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第四話 フォビオ、覚悟を語る

「――何なんだアイツは!」


 書生室を出たエラーソはセコイナとイヤミンを連れ、就寝室に戻っていた。

 猛り、枕を殴りつけながら怒鳴るエラーソに、セコイナとイヤミンも相槌を打つ。


「「そ、そうですよねぇ」」

「目障りなやつだ!」

「「目障りですよねぇ」」

「あんな鈍臭いやつが!」

「「鈍いですよねぇ」」


 エラーソは遂に枕を掴み、毛布へと叩きつける。


「俺は去年の試験で最後に残ったんだぞ!」

「「そう……ですねぇ」」

「良いとこまでいったんだ!」

「「そう……ですねぇ」」


 試験を受けた者は試験内容全てに守秘義務が課される。破れば文字通り破門。魔法士を目指す資格すら無くなるのだ。

 それを知っているエラーソは内容をぼかし、都合のいいようにしか言っていなかった。結果しか知らないセコイナとイヤミンは中途半端な相槌を打つ。


「今年も受けさえすれば俺が……先生も先生だ! もっと――」

「あぁ! 先生の悪口は!」

「止めましょ、止めましょ!」


 試験内容を多少知っているエラーソは、次の試験でそれが有利に働くと考えていた。その思いもあり、つい師への暴言が出そうになる。しかし大魔導師の地位は一代限りとはいえ、侯爵に匹敵する貴族である。暴言は許されるものではない。セコイナとイヤミンが慌てて止める。


「――ッ! クソッ! クソッ! そうだ……! 今から隣の部屋に行くぞ!」

「「え?」」

「あのボンクラの部屋を破壊して――」

「あぁ! 消耗品ならまだしも!」

「止めましょ、止めましょ!」


 施設の破壊などテロ行為とみなされてもおかしくない。とばっちりを恐れ、エラーソをなだめるセコイナとイヤミン。しかしその矛先が二人に向かった。


「……明日の洗濯はセコイナ、お前ひとりでやれ」

「え?」

「掃除はイヤミン、全部お前だ」

「そんなぁ」

「全部フォビオのせいだ。どうせフォビオも――そうだ、落ちる……落ちるに決まってる。俺が落ちたんだ、合格する訳がない。――そうなったら全部! これから先ずっと! アイツに押し付けてやれ! わかったな!」

「はい……。(もしフォビオが合格したら……怖っ)」

「はいい……。(フォビオ、ちゃんと落ちてくれよ)」


 エラーソはその後もセコイナとイヤミンに延々と愚痴をこぼした。セコイナ、イヤミンがヘロヘロになった頃、ついに夕七つの鐘が鳴る。二人がそろそろ終わるだろうと思った時、ノックの音と共に扉が少し開き、フォビオが顔だけを横向きにして現れた。


「あ、いたいた」

「「フォビオ!」」

「先生、やっぱり部屋で休んでたみたい」


 そのフォビオの顔の下に、ベルモンドの顔も現れる。やはり横向きだ。


「「せ、先生……!」」

「あぁ良い良い、そのまま休んでおれ。具合悪いのは知っておるでな。――ところで今日の夕飯じゃが……フォビオ以外は粥に変えて貰ったでな」

「「え?」」

「具合悪いときは腹に優しーい物が良かろ? なぁに、ちょーっと食堂に用があってな。ついでよ、ついで。――ワシらはまだ何も食べておらんぞ。のぅフォビオ?」

「食べてません。何にも食べてません!」

「今日のメニューは豚の角煮と言うておったか? 早う暮れ六つの鐘が鳴らんかのぅ、楽しみじゃ」

「楽しみですねぇ。じゃあそういうことで! お大事にー」


 隙間からひょいひょいと二人の顔が消え、静かに閉まる扉。エラーソが枕を投げつけた音は、届かなかった。


◇ ◇ ◇


 翌日。フォビオは朝五つの鐘と同時に部屋を出て、第一魔導棟の大講堂へと向かった。


「んー! 今日の天気も快晴、快晴! 試験日和だねぇ」


 講堂前はまだ人影も少なく、フォビオは講堂に来た時の日課、大扉の左右に並ぶ賢者像を眺める。

 右が男性賢者テオフラストゥス、左が女性賢者エンハイドラ。二人は魔法の父母と呼ばれる二賢者だ。共にエルフであるが肖像画が残っていないため、像は輪郭と鼻梁が彫られているに過ぎない。しかしそれ故に、どのような顔立ちにも、どのような表情にも見てとれる。フォビオはその像に両親を重ね見ていた。


「父ちゃん、母ちゃん。おはよう。――俺、いよいよ試験だよ」


 フォビオは幼い頃、ここで修行して一人前になれ、と両親に言い含められ、魔法院の門の前にひとり置かれた。誰の門下でもなく、伝手もない。恐らく口減らしで捨てられたのだが本人にその自覚など当然なかった。フォビオにできたのは門の前でただ待つだけ。

 一日、二日と経ち、三日目の朝。やつれきったフォビオの手を取ったのがベルモンドであった。八年前のその日、ベルモンドがまずフォビオに見せたのがこの像である。二人は賢者像の前で師弟となったのだ。


「ようし! 見ててよね! 俺が一人前になるとこ!」


 大扉を開き、その一歩を踏み出した。


「大魔導師爵ベルモンドが弟子、フォビオ! 魔法士審査試験受験のため、参上いたしました!」


 響かせる決意の挨拶。

 静まる講堂。

 それもそのはず。誰もいない。


「え? あれ?」


 そこに後ろから声がかかった。


「あ、今から受付ね。えーっと、フォビオくん。はい、こっちこっち」

「あ、はい」


 職員に呼ばれ、改めて受付をするフォビオ。試験の始まりである。

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