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彼女の名はスターレイン  作者: 狐御前
追加エピソード
62/88

第9話:コリンズ先生の過去⑥ 保護者面談の日程調節


 保護者面談――それは、教育という名の戦場における最初の関門にして、教員の職務において最も避けがたい試練のひとつである。


 初任一年目。フラワーリング魔法学園・一年三組担任、コリンズ。春の気配もなお肌に残る季節、彼女にとっての“最初の戦”が、ついに訪れた。


 朝の職員室。

 机に腰を下ろすと同時に、校内共有フォルダにアップされた新着ファイルが目に入る。

 タイトルは――「保護者面談実施要項」。


「……面談のお知らせ、ですか」


 静かに呟きながら、コリンズは眼鏡のブリッジに指を添えて押し上げた。

 ファイルを開けば、そこには面談予定表、所見記録、保護者配布用のプリントなど、各種資料が容赦なく詰め込まれている。まるで一触即発の魔導書のように、膨大な情報が彼女の視界を埋め尽くした。


(……さすがに、これは胃に来ますね)


 肩の奥がわずかに重くなる。が、その瞬間――


「やあ、コリンズ先生。面談は、今回が初めてのご経験ですよね?」


 不意に差し込んできた声は、あまりにも自然で、そしてあまりにも的確だった。

 振り返れば、そこに立っていたのは、特任指導教諭・ワンゴン。あいかわらずの丁寧すぎる微笑を浮かべたまま、まるで呼吸をするかのごとく、静かにプレッシャーをかけてくる。


「ああ……ワンゴン先生。いつもお世話になってます」


「いえいえ、お忙しいところ恐縮です。少しだけ、面談の準備についてお話ししてもよろしいでしょうか」


「……ええ、もちろん(来たか……面倒なやつ。でも断ると、あとがもっと面倒ですからね)」


 軽くため息を胸の奥に押し込みつつ、コリンズは椅子の向きを変えた。

 するとワンゴンは、まるで学院の書庫に棲まう賢者のような静けさで、口を開いた。


「まず、面談予定表ですが……昨年度のものを流用してください。学年フォルダに保存されています。時間枠の配置は例年通りですので、構成はそのままで問題ありません」


「承知しました(確認済みですけどね、念のため)」


「それから、必ず締切日を設定してください。未返信のご家庭には電話連絡、もしくは再度のプリント配布をお願いいたします。生徒経由での再配布でも構いません」


(……正論ですね)


「また、どうしても予定が立たないご家庭もございます。そうした場合は“調整中”と記載できる枠を設けてください。あくまで“完成版”の形式で配布することが大切です。保護者の方々も勤務調整がありますからね。こちらの対応が遅れると、不満が噴き出しやすくなります」


「……肝に銘じておきます」


 そこまで聞いて、コリンズは少しだけ眉を動かし、形式的ながらも礼を述べた。


「ご助言、ありがとうございます」


「いえ、はじめは誰でも緊張するものです。困ったことがあれば、いつでも声をかけてくださいね」


 そう言い残し、ワンゴンは背を向ける。その歩みは無駄がなく、静かで、そしてどこか気品すら漂っていた。


 その背中を見送ったコリンズは、ふっと小さく息を漏らす。


「……まあ、嫌いじゃないですよ。ああいうのも」


 苦笑交じりにそう呟くと、パソコンのウィンドウを切り替え、面談用プリントの作成にとりかかる。


 ――教師という職業に、完璧な備えなど存在しない。


 それでも、人は経験を重ね、やがて“慣れ”を手にする。


 初任だろうと、担任だろうと、それは変わらない。

 コリンズは今、確かにその第一歩を踏み出していた。


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