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第二話 フォビオ、鈍感力の片鱗を見せる

「クッ……!」

「「エラーソさん……!」」


 ベルモンドのローブを握りしめ、そばかす顔が羞恥と怒りでドス黒くなったエラーソがフォビオを睨む。いち早くエラーソに駆け寄った取り巻きの二人、しゃくれ顎のセコイナと出っ歯のイヤミンもフォビオに厳しい視線を飛ばす。

 その熱い視線に全く気付かないフォビオ。嬉々として明日の試験で使うであろう筆記具を入れようと文箱を開けていた。


「フンフフン♪ フンフフン♪ 準備、準備ー♪っと――何がいるんだろ? 羽根ペンは……たぶん使うよな」


 ペン立てから羽根ペンを抜き、文箱へと入れようとして折れているのに気付く。しかし肝心の周囲の視線には気付かない。


「あれ? 折れてる。またかぁ。えっと予備は……っと」

「フォビオ……!」


 エラーソと取り巻きの様子をハラハラしながら見ていた書生のひとり、小太りのボウカンが小声でフォビオに呼びかける。しかし声が小さすぎたのか、フォビオは全く気付いていない。


「確かここに入れ――ありゃ、こっちも折れてる! 最近備品の質も落ちたね……予算がないんだろうけど、経費削減しすぎだよ、全く」

「フォビオ……!」

「フォビオってば……!」


 ボウカンの呼びかけにもうひとりの書生、痩せぎすのヨースミーも加わる。このまま嵐の中心人物(いけにえ)がエラーソの視線を無視するのは危険だと察知したのだ。しかしやはり声が小さすぎた。


「ま、俺が魔法士になれば予算も増える! ってね。そうなれば備品係のおっちゃんも喜ぶかなぁ」

「おい、フォビオ……!」

「ねぇ、フォビオってば……!」

「よし、新しいの貰いに備品室行こ――あぁついに俺が審査試験かぁ、楽しみだなぁ!」

「おい!」

「「おい!」」


 ついにエラーソと取り巻きの声が加わった。ようやく気付いたフォビオは顔を上げ、だらしない笑顔で皆を見渡した。


「え? どしたの――あ、ちょうど良かったエラーソさん。試験、何が要りま……うわ! 顔色が悪いよ? 大丈夫かな……紫になってる……えぇっと、確か……そう! 酸素欠乏症(チアノーゼ)! 酸欠だよエラーソさん。深呼吸しなきゃ、深呼吸!」

「フォビオ」

「さぁ! ヒッヒッフーして、ヒッヒッフー!」

「フォービオ」

「皆の顔も青い……閉め切ってたからかな……扉を開けて――さぁ皆さんもご一緒にー! はい! ヒッヒッフー!」

「フォー!ビー!――」

やかまっしゃい(やかましいわい)!」


 こめかみに青筋を浮かばせたエラーソが一歩踏み出した時、連絡扉が開くと同時にベルモンドの喝が飛んだ。


「全く……! ワシは頭が痛ーいと言うたであろう!? 何をそんなに――なんじゃフォビオ以外、皆顔色が悪いのぅ。深呼吸せい、深呼吸。ホレ、ヒッヒッフーを二回じゃ」

「「え……」」

「行くぞい――いちにのさん、ホレ!」

「「ヒッヒッフー……ヒッヒッフー……」」

「ん。マシになったの。では静かに励むように」

「「はい」」


 連絡扉が閉まると書生達はほっと肩の力を抜いた。


「何の話だっけ……あ、エラーソさん!」

「……なんだ?」

「さっきの話だけど……エラーソさん体調悪そうだし、俺、備品室まで行くからさ。そっちで聞くよ」

「クッ……。じゃあこの――」

「ついでにこのローブ、洗ってくるね。水仕事で万が一もあるし――」

「そう下っ端の仕――」

「俺、こんなの余裕だからさ! ま、ゆっくりしててよ!」

「……ここを持つと良――」

「そう! ここ、ここ! ここを内側にして――鼻水なんて誰がつけたんだろね。――ばっちい、ばっちい」

「ン、グ……ギ……!」

「じゃあちょっと行ってきます!」

「〜〜〜ッ!」


 フォビオは自身が汚してしまったローブの胸元が中にくるよう折り込んで畳み、小脇に抱えると小さく手を上げて部屋を出ていった。


「――ッ! あの野郎……!」

「「エ、エラーソさん……」」

「俺も少し席を外す――セコイナ、イヤミン、ついてこい」

「「は、はい……!」」


 エラーソは扉を勢いよく開け、そのまま叩きつけるように閉めようとしたが隣のベルモンドの私室の扉が目に入り、忌々しそうにゆっくりと扉を閉めた。


「ヤバいんじゃないの……?」

「またフォビオが鈍すぎるせいだよ……」

「「はぁ〜……」」


 書生室に残されたボウカンとヨースミーはそれきり口を閉ざした。


 その頃。フォビオは第一魔導棟にある備品室を目指し、連絡通路を歩いていた。


「あ、フォビオー!」

「よっ! カナン。その箱……納品?」


 フォビオは声を掛けてきたポニーテールの女性、カナンが持つ木箱を指差した。カナンはカリバザス魔法院に雑貨を卸す、オーマル商店の見習いである。


「それ以外でここには来ないよー」

「それもそうか。――それ、持つの手伝おうか?」

「これが私の仕事なの! 取らないで!」

「そっか。……じゃあコレだけね」


 そう言って木箱の上に不安定な形で置かれた羊皮紙の束を持ち上げた。


「あ! ……んもう! 検品前なんだから大事に扱ってよ?」

「置き方が危なく見えたんだよー」

「そんなことない! ……けど、ありがと」

「俺も備品室に――あ、そうそう! 俺さ、ついに明日から試験なんだ!」

「試験って――まさか! 魔法士の!?」

「へへん。そのまさかだよ」


 カナンは目を丸くし、フォビオは高くなった鼻の下を指でこする。


「うわぁ! フォビオが魔法士って……おめでとう、はまだ早いか。試験、頑張らなきゃね!」

「もちろん頑張るよ! 受かれば独り立ち。やっと一人前になれるってことだからね!」

「そうなったら貴族かぁ。――あ! 私を御用商人にする約束、忘れてないよね?」

「どうしよっかなー? ――って! 痛っ! 蹴るのなしだよ!」

「ふん! 商人との約束を破ったら蹴られるどころじゃないんだからね!」

「わかってるって!」

「なら良し!」


 二人は束の間、楽しそうに会話して備品室の扉をくぐった。


「こんにちは! オーマル商店です!」

「やぁカナンちゃん。ご苦労さま」

「どもども。荷物持ちのフォビオでっす!」

「なんだフォビオ。また羽根ペンか封蝋でも駄目にしたのか? それともインク壺でもひっくり返したか?」

「またって――まぁ羽根ペン貰いに来たんだけどね……。気が付いたら折れてるだけなんだけど……備品ケチってない?」

「使い方が荒いんじゃないのか?」

「そうそう。ウチはちゃんとした品質のを卸してますう!」


 腕を組み、頬を膨らますカナン。

 フォビオは慌てて両手を胸の前で振った。


「ならいいんだよ……そ、それより! 審査試験で用意する備品もあれば頂戴!」

「なんだ聞いてないのか? 講堂内は私物厳禁。必要なものは全部会場備品だ。ま、不正防止ってやつだな」

「だから何も言われてないのか。じゃいいや。――これ、貰ってくねー。カナンもまたね!」


 フォビオは棚にあった羽根ペンを二つ取り、備品室を後にした。

 

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