も
「はぁ~い、奈美、幸人お兄ちゃんのお約に立てるよう頑張るね」
と、奈美も笑顔で答えた。
おや、皆様いらしてたのですか? この度、私に可愛らしい助手が出来ました。奈美ちゃん挨拶してください。
「はぁ~い、皆様こんばんは、助手の奈美でぇ~す。よろしくね」
よく出来ました。それはそうと、皆様、私の本名を聞いてませんよね。もし、私の本名を知っている人がいれば、今日の晩寝静まっているころにお邪魔して、記憶を消させて頂きますので、あしからず……
おや、もうこんな時間ですか。では、今回はこのへんで失礼致します。
皆様に幸あらんことを。




