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彼女の名はスターレイン  作者: 狐御前
追加エピソード
66/88

エピローグ:中庸

 ふと気がつくと、景色が変わっていた。


 気づけば私は、クディッチの試合会場の観覧席にいた。

 どうやら、部活動の大会中にうたた寝をしてしまっていたようだ。

 試合の展開はさっぱり分からない。そもそもクディッチという競技自体、未経験者からすれば恐ろしく「わかりにくい」うえに、正直なところ——退屈だ。


 だが、昔の私であれば、こんな風には感じなかっただろう。いや、正確には「感じ方の切り替え方を知らなかった」のだ。


 あの頃の私は、ワンゴンに教わったことを胸に刻み込んでいた。

 彼の思想は常に極端だった。「人を導くには、先に尖らせろ」とでも言うように、彼は徳治と法治という両極の原理を羅針盤のように掲げ、それぞれの限界と可能性を体感させてくれた。

 その方法論に従う中で、私は少しずつ中庸という立ち位置を獲得していった。

 どちらにも偏らず、だが流されず。状況に応じて「いま必要な重心」を測る術を、私は学んだ。


 だからこそ、たとえ目の前の試合がどうしようもなく退屈であったとしても——私はその退屈を「悪」として切り捨てたりはしない。

 捉え方ひとつで、物事はいくらでも意味を変える。たとえば選手たちの動きに注目すれば、未熟な技術の中にひたむきさを見いだせるかもしれない。あるいは、応援する生徒の様子を観察することで、教室とは異なる一面を発見できるかもしれない。


 結局のところ、「つまらない」と感じるものに対して、私たちはどこまで誠実になれるかが問われているのだ。

 夢の中のあの頃の自分は、それをまだ知らなかった。

 けれど、今の私は——羅針盤を持っている。


 私は身を起こし、観覧席の背もたれにもたれていた体をゆっくりと立て直した。

 試合はまだ続いている。

 空を駆ける箒、歓声、砂塵、笛の音。

 どれも私の心を大きく動かすことはないけれど、それでも、ここにいる意味がないわけじゃない。


 あの子たちが懸命に飛んでいる。それだけで十分だ。土魔法の授業では見せたことのない表情。

 教室では決して語らない言葉。

 彼らが「生きている」瞬間を、私はただ静かに、観測する。


 教育とは、支配でも感情の投影でもない。

 可能性の芽を見つけ、根が張れるだけの土を整えてやることだ。育つかどうかは分からない。

 けれど、見捨てなければ、芽吹くことだってある。


 私は手帳を取り出し、そっとメモを走らせた。ある生徒の箒さばき。

 応援席で声を張る子の名前。無意味に思える断片の中に、私は次の授業へのヒントを探している。


「期待しないけど、見ている。」


 誰に向けた言葉でもない。

 けれど、何度も自分に言い聞かせてきた言葉だった。

 どんなに空虚に思える時間にも、教師としての眼差しを絶やさない——それが、今の私なりの誠実さだ。


 もうすぐ試合が終わる。風が吹いて、観客の応援旗がはためいた。

 夢から醒めても、なお続いているこの日常を、私は悪くないと思っている。


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