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第六話 ベルモンドはかく語りき

 フォビオ不在の書生室。その空気感はけして良いものとはいえなかった。

 エラーソは機嫌の悪さを隠そうともせず、苛立ちながら魔法陣を書き記しているし、他の書生達はどこか疲れた表情でペンの進みも遅い。ベルモンドではなくエラーソの顔色を伺っているようだ。それに気付かぬベルモンドではない。


「ふむ。ここらが潮目じゃな。――全員手を止めよ!」


 ペンを置き、ベルモンドを見る書生達。エラーソもさすがにベルモンドを睨みつけたりはしないが、その眼差しに輝きはない。

 ベルモンドはひとつ息を吐くと書生達に告げた。


「ふん――少し講義を行う。書き記す必要はないぞい。その代わり、心して聞けい」

「「はい」」

「まず先に断っておくがのぅ、ワシの目は節穴ではないぞい? 備品の件も、雑用の件も――何もかも承知しておる。課題を押し付けた件も含めて、のぅ」

「「は……はいぃ……」」


 ベルモンドは誰が、誰に、とは言わなかった。エラーソは少し目を見開き、書生達の目が泳ぐ。ベルモンドが皆の顔を見渡せば、観念したかのようにひとりずつ目が伏せられる。


「顔を上げよ。説教をしよう、とは思っておらぬ。さっき言うた通り、講義じゃ。――エラーソよ、お主が目指しておるものは何じゃ?」

「ま、魔法士です」

「他の者はどうじゃ?」

「「魔法士です」」

「そう、魔法士じゃ。――()()()、じゃがの」


 ベルモンドはそこで言葉を切り、机の引き出しから紙の束を取り出す。何度か取り出しては机の上に置き、結構な高さとなった。その束をひょいと左手に持つと書生達の机を回っていく。


「魔法士になるには覚えねばならぬこと、身に付けねばならぬことが山のようにある。じゃから――」


 抱えた紙束から書生達の机に一枚ずつその紙を置いていく。不在のフォビオの机にも置かれる。書生達の視線はその紙の上に落ちた。それは今まで自分達が提出した課題であった。


「――こうやって課題をこなしていくのじゃ。よいか、()()誰かに書かせて提出したとしてもじゃ、その筆跡、癖、インクの濃淡、それで()()わかる」


 話しながらも次々と紙を置いていくベルモンド。書生達の目の前に置かれた紙の厚みにばらつきが出始めた。


「仮にじゃ、一日一枚書くとしよう。二十日も書けば二十枚。例えれば冊子じゃ。そして一年書けばそれは一冊の本、書物となる。――見よ、この高さを。そして比べよ、己が手元と」


 書生達はフォビオの机を見て、改めてその高さを知る。比較するまでもない圧倒的な高さ。ゆうに五倍はある。


「こうやって各々が書き上げた書物を、謂わば踏み台として上を目指す――もっとはっきり言うておこうか。これは日々積み上げて築く、書物の山の裾野のようなものじゃ。よいか、魔法士は終点ではない。魔法士とは始点よ。――魔導師すら通過点、大魔導師と呼ばれるワシでさえもまだ道半ばじゃ。……エラーソ、魔法の父の名はなんじゃ?」

「テオフラストゥス賢者です」

「ヨースミー、魔法の母の名は?」

「エ、エンハイドラ賢者です」

「イヤミン、二人の種族は?」

「エルフ族、です」

「その二賢者に我らは挑むのじゃ。あの長寿であるエルフと競うのじゃぞ? 手を抜く暇が――どこにある?」


 静まり返る書生達。


「ワシはのぅ、お主らが高みを目指すのであれば、お主らがお互いに何をやろうが一向に構わんのよ。現に()()にとってはプラスに働いた。()()()()の高さの踏み台を拵えたからの。――じゃがの、さっきも言うた通り、我らは山を()()のではない、築くのじゃ。()()べきは山をも越えた、謂わば天の高み。――エラーソ、他の者を蹴落としても己が高さは変わらぬ。お山の大将を目指すな。我が弟子ならば――天を目指せ」

「……はい――はい!」

「他の者も、な?」

「「はい!」」

「ん。いい返事じゃ。良い良い――」


 そこで昼八つの鐘が鳴った。


「八つ刻か。ふむ……。仕方ないのう、皆で甘味を食べに行くかの」

「「! はい!」」

「そうそう――フォビオには内緒じゃぞ?」

「はい! 俺達――」

「「口は堅いです!」」

「ん。なら良い良い。さ、行くぞい、楽しみじゃのぅ」


 ベルモンドと書生達が笑顔で食堂へと向かう。書生達の瞳は、輝きを取り戻していた。


 その頃、実技場ではフォビオが受験生のひとり、パージェロを応援していた。試験種目は巨大風車の【早回し】である。


「…………――【息吹(ブレス)】!」


 風魔法により回り始める風車。その風受け羽根の一枚には突起の棒が付いており、一周回る度に金属板を叩き、音が鳴る仕組みだ。

 フォビオはクルクルと回る風車を見ながら、試験中は静かにとの注意を守り、囁くように応援の声を出している。手を打っているように見えるが打ち鳴らしてはいない。


「パージェロ……! パージェロ……!」


 パージェロ本人は応援されていることも知らず、真剣な面持ちで風車を睨む。回転数と速度、羽根の位置を見極めながら、規定回数最後の【ブレス】を撃つ。


「――……――……――【ブレス】!」

「パージェロ……! パージェロ……!」


 何度か金属板が叩かれ、いよいよ回転速度が落ちる風車。


「行け! 回れ! あと二回で並ぶ――よし! あと一周……頼む!」

「パージェロ……! パージェロ……!」


 最後の一周。突起がゆっくりと金属板に近付く。固唾を呑むパージェロとにこやかなフォビオ。そして――カツンと金属板を鳴らして風車は止まった。


「よっ……シャオラー! どんなもんじゃい!」


 パージェロは拳を突き上げて皆にアピールする。


「ゴホン。――速やかに列に戻るように」

「あ、はい」


 補佐官に促され、列へと戻るパージェロ。フォビオの姿を見つけ右の口角を上げた。


「回数は君に並べたよ」

「うんうん! ピッタリで止めるなんて、なかなかやるね!」

「回数だけが審査じゃないとは思うけど――君のお陰で張り合いが出る。次も競い合おう!」


 そう言って右手を差し出したパージェロと握手を交わすフォビオ。正しく高め合う姿が、そこにはあった。

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