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アラタは立ち尽くしていた。
ついさっきまで、自宅へ向かう夜道を歩いていたはずだ。それなのに——
「……なんで、こんなところに?」
周囲を見回す。
そこは見渡す限りの荒野だった。地面は乾ききり、草木はほとんど生えていない。遠くには黒々とした世界が広がっていた。
——夢でも見ているのか?
頭が混乱する。
これは夢か? それとも何かの悪い冗談か?
いや、もしかして……最近流行りの異世界転移ってやつじゃないのか?
そんな非現実的なことを考えてみるが、すぐに頭を振った。
「いやいや、そんなバカな……」
しかし、その思考はすぐに途切れることになる。
「グギャァァァァァアアアアッ!!」
不気味な叫び声が響いた。
獣とも鬼ともつかない、異様な咆哮。まるで金属を引き裂くような耳障りな音が、辺りに響き渡る。
ゾクリと背筋に冷たいものが走った。
嫌な予感がして、アラタはゆっくりと振り返る。
「……なんだよ、あれ……」
そこにいたのは、明らかに人間ではない存在だった。
巨大な体躯、鋭い牙、赤黒い肌。獣のような筋肉質な腕を持ち、その手には錆びた刃のようなものを握っている。目はぎらつく黄色に光り、ヨダレを垂らしながらこちらを見ていた。
——鬼?
いや、それは童話に出てくるような鬼とは違った。もっと異質で、もっと邪悪な存在。まるで人間を喰らうことに特化したような、そんな悪鬼の群れだった。
「……やばい」
アラタは本能的に悟った。
あれに捕まれば、間違いなく殺される。
心臓が爆発しそうなほど早鐘を打つ。全身の毛が逆立つ感覚。逃げなければ——
「くそっ!」
アラタは一目散に駆け出した。
とにかく、逃げなければ。
走る。走る。
背後から、地面を踏み砕く音が聞こえる。
悪鬼たちが追ってきている。
(なんなんだよ、これ……! 現実なのか!?)
脳内で何度も否定しようとするが、現実は待ってくれない。
喉が焼けるように痛い。呼吸が荒れる。
こんな荒野では隠れる場所もない。
「どこかに、誰か——!」
誰か助けてくれ。
そう願いながら、無我夢中で走る。
——だが、悲劇は唐突に訪れた。
「うわっ——!」
足が地面に引っかかった。
バランスを崩し、そのまま前のめりに倒れる。
腕をついた衝撃で、手のひらが痛む。
「……っ、最悪だ……」
息を切らしながら、アラタは顔を上げた。
もう間に合わない。
目の前の鬼の影が覆いかぶさるように広がっていく。
——ここで死ぬのか?
考えたこともなかった。
普通に生きて、普通に働いて、普通に歳を取る。
それが当たり前だと思っていたのに。
こんな意味のわからない場所で、こんな化け物に殺されるのか?
くそっ……俺だって……
悔しさがこみ上げる。
でも、どうしようもない。
逃げられない。
悪鬼の爪が振り上げられる。
アラタは無意識に目を閉じた——。