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彼女の名はスターレイン  作者: 狐御前
追加エピソード
46/88

第35話:授業参観 前半

 朝の鐘が鳴り終わる頃、教室にはすでに生徒たちのざわめきが満ちていた。

 窓際では誰かが小声でゲームの続きを議論しており、前方の列ではノートを開いたまま眠そうに頬杖をつく姿がちらほら。

 教卓に立ったコリンズは、それを咎めるでもなく、淡々と出席簿に視線を落とした。


「おはようございます。じゃあ、今日はこの単元の続きを……」


 そう口を開いた瞬間だった。教室の後方、やや鼻にかかった声が遮るように届く。


「今日も、学び合いですよね?」


 一見、明るく前向きな発言に聞こえるその一言に、コリンズの心臓が一瞬だけ鈍く跳ねた。


(ああ、またそれか。)


 心の奥で何かがじくじくと疼くのを感じながらも、コリンズはいつも通りの柔らかな微笑みを浮かべた。


「うん……ごめんね、今日はちょっと説明が多めかな。後半はペアでまとめの時間にするつもりです」


 生徒たちの間に微かな失望の波が広がるのを、彼女は逃さなかった。「なんだよ」「だりぃな」「説明ばっかかよ」──その類のつぶやきが、空気の裂け目のように散っていく。


(なにが“学び合い”だ……)


 その言葉の裏にある本音を、彼女はもう何度も見てきた。

 “学び合い”という形式を、生徒の多くは単なる「楽できる日」として扱っている。

 自ら考える、教え合う、主体的に動く──理想はわかる。制度の建前も理解している。けれど実際は、教える側の生徒が内心「損してる」と感じ、聞く側の生徒が「受け身でよい」と決め込む構図に堕している。


(説明する=悪、主導権を握る=押しつけ、教える=うざい……。じゃあ、わたしの授業って何?)


 黒板にチョークを走らせながらも、心の奥で静かに怒りが膨らんでいた。

 その怒りは、生徒一人ひとりに対するものではない。

 けれど、「今日は学び合いですよね?」という、あの無垢な仮面を被った言葉が、彼女の中の何かを踏みにじるたびに──たとえば、それがたった五分の解説であっても──自分の存在そのものが否定されていくような気がしていた。


(それでも、わたしは話す。教える。説明する。……それが、教師の仕事だから)


 穏やかで優しげな語り口のまま、彼女は今日もチョークを置かずに立ち続けた。


 自分が誰を育てているのか、自分の言葉がどこまで届いているのか──その確信はなくとも、見切ることはできても、見捨てることだけはしない。

 そんな、妙に頑固な矜持だけが、彼女の背筋を支えていた。




 初夏の風が窓のカーテンをやわらかく揺らしていた。

 教室の後方、教員用の椅子に静かに腰かけていたのは、土魔法担当のコリンズ先生。柔らかな青髪を三つ編みにまとめ、丸眼鏡越しに前方の黒板をじっと見つめていた。


 今日は校内研──教員同士の授業参観日である。学園としての研修の一環で、年に数度、授業を公開する機会が設けられていた。


 そして、今日の公開授業の担当は、あのスターレイン先生だった。


 紫と黒のドレス風衣装を身にまとい、どこか浮世離れした雰囲気をまとった教員。法治主義者で感情を出さず、生徒への干渉も最小限。コリンズの知る限り、一斉講義型の冷静な指導が主スタイルであるとばかり思っていた。


 ──だが。


「では、課題は黒板に示した通りです。班ごとに、条件を満たす風魔法の応用について検討し、発表の準備をしてください」


 静かに響いたスターレインの声に、生徒たちは一斉に動き始めた。机を寄せ合い、教科書とノートを開き、囁き合いながら意見を交わす。


 学び合い──?


 思わず、コリンズは目を見開いた。


 講義ではない。静かな独演でもない。これは、学び合い型の授業そのものだ。しかも、ただのグループワークではない。観察すればするほど、構成がきっちりしている。


 彼女の脳裏に、研修で学んだ“スタンダードな学び合いの構造”が浮かんできた。


 ==========================

 1.導入の段階で、答えに繋がるヒントを教える。


 2.30分程度、生徒を自由にさせ、教員は笑顔で観察しながら全体を誘導する。


 3.後半の板書は、生徒主導で行う。


 4.確認テストを行う。

 ==========================


「……学び合い“ではない”と思っていた、あの先生が──」


 コリンズは喉奥で小さく呟いた。

 生徒は笑い合い、一部の生徒は集中していなかった。全員が教員の指示など聞かなくても問題ないという雰囲気だった。


「ついにスターレイン先生も教育制度に屈したのですね」


 コリンズは思わず、微笑んだ。


 チャイムが鳴ると同時に、生徒たちは指示を無視して模造紙を片づけ、プリントに取りかかった。

 誰も、教師の導入の説明を見ないままに。


 ……だが、どこかちぐはぐだった。


 生徒たちは自由に動き、模造紙も賑やかに埋められていた。だが、一部の班では笑い声ばかりが響き、手が止まっている者もいる。教師の目が届かない場所では、課題そっちのけでおしゃべりに興じる姿すら見える。


 “導入で出されたはずのキーワード”──風圧と湿度の関係──それに触れる声は、どこからも聞こえなかった。


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