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第十話 フォビオ、王子様に会う

「うひゃー」


 フォビオは馬車の車窓から見える城に驚きを隠せない。


「やかましいのぅ。いちいち驚くでないわい」


 隣に座るベルモンドがそう窘めるが、口調は穏やかだ。どうやら素直に感情を表すフォビオを面白がっているようだ。


「先生! 門もおっきいですよ!」

「そうじゃの」

「門番の人、変な形の槍持ってますよ!」

「ありゃハルバードじゃ。刺されたら痛いぞぃ」

「痛そうです。――庭も広いですねぇ、屋台がいっぱい出せそうです」

「城に屋台は必要なかろ? 魔法院にすらないわい」

「こんなに広いのに……勿体なくないです?」

「少しは理由を考えよ。さて、そろそろじゃの」


 ベルモンドの言葉が言い終わると同時に馬車が止まり、しばらくすると外から扉が開かれた。


「理由あるんですね……っと。――ありがとうございます」

「使用人のトムでございます。――どうぞ」


 下を見れば降りやすいように踏み台(ステップ)が用意されていた。フォビオがトムに促され、馬車を降りる。すぐにベルモンドに手を貸そうとするが、使用人がそれを許さない。


「ここでは私共がおりますれば……」

「すまんの。弟子は不慣れゆえ、な」

「とんでもございません。――では、案内の者がすぐに参ります」


 ベルモンドが馬車から降りると、トムはステップを小脇に抱え、離れた場所で待機の姿勢を取った。


「じゃあ荷物を――」


 フォビオが荷物を降ろそうと車内に向かうが、これもまた違う使用人にやんわりと止められた。


「こちらも私共がおりますれば」

「え、は、はいぃ……」

「フォビオ」


 困惑するフォビオをベルモンドが招き寄せる。


「先生、俺はどうしたら……」

「追々教えるがの、彼らはそれぞれ役割がある。()()()()にステップを用意するのも、荷物を運ぶのも彼らの仕事じゃ。それをさせぬ、ということは信用しておらんということに他ならん。仮にも王家に仕える使用人達じゃ、その誇りを汚してはならん」

「は、はい!」

「ん。話はまたあとじゃ」


 そう言って使用人達に目礼するベルモンド。フォビオもそれに倣い、目礼を送った。使用人達も柔らかな笑顔で目礼を返す。

 フォビオは走り去る馬車をぼんやりと見ながら、王と家臣、使用人達の関係性を考えていた。どこか師弟関係にも似た、忠誠心や信頼が相互になければならないのだと気付かされた気もして、小さく頷く。そこへひとりの男性が近付いてきた。


「マクガイン大魔導師爵様、フォビオ様。お待たせ致しました。今日、明日のお世話をさせていただきます、執事のアランと申します」

「ん。よろしく頼む」

「よ、よろしくお願いします」

「それではご案内いたします。どうぞこちらへ」


 フォビオとベルモンドは、アランの案内で車寄せから門をくぐって建物に入った。しかしすぐに終わりが見える。フォビオはそれに驚き、それが言葉として出てしまった。


「え? あれ?」

「ふふ。驚いておるのぅ、フォビオ」


 ベルモンドは面白そうにフォビオをからかう。


「よろしければ、フォビオ様にご説明をいたしましょうか?」

「そうじゃの。頼むわい」

「では。フォビオ様、この建物は迎門所、ゲートハウスと申します。主に衛兵が詰める場所でございます」

「衛兵さんの家……」

「家ではなく待機所、とお考えいただければ」

「なるほどー」


 うんうんと頷くフォビオ。家と間違っても仕方ないほどの大きさだ。アランの説明は続く。


「この先がホールでございます。そこを挟みまして右手が議事棟。内務外務各省の会議室や事務室がございます。左手が士棟で騎士や衛兵が使う軍事室でございます。二階、三階が騎士達の私室でございますね」

「広いんですね!」

「左様でございます。そのホールを抜ければ前中庭でございます。その先が宮殿でございますが……宮殿も広うございます」

「うわぁ……絶対迷う自信があります!」

「ご心配には及びませんよ。私共がおりますれば」


 アランはそう言って柔らかな笑みを見せる。その言葉の裏には、勝手に出歩かないようにとの注意も含まれているのだが、当然ながらフォビオは気付いていない。

 その後も色々な説明を聞きながら、ようやく宮殿ホールへとたどり着いた。


「ではこのまま控え室にご案内いたします」


 広い宮殿内を美術品や装飾品を眺めながら通り、いくつもの扉が並ぶ一室へ案内された。


「フォビオ様、どうぞこちらへ。何か御用がございましたら侍女へお申し付けください。マクガイン大魔導師様はお隣でございます。中扉がございますのでご安心ください。――ではマクガイン大魔導師様、こちらへ」

「ん。ではフォビオ、式場でな」

「はい!」


 フォビオが入った控え室には既に先客がいた。


「お邪魔し――」

「あら」

「あなたもだったのね!」

「あ、サーラさん、ミランダさん!」


 そこには試験最終日に賢者像前で会話をした、サーラとミランダがソファーに座ってお茶を飲んでいた。向かいの席には男性二人。当然その二人とも試験で顔を合わせていた。皆試験の時と同じ、灰色のローブ姿だ。


「やっぱり君もだったか。私はダニエル」

「僕はラファイエ。よろしく」

「フォビオです。よろしく!」


 フォビオが名乗ったところで侍女がソファを勧めてきた。


「フォビオ様、どうぞこちらへ」

「あ、はい! ――うわ! なにこれ、めっちゃフカフカ! これ、座っていいやつなの!?」


 フォビオがその柔らかなソファーの座り心地に驚くと、途端にその場の雰囲気が和む。


「本当、私も驚きましたわ」


 サーラがそう言えば、ラファイエも頷いてソファーの肘掛けを撫でる。


「僕も驚いたんだ。きっと皆が先にいなかったら寝転んで――あ」


 ラファイエは目を丸くした。フォビオがソファーに横になったのだ。


「うわぁ! 俺これベッドにしたい!」

「まぁ……!」

「はははっ!」

「やっぱり君、面白いわね!」


 皆の笑い声が聞こえる中、フォビオの席にもお茶が運ばれてきた。


「フォビオ様。お気持ちは十分わかりますが、どうぞお茶を」

「あ、はい。ありがとうございます!」


 早速ティーカップに手を伸ばすフォビオ。だが少し熱かったのか、カップにふうふうと息を吹きかける。


「まったく。君は子供っぽいな、いくつなんだい?」


 呆れたようにダニエルがフォビオに問う。


「えぇっと……十四だからもうすぐ成人だよ?」


 その解答にダニエルが少し驚いて眉を上げる。


「童顔なのかと思っていたが本当に若いとは……」

「え? 皆も同じくらいじゃないの?」

「私とラファイエはテオフラストゥス学園の六回生だ。数えで十八になる」

「私とサーラも同じく六回生よ」


 皆の言葉で少し考え込むフォビオ。エラーソら書生達、そしてカナンの顔を思いながら目の前の四人と比べる。


「じゃあ、エラーソさん達も年上なのかも……」


 事実年上であった。エラーソとカナンが十七、他の書生は十六である。フォビオがエラーソ達から末席扱いをされていた理由の一部がそこにあった。

 五人はしばらく雑談をしながら過ごしていると、隣室に繋がる中扉がノックされた。侍女が扉を開け、何やら会話をするとすぐに扉が閉まる。


「もうしばらくしましたら式典が始まるとのことにございます。おひとりずつ別室にてご準備いたしましょう。ミランダ様、こちらへ」


 そして順にパウダールームへと案内され、身だしなみを整えられながら諸注意を聞かされる。皆の準備が整うと執事達が迎えに来た。


「では皆様、順に式場入りいたします。サーラ様、参りましょう」

「はい」


 式典の入場席次は決められている。まずサーラが、次にダミアンが呼ばれ、フォビオと続く。

 フォビオが式典の広間に入ると、まず赤い絨毯が目に入った。正面は見ずになるべく床を見るようにと言われたのを思い出し、執事に促されながらダミアンの隣へと並ぶ。


「続いて第四席、テオフラストゥス学園ラファイエ殿ご入場」


 フォビオの隣にラファイエが、そして最後にミランダが並び、全員が揃った。


「オルフィス・ヴァルフィリア王子殿下がご入場なされます。一同、立礼なされませ」


 それを合図に頭を下げる。声がかかるまでその姿勢のままだ。

 やがて――


「第一王子、オルフィスである。皆、頭を上げて構わない」


 皆に少し遅れてフォビオも頭を上げる。顔を上げろと言われるまでは視線を伏せたままだ。


「うん。皆、顔を上げて楽に」


 その言葉で顔を上げる一同。フォビオも顔を上げる。

 段上には目映いばかりの笑顔を見せるオルフィス王子が、居た。

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