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第6話:資材が消えた!

 午前八時、喫煙所。

 今日も朝礼の“朝の朝礼”が始まる直前、職長たちはいつもの場所で一服していた。


 軽葉の煙が風に溶け、仮設現場の鉄骨越しに朝日が差し込む。


「よぉ、スターレイン。お前んとこの冒険者たち、今日も元気だな〜」


 と、片手にキセルをくるくる回しながら声をかけてきたのは、配管工事班の職長・ドーラン。

 無精髭と渋い笑いが似合う中年で、職人歴二十年以上のベテランである。


 スターレインは、キセルに火を灯しながら静かに返す。


「……“元気”と“有能”は、別の言葉です」


 職長たちが笑い出す。


「いやぁ、ほんとあれよな。あんだけ気合い入れて声出して、段取りまるで読んでないの、逆に才能だと思うわ」

「魔法はすごいけど、指差し確認の意味を一ミリも理解してない感じな」

「昨日、あいつさ……“搬入線”って言われて、魔導線持ってきてたんだよ。ヤバくね?」


 くっくっくと笑いを堪えながら、全員が煙を吐く。


 スターレインは特に怒るでもなく、ただ一言だけ言った。


「……“無能でも使う”。それが“仕事”ですから」


 あまりにも真顔。

 あまりにも正論。

 あまりにも感情がなさすぎて——


「おまっ……それ職長の正論すぎて怖いわ!!」

「やべえ、なんかもう一周回って尊敬してきた……!」

「“使えなくても使う”を、ここまで冷静に言う女初めて見たわ!」


 喫煙所が笑いに包まれる中、ドーランが冗談めかして言った。


「……なぁスターレイン。この現場終わったらさ、お前、うちの班来いよ。魔法配管やらせてやっからさ」


 その瞬間、スターレインはわずかに顔を上げ——


「イヤです」


 食い気味だった。即答だった。

 表情は変わらず。だが語気は、あり得ないほどハッキリしていた。


 一拍置いて——


「そっけなっ!?!?」

「いやもうちょっとこう……なんか“考えます”とかあるじゃん!?!」

「最高だわ……この塩対応……中毒性あるな……」


 職長たちは、爆笑した。


 スターレインは特に何も言わず、キセルを持ち直し、また煙を吐いた。

 その所作の美しさにすら、どこか“現場力”が宿っていた。



 午後の作業中。

 結界盤の配線処理と補強枠の固定作業。細かい精度と段取りの要求される工程だった。


 冒険者出身の作業員たちは、その動きの硬さをごまかしきれずにいた。

 足場の上で指示を待つだけの者。スパナの使い方がまだぎこちない者。

 自分の動きが、職人たちのリズムを乱していると気づきながら、それでも必死に食らいつこうとしていた。


 そんなとき、作業の合間にひとりがぽつりと漏らした。


「……俺たち、やっぱ“使えない”っすよね」


 誰が言ったのかもわからなかった。

 だがその一言は、妙に空気を重くした。


「魔法ならいけるけど、現場だとマジで邪魔してる気しかしない」

「スターレインさんがフォローしてなかったら、とっくに班崩壊してるし」

「職人の人たちにも、見下されてる気がして……いや、実際そうだよな……」


 汗まみれの顔に、言い訳ではない“自覚”の色が滲む。


 スターレインは、ハーネスを外しながら、静かにその場に歩み寄った。


 帽子のつばを軽く押さえ、淡い影を顔に落としながら、彼女は口を開いた。


「……“使えない”というのは、能力の問題ではありません。

 “役割が違う”というだけです。」


 一同が顔を上げる。


「現場作業と、戦闘。求められる動きも、判断も、訓練も違います。

 ここで経験が浅いのは、当然のことです」


 誰も返せなかった。

 スターレインは、その沈黙を断ち切るように、続けた。


「でも、それでも——毎日、現場に立って、作業をしている。

 慣れない環境で、慣れない言葉で、怒られても、恥をかいても、逃げずに来ている。

 それは、とても立派なことです。」


 冒険者たちは、息を呑んだ。

 それが褒め言葉として投げられたのではなく、“事実として”語られたことに、心を揺さぶられていた。


「ですから、どうか“誇り”を持ってください。

 冒険者としての。

 誰よりも、戦ってきた人間であるという、誇りを」


 その言葉は、土と汗と煙にまみれた現場に、確かな“芯”をもたらした。


 誰かが、ヘルメットを脱いで、涙を拭った。


「……っす……」

「……はい……」

「……俺、明日も来ます……絶対来ます……!」


 それぞれの手には、まだ不器用な工具。

 だがその握りは、ほんの少しだけ、力強くなっていた。



 建設というものは、精緻で緻密な“設計”によって進む。

 だが、その設計を実行する現場は——決して理想通りにはいかない。


 それは、「資材の消失」が象徴していた。


 ある日の午後、搬入予定の防音結界材が見当たらなくなった。


 魔導コンテナから降ろされ、仮置き場に収められたはずのそれは、数時間後には影も形もなかった。


「……あれ?ここ、絶対置いたはずなんだけどな……」

「ねぇ、結界板、見なかった?」

「え、あれって……〇〇組が持ってったって聞いたけど……」


 伝票は残っていた。置かれた証拠もある。

 しかし“現物”がない。


 ゼネコン名称のヘルメットをつけた現場監督が青ざめた顔で、スターレインに報告へやってきた。


「す、すみません……スターレインさん……搬入済みのB結界材が……あの、消えまして……あの、盗難じゃないとは思うんですけど……」


 スターレインは、特に驚いた様子もなかった。

 いつも通り、無表情で返す。


「……よくあることです。」


「えっ?」


「ここには、数千人が出入りしています。仮置き場は常に開放状態。ラベルが貼ってあっても、“自分たちのだと思った”で持っていく職人さんもいます」


 彼女は手帳を開き、午前中に見た“近い形状の別資材”の搬入記録を確認した。


「……たぶん、D棟側が仮設用に使ってます。見に行けば見つかりますが、探すより代用した方が早いです」


 現場監督が絶句する中、スターレインは続けた。


「魔力遮蔽率が少し落ちますが、仮設の遮蔽板で代用可能です。色が違うなら、塗装屋に“黙って”塗ってもらえば済みます。」


「えっ……それって、ええと、手続き的には……」


「やってから報告すれば、“間に合いました”で済みます。現場では、それが標準です」


「……!」


 監督は目を見開いた。


 だが、それは明確に“違法”とか“ごまかし”とかいう話ではなかった。

 スターレインはただ、現場における“自然の摂理”を説明しているにすぎない。


「必要なのは、資材の保全ではなく、工程を回すことです。

 予定が狂わなければ、色など問題ではありません。最終検査までに合わせればよいだけです」


「……すごいですね、スターレインさん……」


「いいえ。常識です。」


 まるで呼吸をするように、あたりまえのこととして。

 彼女は、そう言った。


 ⸻


 この日、塗装屋は「指定なしカラー補正」という謎の指示で塗装作業を行い、

 誰にも文句を言われることなく、B区画の工程は予定通り完了した。


 “資材が消えた”という騒ぎは、半日でなかったことになった。


 そしてその中心には——やはり無表情のまま、魔導杖を支えながら現場を眺める少女の姿があった。


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