とある世界のネットをよく見ていた少女の話
義母に今日も押し入れに入れられた。
いや、廊下で雑巾をかけている時、思い出し笑いをしている時の笑い方が不気味だったのはわかっているんですよ。
入れられる時にもう17なんですよと継母に言われた。
刺繍をしていた16になる義理の妹と本を読んでいた腹違いの9になる弟にやばいやつを見る目で見られたのが恥ずかしい。
押入れの中で途中まで見ていたとある『ゲーム』のこじつけの強い解説動画をまた見ようとしたけれど、笑い声が漏れて夕飯が抜かれてもダメなのでやめておいた。
私には空中に浮かぶ長方形の形をした『ネット』なるものを通じて別の世界を除くことができる能力がある。
そこにはある意味魑魅魍魎が溢れているが、それでも楽しい。
ネットの先の世界はこの世界とは違い呪術が無く、別の歴史をたどったらしい。
その世界の文明はここよりも100年ほど進んでおり、その世界での日本は私のところよりは裕福と言われたらだいぶ裕福。そんな感じの世界。
この世界での日本は周りと比べても多分そんなに遅れていないはず。多分。
私がネットを見ることができるようになったのは、呪術を使う者としては無能とされた日からだ。
検査が終えた後、うんと小さかった頃に死んだ実母が作った編みぐるみを義妹と取り合いしてそれが破けて、二人仲良く別々の押入れに入れられて泣いていた時に何かよく分からない、光る四角い何かの中に私がよく知るカタカナが書かれていた。
そして文字を打つと、その情報が出てきた。
その世界の情報は幼い自分を向こうの住人だと錯覚させるほど刺激の強いものだった。
たとえば、母親と言う一つの単語の情報ですら新しい概念を知った。たとえば情けない奴とか。
『ネットサーフィン』は本当に混沌としていた。
そのネットは他人には見えないやつで、そのネットの刺激からの言動もあるんだろうけれど多分そのせいでしばらく押し入れと友達になったのかも知れない。
私からは発信できなかったけれど、多分できていたらとんでもない状況に陥っていただろうからできなくてよかった。
実母の形見の髪飾りを無くした時、乗り越えられたのはネットがあったからに他ならない。
その後義妹に壊れていたやつを見つけたと言われて渡された。壊れていたとはいえ見つかったので嬉しくて思わず抱きしめた。
ネットを使っていくうちに魔法という概念を知ったのでやろうとしてみたけれど結局ダメでしょげた。
ちなみに恥ずかしながら漢字をネットで覚えた。
文字がほとんど同じなのは嬉しい。
多分思い出し笑いをしていたのだろう、結局出してもらったのは夕飯は両親たちの後で使用人と一緒に食べた。
ある日、鯛飯が食卓に出た。鯛をこんな感じで食べるのは珍しい。
父親が鯛って言うか白身魚のアラ汁が好きで給料日は鯛のアラ汁かそれが不漁で無い時は白身魚を食べていたから。
父親が作ったこともある。普通に美味しかった。
弟と義妹が美味しそうに食べている。
さらにハンバーグっぽいのもある。ネットの向こうの人が食べたら多分和風ハンバーグという感想になるのだろうか。
翌日はうんと野菜を食べなければとネットの知識が訴えてくる。
「もしかして加奈江の婚約、決まったんですか?」
「ああ。……加奈江だけじゃないぞ、十羽子、お前の婚約もだ」
「……はい、お父様」
まじか。二人揃って。
「お前がお前だから部下の誰かとの結婚を前提にしていたんだが、新興とはいえ、同じ呪術師から話が来たからな。よかった。加奈江は同じ男爵の呪術師の所だな」
ちなみに義母の実家の家格も男爵だけれど、細かく見ると義母の方が高い。実母は子爵だったらしい。
「父上……私、裁縫がまだ十分では無いのですが」
手をあげながら加奈江は父に問いかける。
「向こうで教わるほか無いな……。十羽子は向こうさんの言うことをちゃんと聞くんだぞ。お前の場合だとそっちの方がいい」
「……」
なんも言えない。お義母様はいつも食卓では貼り付けた笑みをしている。それ以外の時は睨んでくる。頭をそむけた。
片付けの時。父親が加奈江に要約すると貴族の婦人になるのだから注意深くとかそんな感じのことを言っていたけれど私にはちょっとわからなかった。
「……もし旦那様が貴族になった場合ってどうすればいいのかしら」
「お義姉さまの場合は喋らずに椅子に座っていてくれない?」
「そうだぞ」
次の日、義母が別の階にいる時に加奈江に話しかけられた。
「お義姉様、これ」
「あら、麦芽飴」
いつも加奈江が好きな麦芽飴が入っていた巾着を渡された。
黒い無地の生地に少し崩れた小さな刺繍がされている。
「飴は残っていたやつ。巾着は刺繍が失敗したやつだから袋ごとあげるわ。行く道中ででも食べて」
「ありがとう、加奈江!……私が今あげられるものねぇ……ちょっと待っててね」
私からは一昨日作ったオレンジの組紐を三つ。
私には呪力が無いから実用性は無けれど、心は込めたつもりだ。
「……ありがとう、義姉さま」
ちょっと微妙そうな顔をしている。さすがに何かを縛る時に使えるぐらいの強度はあるはずだ。多分。
最初は実母の着物をアレンジした巾着はどうかなと思ったけれど義母に怒られてその日まで封印されたのだ。
義母は普通に実母のものを使っているのに。なぜだ。
その後弟がきたので柄の入っていないガラス玉をマクラメ編みで包んだやつを渡した。
呪力については私の立場的にあまり話してくれないけれどガラスにもに呪力は込められるらしいので無価値では無いと思いたい。
そしてしばらくして、それぞれの迎えが来た。二人揃って別々の場所に出発だ。
今回の嫁入りで雇ったらしい運送業者なのか式場の仕事の人なのか分からない職業の人が持つ当日相手の家に入る嫁入り道具。その一つから実母の着物が見えた。
箪笥などの重いのは後日送ってくるらしい。
馬車に乗る前、義母からは要約すると「貴方の場合、火災や地震の緊急時以外では相手の話を聞いた方がいいと思うからちゃんと言うことを聞くように」と言われた。
馬車に乗ってから半泣きになった。ああ……ああ、離れちゃう。離れてしまう。寂しい。
馬車の中で考え事をしていた。不安しかない。
麦芽糖美味しい。涙のせいなのか、心なしかしょっぱい。
駅までは馬車で、その後は電車だ。
郊外まで電気あるんすね。
電車は旅系の動画でしか知らないので緊張する。
緊張しているのか、行く途中に食べるだろうと思って作っていたおにぎりは食べずに向こうに着いた。どうしようこれ。腐ったら。
電車から出た瞬間に分かった。
「すごい」
思わずつぶやく。荷物持ちの人が一瞬不思議そうな顔をする。
屋敷まで一本、なんか凄烈な気を感じる。初めてだ。
馬車ではなく、荷物持ちの人の後ろを歩きで向かう。儀式故なのか、荷物持ちの人たちのとても足取りが遅い。行進と言うよりもダンスみたいなリズムをとっているし。
やっと着いた。
そして風習に習い、旦那さんのいる部屋にきたので土下座する。
「顔をあげてください」
凛とした声が響く。顔を上げるとそこには思わず姫と呼びたくなる、ゆるくウェーブした金髪を腰まで伸ばした赤い瞳の美青年がいた。
顔がこっちっぽい顔をしている。
イケメンというよりは完全に美人と言う単語が合う人。
青年はそっと微笑みながら言う。
「こんにちは、私は藤間裕司。……愛し愛せるかは分からないけれど、ちゃんと君と絆で結ばれたら嬉しいな」
祐司さんに酷く不安げな表情で言われて困惑する。
なぜそんなに怯えるのか?……こちらの問題児ぶりを知っているのだろうか。
長い式が終わった。足がやばい。荷物は業者がしてくれているので荷物を気にしないでいいのはありがたい。
「今日は長旅だし、風呂に入った後、寝るといいよ」
祐司さんに漬物と半膳をお湯でふやかした夕食の後、そう言われて風呂に入ったけれどなんかネットで見た動画のやつと造りが似ていた気がする。
そういば裕司さんが漬物を切っている時の鼻歌もネットのそれと同じぐらいリズムが早かった気がする。
私が先に眠ってもいいのだろうかと思ったものの、いつのまにか眠ってしまっていた。
裕司は眠る十羽子を見つめながら呟く。
「間に合った、と言えるのかな……」
彼女は知らない、この世界がとあるアポカリプスものの小説の前日譚の世界で全ての始まりが自分だったことを。
彼女は後々知ることになる。彼が転生者だったことを。
彼は知らない。彼がかつて彼女として生きた世界を晴美が知っていたことを。
十羽子は多分元々生まれた時からうつ病だったとかそう言う子だったかも知れない。




