第七話 フォビオ、無事試験を終える
「魔法学園って……何?」
フォビオは首を傾げて質問した。
「あなた、魔法学園を知らないのかしら?」
「学園を知らないなんて……嘘でしょ?」
魔法士審査試験最終日の午後。
フォビオは二人の受験生に挟まれる形でベンチに腰掛け、講堂前広場で昼八つ刻の休憩時間を過ごしていた。
「そんなこと言われたって……」
「魔法院の書生って世間知らずなのかしら?」
右側の女性、サーラは右手の人差し指を顎に当て、物静かに首を傾げる。その拍子にブラウンヘアが揺れた。
「でも書生って響きはいいわ! こう、師匠と弟子! って感じが増すもの。学園みたいに教師と生徒だなんて、ありきたりよね」
こちらは左側の女性、ミランダだ。顔のそばで両手を握り、どこか遠くを見て頷いている。赤い癖っ毛が特徴的だ。
「先生のこと、誰だれ教師って呼ぶの?」
「あはっ! 面白いこと言うのね。私達も先生って呼ぶわ。魔法院でも先生って呼ぶのね」
「そこは一緒なのね。じゃあ弟子って呼ばれないのかしら?」
「普段はフォビオって呼び捨てだけど、我が弟子ってたまに言われるよ」
「「我が弟子!」」
女性二人は声を揃えて、なぜか瞳を輝かせて前のめりになる。
「学園では違うのー?」
「そうねぇ……うちの生徒とか学園の生徒、みたいな感じかしら?」
「後は教え子ね! 教師と教え子の禁断の恋! なんて言うわ」
「禁断って……でもちょっとずつ違うんだね」
「生徒が教師の身の回りのお世話をすることもないし、雑務もしないわ」
「そうそう。委員会で補佐官の真似事はするけど、付き従って師事する、なーんてことはないわね。男子学園と違ってうちは女子学園だし、特にね。だからこそ禁断なんだけど!」
なるほどと頷くフォビオであったが、恐らく禁断の恋はわかっていないのか、そこだけは少し首を傾げた。
「男子学園に女子学園ってことは学園って二つもあるんだ?」
「そう! 女子は東、男子は西ね!」
「交流がないから知り合いはいないんだけれどね。――さて、そろそろ鐘が鳴りそうだわ。戻りましょうか」
「うん、そだね」
フォビオを中心に、講堂へと戻る三人。
その後ろ姿を、たまたま通り掛かったセコイナとイヤミン、そしてエラーソが目を丸くして見ていた。
「フォビオが両手に花なんて……。俺には去年、そんな機会は訪れなかったぞ……」
「あの赤毛の子、可憐だ……」
「ブラウンの長い髪、なんと麗しい……」
「――なぁ、お前達」
「「はい、エラーソさん」」
「来年こそは試験を!」
「「来年こそは試験を!」」
エラーソら三人は夕七つの鐘を聞きながら、新たな決意の炎をその胸中で燃やすのであった。
一方、講堂では試験最後の科目が始まろうとしていた。
「では最終科目の説明を行う。盤上模擬戦とは――」
最後の科目は盤上模擬戦、簡単に言えば駒を使った頭脳戦である。
まずクジによって地形盤と魔物の配置が決まる。自駒は必ず最端のマスからスタートだ。
駒の移動は魔物も自駒も隣接する八マスなら移動可能。ただし、盤には地形が描かれており、渓谷や河川といったマスが赤く塗られている。赤マスは進入不可であり、そこには移動できない。
自駒の他に魔法陣駒、魔法駒があり、一度のターンで動かせるのはそのうちのどれかひとつ。自駒に魔法陣駒を重ねることで魔法駒を置けるようになるが、魔法陣駒は自駒が動く時には取らねばならない。魔法駒は四マス進むことができ、マスを狙えば三ターンの間そのマスは進入不可にできる。
魔法駒を魔物駒に重ねれば自軍の勝ちとなり、自駒に隣接されるか時間切れになると魔物側の勝利となる。
簡単そうに見えるが、魔物駒に攻撃するためには最低でも二ターン必要であり、その間に魔物駒は最低でも一マス動ける。どの場所で、どの距離で魔法陣駒を置くかが鍵となりそうである。
「ふむ、ふむ。これも面白そうだ」
顎に手を当て頷くフォビオ。だが――。
実はこの盤上模擬戦の科目は、審査試験の対象外である。本来であれば各駒はもっと多く、魔法駒の種類も多彩で、とても一日では終わらない。今日のこの時間は、戦略の才がある者を魔法師団に勧誘するためのものだった。
「では早速――」
「今回は! 受験番号順ではなく、クジ引きだ。対戦相手が必要だからな」
カーンの言葉で補佐官がクジ箱を出すが、実はこれもダミー。組み合わせは既に試験官側で決められていた。清廉潔白なだけでは魔法士爵は務まらない。清濁併せ呑む腹黒さは貴族の代名詞である。
「それと――毎年の慣例で見学するお方が数名、お見えになられるが、諸君らは気にせずとも構わない。見学のお方も諸君らに話しかけることはされない。試験優先故、立礼も挨拶も不要である。良いかな?」
「「はい!」」
「では抽選に入る。まずは――」
カーンが受験生らの視線をクジ箱に誘導しながら、大扉の前の補佐官に目で合図を送る。大扉が静かに開き、紺のローブを纏った十人ほどの一団が静かに講堂へと入ってきた。
「さて今回の審査……」
「何人が魔法士となりますか……」
「昨年は一名、一昨年は二名でしたか」
「今年はワシの弟子が受かるぞい」
「うちの学園から二名は輩出したい」
「それはうちも同じ……」
「不合格でも魔法師団があるとお伝え願いたいが……」
「師団は……過酷な環境なのが……」
「まぁまぁ……」
「さて、静かに参りましょう」
一団の会話を他所に、十組の盤で受験生達が模擬戦を戦っていた。
「うーむ……」
「時間切れは魔物側の勝利。お急ぎを」
「このマスを――いやこっちのマスだ! ここを魔法で破壊。これで……」
「ではこちらから……」
「魔法陣駒を置いて――」
「じゃあ下がりましょう」
「全然差が詰まらない……」
「逃げる魔物もいますからね」
「――これで私の勝ちですね」
「お見事です。参りました」
受験生達と補佐官達との勝負。勝利する受験生は圧倒的に少なく、大半が時間切れである。
そしてフォビオの戦局。
「うーん……ここで魔法陣駒!」
「ではこちらへ――」
「と見せかけてこっちに移動! 魔法駒ドーン!」
「三手続けるのは反則です」
「え。じゃあ……駒を戻して――このマスを破壊!」
「そこは元から赤マスですが――」
「じゃ、じゃあこっちを破壊!」
「出口を自分で塞ぎましたか……」
「あ……」
「はい――詰みですね」
「あぁ〜! 俺のばかばかばか!」
「初めてですからね、気を落とさず」
「うぅ……参りました。――ぐやぢい!」
やがて暮れ六つの鐘が鳴り、模擬戦と全試験日程の終了となった。
「では諸君。これにて魔法士審査試験の全日程を終える。尚、本日は試験の慰労として会食が準備された。――後ろを見なさい」
背後を振り返る受験生達。
「あ! 先生!」
「気付くの早いのぅ。さすが我が弟子じゃ」
フォビオの声を皮切りにあちこちで声が上がり、受験生達に笑顔がこぼれた。
「知っての通り、受験内容には守秘義務が課される。話せるのも本日の会食が終わるまで。師を交えて存分に語り合うといいだろう。では諸君、何かの折に、またな」
「「ありがとうございました!」」
賑やかな声が響き、皆は会食を楽しんだのであった。
盤上模擬戦。
今回やっているのは詰め将棋のようなもの、とお考えくださいませ。