第4話:コリンズ先生の過去① 稀代の天才魔導士・コリンズ
フラワーリング魔法学園――それは若き魔法使いたちが集い、己の才を磨く場所。
その一角に、今年度から新たに赴任する者がいた。
彼女の姿をひと言で表すならば、「青の知性」――。
その髪は、まるで夜明け前の海を思わせるディープブルー。
陽の光を受ければ微かに煌き、風を受ければしなやかに揺れるその長髪は、左側に寄せたサイドテールでまとめられていた。
ぱっつん気味の前髪が左目を軽く覆い、そこに留められた黄色の「A字+斜線」型のヘアピンが、さりげなく個性を主張している。
――そして、瞳。
紫がかった鮮やかな青。
その虹彩には、星のような光を宿した模様が浮かんでいた。
見る者を射抜くような強さと、ふとした瞬間に覗く思索の深さ。
まるで、万象を見通す観測者の眼差し。
白地に金のラインが走るシャツ風ジャケットに、水色のワイシャツと黄土色のネクタイ。
肩口のカッティングが独特で、制服でありながら“研究者”や“技術者”の気配を纏っていた。
知的で、落ち着いていて、それでいてなぜか目を引く。
歩くたびに小さく揺れるサイドテール、手にした白チョーク、そして顎に添える思索の仕草――
「派手ではないが、美しく目立つ」
そんな稀有なバランスを体現する存在。
そして何より、その表情に宿るのは――
「観察者」としての冷静さ。
「指導者」としての確信。
「教育者」としての柔らかさ。
名を、コリンズ。年若き女性教諭である。
「――こちらが、今年度新任の土魔法教諭、コリンズ先生です」
人事担当が紹介の声を張るも、学園長は椅子にもたれたまま、退屈そうに片目だけを開いた。
「ふん……どうせまたコネか推薦枠だろう。最近は書類だけで通すから、現場が緩むんだよ。まったく――」
「……あの、私、教員試験は一発合格なんですけど」
「おや? それはそれは。だが、それだけで教える側に立てるとは思わないことだな。実力とは――教壇ではなく、戦場で証明するものだ」
言い終えた学園長が、懐から魔杖を取り出す。
その瞬間、周囲の空気がざわめいた。
「え、ちょっと……」
「コリンズ先生、逃げて! 学園長、本気だよ!」
「いや、逃げるって……私、教師なんですけど」
コリンズはそっとチョークを握った。
カツ――とヒールの音が、床に静かに響く。
そして、淡々と――だが冷ややかに、言葉を返す。
「決闘って、現代教育に必要なんですか?」
「教師としての資質を見極めるには、手っ取り早いだろう?」
「ふぅん……じゃあ、土魔法で十分ですね」
「土魔法……? フフ、雑魚属性を選んだか。実に凡庸だな」
「いいえ、“土”って、足元を見て戦う属性なんです。あなたの、傲慢な足元も、ね」
その瞬間、床から伸びる土の槍が――学園長の足元に、ピタリと突き上がる。
決闘の合図もなしに、学園長は魔杖を振りかざした。
空気がピリつく。術式が浮かび上がる。周囲の教師たちが青ざめた。
「ま、待ってください学園長ッ、それは禁呪級――」
「黙れ。教育とは、命がけで学ぶものだッ!」
叫ぶと同時に、光すら飲み込む黒い渦がコリンズを飲み込もうとした。
――《即死魔法:虚無葬界》
「これが“教える者”の力だ……下がっていろ、三流が」
だが。
「……へぇ、即死魔法ですか。初めて見ましたけど――」
「なに……?」
「ちょっと、甘くないですか? 地中干渉で、術式の根元を壊せばいいんですよ」
コリンズの足元から、静かに土がうねり、まるで蛇のように伸びていく。
そして――
「《土縛陣:逆律崩壊》」
地面が鳴動した瞬間、学園長の詠唱陣が、
パリンッ――と音を立てて砕け散った。
術式ごと、即死魔法が――消えた。
「なっ……!? 貴様、なにを……ッ!」
「重ねがけ詠唱の基盤、地面に刻んでたでしょ? それ、バレバレですよ。詠唱補助用の亀裂も浅いですし……正直、甘いなって」
コリンズが一歩、踏み出した。
「ちょ、ちょっと待――」
「《土拳:制裁》」
ズドォォン!
コリンズの土魔法が収束した拳が、学園長の顔面に炸裂した。
ゴシュッ。
「ぶへッッ!!!」
次の瞬間、学園長の鼻から――ジブゥ、と情けない音が響いた。
魔杖は手から転がり、彼は床に突っ伏す。
静寂。
……そして、コリンズはチョークを軽く回し、淡々と言い放つ。
「学園長ではなく、園児からやり直した方がいいですよ」
「う……うぅ……鼻が……鼻がああああ……!」
──沈黙が一拍。
だが次の瞬間――
「スッゲェ……」
「即死魔法を土で潰した……!」
「しかも物理で殴った……!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」
講堂に、割れんばかりの拍手と喝采が巻き起こった。
かくして、新任教諭コリンズ――
着任初日で、学園を掌握する。




