第6話:部活動指導の極意
西日に照らされた芝の匂い。土の上を転がるボールの音。そして、日課となりつつあるキャッチボールのリズム。その中心には、いつもと変わらぬ二人の姿があった。
コリンズが軽くステップを踏みながら、ミットを構えるスターレインに向けてボールを投じた。その球は速く、そして無駄のない軌道でスターレインの胸元に収まった。
「スターレイン先生、部活動指導で一番守らせなければならないルールって、なんだと思います?」
次の返球の直前、その問いが飛んできた。
スターレインはわずかに首を傾げた。問いの内容自体は平易だ。だが、「部活動指導」という言葉が、胸の奥でどこか引っかかった。
野球部ではなく、“部活動”。つまり、それは競技の性質や種目を超えた、より広い枠組みの話だ。だが、広くなればなるほど、答えはぼやけていく。規律か、安全か、教育か。どれも正しいが、どれか一つを選び取る決定打が出てこない。
返球が遅れそうになる。スターレインは軽く息を吐きながら、滑らかにボールを投げ返した。
コリンズはそれを片手で受け止めると、ほんのわずかに眉を上げ、そして静かに言った。
「答えは、“顧問がいない日は、部活動を中止にする”。これです」
次の瞬間、彼女の指先から放たれたボールは、風を切る音を伴ってスターレインのもとへ飛んだ。強い意志が、そのまま球速に変換されたかのような投球だった。
スターレインは、しっかりと両手でその球を受け止めた。
「これは、絶対に守らせなきゃいけない。どんなにやる気があっても、どんなに上手くなりたくても、顧問がいない日は“練習してはいけない”。それを徹底させなきゃいけないんです」
コリンズの声は、静かだったが、芯が通っていた。
「これが曖昧になると、彼らは“やれるときにやってしまえ”という空気を作り出すようになります。そして、その空気はすぐに文化になる。放課後、誰も見ていない場所で勝手に練習を始めるようになる。そのとき、事故が起きたら――責任は誰が取るんです?」
言葉の余韻が、風の中に残った。
スターレインは黙ったまま、ボールを見つめていた。法の不在、責任の不在、それが生む空白の危うさ。それは、彼女自身が冒険者時代に何度も目にしてきた“秩序の崩壊”と、本質的に同じ構造を持っていた。
「顧問がいるときだけ、部活動ができる」
コリンズはもう一球、少しだけ緩やかに投げた。
「これは、誰が顧問でも関係なく、学校として絶対に守らなきゃいけないラインです。生徒が悪いんじゃない。空気を作らせてしまった指導者の責任なんです」
スターレインは、今度はしっかりと捕球し、そして深く頷いた。
――それは、彼女が思い描いていた「教育の秩序」と、完全に一致していた。
ただ、そこに至る言葉の選び方も、切り取り方も、コリンズのそれは、より実践的で、現実に根ざしていた。
ルールは理論ではなく、土と汗の上に刻まれる。だからこそ、曖昧ではいけない。
夕陽が伸ばした影の中で、二人の教師は再び距離を測りながら、静かにボールを交わし続けた。その一球ごとに、教育の輪郭が少しずつ、形を成していくようだった。




