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荒野を駆ける風のように、アイネは疾走していた。
彼女の腕の中で抱えられるアラタは、ただ成す術もなく振り回される。
「ちょ、待っ……! は、速すぎるだろ!!」
「黙ってて!舌を噛むわよ」
アイネは淡々と走り続けた。彼女の足は地面を軽やかに蹴り、まるで重力の影響を受けていないかのような動きだった。
アラタは必死にしがみつくしかなかった。
だが——
「チッ……前にもいるのね」
アイネが小さく舌打ちする。
アラタも目を凝らして前方を見ると、地平線の向こうから、新たな鬼たちが現れていた。
牙を剥き、巨体を揺らしながら突進してくる鬼の群れ。
「……っ!」
アイネは即座に進路を変えた。地面を蹴り、側面へと跳躍する。鬼の一撃をギリギリで避ける。
その動きの直後——
「《聖障結界サンクチュア》」
アイネの口から低く詠唱が紡がれると、空間が一瞬歪み、アラタの周囲に淡い光の壁が立ち上がった。
まるで半透明のドームのように、アラタを包み込む光の防壁。
鬼たちがその壁に爪を振り下ろそうとするが——
ズゥンッ——
まるで見えない力に弾かれるように、鬼たちは後ずさった。
「しばらくは大丈夫」
アイネは息を整えながら言った。
だが、その瞳には明らかな迷いが浮かんでいた。
(私一人なら問題ない。でも、この男を生かして連れ帰るには……)
「言い伝えでは、男に性的興奮を高めてもらうのが一番効果がある……」
アイネの頭の中で、いくつかの選択肢が巡る。
だが、その中で最も確実な方法は——
アイネは、静かにアラタへと向き直った。
「ねぇ、あなた。名前は?」
アラタは、ポカンとしながら返事をした。
「間桐…アラタです」
すると、アイネは胸元に手をかける。
その様子を、アラタは黙って見守る。
次の瞬間、アイネは豊かで綺麗な乳房を露出させた。
「じゃあ、アラタ。今から、私の胸を優しく揉んでちょうだい」
「……は?」
思わず、アラタは素っ頓狂な声を漏らす。視線も彼女とはまともに合わせれない。
鬼が襲いかかろうとしているこの状況で、彼女は何を言っているのか?
「……な、なぜ、俺がそんなことを?」
「いいから!黙って胸を揉んで、私を気持ちよくさせて!」
アイネは頬をわずかに紅潮させながらも、強い口調で言い放った。
アラタは混乱するばかりだったが、彼女の表情は本気そのものだった。
「ここを切り抜けるには、それしかない」
「……っ?」
「それとも、死にたいの?」
アイネの言葉に、アラタは息を呑んだ。
彼女の真剣な瞳が、それが決して遊びや戯れではないことを物語っている。
(……死にたくは、ない)
迷っている時間はなかった。
アラタは決意を固め、ゆっくりと手を伸ばした。
アイネの柔らかな肌に触れる。
そして——
アラタは、そっと彼女の頬に軽く唇を押し当てた。
「……それでいい」
アイネは満足げに呟く。
次の瞬間——
アイネの体がまばゆい光に包まれた。
「うっ……!」
アラタは思わず目を細める。
光はまるで炎のように彼女の全身を包み込み、金色の粒子が舞う。
そして——
光が収まると、アイネは明らかに変わっていた。
その姿は、まるで戦神のような威厳を纏っていた。
彼女の銀髪が風に揺れ、瞳の奥には鋭い輝きが宿る。
アイネは静かに立ち上がり、結界を一瞬で解除した。
「少ししゃがんでいろ」
そう言うと——
アイネは刀を構え、ただ一振り。
——シュンッ
その瞬間——
まるで時間が止まったかのように、鬼たちは動きを止めた。
次の瞬間、音もなく——
全方位にいた鬼たちの体が、スパッと真っ二つに裂けた。
——ドサドサッ
無数の鬼の残骸が、大地に崩れ落ちる。
アラタはその光景に、ただ愕然とするしかなかった。
「……な、なんだ……?」
胸を揉んだだけで、彼女がこれほどの力を取り戻すなんて——
そんな馬鹿げた話が、あるはずがない。
戦いの終焉
「……ふぅ」
アイネは小さく息を吐いた。
鬼の死骸を一瞥すると、彼女はゆっくりとアラタの方を向く。
「これで、一応は片付いたわね」
戦場に立つ彼女は、どこか誇り高く、気高く見えた。
アラタは未だに呆然としていたが——
アイネはそんな彼に、すっと手を差し出した。
「……立てる?」
アラタはしばらくその手を見つめ——
ゆっくりと、手を取った。