第9話:コリンズ先生の過去⑥ 保護者面談の日程調節
保護者面談――それは、教育という名の戦場における最初の関門にして、教員の職務において最も避けがたい試練のひとつである。
初任一年目。フラワーリング魔法学園・一年三組担任、コリンズ。春の気配もなお肌に残る季節、彼女にとっての“最初の戦”が、ついに訪れた。
朝の職員室。
机に腰を下ろすと同時に、校内共有フォルダにアップされた新着ファイルが目に入る。
タイトルは――「保護者面談実施要項」。
「……面談のお知らせ、ですか」
静かに呟きながら、コリンズは眼鏡のブリッジに指を添えて押し上げた。
ファイルを開けば、そこには面談予定表、所見記録、保護者配布用のプリントなど、各種資料が容赦なく詰め込まれている。まるで一触即発の魔導書のように、膨大な情報が彼女の視界を埋め尽くした。
(……さすがに、これは胃に来ますね)
肩の奥がわずかに重くなる。が、その瞬間――
「やあ、コリンズ先生。面談は、今回が初めてのご経験ですよね?」
不意に差し込んできた声は、あまりにも自然で、そしてあまりにも的確だった。
振り返れば、そこに立っていたのは、特任指導教諭・ワンゴン。あいかわらずの丁寧すぎる微笑を浮かべたまま、まるで呼吸をするかのごとく、静かにプレッシャーをかけてくる。
「ああ……ワンゴン先生。いつもお世話になってます」
「いえいえ、お忙しいところ恐縮です。少しだけ、面談の準備についてお話ししてもよろしいでしょうか」
「……ええ、もちろん(来たか……面倒なやつ。でも断ると、あとがもっと面倒ですからね)」
軽くため息を胸の奥に押し込みつつ、コリンズは椅子の向きを変えた。
するとワンゴンは、まるで学院の書庫に棲まう賢者のような静けさで、口を開いた。
「まず、面談予定表ですが……昨年度のものを流用してください。学年フォルダに保存されています。時間枠の配置は例年通りですので、構成はそのままで問題ありません」
「承知しました(確認済みですけどね、念のため)」
「それから、必ず締切日を設定してください。未返信のご家庭には電話連絡、もしくは再度のプリント配布をお願いいたします。生徒経由での再配布でも構いません」
(……正論ですね)
「また、どうしても予定が立たないご家庭もございます。そうした場合は“調整中”と記載できる枠を設けてください。あくまで“完成版”の形式で配布することが大切です。保護者の方々も勤務調整がありますからね。こちらの対応が遅れると、不満が噴き出しやすくなります」
「……肝に銘じておきます」
そこまで聞いて、コリンズは少しだけ眉を動かし、形式的ながらも礼を述べた。
「ご助言、ありがとうございます」
「いえ、はじめは誰でも緊張するものです。困ったことがあれば、いつでも声をかけてくださいね」
そう言い残し、ワンゴンは背を向ける。その歩みは無駄がなく、静かで、そしてどこか気品すら漂っていた。
その背中を見送ったコリンズは、ふっと小さく息を漏らす。
「……まあ、嫌いじゃないですよ。ああいうのも」
苦笑交じりにそう呟くと、パソコンのウィンドウを切り替え、面談用プリントの作成にとりかかる。
――教師という職業に、完璧な備えなど存在しない。
それでも、人は経験を重ね、やがて“慣れ”を手にする。
初任だろうと、担任だろうと、それは変わらない。
コリンズは今、確かにその第一歩を踏み出していた。




