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第十五話 フォビオ、叙爵式は鍛錬であると思い知る

「跪礼はこうだ! 角度は全て直角! フォビオ、膝を着くな!」

「ひい……は、はいぃ」


 テオフラストゥス学園長ミハエルの激が飛び、フォビオが情けない声でそれに応える。


 夕食会の翌日。式典の参列練習として昼四つの鐘で小広間に集められたフォビオら五人は、学園長達から式典での立ち振舞を叩き込まれていた。まずは臣下の礼、跪礼からだ。

 男性の場合は()()()()()()片膝立ち、女性の場合は曲げた右足のふくらはぎに左膝頭を当てて身を低くする、カーテシーと呼ばれる女性跪礼だ。男性担当がミハエル、女性担当がオリビアである。

 オリビアは静かにサーラとミランダに告げる。


「ではミランダ、サーラ。いつものカーテシーを――今回はローブですから裾を持ち上げすぎず……脇を締めて……はい、上出来ですよ。ではその姿勢をキープして百数えましょう」

「「ひゃく……!」」

「しっかりね。では行きますよ。はい、い〜ち…………に〜い…………さ〜ん…………し〜い――」

「「長っ!」」

「ぐずぐず言ってはなりません。では最初から。はい、い〜ち…………に〜い……――」

「「……!」」


 オリビアの指導も静かながら、なかなかに厳しい。延ばされては堪らないとサーラとミランダは口を噤む。

 そしてフォビオ、ダニエル、ラファイエの三人を担当するミハエルは、その言葉通り厳しい。両端がピンと立ったカイゼル髭と相まって、まさに鬼コーチだ。


「フォビオ! 体重は右足で支えろ! いいか、左足に体重がかかり過ぎると逆にふらつくぞ! 左つま先をしっかり曲げ――なぜ倒れる!? やり直ーし!」

「はいぃ……」

「ダニエル、ラファイエ! 見本を見せてやれ」

「はい。フォビオ、こうだよ」

「ここだここ。この辺に体重を意識しろ」


 ダニエルが腹の前に見えない球があるかのように、重心を置く位置をフォビオに示す。フォビオはそれに頷きつつもやはり情けない声を出す。


「はい……あぁ、両足がぷるぷるする……。昨日食べた角煮と同じだ……。俺、角煮になっちゃう……」

「いいか! その姿勢を保ったまま聞くように! ――ではベルモンド公、式典の流れを」


 ミハエルに促され、ベルモンドが五人の周囲を歩きながら流れを説明する。


「んむ。流れは簡単じゃ。まず執事が迎えに来るでな。会場に入ったら、一緒に叙爵を受ける騎士が既に並んでおるはずじゃ。それと同じ間隔で一番左に縦の列を作れば良い」

「わかりやすいで……うわぁ」


 そう言ってフォビオが転び、慌てて跪礼の姿勢に戻る。


「我が弟子は面白いじゃろ? ――でじゃ、陛下がお出ましになるまで臣下の礼でお待ちするんじゃ。声が掛かってから立ち上がって、改めて立礼じゃ。ここまでは良いかのぅ?」

「「はい」」

「はい! ……うわぁ」


 またも転ぶフォビオ。


「やっぱり我が弟子は面白いじゃろ? そしたら順番に呼ばれるのでな。返事をしてひとりずつ前に出て立礼じゃ。祝いのお言葉をいただいたらこう言うんじゃ。――『謹んでこの栄誉を賜ります』じゃ。一度言うてみるかの。では、いちにのさん、ホレ」

「「謹んでこの栄誉を賜ります」」

「謹んでこの栄誉を賜り……うわぁ」


 またまた転ぶフォビオ。


「……。ここまで来ると笑えんのぅ。――ま、良いわい。御前に立つ位置はの、前の方に一箇所だけ絨毯に茶色い丸の模様(バミり)があるでな、すぐわかるぞい」

「「はい」」

「お、今度は耐えたか。さすが我が弟子じゃ。そうそう、今回の式典は昨日と違って、陛下に(おもて)を上げろと言われても顔を見てはいかんぞい? 式典中はずーっと視線は落としとくんじゃ。――そろそろ百かの?」


 ベルモンドがオリビアに視線を投げかけると、呟くように数を数えていたオリビアが声を大きくした。


「……きゅうじゅは〜ち……きゅうじゅきゅ〜う……はい、百です」

「ん。じゃお茶でも飲んで休憩じゃの」

「「はい」」

「はい……うわぁ」


 皆から少し残念そうな視線を浴びたフォビオだが、その視線にも気付くことはなかった。

 休憩を挟む一同。その後、身だしなみが整えられ、皆はそこで初めて紺のローブに袖を通した。

 サーラもミランダも。

 ダニエルもラファイエも。

 そしてフォビオも。

 誰も言葉を発することなく、両手を広げ、裾を摘み、襟を整え、その紺のローブを纏った喜びに顔を綻ばせた。学園長の二人も、そしてベルモンドもまた、生徒愛弟子の姿を満足気に見ている。


 やがて――。


「ご準備が整いました。では、参りましょう」


 フォビオらは執事の案内で会場入りする。一夜漬けならぬ一刻漬けの付け焼き刃で式典に挑むが、それは叙爵者皆同じ。頭の中で反芻しているといよいよ王族の入場となった。


「アルシウス・ヴァルフィリア国王陛下、セレーナ・ヴァルフィリア王妃殿下、並びにヴァルフィリア王族御入場」


 エドモンド宰相の口上で参列者全員が跪礼、カーテシーで王を出迎える。フォビオもふくらはぎをひきつらせながら、跪礼の姿勢で王の言葉を待つ。


「皆の者、面を上げよ」


 王の言葉で家臣一同が揃って立ち上がり、改めて立礼を送る。二呼吸で頭を上げると王の象徴(レガリア)たる王笏を手にしたアルシウス王が玉座に座っていた。フォビオは目を伏せたままではあるが、視界の隅で燦然と輝くその王笏と玉座に圧倒されていた。きっと王冠をその頭上に戴かせた姿は、肖像画よりも荘厳に違いない等と考えていると、エドモンド宰相が式典進行の口上を述べた。


「それでは騎士爵並びに魔法士爵、叙爵の儀を執り行います。――騎士爵叙爵。筆頭、エル・ヴァルフィリア士官学校、ライアン・ハートランド」

「はっ!」


 筆頭から順に騎士爵の叙爵が進み、騎士二十八名の叙爵が終わった。そして魔法士爵へと移る。


「続いて魔法士叙爵。――首席、エンハイドラ学園、サーラ」

「はい」


 エドモンド宰相により名を呼ばれたサーラが御前へと進むと、アルシウス王が口上を述べる。


「その詠唱の美しさはまさにハミングバード(ハチドリ)魔法士(ウィザレス)を叙爵し、フィンチコール(小鳥の声)の姓を授ける。尚、婚姻まではアシュフォード家を後見とする」

「かしこまりました」


 オリビアが立礼し、後見の任を拝命した。アルシウス王は改めてサーラに祝いの言葉を贈る。


「おめでとう」

「謹んでこの栄誉を賜ります」


 サーラも立礼を返して列へと戻った。式典は続く。


「首席、テオフラストゥス学園、ダニエル・ブランドン」

「はっ!」

「その緻密な命中精度はまさにホークアイ(鷹の目)魔法士(ウィザード)を叙爵し、ホークアイを号とすることを許す。――おめでとう」

「謹んでこの栄誉を賜ります」


「首席、カリバザス魔法院、フォビオ」

「はい!」


 フォビオも元気よく返事し、御前へと進んで王の言葉を待つ。


「その精緻神速の魔法陣筆記はまさにレ・ガイン(ガインの再来)

「ぶふぉ……! ――コホン」


 ベルモンドが驚いて息を吐いた。王の口から予期せぬ名が出たからだ。しかしすぐ持ち直し、咳払いで誤魔化した。しかしフォビオはベルモンドが噴き出したことに気付かない。我が事で精一杯(いっぱいいっぱい)なのだ。アルシウス王は気にせず口上を続ける。


「魔法士を叙爵し、マクレガンの姓を授ける。尚、婚姻まではベルモンド・マク()()()を後見人とする」

「……かしこまりました」


 ベルモンドも後見を受諾。

 アルシウス王はほんの一瞬ベルモンドに視線を送ってにやりと口角を上げたが、まばたきと同時に視線を戻し、何事もなかったかのようにフォビオに祝いの言葉を送った。


「おめでとう」

「つ、謹んでこの栄誉を賜ります」


 立礼して列へと戻ったフォビオ。師の名を一部譲り受けた気がして、喜びを噛み締める。そこでようやく他の王族の姿が視界の隅に入る。王の威厳に気圧され、王以外は視界の隅にすら感じられなかったのだが、ようやくその場に慣れてきたのだ。白く膨らんだ布のようなものは王妃殿下、王女殿下のドレスだろうか、ではあちらの細目に見えるのが王子殿下だろうかと一瞬考えたフォビオ。だが見れぬものを考えても仕方ない。見慣れたベルモンドの顔を思い出す。やはりベルモンドの家名と似た姓を貰ったことを喜ぶフォビオであった。


「第四席、テオフラストゥス学園、ラファイエ」――


 式典は続き、ラファイエはストライブ(努力)と賞され、マクハーディ(努力した息子)の姓を賜ってミハエルのベルシュタイン家が後見家となった。ミランダはエクリプス(秘めた才能)と賞され、その号を賜る。平民出身者には爵位と姓、後見貴族が付き、貴族子女には爵位と号が授けられた形だ。


「それでは叙爵騎士を代表し、ライアン・ハートランド騎士爵殿より奉剣儀披露」

「はっ! 御前、失礼いたします。――いざ!」


 筆頭騎士により模擬剣を使った、静かな素振りにも似た剣技が披露された。その力強さに会場のあちこちで感嘆の声が漏れる。フォビオもその体捌きを見て、さすが騎士だと納得顔だか、武のことは全くわかっていない。


「――続きまして叙爵魔法士を代表し、サーラ・フィンチコール魔法士爵殿より詠唱文披露」

「はい。それでは栄誉ある式典に相応しい、美しい三行詩で構成されます【獅子咆哮炎】を朗じます」


 サーラは両手のひらを腹部に重ね、詠唱文を詠み上げる。


 聖なる火よ(ヒキニクイ) 煌めく炎よ(ヌキニクイ)

 大いなる古の火(ヒキヌキニクイ)

 我らが道を照らせ(クギオ・ヒキヌクニク)


 魂の炎よ(キリニクイ) 聖なる火よ(ヒキニクイ)

 闇を祓う(ヒキニクニ)力と為りて(シニクイニク)

 闇を滅す我の力と成れ(クイニクイニクイニク)


 嗚呼(ニクニク) 今此処に(シイニク)

 遥か天空の(ニクハニク・デ)頂より舞い降り(・モクサイニク)

 至宝の煌めきを以て(ニクイニクニニンニク)

 四方輝く嚆矢と為りて(ヒキニクニモニンニク)

 万敵悉く平伏せしめん(ヤーキニクハニンニク)

 獅子吼伴いて顕現せよ(ソ・レオ・テッパンデ)


「――この後に発動文、『燃やせ(ヤコウ)獅子咆哮炎バーニング・レオンロア】』と続きます。本日は誠にありがとうございました」


 ここでも美しい発声の詠唱に、参列者からの吐息が漏れる。

 これはフォビオにもわかった。美しく歌い上げるようなサーラの詠唱は、まさに首席に相応しい発声リズムである。これなら囁き声を鳥のさえずりになぞられるのも納得と、何度も頷いた。


「以上をもちまして騎士爵並びに魔法士爵叙爵の儀は終わりにてございます。アルシウス・ヴァルフィリア王陛下、セレーナ・ヴァルフィリア王妃殿下、並びにヴァルフィリア王族の皆様方はここで御退席となります」


 近衛騎士を護衛に退席する王を、跪礼、カーテシーで見送る参列者達。長い沈黙の後、ようやくエドモンド宰相が式典の終わりを告げる。


「これにて式典全て終了となります。――御参列諸侯、諸卿の皆様、お疲れ様にございました」


 式は万事終了と相成った。そして控え室に戻ったフォビオら。お茶を飲んでいる所にまさかの人物が現れたのだった。



え?

マクガインとマクレガン、誤字ったのを上手く誤魔化したですって?

伏線ですよ、伏線(汗)


そして本日(11/17)の活動報告で若干の補足を書いております。

よろしければそちらもどうぞ。

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