三つの願い(もうひとつの昔話 52 )
その昔。
ある町に小さな食堂があり、そこには夫婦が仲むつまじく暮らしていました。
ある日のこと。
店の前を金ぴかの馬車が通りかかり、乗っている人は豪華な身なりをしていました。
「あんなドレスを着てみたいものだわ」
「金さえあれば、ぜいたくできるんだがなあ」
「女神さまがあらわれて、お願いを叶えてくれないかしら?」
夫婦がうらやましそうに馬車を見送っていると、とつぜん部屋にまぶしい光が射しました。
二人がおどろいていますと、光の中に美しい女神が現れて言います。
「あなたたちはつつましく暮らしてきました。願いを三つだけ、なんでも叶えてさしあげましょう」
夫婦は三つの願いごとを考えていました。
燃えさかる暖炉の火を見ていた奥さん、このときつい願いごとが口をついて出てしまいます。
「こんがり焼けたソーセージが食べたいわ」
すると二人の前に、こんがり焼けたソーセージがあらわれました。
「なんてこった! こんなつまらないもの、おまえの鼻にくっつけばいいんだ」
おこった旦那さんがそう叫びますと、ソーセージは奥さんの鼻の先にぶらんと下がりました。
「こんな顔で、この先ずっといるなんて」
奥さんがワッと泣き出します。
「ソーセージよ、妻の鼻からはなれておくれ」
最後の三つめのお願いで、旦那さんは奥さんの鼻からソーセージをとってもらいました。
「ありがとう、あなた」
「いや、いいんだよ」
と、そこへ……。
光が射して、女神がふたたび現れます。
「あなたたち夫婦の、たがいを思いやる気持ちに心を打たれました。もう一度だけ、三つの願いを叶えてさしあげましょう」
夫婦は今度こそ慎重に考えました。
だが朝食のとき。
旦那さんがパンを手に、おもわず口をすべらせてしまいます。
「バターがあればなあ」
とたんにバターのかたまりが、テーブルの上にあらわれました。
奥さんはバターを見て叫びました。
「なによ! こんなつまらないもの、あんたの顔にくっつけばいいんだわ」
するとバターが、旦那さんの顔にベットリとくっつきました。
「こんな顔で、この先ずっといるなんて」
旦那さんが頭をかかえます。
「バターよ、主人の顔からはなれておくれ」
最後の三つめのお願いで、奥さんは旦那さんの顔からバターをとってもらいました。
「このバター、とてもうまいよ。オマエもパンにぬらないかね?」
旦那さんがバターを入れたビンをさし出します。
「ありがとう、あなた。でも、いいわ」
奥さんはそっとビンを押し返しました。
旦那さんの顔――さっきまでバターのついていた顔を見て……。
なんとも仲むつまじい夫婦でした。