第九話 フォビオ、祝福を受ける
「ねぇカナン、まだぁ? くすぐったいよ」
「もう! フォビオ、動かないで! シモーヌ、ゆっくりで良いからね」
「はい! えっと胸回りはこれで……腹回りも……これでよし、っと。肩幅も測ったし……あ! 下がまだだった。フォビオさん、サンダル脱いでもらえますかー?」
「ほいほい、っと。――うひゃっ! くすぐったい! くすぐったいって――」
「フォビオ!」
カナンはそう言ってフォビオの耳を引っ張る。
「痛だだ! うひゃっ、くすぐった――なんだよ、この痛くすぐったいのは……拷問じゃないか! ――うひゃひゃひゃっ……痛だだだだ!」
フォビオは涙目になりながら痛みとくすぐったさに耐える。
「シモーヌはうちの大事な新人なんだからね! 採寸の練習くらいさせなさいよ! どうせ暇なんでしょ?」
「暇じゃないんだけど……でも最近雑務も雑用も減ったんだよねぇ。何でだろ? まぁその分、課題をたくさんできるから良いんだけどねー」
「えーと足のサイズは……これ……っと! フォビオさん、お疲れ様でした! 終わりましたよー」
シモーヌはそう言って数値を書き込んだ紙を片手に立ち上がった。輝くようなブロンドヘアが肩口で切り揃えられた、愛らしい少女だ。今、書生室にはこの三人しかいない。フォビオが試験が終わってからの七日間の変化を二人に話しているところに、雑用を済ませたヨースミーが戻ってきた。
「ただいま戻り――」
扉を開けたヨースミーの視線がシモーヌで止まり、そのまま固まったように動きも止まった。
「おかえり、ヨースミー」
「おかえりなさい。ヨースミーさん」
「あ、はじめまして。私、オーマル商店に見習いで入りました、シモーヌです。ヨースミーさん、ですね。よろしくお願いします」
シモーヌはそう挨拶して、ヨースミーにニッコリと微笑みかけた。その瞬間、ヨースミーの頬が赤に染まる。一瞬の沈黙のあと、我を取り戻したヨースミーはカクカクとぎこちなく動き、シモーヌに挨拶を返した。
「はじはじはじめはじめまして! ヨヨヨ、ヨースミーです!」
「ヨヨヨ?」
「ヨースミー、ヨースミーです! シモーヌさんとお呼びしても?」
ヨースミーの様子に顔を見合わせるフォビオとカナン。シモーヌが微笑みながら少し首を傾げると、ヨースミーの頬がさらに赤くなった。
「シモーヌ、と呼び捨てでも構いませんけど……」
「いえ! まずはシモーヌさん、と! もっと仲が深まった時までは……」
「はい、仲良くしてください」
「こちらこそ、是非とも仲良く!」
その様子を心配そうに見ていたフォビオは、隣のカナンに小声で呟く。
「ねぇ、ヨースミーは体調が悪いのかも。いつもと様子が違うよ。……呂律も回ってないし、顔も赤いからきっと熱があるんだと思う」
「フォビオ……。アンタやっぱり鈍感ね」
「体調の悪さに気付いたんだから鈍くないよ……!」
「鈍いのよ……! ――えーっと、ヨースミーさん」
カナンの語り掛けでもシモーヌから視線を外さないヨースミー。
「なんですか?」
返事はしたがやはり視線はシモーヌだ。
「えぇっと、私ちょっとベルモンド様に用事があるんで、シモーヌを正門まで送って欲し――」
「任せてください! さぁ! シモーヌさん、行きましょう!」
「は、はい。じゃあ、カナンさん、正門で待ってますね」
扉を開け、出ていく二人をフォビオとカナンも廊下に出て見送る。
「春が来るといいわね」
「春は毎年来るよ」
「だから鈍いんだってば」
「なんか理不尽……」
納得がいかないフォビオだったが、そのまま隣のベルモンドの私室をノックし、カナンを中へと通す。フォビオは扉を開けたまま背を向け、そのまま廊下で待機だ。年齢が離れているとは言え、男女二人を密室で二人きりにはできない。
「ベルモンド様……は……です……三日後には……」
「良い良い……じゃ……のぅ……むぞい……は五日……じゃ」
「……はい……で……。――では失礼いたします」
話が終わったカナンが出てくると、フォビオもベルモンドに目礼して扉を閉める。
「さぁ行きましょ! シモーヌを待たせてるし」
「見習いは覚えることたくさんで忙しいもんね。――忙しいと言えば、カナンも今年は忙しいでしょ? オーマルさんとこの三男と秋に、さ」
「私とロミオの結婚のこと? 予定は秋だったけど――シモーヌが来てくれたから、少し早めて夏になるかも」
「へぇ、そりゃまた忙しくなるね」
「フォビオも忙しくなるんじゃない? ――たぶん、だけど」
「うんうん。試験も終わったし、結果を見てから足りないとこ修練しなきゃいけないからね」
「……。――そうね」
「そうだよ。お、いたいた――ヨースミー! シモーヌー!」
正門で待つ二人に手を振って声を掛けるフォビオ。するとヨースミーが凄い勢いでフォビオに詰め寄ってきた。
「さんを付けろよドンカン野郎!」
「あ、はい。ヨースミーさん」
「俺にじゃなくて! シモーヌさん、だ!」
「あ、はい」
そのやり取りにはカナンも苦笑いだ。取り持つようにヨースミーに話しかける。
「まぁまぁ。それよりヨースミーさん。これからは納品でもシモーヌが来るから、色々とお願いしますね」
「任せてください! シモーヌさんも何かあれば俺に言ってください!」
「わかりました。頼りにしますね、ヨースミーさん」
正門を出ていくカナンとシモーヌを見送る二人。
「フォビオ」
「なに?」
「足りない備品があれば、まず俺に言えよな」
「え。自分で取りに――」
「頼む! 俺に行かせろ――いや、行かせてください」
「えぇー……。今までと全然違うじゃん。ま、いいけど」
そんなやり取りから三日後。
朝五つの鐘を合図に書生室に集まったフォビオら六人の書生は、いつものようにベルモンドを待っていた。
程なくして連絡扉が開き、入ってきたベルモンドに立礼する書生達。
「ん。座って良いぞい。今日はまず――」
全員が座るのを見届け、ベルモンドは袖から一通の書簡を取り出した。封蝋は王家の印である。
「これじゃ。――フォビオ」
「はい!」
フォビオは小さく手を上げて立ち上がる。
「ん。そのまま良く聞くんじゃぞ」
ベルモンドはそう言って書簡を開き、書面を取り出して読み上げた。
「コホン。――魔法士審査試験、受験番号一番。ベルモンドが弟子、フォビオ。四の月の一の日をもってカリバザス魔法院助教の任を命ずる」
「え? 四の月は来月――」
「――尚、褒章式は三の月の二十八の日、叙爵式は同二十九の日とし、両式典共に王宮にて執り行う」
「二十八って明後日……え? どゆこと?」
文章の意味に気付かず、首を傾げるフォビオを他所に、顔を見合わせる察しの良い書生達。
そこでベルモンドが笑みを見せて告げる。
「おめでとう、フォビオ」
「おめでとうって……。もしかして……俺、合格……? 合格したの?」
「相変わらず鈍いのぅ。合格じゃよ、合格。審査試験、合格じゃ」
「合格って……じゃあ俺、魔法士に? ……魔法士に。そっか……やった――やったぁ!」
フォビオは両手の拳で天を突き、喜びを噛み締める。
しばし呆気にとられた書生達であったが、手を打つ音が聞こえた。エラーソだ。彼が一番に拍手を送ったのだ。それもスッキリとした笑顔で。他の書生はそれを見ると、エラーソに負けじと笑顔で拍手を重ねる。
「おめでとうフォビオ。お前が一番だ」
「「おめでとう、フォビオ!」」
書生室は祝福で満たされた。
台詞にオマージュを入れさせて頂きました。
次回、王宮編です。