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アラタが死を覚悟したその瞬間だった。
——ズバァァッ!!
空気を引き裂く鋭い音が響く。
目を閉じたアラタの頬に、生暖かい飛沫がかかる。
恐る恐る目を開けた。
目の前にいた鬼の体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
「……え?」
何が起こったのか理解できなかった。
先ほどまで自分を襲おうとしていた鬼の体が、肩から腰にかけて斜めに断ち切られ、内臓をぶちまけながら地面に倒れる。
それだけではない。
周囲にいた鬼たちも、次々に血を噴き上げながら倒れていく。
一瞬にして戦況が変わった。
「な、なんだ……?」
自分の身に何が起こったのか、まるで理解が追いつかない。
だが、そんなアラタの混乱をよそに、静かな足音が近づいてきた。
「人間に誘われて、姿を現した…ね」
透き通るような女性の声だった。
アラタは驚きながら声の方へ視線を向ける。
そこに立っていたのは——銀髪の美女だった。
その美女は、空の光を反射するような美しい銀髪を持ち、戦場に似つかわしくないほど整った顔立ちをしていた。
服越にも関わらず、ダイナマイトボディを超越した、煽情的な体つきが映し出される。
ただ、彼女の瞳だけは冷たく、何かを見下すような光を宿している。
彼女はため息混じりに呟いた。
「これだから、悪鬼って存在は……」
冷めた口調だった。
まるで魔物の存在を、煩わしい何かのように扱っている。
だが、アラタはそんなことを気にしている場合ではなかった。
「ちょっと……そこの人」
「は、はい」
美女が、アラタの顔を正面から見た瞬間——彼女の表情が一変した。
驚愕の色が浮かび、目が大きく見開かれる。
「え……男……?」
その言葉に、アラタは戸惑う。
彼女の反応があまりにも異様だった。
まるで、この場所に男がいること自体が、信じられないというような驚き方だった。
美女はしばらくアラタを凝視していたが——
「いや、それより!」
アラタは後方に目を向ける。
まだ鬼の群れは完全に倒されたわけではない。
先ほどまで彼を追っていた鬼たちの半数が、いまだ健在だった。
そして、彼らは明らかに、こちらを再び襲おうとしている。
「あの、あいつらまだこっちに来ますけど!」
アラタが叫ぶと、銀髪の美女——アイネは、すぐに気を取り直した。
「……ちっ、仕方ないわね」
そう言うや否や——彼女は一歩、アラタに近づいた。
そして——
「っ!?」
アラタの体が、ふわりと宙に浮く。
「えっ、あ、あの」
驚く間もなく、アイネはアラタを腕に抱きかかえた。
思ったよりも華奢な体つきなのに、その腕には確かな力があった。
「少し黙ってて」
アイネは冷静にそう言うと——
次の瞬間、地を蹴った。
——ドンッ!!
そして、アイネはアラタを抱えたまま戦場を離脱した。
風が耳元を吹き抜ける。
目にも止まらぬ速さで、彼女は戦場から距離を取る。
アラタはただその光景に、呆然とするしかなかった——。