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目覚まし時計がけたたましく鳴り響く。午前6時。
間桐アラタは自室のドアを開け、大きく伸びをする。
春の訪れを感じるにはまだ肌寒い朝だ。冷えた空気が肌を刺すが、そんなことを気にしている暇はない。
「さてと……朝飯の用意でもするか」
半ば諦めたように呟きながら、アラタはキッチンへと向かった。
コンロに火をつけ、フライパンを温める。冷蔵庫から卵を取り出し、手際よく割る。ジュッと音を立て、黄身が弾ける。傍らでは味噌汁の湯気が立ち上り、ご飯は炊きたての香ばしい香りを放っている。
これがアラタの毎朝のルーチンだった。
食卓に味噌汁、焼き魚、卵焼き、漬物が並ぶ。こんな高校生男子が作るにしては、しっかりとした和食だ。しかし、これもすべて姉のせいである。
台所にある時計を見て、時刻を確認する。
「いただきます」
アラタは一人席につくと、自身で作った朝食を食べ始める。
このルーチンはアラタにとって、当たり前のものだった。
そして、アラタは一人玄関で靴を履き、誰もいない家に向かって「いってきまーす」というのだった。
◇ ◇ ◇
戦旗高校。昼休みになると、アラタは教室にていつものように弁当を広げる。
目の前には、友人の男子性生徒が一人、アラタと同じように昼食を取っていた。
「いやぁ、やっぱ。女の子のおっぱいはいいよな。」
そうして、友人は最近気に入ったグラビアアイドルの話をし始めた。
どうやら、彼の最近のお気に入りは、佐倉モミという巨乳グラビアアイドルらしい。
「なぁ、アラタ。お前もそう思うだろ?」
「興味ねぇよ」
「相変わらずだな。お前だって、男子高校生なんだから一度は女性の胸を揉んでみたいと思ったことくらいあるだろ?」
「別に…。それくらいはあるけどさ。今は関係ないだろ」
すると、友人はアラタの弁当箱から卵焼きをつまみ食いした。
「おい、勝手に取るな!」
「いいじゃん、うまいんだから。もったいねーよな、この家事スキル。お前が女だったら、俺が告白してたぜ」
「次やったら、弁当箱のフタ閉めるぞ」
そんな他愛のない会話が、昼の時間を彩っていった。
◇ ◇ ◇
放課後、アラタは友人と二人で下校しながら、なんとなく未来の話をする。
「早いよな、高校生活って」
「ああ、もうすぐ3年だもんな」
「卒業したら、就職か……なんかさ、俺たち、このままでいいのかな」
「……どういう意味だよ?」
「いや、ただなんとなく思っただけ」
友人とは途中で別れ、アラタは一人で家路を歩いた。
◇ ◇ ◇
夜の住宅街。
街灯の下を歩きながら、アラタはぼんやりと考える。
(俺も、このまま大人になって、普通に働いて、ただ生きていくのか……)
そんな風に将来のことをアラタが考えた時だった。
ふと、足元に白い靄が立ち込める。
気温が急に下がったような感覚がした。
「……何だ?」
霧はみるみるうちアラタの全身を覆い、視界を奪っていく。
視界が暗転し、身体がふわりと浮いたような感覚に陥る。
「え……?」
次の瞬間――アラタの目の前に広がっていたのは、見知らぬ世界だった。